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世界のビール飲み比べ・2
「さて質問。ビールの消費量世界一は?」
「それは勿論、我がドイツだろう?」
自信満々に答えるグラーフ。
「残念、不正解だ。答えはチェコ……世界で一番飲まれてるピルスナーの生まれ故郷だ。」
ピルスナー。日本人に「ビールってどんなお酒?」と尋ねれば、大概の人はピルスナーの特徴を答えるだろう。
透き通った黄金色の液体。クリーミーでキメ細やかな泡。ホップによる華やかな香りと爽やかな苦味。チェコのピルゼンという街で生まれたラガーの亜種は、世界中のビールの歴史を塗り替えたと言っても過言ではない。実際、世界で一番醸造されているビールの種類はピルスナーなのだから。
「そこでな、今回はそんなピルスナーの元祖であり頂点と言われている『ピルスナー・ウルケル』を味わって貰おう。」
実はこのビール、漫画の「もや〇もん」で紹介されてて興味を持ち、飲んだんだが……ビール単品の持つ力強さに圧倒されてツマミが入り込む余地がない。その位の圧倒的麦芽の味とホップの苦味のバランスが絶妙だった。
注ぎ方もその漫画で紹介されていた物を参照。ジョッキを洗って豪快にすすぎ、水滴を拭き取らずにそのままサーバーからジョッキの口ギリギリまで注ぐ。こうすると、ジョッキ内の水分とか湿気の影響でよりキメ細かい泡が立ち、なおかつ溢れにくい。
「よくホーショーの店だと液体と泡の比率が大事だと言っていたのだが?」
そういやグラーフは赤城を始めとする空母連中とは何度か飲みに行ってるんだったか。
「あぁ、日本のビールメーカーだと美味しく飲むための比率として液7、泡3の割合を推奨してるがな。このウルケルに限って言えばんなもん気にしなくても美味いから安心しろ。」
さぁ、注ぎ終わった。俺も好きな一杯だ、存分に味わわせて貰うぜ。グビリ、と喉を鳴らして口内に流し込む。すると口一杯に広がる焙煎した大麦の香りとホップの苦味。後から麦芽の甘味が追いかけて襲ってくる。しかもその1つ1つがちゃんと主張しているが喧嘩せずに調和している。副原料一切なしでこそ味わえる濃厚な味。ドイツのラガーも副原料無しの物が多いが、ウルケルの『濃度』は圧倒的だ。しかしそれがしつこくない。喉を過ぎると一種の清涼感の様な物さえ感じる。
見れば、ドイツ艦達も皆夢中で飲んでいる。よほど美味いらしい。
「く、悔しいが完敗だ……!」
「ドイツのラガーより、こんなに美味しいビールがあるなんて……」
悔しげに話すビス子とグラーフをよそに、他の4人は美味い美味い、と心の底から楽しんでいる。
「まだサーバーに残ってるが、ウルケルのお代わりがいる奴は?」
『おかわりっ!』
全員のジョッキが突き出された。悔しがってても飲むのね、別にいいけどよ。
「さーて、さて。海外のビールもいいが、ぶっちゃけた話俺は日本のビールは世界に誇れる物だと思ってる。」
日本のビールは世界的に見るとあまり好まれる傾向にない。副原料が多く、ドイツやイギリスなんかの本場のラガーやエールに比べると味の濃厚さやコク、香りの強さ等を比べるとやはり見劣りしてしまう。
「そうだね、ボクらもこの鎮守府に来て日本のビールを飲んだ時には味がしないと思ったよ。」
レーベがそういう隣ではマックスもウンウン、と頷いている。
「まぁな、本場のラガーに慣れきったお前らの舌だとそう感じて当たり前だ。…けどな、あの日本のビールの味はちゃんと計算しつくされて作られているんだよ。」
日本のビール4大メーカー、アサヒ・サッポロ・キリン・サントリー。ビール好きが飲み比べれば差は一目瞭然だが、あまりビールが好きではない人から言わせるとどれも大差ない味に感じるという。これは何故か?それは、『大半の日本人が好む味』にどのメーカーも仕上げているからだ。
曰く、
・さっぱりとしていて
・喉ごし爽やかで
・長時間大量に飲んでも飽きが来ず
・水やお茶の様にガブガブ飲める
これが日本人が好むビールの味だ。だが、それよりも大前提にあるのは『料理の供として主張しすぎない』事。これに尽きる。
「どういう意味だ?アトミラール。」
「んじゃ、今ちょっとした肴を用意するから、それとそのウルケルを合わせてみな。ビックリするぜ?」
俺が用意していたのは鶏の水炊き。日本の料理をイメージさせやすい、繊細な味付けの料理だ。
「さ、コイツとウルケルを合わせてみな。」
「これはナー・ヴェーか?アカギ達と食べた時とは具材が違うようだが……」
「鍋料理ってのは具材が幅広いからな。……さぁ、冷めない内に食ってくれ。」
「そうだな、では頂こう。」
少し箸の扱いに手こずりながらも、鶏肉をつまみ上げて口に運ぶ。
「とても優しい味だ。鶏の本来の味と、スープの味が上手く溶け合っている。」
「そこにウルケルを飲んでみな?」
促されるままにウルケルを煽るグラーフ。途端に顔が渋面に変わる。
「ア、アトミラール……済まない。この組み合わせはあまり良くないようだ。」
そう、本場の濃厚なラガーやエールでは、料理の供として合わせるには濃すぎるのだ。
海外の映画などにたまに出てくるパブやバーなどのシーンでは、料理の皿はほとんど出てこない。せいぜいナッツやソーセージ等のシンプルなツマミだけだ。海外の酒場というのは『酒を楽しむ』為の場所であり、酒そのものの味や個性が強いラガーやエールには、そもそもツマミを必要としない。
逆に、日本の居酒屋に代表される酒場というのは『料理と共に酒を楽しむ』場なのだ。料理ありきでこそ酒を嗜み、また料理を引き立てる酒こそ好まれる。日本酒や焼酎が良い例だ。必然的に日本のビールも料理を邪魔せず引き立てる役割を求められ、『喉ごし』や『爽快感』を重視したライトなピルスナーになったのだ。
昨今、世界では日本食ブームが起きている。それによって日本酒や焼酎が世界でも認知されて人気を博しているらしいが、そんな時だからこそ日本のビールのチャンスではないかと、俺は思う。日本食と共に日本のビールを世界へ。
「成る程、料理を引き立てるビールか……。確かに日本でなければ出てこない発想かもしれないな。」
「そうなのよねぇ、私も着任したての頃はドイツのビールばかり飲んでたけど、鳳翔さんのお店だと今は専ら日本のビールだわ。」
ビス子にはもう少し控えて欲しいんだがな、飲む量。
「ってなワケで、今度は日本のビールと料理の組み合わせを楽しんで貰おうか。」
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