提督はBarにいる。
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世界のビール飲み比べ
コンコン、と扉を打つ音が響く。予定よりも少し早いが問題はない。早く来る事も見越しての支度だったからな。
「おぅ、空いてるぞー。」
ぶっきらぼうに返事を返しながら手は止めない。
「今晩は提督。無理言って悪かったわね。」
「気にすんなぃ。俺もいずれはやろうとしてた事だったからな。」
先頭を切って入って来たのはビスマルク。先日錬度が99に達して指輪を渡した。これで……えーと、何人目だっけ?まぁいいや、後で思い出そう。
「今晩はアトミラールさん!今日は何が食べられるんですか!?」
次に入って来たのはプリンツ・オイゲン。何かにつけてビスマルクの世話を焼きたがるもんだから『ちっちゃい比叡』なんて言われたりしている。
「提督、僕達も参加していいの?」
「当たり前だろ?ドイツ艦揃っての食事会なんだから。」
「ふーん……貴方の食事は何でも美味しいから良いけれど。」
続くのは駆逐艦コンビ、レーベとマックス。明るく気さくなレーベと、一見気難しく見えるマックス。このちぐはぐな感じが噛み合うのか、いいコンビだ。
「えへへー、ろーちゃんお腹空きましたって!」
ドイツ海軍を語る上では外せない、潜水艦Uボート。U-511という名でこちらに派遣されてはいたが、ゴーヤ達の影響で(毒されて?)呂500に改装されたら全くの別人の様になってしまった。ビックリしたよ、マジで。
「し、失礼するぞアトミラール!」
そして今宵の主賓、ドイツの空母グラーフ・ツェッペリン。着任してから半年経つが、俺を嫌っていると聞かされていたので歓迎会もロクに出来ず、ズルズルと先伸ばしになってしまっていた。だが今回改装が決まったのにかこつけてやってしまおうというのが俺とビス子の間で立てられた企てだった。
「さてさて、今宵は当店をご利用頂きまして誠にありがとうございます。」
「どうしたの提督?いつもはフランクなくせに。今日は恭しく挨拶なんてして、悪い物でも食べた?」
「うっさいわビス子!今日は初のお客も居るんだから少しは気ぃ使ってんだよこっちも!」
そんな言い方で茶化してくるビス子に、いつもの調子で返してやる。
「いや、私に気を使わなくてもいい。寧ろ、いつも通り自然体のアトミラールで居てくれ。」
「お、そうか?なら遠慮なく。今夜は長らく出来てなかったお前さんの歓迎会も兼ねてるからよ、まぁ楽しんでってくれや。」
グラーフからの思いがけない提案に乗っかる形で、使い馴れない敬語はやめにしよう。
「それで、アトミラールさん!今日は何が食べられるんですか!?」
「落ち着けプリンツ。お前そんな調子だから皆から食いしん坊だって言われてんぞ?」
「うぅ……だって今晩はアトミラールさんのお料理食べられるって言うから、演習で頑張ってお腹空かせて来たんですよぅ……。」
そう言いながらすすり泣くプリンツ。お前はどんだけ楽しみだったんだよ、嬉しいけれども。
「今夜はドイツ艦娘全員をもてなすからな。本場ドイツのビールと料理を……とも思ったんだが、それだと面白くないからな。どうせなら、世界中のビールと肴を味わって貰おうと思う。」
そう言って俺はジョッキを取り出した。
「さて諸君、ビールには大きく分けて2つの種類があるのは知ってるかな?」
「簡単よ!ドイツのビールかそうでないかよ。」
流石はビス子、期待を裏切らないトンデモ解答ありがとう。
「……確か、エールとラガー…じゃなかったかしら?」
「流石はマックス、博識だな。…そう、エールとラガー。発酵と熟成のさせ方の違いでビールは大きく2つに分けられる。」
簡単に説明すると、ビールを発酵させる段階で液体の表面に菌の層が出来る(上面発酵)のがエール、逆に液体を入れている容器の底の方に菌の層が出来る(下面発酵)のがラガーだ。それぞれ得意分野が違うので、これも簡単に解説。
《エールの特徴》
・瓶内熟成が得意
・熟成の度合いで味が変化する
・常温で発酵、熟成させる為にラガーよりも手間がかからない
・昔はビールといえばこれだった。
・副原料等で多彩な味が作りやすい
《ラガーの特徴》
・低温発酵、低温貯蔵が必須の為、エールよりも設備投資に手間暇とお金がかかる
・キリッと冷やして飲むのが美味く、現代だとこちらが好まれる
・世界的に見ても現在主流のビール(正確にはラガーの亜種)
・エールよりもコクとキレが強い
「ドイツはラガー王国と思われがちだが、アルトやヴァイツェン、ケルシュなんかはエールだな。…さて、そんなエールビールの中でも特に変わった奴を味わって貰おう。」
俺はそう言ってカウンター横に置いておいた樽に木ネジ式の注ぎ口を捩じ込み、そこから人数分のエールをジョッキに注いだ。
「泡が無いわね、これ。」
「なんだか変な臭いもしますって。」
初めて見る奇妙なエールに不満たらたら、といった様子だな。
「まぁまぁ、とりあえず乾杯しようや。」
「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」
そうしてジョッキを打ち付け、一口飲んだ途端
「「「「「「すっぱァ!」」」」」」
同じ様なタイミングで叫ぶドイツ艦娘達。仲良いなお前ら。
「提督!何よコレ!」
「腐ってるじゃないですかぁ!」
「流石に腐った物を飲ませる事は無いんじゃないか!?」
ドイツ艦達は非難轟々、こんなものを飲ませやがってと言った所か。
「何だお前ら、ランビックは初めてか。」
「ランビック?何よそれ。」
よほど酸っぱさに面食らったのか、うっすら涙目のビス子が反抗的に聞いてくる。
「ランビックってのはベルギーの首都であるブリュッセルの側で作られてるマイナーなエールでな。今みたいに培養された酵母を使わずに空気中の天然の酵母を使って発酵させるんだよ。その種類は80を超え、中にはヨーグルトなんかに使う乳酸菌なんかも入るんだ。」
「なるほどね、だから酸っぱいんだ。」
「そういう事。ホントは3年くらい熟成させたのが飲み頃らしいんだが、これはまだ1年くらいでな。熟成の変化を楽しみたくて若いのを買ったんだ。」
俺も一口飲む。……うん、上手く育ってきてるな。今度はランビックがちゃんと商品となっている物を出そうか。
「さて、さっきのランビックだがな。その特徴的な酸味を際立たせる為にフルーツの果汁を加えたりするんだ。その中でも有名なのがさくらんぼの果汁を加えたこのクリークだ。」
今度はジョッキではなくフルートグラスに注いでやる。
「さぁ、こっちを利いてみな?」
クリークを一口飲んだドイツ艦達の表情が変わる。
「酸っぱいは酸っぱいけど……」
「ここまで来ると爽やかさを感じるわね。」
「だろ?炭酸がほとんどなくて酸味が強いから、こういうサワードリンクみたいな味に仕上がるんだ。面白いだろ?」
クリーク以外にもランビックに果汁やシロップを加えて仕上げる事がある。カシスやラズベリー、桃、葡萄、苺、変わった所だとリンゴやバナナ、パイナップル等を加えてワインやシードルの様に楽しむ……そんな変わった1本だ。変わり種の次は王道、俺個人が選ぶとしたら『ビールの王』はこれだという1本を紹介しよう。
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