NARUTO~サイドストーリー~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SIDE:A
第十一話
半年前のことだ。
ヒナタちゃんとのお見合い当日、保俺は護者である母と使い魔のクーちゃんとともに日向家へ訪れた。父さんは火影として仕事があるため、母さんが同行した次第だ。
使用人の人に一室へ通されると、すでにテーブルにはヒアシさんが座っていた。
隣の座布団はヒナタちゃんの席か。今は姿が見えない。
「よく来たねハルトくん、クシナさん。さあどうぞお掛けください」
朗らかな表情で着席を促され、俺たちも用意された座布団に座る。クーちゃんは俺の後ろで正坐した。
お茶を淹れてくれる使用人の方にお礼をいうと、ニコッと笑顔を返してくれる。
「すまないね、ヒナタは今準備中なんだ。もう少し待ってくれるかな?」
「女の子の準備は時間が掛かるからね。ましてや今日はお見合いなんだから、気合いも入るわよ」
「うむ、今宵は女子にとって勝負の日。入念に準備をする必要があろう」
女性である母さんとクーちゃんは感じ入るものがあるのか、うむうむと鷹揚に頷く。
俺も多少待つくらい苦ではないから二つ返事で頷いた。
「しかし、久しぶりだねハルトくん。君と出会ったのは二年前になるのか」
「ご無沙汰しています。ヒアシさんもお変わりないようでなによりです」
緊張でつい馬鹿丁寧に挨拶してしまった。八歳の子供としてはおかしい受け答えだったか?
ついそう危惧したてしまったがヒアシさんはそう思わなかったようで苦笑してみせた。
「相変わらず大人びているね。まるで大人を相手にしているかのようだよ」
「この子ったら珍しくヒナタちゃんとのお見合いで緊張してるのよ」
母さんのフォロー。実際緊張しているのは事実だ。
見合いといっても相手は子供だというのに、とは思うけれど。俺も精神年齢はともかく今は子供なわけで、緊張するものは緊張する。
「ははっ、そうか。大人びているとはいってもやっぱり子供なのだな。ちょっと安心したよ。なにそう緊張することはない。それに、緊張の度合いで言えば、ヒナタの方が緊張しているだろうしな」
「ああ、確かに。ヒナタちゃんの性格からしたらねぇ。見合い中に緊張のあまり卒倒しちゃうんじゃないかしら?」
「そこを私たちは一番危惧しているのだよ。そうならなければ良いのだがね……」
大人たちが話し込み、少し居心地の悪さを感じていると、ついに準備が整ったのか襖越しに声を掛けられた。
「――ヒナタ様の準備が整いましてございます」
「入りなさい」
「し、失礼いたします……」
消え入りそうな声とともに開かれる襖。
そこに立っていたのは可愛らしくおめかしした少女が一人。
うっすらと化粧を施して口紅もつけ、大人っぽさが加わった美貌。日向家特有の白目はぱっちりしていて大変可愛らしい。
艶やかな黒髪は前髪を額に垂らし切り揃え、後ろ髪を襟足辺りでまっすぐに切り揃えた、おかっぱ風の髪型。
薄紅色の着物を着込み、まるでお人形のような愛らしさを醸し出していた。
あまりの可憐さにしばし見惚れていると、少女は俺の視線に気がついた。顔を赤らめて体をもじもじさせる。
「何をしているヒナタ。早く座りなさい」
「は、はいっ、お父様……!」
ヒアシさんに促されて慌てて父の隣に着席する。
全員揃い、ヒアシさんが「それでは改めて」と開幕の挨拶を始めた。
「日向家長女、日向ヒナタとうずまき家長男、うずまきハルトの見合いを始める。まずは互いの自己紹介から」
司会進行はヒアシさんがするのかな?
年長者ということで俺から自己紹介しようとすると、母さんが肘で脇をついてきた。俺から自己紹介しろってことだろ? 分かってるよ母さん。
「四代目火影、うずまきミナトが長男、うずまきハルトです。歳はヒナタちゃんの二つ上で八歳です。三つ年下の妹が一人いまして、今は家でお留守番しています。それとご存知かと思いますが、後ろにいる彼女は九尾の狐で、僕の使い魔をしています。父と母を含めるとこの五人が僕の家族ですね。趣味は鍛錬と忍術の開発。好きな食べ物はアイスです。ヒナタちゃんとのお見合いということで今、すごく緊張しています。今日はよろしくお願いします」
なんの面白げもない紹介に母さんが再び肘でついてくる。いや、これ以上なにを言えばいいのさ! 俺だって結構いっぱいいっぱいなのよ!?
俺の自己紹介が終わると今度はヒナタちゃんの自己紹介だ。
「わ、わわ、わたしは! ひ、ひゅ、ひゅうが、ヒナタです……! ろく、六歳で、えと、えっと……しゅみは押し花です! は、ハルトくんとお見合い、わた、わたしもすっごいきんちょうしてます……っ」
顔を真っ赤にして言葉を噛みながら、それでも精一杯自己紹介してくれるヒナタちゃん。
そんな姿に胸のなかがほっこりしていると、ヒナタパパがやけに目尻を下げた顔で娘を見ているのに気が付いた。
――あ、この世界のヒアシさんって娘にデレデレなんだな。今はっきりと分かったわ。
原作のヒアシさんは実力がないということを理由にヒナタを蔑んでいた。今、目の前で緊張のあまり倒れそうになっているヒナタが原作と違い、実力があるのかは分からないけれど。
まあ、なにはともあれ家族間の関係が良好なのは俺にとっても喜ばしいことだ。
卒倒しそうなほどテンパっているヒナタを見て、平常心に戻った俺はニコッと微笑みかけた。
「ヒナタちゃんも緊張してるんだ? 俺もすごく緊張して心臓バクバクだよ」
「う、うん。わ、わたしも、ドキドキしてますっ」
「じゃあ一緒だね」
「……っ! う、うんっ」
そう言って笑い掛けると、ヒナタちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それではヒナタ、私はクシナさんと話があるから、ハルトくんに家の中を案内してあげなさい」
「ハルト、しっかり頑張るのよ!」
これは所謂"後は若い者どうしで"というやつだろうか。そして母さん、恥ずかしいから親指立てないでくれ、マジで。
ヒアシさんの言葉にコクコクと頷くヒナタ。クーちゃんは俺についてきそうだったが、母さんに何か言われて渋々部屋に待機することになった。
俺たちは親に半ば追い出されるようにして部屋を後にしたのだった。
「……」
「……」
部屋を出た途端に会話がなくなる。
どうすればいいのか分からずもじもじしているヒナタ。ここはやっぱ俺がリードするべきだよな。
おっしゃ、男は度胸!
「えっと、それじゃあ案内してくれるかな?」
「は、はい……っ」
「よし、じゃあまずはヒナタちゃんの部屋に行こうか」
「え、ええっ、わ、わたしの部屋、ですか?」
子供らしく元気な声を上げると顔を赤くしてあたふたし始める。やっぱ可愛いなぁ。
観念したのか、やがてコクンと小さく頷いた。
† † †
ヒナタちゃんの部屋はなんというか、名家らしい部屋だった。
和風家屋の床は畳張りで壁には掛け軸が掛けられている。壁際には本棚や机などの家具が並び、整理整頓が行き届いているのが分かった。
女の子の部屋にしては殺風景かなと思うが、窓際には可愛らしい動物のぬいぐるみが並んでいた。ちゃんと女の子してたのか、と失礼極まりない安堵感を覚えた俺であった。
その後は皆でご飯を食べる食堂のような部屋や、普段鍛錬で使用する離れの道場、使用人の方も数人紹介してもらい、中庭に着く頃にはヒナタもすっかり緊張が解れた様子だった。
縁側に仲良く座って談笑していると、唐突にヒナタがお礼を言ってきた。
「ん? どうしたんだ急に。お礼を言われるようなことしてないけど」
「ううん、前に助けてもらったお礼をちゃんと言ってなかったから」
ヒナタに関連することで前に助けたとなると、二年前の誘拐事件のことしか思いつかない。
しかし、あの時ヒナタって確か寝ていたはずでは?
「実は、白眼で見てたの。ハルトくんが助けてくれた時のこと」
「そうだったのか……」
まさか意識があって白眼で思いっきり見られていたとは思いもしなかった。
ていうか、四歳ですでに白眼が開眼してるのか! すごいな、大人になって開眼する人もいるって聞いてるのに……。
「あの時、ちゃんとお礼言えなくてごめんなさい……」
しゅんとした顔で下を向くヒナタちゃん。
落ち込む少女の姿に慌てて慰める。
「いいんだよそんなの。ヒナタちゃんが無事だったのがなによりなんだから!」
それに、こんな可愛い子を誘拐とかマジで許されないし。誘拐ダメ、絶対!
「あ、そうだ。これは聞いておきたかったんだけど。父さんたちの話では俺と婚約することになってるけど、ヒナタちゃんはそれでいいの?」
言い辛いだろうけど、これは聞かないと。もしヒナタちゃんが乗り気でないなら俺のほうから父さんに掛け合って婚約を破棄しないといけないんだから。
顔を赤らめたヒナタちゃんはボソボソっと消え入りそうな声で言った。
「あの、その……、い、嫌じゃない、です……。だって――」
ハルトくんは、わたしの憧れだから。
そう言葉を続けたヒナタに俺の顔も赤くなった。
「あの、そういうハルトくんはどうなんですか……? 私とのこんやく、嫌じゃないですか……?」
そう言って、不安気に瞳を揺らしながら見上げてくる。
俺は大きく首を振ってみせた。
「まさか。ヒナタちゃんのような可愛い子なら大歓迎さ。俺もヒナタちゃんのこと好きだしな」
「す、好き――っ!?」
結構すんなり告白の言葉が出た。
生前は病気のせいで入院生活が長かったから、好きな子がいても告白なんてできなかった。そのためか、素直に好意を伝えるのにあまりためらいを覚えないのは。
俺の好き発言で顔を真っ赤にして慌てふためくヒナタちゃん。
今のはポロッと言葉が出た感じで、告白って感じじゃないな。よし、改めて言うぞ!
背筋を伸ばした俺は二歳年下の女の子の目を真正面から見つめた。
「ヒナタちゃん」
「は、はい……」
俺の真剣な雰囲気に呑まれたのか、緊張した面持ちだ。
そんな彼女の目を見据えたまま、大きくはっきりと、想いを言葉にした。
「好きです」
「――」
息を呑む音。俺は真摯な気持ちが伝わるようにと声に熱を帯びさせながら、しかし熱くなりすぎず冷静に言葉を続けた。
「正直いきなり言われて困るかもしれないけど、やっぱりちゃんと想いは伝えたほうがいいと思うから、何度でも言うね。貴女が好きです」
今すぐ結婚してくれとは言わない。六歳のヒナタちゃんには結婚っていわれてもピンと来ないだろうし、まずこの年齢ではできない。
婚約者だからとか、そんなこととは関係なく。
「日向ヒナタちゃん、君が好きです」
この思いよ、届け。
真剣な眼差しでジッと彼女の瞳を見つけていると。
「……」
「ちょ、なんで泣くの!?」
ヒナタちゃんが大粒の涙をこぼし始めた。
嗚咽一つ漏らさず、無言のままポロポロと大粒の涙を流し始めたのだ。
突然泣かれて慌てふためく俺。泣くほど嫌って訳じゃないよね!?
† † †
私には憧れている人がいます。
その人は二歳の時に誘拐されそうだった私を颯爽と助けてくれた恩人さんです。
怖くて、恐くて、お父様たちがすぐにやってきてくれると分かっていても震えることしかできなくて。目を瞑って耐えていたそんな時にあの人が現れました。
その人は私より少しだけ年上の男の子で、赤い髪を揺らして立っていました。私を攫う男の人たちに立ちふさがるようにして、海のように青い目で真っ直ぐ、男の人たちを見据えてました。
自分より大きな男の人が三人もいるのに、男の子はまったく恐がらないで、それどころか軽口を叩く余裕すら見せていました。
相手は大人の男の人で、しかもお父様たちと同じ忍の人です。早く逃げないと男の子は殺されてしまいます。
構わず逃げて欲しいのに、臆病な私は声を上げることも出来ず、ただただ目を瞑ることしか出来ませんでした。
そんな自分が嫌で、嫌いで、泣きたくなってきて。
涙が出そうに鳴ったその時、男の子があっという間に男の人を倒してしまったのです。
颯爽と倒して私を助けてくれるその姿は、まさに物語に出てくるような英雄のようで。
この日、私の心に一人の男の子が住み着きました。
お父様がある日突然、私には許嫁がいると言って写真を見せてきました。
その写真にはあの夜、私を助けてくれた男の子が優しい顔をして映っていて、思わずまじまじと見つめてしまいました。
お父様の話だと火影様と親しい間柄で、この写真の男の子は火影様のご子息とのことです。私を救ってくれた男の子が実は火影様の息子だったと知り、思わず驚きの声を上げてしまいました。
憧れのあの人が将来、私の旦那様になるかもしれない。
そう思うと、不思議と胸の高鳴りを覚えました。
男の子の名前はうずまきハルトくん。あの九尾の狐をやっつけ従えてしまった小さな英雄だと知り、ますます憧れの気持ちが強くなりました。
ハルトくんのことをもっとよく知りたい! そう思うようになったのは当然の成り行きなのかもしれません。
でも、自分から声を掛けるなんて恥ずかしくて出来ない。そんな私が出来ることといったら、遠くからハルトくんを見つめることでした。
ハルトくんの姿を目で追うようになってから色々なことに気がつきました。
たくさん笑って、笑顔がステキなこと。
私と同い年の妹さんがいて、よく一緒にいること。
一人で、もしくは狐さんや火影様と一緒に修行をしていること。
まだ子供なのにとても強いってこと。
とてもとても、優しい人だということ。
知れば知るほど、ハルトくんに対する憧れの気持ちも強くなっていって、いつしか彼のことが好きになっていました。
いえ、最初からハルトくんに恋をしていたのかもしれません。ただ、それに気がついていなかっただけの話で。
だから、お見合いの日を迎えた今日、初めてハルトくんと対面することに不安を覚えました。
私は臆病で恥ずかしがり屋だから、多分まともに話ができないと思う。
もし、一緒に居てつまらない女の子と思われたらどうしよう。
もし、変な子って思われたらどうしよう。
もし、嫌な子だって思われたらどうしよう。
不安が次から次へと沸き起こってくるけれど、ハルトくんは嫌な顔一つしませんでした。
私の拙い話にも朗らかに笑ってくれて、明るく笑顔を見せてくれました。
そんなハルトくんと一緒にいると、不思議と私の不安や緊張もなくなってきて、いつの間にかリラックスした状態で話すことが出来ていたんです。
だから、ハルトくんに好きだって言ってもらえてとても嬉しくて。
頭の中がわーってなっちゃうくらい、嬉しくて嬉しくて。
思わず泣いてしまいました。
「……ぐすっ……わ、私も……っ」
応えないと。私も勇気を出して答えないと!
胸が張り裂けそうなくらい、心臓がドクドク鳴ってるなか、私はありったけの勇気を込めて言いました。
「私も……ハルトくんのことが好きです……っ!」
滲む視界の中、ハルトくんが浮かべた満面の笑顔は一生忘れません。
ページ上へ戻る