提督はBarにいる。
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家庭で作れる酒の味。
前書き
ここの所酒の話してないやん!と気付いたので、今回はお酒の話の回です。
それは、しとしとと雨の降る梅雨時の事だ。その日は客もいないからと、仕込みに時間を費やしていた。青々とした梅の実の表面を水洗いし、ヘタを爪楊枝でほじくって取る。そう、俺は今梅酒を作ろうとしている。梅酒を始めとする果実酒は、家庭でも作りやすいが美味く作るにはそれなりに手間がかかる。果実の選別、漬け込みに使う酒のチョイス、リキュールと漬け込みの原料、そして糖分を足す為の氷砂糖かグラニュー糖の割合で味は幾らでも変わる。まぁ、俺は定番とされている比率でしか作らんがな。
梅の実1~1.2kgに対し、漬け込み用のアルコールを1.8リットル(1升)。今回はホワイトリカーと呼ばれる果実酒用に作られた度数の高い甲類焼酎を使った。他にも、泡盛を使ったりブランデーベースリキュールと呼ばれる酒を使うと、ブランデーの風味が付いた、ホワイトリカーベースとはまた違った風味の果実酒が楽しめる。注意点としては、度数35度以上の物をベースに使うこと。熟成の間に漬け込んだ物からエキスが染みだして薄まるから、それを計算に入れて作らなくてはいけない。そこに氷砂糖を400g~600g。これら全ての材料をガラス製の広口瓶に入れる。そして熟成させる訳だ。
先ずは青梅から。果実の選別のポイントは3つ。
1つ、新鮮であること。
2つ、キズなどの傷みが無いこと。
3つ、粒の大きさが揃っていること。
それらを丹念にチェックして、選び抜かれた物だけを使う。次に氷砂糖。砕かずにそのまま、青梅の隙間に滑り込ませるように入れてやる。ムラを極力無くしたいのであれば、青梅→氷砂糖→青梅→氷砂糖……といった具合に互い違いの層を作るのも良いだろう。仕上げにホワイトリカーを瓶の中に注ぐ。俺は長期間熟成させる為、標準レシピよりも多くホワイトリカーを入れている。後は蓋をしてそこにいつ、何を漬け込んだか?等の情報を書いたシールを貼り、風通しの良い冷暗所に保存する。3ヶ月程で無色透明のホワイトリカーに梅のエキスが染み出して、琥珀色になったら飲み頃だ。酒造メーカー等では1年漬け込んだら梅の実は取り出す所が一般的らしいが、俺はずっと漬け込んだままで長期熟成させている。1年程度だとまだアルコールの角が立っていて、口当たりがキツいことがままある。3年以上寝かせると、角が取れてまろやかな、スルスルと飲める……シロップのような梅酒に仕上がる。1年毎に味が変化していくから、それを楽しみながらチビチビ飲むのも中々にオツなもんさ。
「あらあら、随分楽しそうですね♪」
「うぉっとぉ!?……なんだ、鳳翔さんか。」
梅酒を仕込み終えて向き直ろうとしたその時、後ろからいきなり声をかけられて飛び上がりそうになる。そこにいたのは鳳翔。その包容力と雑務能力がお母さんのようだ、との事でオカンならぬ『お艦』と呼ばれ、鎮守府全体の母親のような役割を担っている。また、その料理の腕を活かして鎮守府の敷地内に小さな小料理屋『居酒屋 鳳翔』を構えており、艦娘達の癒しの場となっている。……らしい。らしいと曖昧なのは、鳳翔さんの店は提督は出入り禁止で、艦娘達のぶっちゃけトークの場ともなっているのだ(青葉に頼んで覗いた事はあるけども)。
「今日は店はいいのかい?いつもならまだ客が大入りの時間だろうに。」
時計を見ると、時刻は午後10時過ぎ。いつもならば隼鷹や千歳、足柄や武蔵などの飲兵衛共が大騒ぎしている時間帯のはずだ。しかし鳳翔さんはクックッと肩を揺らして笑うと、
「もうすぐ大規模作戦の前ですから、やることがない娘達が多いのでお店を早く開けたんです。その分、早仕舞いしちゃいました。」
成る程な、そういやもうそんな時期か。大規模作戦の前はその海域に全力を注ぐために出撃を必要最低限まで減らし、その分遠征の割合を多くして資源の備蓄をしていく。遠征任務は駆逐艦と軽巡洋艦を主とした水雷戦隊がメインだから、必然的に戦艦や空母達はすることが無くなる為に早くに飲み始める奴が多いってワケか。その頃はまだウチは執務中だから開いてない。
「それで今日は暇だったのか、どうりでなぁ。」
「だから、私も来た事が無かったのでたまには飲みに行こうかな、と思いまして……。」
照れ臭そうに頬を染める鳳翔さん。何故だろう、声が幼く聞こえるせいなのか、とても可愛らしく見える。お母さんというよりも、まるで若い人妻のような艶っぽさを感じる。
「そうか、鳳翔さんがウチに来るのは初めてだったか。じゃあ、何を飲もうか?日本酒?それとも焼酎?」
「いえ、先程の梅酒作りを見ていたら果実酒が飲みたくなってしまいました。梅酒以外の物もあるんですか?」
「色々あるよ。梅にリンゴ、ミカンにオレンジ、イチゴ、キウイ、ブルーベリーにザクロ、パイナップル、レモン、アンズ、ユズ、カリン、スモモ、サクランボ、キンカンにコケモモに……。」
ざっと数えたら30位か。実際はそれ以上にある。果実酒の良さは、好きなフルーツを漬け込んで自分の好きな味に作れる所だよな、やっぱり。
「沢山あるんですね。…では、梅酒のソーダ割りをいただけますか?」
「あいよ。何年物にする?」
梅酒はほぼ毎年のように漬け込んでいる。浸かり具合やその年の梅の出来具合で味が変わる。まぁ、俺は3年以上をお奨めするがね。
「では……6年物を。」
あいよ、と返事をして梅酒の瓶を取り出す。中のホワイトリカーは琥珀色を通り越して樹液のような濃いブラウンになっている。それを氷の入ったグラスに注ぎ、炭酸水を注ぐ。割合は半々。漬け込みが浅いと少しキツく感じるだろうが、3年以上寝かせた物だとこの位でもまったく角が立たない。まるでいつもニコニコと笑っている目の前の彼女のように。
「はい、梅酒ソーダね。」
「では……乾杯いたしましょう。」
鳳翔さんのその一言で、グラスを打ち鳴らした。
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