提督はBarにいる。
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独逸空母の憂鬱
前書き
はい、という訳で予告していたビール特集編でございます。今回の導入はいつもと違ってとある艦娘(と言ってもサブタイでバレバレでしょうが)視点でお送り致します。
※今回の話の中では『』はドイツ語、「」は日本語だと脳内変換してお楽しみ下さい
『グラーフ、今晩は飲みに行かない?私の奢りよ?』
日常化した訓練の後、ビスマルクにそう声をかけられた。……あぁ、自己紹介が遅れたな。私はドイツ生まれの航空母艦、グラーフ・ツェッペリンだ。艦娘の運用を学ぶ為に、今はここ…ブルネイにある日本海軍の鎮守府で、ドイツ艦の艦娘達と日夜任務に明け暮れている。
『あぁ、たまには良いだろう。それで、どこに飲みに行く?マミーヤか、それともホーショーの所か?』
久方ぶりに交わすドイツ語での会話。祖国ドイツを思い出すようで少し感傷的になるが、今は大事な任務中だ。だが、たまには贅沢するのも良いだろう。
『いいえ、今日はそのどちらでも無いわ。提督のお店よ。』
その言葉を聞いて少したじろぐ。
『提督の店か?あそこはちょっと……』
『何故?あのお店お酒の種類は多いし料理も美味しいしで問題なんて無いと思うけど?』
この鎮守府の司令官である提督は少々……いや、かなりの変わり者だ。仕事は出来る…それは間違いない。だが、勤務時間後に執務室を飲食店に改装し、夜な夜な部下である筈の艦娘達と飲み明かし、午前中の執務は秘書艦に任せきり。その上複数の艦娘と婚姻関係まで結んでいる。いい加減に仕事をこなす軽薄な男……ここの提督に抱いた私のイメージはこれだった。
『あの提督は……あの男はいい加減過ぎるとは思わないか?ビスマルク。仕事の才覚はあるのかもしれないが、軽薄に過ぎると思うのだが。』
私がそう言うと、ビスマルクは顎に人差し指を当ててう~ん、と考え込んでいた。
『それはどうかしらね?貴女はまだあの人と付き合いが浅いもの。まずはあの人の料理を食べて、言葉を聞いてから判断しても遅くないとは思わない?』
『む……それは、そうかもしれないが。』
『なら決まりね!貴女はとりあえず汗を流して来なさい。私はその間にレーベやプリンツ達にも声かけて来るから。』
それじゃあね、とだけ言い残してビスマルクは去っていった。その左手の薬指には鈍く銀に光る指輪が嵌められていた。
浴場に着くと、ちょうどアカギとカガが入浴する所だった。
「あら、グラーフさんじゃないですか♪」
「やぁアカギ。貴女達も今から入浴か?」
「えぇ、久し振りに他の娘達の訓練に駆り出されたもので。」
そう言いながらカガが左手の薬指から指輪を外す。……そういえば、アカギとカガもあの男と婚姻関係を結んでいたな。複数の女性と婚姻関係を結んでいる事を不誠実だとは思わないのだろうか?いい機会だ、尋ねてみよう。
「はぁ~……生き返りますねぇ♪」
そういえば、日本式の軍に来て一番驚いたのがこの入浴文化だったな。ドイツではサウナが一般的で湯を張った浴槽に浸かるという事はなかったからな。しかし半年もすると、この全身が蒸気ではなく温かいお湯に包まれる感覚が病みつきになってしまっているから不思議だ。
「……そういえば、グラーフさんはもうすぐ改装だとか。」
「あ、あぁ。実はそうなんだ。本国から設計図面が届き次第、改装すると通達された。」
本当は私から話を切り出そうと思っていたのだが、カガに先制を許してしまった。
「あら、そうなんですか?それはそれはおめでとうございます。」
アカギからも祝辞を述べられて少し照れ臭い。……しかし、本来の目的を見失ってはならない。
「そっ、そういえば二人は…その……アトミラールと婚姻関係を結んでいると聞いたが?」
二人は驚いたようにきょとんとしている。日本の諺で言うところの…「鳩がマメデッポウを喰らったような顔」だったか?そんな顔をしている。だが、アカギがすぐに笑いだした。
「なっ、何を笑うんだアカギ!実際に二人は指輪をしていたじゃないか!」
「グ、グラーフさん……くくっ、あの指輪は“ケッコンカッコカリ”の指輪と言って、一定の錬度に達した艦娘を更なる高みに昇らせる為の、言わばパワーアップアイテムなんですよ。」
「えっ?」
な、なんだそれは。初耳だぞ!
「そ、その様子だと大淀さんも提督も、伝えていなかったようですね…ぷふっ。」
普段ポーカーフェイスのカガにまで笑われてしまった。恥ずかしすぎるぞこれは。
「あの指輪は、別に左手の薬指に嵌めなくても効力は発揮されるんですよ。けれど、提督からの特別な証として左手の薬指に付ける娘が多いようですけど。」
「そ、そうなのか。」
「えぇまぁ。それに提督の本妻は金剛さんですから。」
コンゴウか。確かに初めてドイツ本国から送られて、この艦隊と合流した際の旗艦は彼女だったな。一番信頼の置ける部下に客賓として私を迎えに行かせたと言う訳か。
「では、アカギとカガにはアトミラールに対しての恋愛感情は無いのか?」
「え、ありますよ?」
「えっ?」
さも当然のように、アカギが答えた。妻がいる男性を好いていると、極めて自然に。
「しっ、しかしアトミラールには妻がいるのだろう?日本は一人の夫に対して一人の妻しか持てないと聞くが……。」
「そうですね、日本の法律では一夫一婦制が基本です。けれど、私達が思いを寄せる事は可能でしょう?」
カガが冷ややかに、だがその言葉に重みがあるように一言一言を噛み締めるように言った。益々解らない。
「提督は私達に指輪を渡す時にはその意思を尋ねられます。“カッコカリと名付けられてはいるが、仮にも夫婦になるんだ。俺はお前達の意思を尊重したい。嫌なら断っても構わない”と。」
「提督の権限で無理にでも付けさせる事は可能なんですけどねぇ。」
おかしな人です、と二人はクスクス笑い合っている。
「ケッコンカッコカリ、なんてふざけた名前は大本営が半ば悪ふざけで名付けた名前なのに、あの人はそれに誠意を持って対応してくれていますよ。」
「私達が肌を重ねる事を求めれば拒む事はしませんし、ケッコンカッコカリをした艦娘全員に分け隔てなく愛情を注いでくれています。」
こうして実体験している者に話を聞くと、私の抱いていた反抗的なイメージがぼやけてくる。
「勿論、ケッコンした艦娘でなくとも提督は分け隔てなく接しています。その中でもケッコンした艦娘は特別な扱いをされている、といった感じです。」
「その最たる例があのお店なんです♪」
アカギが嬉しそうに語っている。
「提督は……あの人は艦娘を兵器として扱うような人では無いですよ?一人の女性として、軍人として、何より一人の人間として。艦娘をそうやって扱ってくれる人です♪」
私も日本に来る前にはドイツで日本式の艦娘運用について学んだ。その中にはただの兵器や道具としてしか艦娘を見ていないような非人道的な運用法もされている鎮守府もあると聞いた。だがどうだろう、この鎮守府にはそのような扱いをされているような様子はない。むしろ、明るくのびのびと生活しているようにさえ見える。この顔を、いい加減に仕事をこなす軽薄な男が作り出せるだろうか。……いや、答えは聞くまでもない。
「すまんな、アカギにカガ。私はこのあと予定があるので先に失礼するよ。」
浴槽から上がり、バスタオルで体の水気を拭き取る。汗まみれだった制服は入浴の間に取り替えられている。その真新しい香りに包まれながら、私は少し足取り軽くアトミラールの店に向かう。入り口前には既にビスマルク、レーベ、マックス、プリンツ、そしてユー……今は名前が(容姿も)変わってロー、だったか。5人を待たせてしまっていた。
『もう、遅いわよ?』
『済まない、浴場でアカギとカガと話し込んでしまっていてな。』
『まぁいいわ、行くわよ!』
そう言ってビスマルクが『Bar Admiral』のドアをノックしたーー……
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