水の国の王は転生者
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第三十六話 要塞都市リュエージュ
内乱発生から1ヶ月。
反乱貴族が動員を完成させつつある事から、マクシミリアン軍は初戦の様な各個撃破戦術からゲリラ戦術に変更し反乱軍に出血を強いていた。
森や、或いは岩場などに待ち伏せして、近づいてきた反乱軍に『ミニエー銃』で武装した歩兵連隊が一斉射撃し敵兵が混乱している中、指揮官である貴族を討ち取り、指揮官が居なくなった敵軍を吸収する方法を取っていた。
元々、同じトリステイン人だ。同胞同士が戦う事を嫌ったマクシミリアンが提案した作戦だった。
幸い、敵兵は無理やり徴兵されたり、兵達の給料が未払いだった事などから、吸収にすんなり従ってくれた。
いつしかマクシミリアン軍の規模を大きくなり7千を超える軍勢に膨れ上がった。
膨れ上がったマクシミリアン軍は、家臣団や吸収した軍から、マクシミリアンの人材センサー(仮)に引っ掛かった優秀な人材を登用して仕官や下士官を当てた。
しかし、規模が大きくなった分、補給に困る事になった。
反乱軍討伐を大儀に掲げるマクシミリアン軍にとって現地調達はもってのほか。大至急トリスタニアから補給物資を届けさせる事になった。
その間、マクシミリアン軍がまったく動けなくなる事を嫌ったマクシミリアンは、新型銃を装備した主力歩兵連隊と一部の砲兵、工兵、補給兵を独立軍として切り離し、ダグーを独立軍の将軍に抜擢して再びゲリラ戦に投入することにした。
……
トリステイン東部、ゲルマニアとの国境に近い、中規模都市『リュエージュ』にマクシミリアン軍は駐屯していた。
リュエージュ市は古くからゲルマニアとの最前線だ。
過去、ゲルマニアはトリステインへ3つのルートで侵攻してきた。
1つはラ・ヴァリエール公爵領からの北東ルート。2つはロレーヌ公爵領からの南東ルート。そして最後のリュエージュからの東ルートだ。
その為、リュエージュには対ゲルマニア用の堅牢な城壁がそびえ立っていて、城壁都市として名を馳せていた。
現在、マクシミリアン軍は再編成の真っ最中である。軍隊が街中に駐屯する事を住民が不安がると思い、郊外の古城に駐屯していた。
戦争は破壊とは別に時に特需を生む。
一部の商魂たくましいリュエージュ市民は都市から徒歩数時間の道のりを歩き、古城に駐屯したマクシミリアン軍の兵士を相手に商売を始めた。
兵士も金を落とす場所を求めていた事からリュエージュの街は7千人近い兵士達の落とした金で好景気に沸いていた。吸収した兵にも給料がしっかり払われていた事もこの特需を押し出す要因にもなった。
「兵が落とす金で景気が沸くならそれに越した事はないけど、妙なトラブルを起こさない様に目を光らせてくれ」
マクシミリアンは軍の憲兵隊や士官、下士官に綱紀粛正を支持した。
その甲斐あってかトラブルは無く、内乱中とは思えない平穏な時間をすごした。
……
内乱発生から2ヶ月すると戦況は王党側に傾いていた。
初戦でマクシミリアン軍が有力貴族を倒して回った為、連戦連敗の反乱軍に組しようという奇特な者は無く反乱軍の敗北は決定的になっていた。
追い詰められた反乱軍を討伐すべく王軍も出動し各地での戦闘で反乱貴族の領地は全て占領された。
その為、反乱軍は拠点になるものを失い各地で盗賊紛いの略奪を行い、討伐に来た王軍に蹴散らされ逃げ回っている始末だった。
逃げ回っていても、依然反乱軍は有力な軍隊を有しており内乱が長引けば諸外国が介入してくる可能性もあり、早急に鎮圧する必要があった。
そんな現在、マクシミリアン軍は編成を終えたものの、未だにリュエージュに駐屯中だ。
内乱の隙を付いて国境のゲルマニア軍がそろそろ動き出しそうな雰囲気の為、国境の防衛という王宮側から正式な命令が届いた。
別の見方をすれば、マクシミリアン軍は反乱鎮圧のメンバーから外されたとも言える。
王子が頻繁に戦場に立つのは好まないと言った思惑が絡んだのだろうし、王軍の将軍達からすれば、自分達の活躍の場が奪われるのを懸念したのだろう。
そこでマクシミリアンはこの期に、国境近くの要衝の街であるリュエージュに近代的な要塞を建設する事を打診し、王宮もこれを承諾し、建設用の物資を送ると通達があった。
リュエージュ要塞建設の指揮を取るのは工兵隊隊長のグリアルモントという男だ。
この男はかつてトリステイン全土を要塞化させようと王宮に陳情したが、突っぱねられてしまい、へそを曲げて軍を退役。軍事関係の同人誌を書いていた所をマクシミリアンの人材センサーに引っ掛かり工兵隊隊長として迎え入れられた経緯があった。
現在の要塞建設の進行状況は0%で、計画に基ずいて縄張りの真っ最中だった。
グリアルモントの計画ではリュエージュ市の周りに無数の要塞を立て、地下通路などでネットワークを構築し縦深防御を可能にする予定で、完成まで5~10年以上掛かると言われた。
また、要塞建設に伴い地質調査をした結果、リュエージュ周辺は豊富な地下資源が眠っていることが分かった。
以前から鉱山の可能性有りと報告は上がっていたが、かつての魔法至上主義のトリステインでは見向きされなかった。
だがそれは昔の話。
マクシミリアンの音頭で、要塞建設に利用される物資の調達の為、鉄の精錬や金属加工といった工業化が進み、戦後リュエージュは城塞都市と同時にトリステインでも指折りの工業都市として知られるようになる。
☆ ☆ ☆
『反乱軍およそ2万、リュエージュに接近中』
マクシミリアンの下に急報が届けられたのは、参謀らと共に古城の一室で会議を開いている時だった。
「本当か!? 誤報ではないな?」
「はい! 間違いありません!」
兵士の話では、偵察の軽竜騎兵がリュエージュに近づく反乱軍と思しき所属不明の軍勢を発見したという。
「それにしても2万は多くないか? それだと反乱軍の総兵力になるけど」
『おそらく総兵力を投入したのでしょう』
「何の為に?」
『連戦連敗の反乱軍は、マクシミリアン殿下を人質にして講和に持ち込もうと思っているのでしょう』
会議に参加していたジェミニ兄弟がマクシミリアンの疑問に答えた。
「反乱軍はそんなに追い詰められているのか」
『初戦で殿下に有力貴族の殆どを潰されましたからね。その性で反乱軍の評判はガタ落ち。負けると分かっている者に協力するような酔狂なものは居ませんよ。拠点の無い反乱軍にとって、今回の進軍は乾坤一擲の大博打であり、初戦の殿下への趣旨返しもあるのでしょう』
ジェミニ兄弟は長文にもかかわらず、見事にハモって進言をやり通した。
「そうか……でも、これはチャンスだな」
「チャンス……ですか?」
発言したのはカリーヌ夫人で、彼女も会議に参加をしていた。
カトレアも同行してリュエージュ郊外の古城にカリーヌの監視付きで、さながら婚前旅行の様にマクシミリアンと同じ部屋で滞在していた。
『はい、この軍勢を打ち破れば、内乱は我らトリステイン王国の勝利です』
だが、現在のマクシミリアン軍は独立軍を編成して切り離してしまった為、5千にも満たない。
「5千にも満たない軍勢で2万を迎え撃つのは……」
「迎え撃つ準備をする、至急グリアルモントを呼んでくれ。それと、この事を王宮と諸侯軍にも知らせ援軍を送るように要請を、上手く行けば反乱軍を逆に包囲殲滅する事ができる」
「御意」
十数分後、工兵隊隊長のグリアルモントが会議室にやって来た。
「グリアルモント。話は聞いていると思うけど、反乱軍の軍勢2万がリュエージュに接近中だ。僕達はこれを迎え撃つ。そこでグリアルモントには防衛陣地の構築の指揮を執ってもらいたい」
「御意にございます」
「敵は数日中に来る。時間的に難しいから僕も協力しよう、扱き使ってくれ」
王族である自分を扱き使うように命令した。
「早速ですが殿下……」
「ああ」
普通の将官なら恐縮して何もさせようとしないが、気骨のあるグリアルモントは一瞬のためらいも無く防衛計画について語り始めた。
……
その後、マクシミリアンはグリアルモントに着いて行き駐屯地の古城の外郭部分にやって来た。古城の城壁は朽ち果て城壁としての効果は失っていた。
そこでは工兵隊の隊員達が金網と布で出来た『折り重なった奇妙なもの』を用意していた。
「これは?」
「これは『ヘスコ防壁』です。以前、地下図書室でこの存在を知って作らせておきました」
「そういえばそういった物も翻訳した覚えがある」
「これから城壁の変わりに『ヘスコ防壁』を作りますので、あの金網と布の箱の中にレビテーションなどで土砂を入れてください。それと他のメイジにも協力して貰いたいのですが」
「確かコンクリートは実用化されているはずだが」
「べトン(コンクリートの事)では、乾くのに時間が掛かります。よってこの方法で防壁を作ろうと思います」
「分かった。僕の名で命令を出しておこう」
「ありがとうございます。時間が無いので早速始めましょう」
マクシミリアンの命令で各メイジも動員させ防衛陣地建設が開始された。
マクシミリアンの命令で『手すきのメイジ全て』と明言された為、カリーヌ夫人やカトレアも駆り出される事なった。
「この箱の中に『レビテーション』で土を入れればいいのね?」
「はい、宜しくおねがいします」
工兵の指示に従ってカトレアは『レビテーション』を唱え土砂を持ち上げた。
「カトレア。貴女は魔法の力は凄まじいですが細かいコントロールは下手です。いい機会ですから、この作業を利用して練習しなさい」
「はい、お母様」
カリーヌ夫人も作業の傍らカトレアに目をかけていた。そしてカトレアは初めての経験に何処か嬉しそうだった。
『レビテーション!』
「おお~!」
「さすが貴族様」
カトレアの『レビテーション』で巨大な土の塊が浮き上がった。全長20メイル近いの土の塊が浮かんだ事で工兵や兵士達がカトレアを称えた。
「カトレア。大きすぎです。これでは箱の中に入りません、もう少し力を弱めて」
「はいっ」
カリーヌ夫人に駄目出しされたカトレアは魔力を調整し土の塊を小さくすると、それをヘスコの箱の中に流し込んだ。
「一先ず成功ですね。それにしてもカトレア。貴女は領民の治療に出張っていると耳にしましたが風メイジなのに水魔法の方が魔力の調整が上手いと言うのはどういうことですか」
「あれは、秘薬を媒体にしてますから上手く行くんです」
「まったく、今まで礼儀作法を重点に置いてましたが。やはり貴族は魔法が本分。帰ったらみっちり特訓しますよ」
「魔法は大事ですが、だからと言って結婚相手までも魔法で決めるわけではないでしょう。聞くところに寄ればエレオノールお姉様の婚約もこの内乱でご破算になったと聞きました。言いたくはありませんが完璧を着そうと鍛錬すればするほど、男の人は離れてゆくんじゃないかと心配になるんです」
「お黙りなさいカトレア。この話にエレオノールは関係ありません。それと王妃に成ろうとする者が魔法もろくに使えないでは諸外国から侮られますよ」
「……分かりましたお母様」
カリーヌ夫人の威圧にカトレアはシュンとして小さくなった。
その光景を遠目で見ていたマクシミリアンは『レビテーション』で土砂を持ち上げ、開かれた箱の中に適量の土砂を流し込んだ。
『ヘスコ防壁』とは、分かりやすくいえば土嚢を巨大化させたものだ。金網と布で出来た底の無い箱に土砂を入れて、それを数珠繋ぎに設置して防壁にする。設置が簡単で、爆発に対してはコンクリート壁より強だ。
城壁は見る見る内に完成していった。作業は深夜になっても続いていて、多くのメイジが精神切れを起こさない様にシフトを組んで当たらせた。
古城の周りの堀は更に深く掘られ、敵に対し効果が期待された。
平民の兵士達もメイジや工兵のアシストに回ったおかげで夜明けまでには堅牢な城砦へと姿を変えた。
☆ ☆ ☆
マクシミリアンはグリアルモントに今後の防衛計画の説明を受けていた。
「この完成した古城で反乱軍を迎え撃つのか?」
「いえ、この古城はあくまで支城で砲撃陣地として利用します。高い城壁を持つリュエージュに殿下と司令部は移っていただきます」
「と言う事は軍を分けるのか?」
「リュエージュ内にも砲撃陣地を構築し、相互に支援しあう事で敵を撃退する予定です」
「そうか……まぁ、いちいち口は挟まないよ。上手くやってくれ」
「御意」
翌日、古城の城壁になるヘスコ防壁を完成させたマクシミリアン軍は古城にロケット砲撃陣地を構築し、ラザールを守将に置いた。
マクシミリアンはラ・ヴァリエール母娘と共にリュエージュに移り司令部と本隊も移った。
古城には守将にラザールとロケット砲部隊と1500の兵が残り計画通り相互に防衛しあう事になった。
マクシミリアンはリュエージュ市民に戦場になるため何処かに避難することを勧めたが、市民達は拒否し逆に蓄えの食糧や武具を軍に提供した。
これに対しマクシミリアンは
「ありがたいけど、大丈夫なのかな?」
と呟き家臣に、戦後ある程度保障してやるように伝えた。
……
リュエージュに移ったマクシミリアンに朗報がもたらされた。
トリスタニアで新型銃を作成していた銃職人達がミニエー銃1000挺を持って応援に駆けつけたのだ。すぐさまミニエー銃を配備させマクシミリアン軍のリュエージュ防衛には、その威力を発揮すると期待された。
銃職人たちは市内の鍛冶屋の工房を借りて既存のマスケット銃をミニエー銃に改造する作業に取り掛かった。1日20挺のペースでミニエー銃がもたらされおかげで時間が経てば経つほどマクシミリアン軍に有利にいくはずだ。
ちなみに戦後、銃職人達はそのままリュエージュに残り新型銃の作成に取り掛かることになり、後に彼ら銃職人の協力で郊外に国営の兵器製造工場が建設される事になる。
リュエージュ内にもに2000の兵を配備し、ロケット砲陣地を構築したマクシミリアンは軍に決戦前の休養を命じた。
リュエージュは決戦前にも関わらず活気付き露天商が景気良く商売をしていた。
マクシミリアンは、軍務で今まで余りかまってやれなかったカトレアを連れ出し、決戦前のデートと洒落込んでいた。
とはいえ、王子の姿のままでは色々問題があろうと思われたため、マクシミリアンは『水化』で姿を変え、カトレアも『フェイスチェンジの指輪』で顔を変えていた。
「こうやって2人でデートするのは初めてだな」
「でもこんな時に悠長にデートなんて良いんでしょうか?」
「構わないさ。やる事はやったから、敵が来るまで暇なんだし、緊張を張り詰めてたら敵が来る前にばててしまうよ」
「うふふ……そうですね。それじゃ楽しみましょう」
マクシミリアンはカトレアの手をとってエスコートにした。、
カトレアも嬉しそうにマクシミリアンの手を握られたまま隣に立ち、露天をのぞいて回った。
「この店は手作りのアクセサリーを扱っているようだ」
「綺麗ですね。この指輪お揃いですよ」
「宝石にしては濁っているし石にしては綺麗な色だ、この石、何て言うの?」
「ウチの故郷で採れる石だけど、何の石かはよく分からないんだ。故郷じゃ恋人とかが、よく身に着けて歩いているよ」
露天商の男は景気よく言った。
「いいね。お兄ちゃん、この指輪2つ」
「ヘイ! 毎度」
露天商の男は代金を受け取り、よく分からない石を加工した指輪を2つマクシミリアンに手渡した。
「カトレア。指輪はめても良いかな?」
「はい、お願いします」
「左の薬指はめるけどいい?」
「? よろしくお願いします」
キョトンとするカトレアにマクシミリアンは左の薬指に指輪をはめた。
どうやらハルケギニアは婚約や結婚の際に左の薬指に指輪をはめる習慣が無いらしい。そういう訳でマクシミリアンは流行らす事にした。
「左手の薬指は心臓に一番近いっていうから、『あなたを生涯愛します』って意味で婚約・結婚の証とも愛の証しとも言うらしいね」
「まぁ……マクシミリアンさま」
顔を真っ赤にしながら嬉しそうに微笑んだ。
「上等な宝石でも良かったんだけど、あんまり気負うのもあれかなと思ったんだ」
「わはしは気にしませんよ。マクシミリアンさまの指にも……」
「ああ、よろしく頼むよ」
カトレアはマクシミリアンの左の薬指に指輪をはめた。
「はは、ありがとうカトレア。似合うかな?」
「よく似合ってますよ」
「アハハ」
「ウフフ」
この時、2人の間から何ともいえない、砂糖を吐きそうな雰囲気が放出された。キャッキャウフフと笑いあう2人を微笑ましそうに羨ましそうに爆発して欲しそうに通行人は避けて歩いた。
その後も2人は露天を見て回ったり、屋台で買い食いしたりと楽しいひと時を過ごした。
そして夕方、宿舎になっていた、ホテルに戻る道中にマクシミリアンはカトレアに言った。
「明日明後日にもリュエージュは戦場になるだろう。カトレア、本当に帰らないつもりなのか?」
「マクシミリアンさまに、もしもの事があればわたしも生きていられません」
「……男としてこれほど嬉しい言葉を掛けられるとは、ね。分かったよカトレア。僕が勝つところを見ててくれ」
「はい、マクシミリアンさま」
ギュッと、2人は手をつなぎ、マクシミリアンは勝利の女神を手放すまいと手に力を込めた。
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