Fate/Heterodoxy
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S-3 ■■■■■■
白銀と翡翠の光が交錯する。お互いの初撃は肉体まで届かず、黒髪セイバーの黒い包帯に包まれた剣はセイバーの鎧に阻まれた。
オレはステータスを視認する。マスターに与えられた権限で英霊のステータスをある程度見通せる。個人によって見え方が違うようだがオレには紙に各種ステータスが殴り書きされているように見える。
「大丈夫なのか……?」
セイバーのステータスは黒髪のセイバーに完全に劣勢だった。唯一互角なのが耐久力、敏捷値では圧倒的に差をつけられている。
あのセイバーは武器を見る限りランサー適正があるから当然と言えば当然と言うことか。
次撃、速度を上げた黒髪のセイバーの剣と同じく黒の包帯に包まれた槍による刺突がセイバーに迫る。その刺突にセイバーは回避が間に合わず剣で切り払う。
「君はそうやって見ているだけでいいのかい?」
不意に、視界の端から声が聞こえる。反応に遅れ、声のした方向を向いたときには炎が迫っていた。だが焦りはしない、構えは要らない、常に余裕を持つ。あの人はそう言い、オレに魔術を教えてくれた。その教えは何度もオレを助けてきた。
「……オレはオレの魔術を信頼しているからな」
その炎はオレを捉える数センチ前で止められた。事前に発動しておいた魔術による盾だ。この盾を破壊できる程の魔術は存在しないだろう。
「だが、こっちも攻めさせてもらうぞ」
オレは走り出すと同時に魔紙を焼失させ、強化の魔術を両脚に付与させる。魔術師は炎による盾を造り出すが……遅い。
間合いに入り、腰を捻る。そこから最速の回し蹴りを放つ。その一撃は相手の炎壁を容易く破り、腰を捉え、確実に吹き飛ばす。だが感触は軽い。
マスターを潰してもこの場合はメリットが薄いと判断してオレは強化魔術を解く。
「オレとお前の力の差はこれで分かっただろ。オレは英雄の闘いを見届けるぞ」
オレはセイバーの方に視線を向け、身体もその戦闘を真正面で見られる形で観戦を再開する。
横目で確認すると地面に拳を叩きつけ、悔しそうにしている。その目には焦り、不安、心配が混ざっている。
「俺がどうにかしなきゃ……俺が……俺が……」
呪詛のような言葉を絶え間なく発していたが自身のセイバーを見たかと思ったらその瞳に宿る感情は期待と信頼のみとなっていた。
「セイバー!!宝具の封印を解け!決着の時だ!」
黒髪のセイバーはそれを聞いた瞬間距離を取り、微笑む。
「了解した。我が主よ……!」
そう言ったセイバーに握られていた剣と槍を包んでいた黒い包帯が音もなく解け、消える。右手に握られた剣は白く、長い。左手に握られた槍もまた長く、色は紅だ。
「ここからは全力で行かせてもらおう……俺が知らぬ剣士よ!」
凄まじいほどの気迫。その気迫に圧されそうになったがセイバーは構えを解かず、口を開いた。
「俺で良ければ全力で相手をしよう……高名なる騎士よ……!」
その言葉は「お前の真名を特定した」というニュアンスが含まれていたように思えた。
だが次の瞬間には黒髪のセイバーの姿はセイバーの目前に迫っていた。剣による一撃が凄まじい速度で迫る。その一撃をセイバーは腕を振るい、謎の力と共に弾き返す。だが即座に黒髪のセイバーの槍が風を切りながら、鋭い突きがセイバーの脇腹を捉えようとする。
サーヴァントでも、オレの魔術ならある程度の攻撃なら止められるまでは行かなくても阻害は出来る。
そう、確信していた。だがその確信はセイバーの脇腹を深々と突いた光景を見て、それが間違いだったと気がつく。
「ぐっ……!」
セイバーが苦痛の声を漏らす。その顔は元の整った顔を少し歪めていた。
膜盾を視認すると膜は全ては剥がれておらず、突かれた部分のみ膜が消えていた。しかし次の瞬間、黒髪のセイバーが槍を引くと膜は元に戻っていた。
「────────!」
後者も気になったが、咄嗟に詠唱を開始しセイバーの傷が回復させる。
「感謝する……治癒は十分に効いている」
セイバーの声を聞き、オレは安堵する。黒髪のランサーを見ると左手に握られた長槍の先端にはその紅の身よりも深く、黒い液体が滴っていた。
「魔力によって筋力差を埋めたか……だが俺の槍の味はどうだった?」
黒髪のセイバーの言葉にセイバーは突かれた脇腹を擦る。
「こう簡単に突かれるとはな……」
セイバーがそう言いながら剣を構え直す。セイバーの身体を包んでいた魔力が密度を増す。ステータスも筋力の値が1ランク以上アップしている。
「では、この外套の本当の力を出させてもらおう……《幻影外套》!」
そうセイバーがそう言うと更にセイバーの筋力値が上昇する。B--と表示されていたステータスがA+へと底上げされる。それと同時にセイバーのステータスが見にくくなり、セイバーの姿も幻のように薄く、揺らぐ。
《幻影外套》───それがセイバーが口にした宝具であろうあの不思議な外套の真名。それを聞けばもうセイバーの真名には大抵の予測が付く。
だが、おかしい。もし、オレの予想する真名が当たっているのならおかしい所がいくつかある。
「それがお前の宝具か。少々失礼だがてっきり剣だと思っていたが……違うのか?」
黒髪のセイバーがそう問う。セイバーは剣を引き、己の剣を見据える。
「……勿論、この剣もそれなりの真名を持つ。俺には勿体ない剣だ。その力は後程見せるとしよう」
「来い……!」
セイバーの身体が捉えきれなくなる。スピードが速いと言う理由ではない。恐らく《幻影外套》の効果だろう。
視認できる限りのステータスだとセイバーには今、《怪力(偽)》と《魔力放出(偽)》がランクA+で存在している。怪力、魔力放出自体は既に確認していたが、その二つはさっきまでランクC+程度だった。
セイバーが消える、否、透明になる。マスター権限が無ければマトモに視認できないだろう。
スキル判明《怪力(偽)》──魔物、魔獣のみが持つとされる攻撃特性で、一時的に筋力を増幅させる。一定時間筋力のランクが一つ上がり、持続時間はランクによる。この場合外套の効力により追加されているので魔物、魔獣の縛りは存在しない。
スキル判明《魔力放出(偽)》──武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。
二つのスキルの説明が一気に流れ込んでくる。後者の魔力放出は通常の聖杯戦争なら抑える所だろうが、今回の聖杯戦争はある程度まで気にしなくて良い、とても使い勝手のいいスキルだ。
黒髪のセイバーは静かに剣と槍を構えたまま、動かない。
「…………!」
黒髪のセイバーが槍を虚空へと突くと火花が散り、セイバーが姿を現す。
「やはり……お前のような剣士にそのような小細工は似合わないぞ!」
黒髪のセイバーが発したその言葉。それもそのはず。以前の聖杯戦争からの情報で
『三騎士の剣士、弓兵、槍兵として召喚される時、その英霊の『伝承に名を残す程の英雄』として語り継がれた側面が強く出る為に騎士道にも似た品格を身に宿す』
と言われている。そんな英雄が姿を隠しても正面からしか仕掛けない……と言うのが黒髪のセイバーの考えだったんだろう。そしてその考えは的中していた。
「その外套はアサシン向きだな……!」
「ああ、隠蔽能力だけならな……」
鍔迫り合い状態になっていた二人を見ていると、セイバーの纏う魔力が刀身に、腕に集中し、剣を補助するかのように凄まじい力で押し出す。その力に耐えきれず、黒髪のセイバーは体勢を崩した。左腕は完全に後方、右腕の剣は辛うじて振れるだろうが左腕への衝撃で黒髪のセイバーがセイバーに攻撃をすることはほぼ不可能であろう、と言うことが剣に関して無知なオレでも理解はできた。
「貰った……!」
セイバーの静かな気合いの入った声と共に剣閃が煌めく。完全に黒髪のセイバーの脇腹を抉ると確信していたその剣は脇腹を捉えられる数センチ前の所で完全に停止した。
「ぐっ……」
そう声をもらしたのはオレのセイバーだった。よく見るとセイバーの剣は地面に刺さった黄色の短槍により攻撃を阻まれていた。それに対して黒髪のセイバーの右腕は突き出されており、握られていた純白の剣がセイバーの鎧を貫き、脇腹を深々と刺していた。引き抜かれたその剣身はセイバーの血によって赤黒くなっていたが距離を取ったセイバーが左右に剣を振るうと元の純白の剣に戻っていた。
だが、その直後、凄まじい衝撃波がセイバーを襲い、後方へと吹き飛ばした。
オレは魔紙を焼失させ、治癒魔術を即座にセイバーへとかける。速さ重視のため、全快ギリギリとなってしまっただろう。
「やはり……逸話通りか……」
セイバーはそう言い、傷をさすって自分の傷の状態を確認する。
「あと一本……か?」
セイバーがそう呟く。「あと一本」その意味をオレは理解できた。予想だが黒髪のセイバーの真名かソレなら確信できる。
「そこまで分かっているのならもう真名を隠す必要も無いだろうな」
黒髪のセイバーがマスターの方にアイコンタクトを送るとマスターは微笑んで頷いた。恐らく真名を明かしていいかの確認だろう。黒髪のセイバーが口を開ける。
その直後、一斉に何かを凪ぎ払うような、凄まじい音が聞こえてきた。
「「「「!?」」」」
オレを含め、全員が驚きその音がする方へと向く。黒髪のセイバーは跳躍し、マスターの目の前で武器を構える。セイバーもバックステップを取り、警戒している。音源は林の方だが、もうある程度の姿が見える。最後の数本の木が凪ぎ倒され、ソレが完全に姿を現す。ソレの背後には木が何本も倒れており、焼けていた。
ソレの姿は異形だった。身体は鱗のような外套に覆われていた2mを越えた大男、だがその顔や雰囲気には見覚えがあった。
「セイ、バー……?」
オレのセイバーと全く同じ顔と雰囲気を纏っている。胸元で緑色に輝く紋様は正しくセイバーと同じものだ。
相違点は鱗のような外套と体格、そして竜のような翼と尻尾だった。
『ミツケタゾ』
低く、エコーがかかっているような声が響く。声を発したのは勿論、先程現れたサーヴァントである。その声もまた、セイバーと同一だった。
「やはり……お前だったか……」
セイバーが小さく呟き、身体に纏う魔力を更に濃密にする。セイバーの言葉とこの行動、そして姿から生前に因縁がある敵と言うことがわかる。更にお互いが纏っているのはライバルのそれではない。純粋な殺気……完全なる『敵』だ。
ソイツが俺たち四人を凝視する。背筋が凍りつきそうなほどの眼の圧力。しかしそれは直ぐに
『ヨワイナ ガッカリ コロス』
そう吐き捨てた。
「それは聞き捨てならないな」
鱗のセイバーの言葉に直ぐ様反応する黒髪のセイバー。槍を突きだし、睨みかける。
『オマエ ヨワイ キョウミ ナイ』
侮辱された黒髪のセイバーは怒りの表情で駆ける。そのスピードは凄まじく、捉えることは出来ないだろう。その直後、打撃音が響いた。
「ぐっ……あっ……!?」
鱗のセイバーは右腕を振るっただけ、それだけで超スピードである黒髪のセイバーの突進をいとも容易く吹き飛ばした。しかし黒髪のセイバーもそれだけで済ますほどの英霊では無かった。
直ぐに真横に跳躍、そこから前方への大幅な跳躍。一瞬で黄色の短槍の連続突きを鱗のセイバーにお見舞いする。数撃は鱗に阻まれたようだが、同じ箇所を貫いた短槍は鱗を削ぎ、翼を穿ち、複数の傷を残した。
『ジャマダ』
直後、鱗のセイバーが両手を黒髪のセイバーに向ける。そこからは業炎が噴出し、黒髪のセイバーを容易に飲み込んだ。
「セイバー!」
黒髪のセイバーのマスターが叫び、魔術を紡ぐ。どうやら治癒魔術のようだが英霊の炎による攻撃を何処まで凌げるかは分からない。
炎は唐突に止んだ。鱗のセイバーが止めたのかと思ったが反応を見るに炎を止めた様子ではない。
黒髪のセイバーが見える。右手には変わらず純白の長剣、左手には紅の長槍ではなく、柄が青色の短剣──と呼ぶよりももう少し長い、小剣のようなものだった。
その小剣は柄だけが青色で刀身は鱗のセイバーの放った炎のような色をしていたが刀身はすぐに柄と同じ青色になっていた。
ここから分かることはあの小剣が「炎を消すないしは止めることができる」能力を持っている事が分かった。アレがセイバーの言っていた「あと一本」なのだろう。
「主よ、感謝します……」
黒髪のセイバーはそう言い、着地する。再度剣を構え、その顔は一撃を喰らったにも関わらず諦めの色は無い。むしろ作戦が上手くいったかのように笑みを浮かべている。
黒髪のセイバー陣営から視線をはずし、オレは自身のセイバーの元へ駆け寄る。
「セイバー、アイツの事を知っているんだな?」
オレはセイバーにそう問う。
「……宿敵だ。生前に殺した」
「なら……××××××だな?」
オレはその「宿敵」の真名であろう名前を口に出す。セイバーは何も言わない。無言の肯定と言うものだろう。
「アレはオレから見てもどうにもならないような強さだが……勝てるか?」
その問いにもセイバーは答えない。だが、目前に敵は迫っていた。暗い金色で鈍く輝く剣、圧倒的な程の威圧感がセイバーに迫る。セイバーは恐るべき反応速度で鍔迫り合いに持ち込む。
「その剣はそのような用途では……ない……!」
魔力の奔流がセイバーを包み、敵を吹き飛ばす。
「セイバーとそのマスター。決着は後回しにさせて貰おう。このセイバーは俺の宿敵、倒さなければならない敵だ。
そちらにも何かするべき事があるのだろう。それも踏まえ、この闘い……」
物静かなイメージが強いセイバーが沸き立つ闘志を抑えきれないかのように告げる。
「俺とマスターに一任させてもらおう」
黒髪のセイバーとそのマスターへと向けられた言葉。それに対して二人は驚いたような顔をしていたがやがてマスターの方が
「セイバー、行くぞ」
「ですが……分かりました」
二人は短く会話し、鱗のセイバーが来た道とは全く逆の方向へと消えていった。
『ニゲタ ヨワイ』
「お前の眼にはそう映るのか」
『オマエ ヨワクナッタ』
「…………」
セイバーは何も告げない。しかし、変化はあった。セイバーに追加されたスキルの三つ全てが、いつの間にか消失していた。
「マスター、貴方は既に気づいているようだが……ここで俺の真名を明かそう」
一瞬の静寂。
「蒼天の空に聞け!我が名はジークフリート!汝──邪悪なる竜をかつて撃ち滅ぼした竜殺しの勇者だ!」
その時、オレの視界には背中を覆っていた鎧が接がれ、そこに葉のような跡が浮かび上がったセイバーが剣を地面に突き刺し、堂々と立っている姿が映った。
Fate/heterodoxy S-3 真名/竜殺し
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