水の国の王は転生者
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第三十七話 リュエージュ防衛戦・前編
反乱軍の軍勢がリュエージュに到着したのは、マクシミリアンとカトレアの2人がデートした日から1週間後の事だった。
マクシミリアンは参謀のジェミニ兄弟をお供に、リュエージュ市自慢の高い城壁に上り、遥か彼方に見える行軍する反乱軍の砂塵を見ていた。
「思ったより遅かったな」
「反乱軍が遅れた理由ですが、独立軍のダグー連隊長が頻繁に遅延攻撃を行ったからだそうです」
「流石はダグーだな。陰気だけどやる事にソツが無い」
「……コホン。お陰でリュエージュの防衛体制は完璧です」
「今、ダグーの独立軍は何をしている?」
「現在、補給休養中です。他の援軍が来援するまで待機して、援軍が来援すればそれに呼応して攻撃に加わるとの事です」
「3000弱の軍勢では、いくらミニエー銃を有していても、数の差で苦戦は免れないしな」
『御意』
「よろしい。それと肝心の王軍と諸侯軍の動きは?」
「国王陛下御自ら御出馬されたと、戻った伝令が申しておりました。諸侯軍につきましてはグラモン伯爵の軍勢が強行軍でこちらに向っているとの事」
「来援した時には、精根尽き果てていた……なんて冗談じゃないから、少し行軍スピードを緩めるように伝えてくれ」
「それにつきましては、参謀本部が既に伝えていたようです」
「そうか。話は戻るが、後の無い反乱軍は間違いなく力攻めで来るだろう。各部署に伝令を、敵の第一撃を退ければこちらが有利になる、皆の健闘に期待すると、そう伝えてくれ」
『御意』
「それと市民の避難はどうなっている?」
「城塞都市と言うだけあって、各家々に避難用の地下室があるそうです」
「そういう訳で、市民は地下室に避難をしていると思われます」
兄のアントワーヌと弟のアンリが、交互に解説した。
間もなく戦いの火蓋は切られようとしていた。
☆ ☆ ☆
遂にリュエージュに到着した反乱軍は、十数リーグ先に陣取り、降伏の使者を送ってきた。
『マクシミリアン王太子殿下にご進言申す! 我が方の精兵はリュエージュ市を包囲せんとしている! トリステイン王国の未来の為にも潔く降伏されよ!』
使者のメイジが『拡声』の魔法で、リュエージュ城塞内のマクシミリアン軍へ降伏勧告を行った。
その降伏勧告に、マクシミリアン自ら城壁に昇り、同じく『拡声』の魔法で使者に反論した。
『馬鹿を言うな賊軍めら! 乱を引き起こした貴様ら全員、二度と太陽を拝む事は出来ないだろう……帰ってそう伝えろ!』
いつもの口調と違い、相手を威圧するような口調で、使者に畳み掛ける。
『いくら王太子殿下とはいえ、我らを賊軍とは無礼ですぞ! 我らは道を踏み外した王国を正しき道へと戻す為に挙兵したのです! 言わば我らは世直しの為の正義の軍勢である!』
『正義の軍とは恐れ入る! その正義の軍はここまで連戦連敗、負けに負けて負け続け、略奪行為をするまでに落ちぶれた。そんな貴様らを支援しようと、どれ程の者が集まったか! 見ればガラの悪い傭兵ばかりではないか! 世直しの軍が聞いて呆れる! さあ皆! 笑ってやれ!』
舌戦の総仕上げにマクシミリアンが、城壁の兵士達に促すと、数百人もの兵から反乱軍への侮蔑の笑い声が響いた。
『ハァ~ハッハッハッハ!』
『ウェヒヒッ』
『m9(^Д^)プギャーwww』
「おのれ! 言わせておけば! 首を洗って待っていろ!!」
マクシミリアン軍の兵達に散々笑われた使者は、怒り心頭のまま馬を翻し敵本陣へと戻っていった。
「さぁ、来るぞ……戦闘準備!」
「御意! 殿下は安全な場所へお下がり下さい」
「早々に後ろへ下がったら士気に関わると思うんだがね……まぁ、ともかく後は任せたよ」
「御意」
マクシミリアンは後方の見晴らしのよい塔に移動すると、塔の見張り台の所で執事のセバスチャンが対戦車ライフルに二脚を取り付けて狙撃の準備を行っていた。
「セバスチャン。指揮官を優先的に狙ってくれ」
「ウィ、殿下、お任せ下さい」
マクシミリアンは食料や予備のライフルが入った木箱の上に乗り胡坐をかくと、それと同時にリュエージュ市内の鐘という鐘が一斉に鳴り響いた。
「いよいよ戦闘開始か。それにしてもうるさい」
誰に聞かせる訳でもなく、マクシミリアンは独り言を言った。
リュエージュの守将に抜擢されたグリアルモントは戦闘開始の号令を発すると、正門正面の陣取った反乱軍も20メイルの巨大ゴーレム5体が出現させた。
「ゴーレムだ! でっかい岩を持っている!」
城壁の兵士達からどよめきが起こった
「先手必勝だ! 撃てぇーっ!」
「了解、一斉発射!」
高い城壁の上に設置された前装24リーブル砲が次々にが火を噴き、数発の砲弾はゴーレムの足へ直撃し1体がバランスと崩し転倒した。ちなみに砲弾は、現代の様な爆発する特殊な砲弾ではなく、旧式のただの丸い鉛玉だ。
転倒したゴーレムを除く4体のゴーレムはオーバーハンドの投球フォームで、手に持った岩を城壁目掛けて放り投げた。
「来るぞ!」
兵士が声を上げると、岩は硬い城壁ぶつかったが城壁はびくともせず岩は砕け落ちた。
「弾込め急げ!」
砲手は手馴れた手つきで再装填を行った。
前装砲の為、普通なら時間が掛かるが、反乱軍が遅れたお陰か訓練時間を多く取る事ができた。
「撃てっ!」
再び轟音。
砲弾はゴーレムを外し地面をバウンド。後ろに控えていた敵戦列歩兵は地煙を上げて蹴散らされた。
「ギャーッ!」
「うわああ!」
戦列を崩した兵士に代わり後ろに並んでいた兵士が、最前列に進み戦列を組み直した。
「前進!」
巨大ゴーレムは投石器代わりに岩を投げ続け、後方の戦列歩兵はリュエージュ城壁に肉薄せんと前進を開始した。
反乱軍は予想通りに、数に物を言わせて力攻めで来た。
マクシミリアンは、リュエージュで最も高い塔に登り戦いの成り行きを見守っていた。
「敵は馬鹿か? あのゴーレムも一緒に前進させて弾除けに使えば効果的だと思うんだが」
『魔法至上主義の彼らでは、平民こそ弾除けにしかならないのでしょう』
ジェミニ兄弟が塔にやって来て現状の報告を行っていた。
「敵失は歓迎すべきだな。ロケット砲陣地はどうなっている?」
『守将のラザール殿の判断で支援砲撃を行う予定です。』
「そうか」
『それと、間もなく300リーブル砲が発射準備を終えるそうです』
「あの1門しかないアホ大砲か」
300リーブル砲とはリュエージュ防衛の切り札で、砲弾が300リーブル……140kg前後の巨大砲弾を打ち出す超重砲だ。
数百年前、名のある土メイジがリュエージュ防衛用に作り、侵攻してきたゲルマニアの巨大ゴーレムを一撃で粉砕した戦果がある。それ以来、百年間この大砲を撃った記録は無く、一応は抑止力として機能していたようだ。
対ゲルマニア用に東門に設置されていた300リーブル砲は、その向きを変え正門である南門からやってくる反乱軍に対し、轟音と共にその巨弾を撃ち出した。
圧倒的な轟音が周辺に鳴り響き、衝撃波がリュエージュの家々を揺らした。
300リーブルの砲弾は城壁を乗り越え反乱軍ゴーレムに迫った。しかし巨弾はゴーレムを外しあらぬ方向へ落ちて巨大な土煙を上げた。
(やっぱり使えない)
マクシミリアンはそう思ったが、
「な、何だ今のは……」
「さ、300リーブル砲だ! あの砲が俺たちを狙っている……!」
反乱軍に対してのプレッシャーは相当なもので、敵の士気を挫く事に十分な働きを見せた。
城壁の上には砲兵の他にミニエー銃を持った兵士が詰めていて、すかさず敵の戦列歩兵に対して発砲を行った。
既存のマスケット銃よりも数倍の射程距離を誇るミニエー銃はここでも抜群の威力を発揮した。とはいえ前装式の為、装填に時間がかかるが、その弱点を引いて余りあるほどの性能だった。
「ぎゃあ!」
「あんな所から届く鉄砲なんて聞いたことが無いぞ!」
「あんな新兵器があるなんて聞いてない!」
動揺は広がり、やがて混乱になった。
「待て! 逃げるな!」
指揮官の貴族の制止も聞かず、敵戦列歩兵は列を乱し壊走していった。
『意外と使い物になったようですね、あの大砲』
「そのようだね」
マクシミリアンが率直な感想を述べていると、指揮官の貴族が杖を振り上げた。どうやら、逃亡を阻止する為に督戦しようとしているようだ。
「この腰抜けどもめ! 敵前逃亡がどうなるか思い知らせてやる!」
督戦の貴族は杖を振り上げた……しかし、貴族の魔法は放たれる事はなかった。
『パァン』という音の後、貴族は杖を振り上げた状態で仰向けに倒れた。
狙撃は塔の上から行われ、スコープ付きKar98kを持った執事のセバスチャンが、無言のまま排莢を行い次の獲物を探した。
「見事な腕前だ!」
「ありがとうございます殿下。更なる戦果にご期待下さい」
側に居たマクシミリアンは拍手で称えると、伏せ撃ち状態セバスチャンは一度立ち上がりマクシミリアンの方を向いて一礼すると再び戦闘へと戻っていった。
督戦しようとした貴族を狙撃した結果。壊走する戦列歩兵を止める事はできずに多くの兵の逃亡を許した。
戦後、逃亡兵が国境を越えてゲルマニア側で略奪行為を行いゲルマニアの政情不安に一躍買うことになる。
結局、この日の反乱軍は大砲の射程距離外までゴーレム共々軍を退くと、日没による戦闘終了までマクシミリアン軍と睨み合いが続いた。
……
日は西に沈み今日の戦闘をお開きになった。
ハルケギニアでは滅多な事では夜戦は行われず、日没による戦闘終了は暗黙の領域になっていた。
土メイジ数人は敵ゴーレムからの投石で崩れた城壁の修復の為に城外へ出て修復作業を行い。他のメイジたちも火薬の錬金や秘薬の作成などそれぞれの作業を行っていた。
マクシミリアンら司令部は、リュエージュで最も大きな宿屋「山の翁」亭を宿舎兼司令部に借りていた。
「初日は僕達の有利で終わったようだね」
「左様にございます。ですが敵がどの様な策をろうじてくるか分かりません」
マクシミリアンと守将のグリアルモントは、今日の戦況を話し合いながら宿舎に戻るとカトレアが出迎えてくれた。
「マクシミリアンさま、ご苦労様でした」
「僕は何もしてないけどね。カトレアは何をしていたんだ?」
「包帯の巻き方を教わっていました」
カトレアも何かの役に立とうと、色々な事に挑戦していた。
「そうか、僕はそれから司令部に顔を出すから、後で夕食をとろう」
「はい、マクシミリアンさま」
カトレアと夕食の約束をとり、マクシミリアンはグリアルモントと司令部ある部屋に向かった。
司令室には数人の参謀が詰めていて、マクシミリアンが部屋に入ると、全員起立して礼をした。
「殿下」
「殿下、ご苦労様です」
「みんなご苦労様。反乱軍は大攻勢をかける事無く妙に消極的だったことが気になるんだけど。ひょっとしたら連中、リュエージュに対し何らかの工作を行っているのかもしれない。至急、探りを入れてくれ」
「工作ですか……」
「地面の下をトンネルで掘り進んで城壁を突破するとか色々ある。ともかく調べておいてくれ」
「御意」
「ご苦労様でした」
マクシミリアンは気になっていた事を伝えると、食事を取る為に司令室を出た。
「これは殿下」
「こんばんは、カリーヌ夫人」
食堂に向かう途中、カリーヌ夫人にばったり会った。
「殿下、少々、お話したい事があります」
偶然の出会いではなかったようだ。
「何でしょうか? カトレアは結婚するまで手を出しませんよ」
「そういう事ではありません、今日の戦闘の事です。殿下は私がかつて『烈風カリン』を呼ばれていた事をご存知でございましょうか?」
「はい、知っていますよ」
「それならば話は早いです。明日の戦闘ですが、私の参戦を承諾して頂きたい」
「烈風カリンの力を持ってすれば、あの程度の軍勢など訳も無い……と言う事ですか?」
「御意」
「……う~ん」
マクシミリアンは腕を組んで悩んだ。
「何故、迷う必要はあります?」
「ただ、『勝つ』だけなら、カリーヌ夫人の手を煩わさずとも、僕が何とかしてましたよ」
「他に何か『企み』がお有りで?」
「企み……というほどの物かは分かりませんが、圧倒的魔力で勝利してもそれは『個人的勝利』にしかならないと思っています。一握りの強力なメイジが戦局を左右する……だからこそ、始祖ブリミル以来6000年、ろくに変化せずにここまでやって来れたのしょう」
「では殿下は、この内乱を利用して何らかの変化を起こそうと?」
「それもありますが、僕はこの内乱を利用して貴族と平民。二つの身分との間にある負の関係と言うべきか、上手く言葉に言い表せないんですが……例えば貴族は平民を奴隷のように扱ったりする者が居ますが、僕は今回の内乱を利用して、二つの身分が協力し合い、行く行くはそれらの奴隷と主人の様な関係を正すようにしたいんです。だからこそ、この内乱を僕やカリーヌ夫人の勝利ではなく、トリステイン王国の勝利で終わらせたいのです」
「殿下が日ごろ言っているノブレス・オブリージュ……ですか?」
「僕の思うノブレス・オブリージュは、『貴族や金持ちはモラルを持ち、大衆の啓蒙を行って欲しい』という意味なんです」
「私は、正直なところ殿下の理念には大いに賛同しますが、部分的ですが反対の立場を取らせて頂いてます。反乱軍の様に平民を弾除けに使う訳ではありませんが、無学な平民はある程度貴族が教え導かねばならないと思っています。だからと言って平民と馴れ合う積りはありませんが……」
「う……」
カリーヌ夫人はアニエスの事を言っているのだろう。
マクシミリアンは良かれと思って、アニエスとアンリエッタを会わせ、同じ教育を施そうとしたが、それが原因で今回の内乱が発生した事に少なからずショックを受けていた。
マクシミリアンは、ノブレス・オブリージュの名の下に平民を奴隷の様な解放すればそれは近代化か? と内乱勃発以来ずっと悩んでいた。
カリーヌ夫人の言うように、無学な平民が大多数のトリステインでは、いきなり平民に権利を与えても上手く国が回るとは思えなかったからだ。
数が月前のアントワッペンの一件で、貴族と平民がお互い助け合った事を聞いて、それをトリステイン中に広めたいと思っていたが……。
(何事も順序があるし、僕も急ぎすぎたか。う~ん)
マクシミリアンが黙考に入った。
こうなると中々、マクシミリアンは現実に戻ってこない。
「……か! でんか!」
「ハッ!?」
カリーヌ夫人の大きな声で現実に引き戻された。
「ああ、カリーヌ夫人。失礼しました」
「それで殿下。明日の出撃は許可を頂けますでしょうか?」
「……条件が有ります。烈風カリンが投入されるのは戦闘終盤です。全面壊走する反乱軍に対しての追撃のみ許可します。それまで僕の軍だけで対応します」
「……分かりました」
顔には出さなかったが不肖具象ながらもカリーヌ夫人は承諾し、マクシミリアンから去っていった。
その後、マクシミリアンはカトレア一緒に夕食を取ったが……
「マクシミリアンさま、このスープ美味しいですね」
「……ああ」
「マクシミリアンさま、今日色々な事がありました」
「……そう、大変だったね」
何処か上の空のマクシミリアンにカトレアが口を尖らせたのは別の話。
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