| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

提督はBarにいる。

作者:ごません
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

女将vs大将の味比べ

「あっ、そういえば……」

梅酒ソーダをのグラスを静かに傾けていた鳳翔さん、何かを思い出したかのように両手をぽん、と合わせる。

「今日は早仕舞いだったので、お店のお料理を持ってきたんでした。」

 余り物で申し訳ないのですが、と言いながら傍らに置いてあった風呂敷包みからタッパーを幾つか取り出していく鳳翔さん。なんとも家庭的な光景だが、噂に名高い鳳翔さんの料理を食べる機会がこんな形でやって来るとは思わなかった。

 ウチの鎮守府の食堂は、地元の雇用促進の意味合いもあって現地の方々と間宮、伊良湖が協力して作ってくれている。他の所だと鳳翔さんが作っている所もあるらしいが、ウチの鳳翔さんは専ら艦載機のパイロットの養成、空母の艦娘達の指導教官、艦娘の寮の寮母、更には鎮守府内組織の主計科を取り纏める主計科長を担ってくれている。働き過ぎのような気もするが、一度その事を咎めた際に

『これは私がやりたくてやっているんです、手出しは無用ですっ!』

 と、語気を強めながら怒られてしまった。まぁ、本人が無理していない範囲でやりたい事をやっているというなら止めることはしないが、これに加えて居酒屋の経営しながら酔っ払い共の相手とは。いやはや、我が部下ながら頭が下がるぜ。

「肉じゃがにつくね、ポテトサラダに鰊の昆布巻き……どれも美味そうだな。」

 堪らなくなって肉じゃがを指でつまみ食い。

「あぁ!もう、提督ったらはしたないですよ?」

 むぅ、と頬を膨らませた鳳翔さん、破壊力抜群だ。しかし、そんな表情が目に入らない位にこの肉じゃがは美味い。ジャガイモは表面が程好く熔け出してトロリとしつつ、中はホクホクと芋の良さを感じさせる。玉ねぎは甘く、肉の旨味を引き立てる。この甘辛な味の染みた蒟蒻もいじらしい。それらが主張しすぎず、絶妙なバランスで混じり合ってこの味が出来上がっている。美味いぞコレは、それに何だかホッとする味だ。お袋の味、とでも言えば良いのだろうか懐かしさすら感じる。

「美味いなコレは。俺もこの味は出せんだろうな。」

「あらご謙遜を。提督のお料理は絶品だって、よく聞いてますよ?」

 あの酔っ払い共め、他の飲食の店で他の店の話をするかね普通。

「だから、一度食べてみたかったんですよ?提督のお料理。 」

 さて困った、別に作るのは構わんが、相手はあの鳳翔さん。下手な物を作ってお茶を濁すのもアレだ。しかし、いつものスタンスを崩すのもなぁ。

「何か、食べたい物は有るのか?」

「そうですねぇ……折角ですから果実酒を使ったお料理をお願いできますか?」

 それと、カリン酒をロックでお願いします、とグラスが返ってきた。



 それならば、普段和食が多いであろう鳳翔さんに中華の味をごちそうしようか。作るのは《中華風・豚の唐揚げ》。正確に言えば唐揚げという料理は中華には存在せず、一番近い調理法は乾炸(粉をまぶして揚げる)だそうだ。だが今回は、天ぷらやフリッターにも似た「軟炸」風にしようと思う。

《特製・軟炸里脊(豚のフリッター風)》

・豚のヒレ肉

・にんにく

・生姜

・醤油

・塩、胡椒

・卵白

・小麦粉

・片栗粉

・果実酒(何を漬け込んだ物かは、お楽しみ)


 まずは豚ヒレ肉。塊を厚めに切ったら食べやすい大きさにカット。次に下味を付けるんだが、ここで果実酒が登場。下味を付けるのに果実酒を使ってその香りを肉に移そうってワケだ。果実酒とすりおろしたらにんにくと生姜、それに塩と胡椒をまぶしてよく揉み込む。実はこれ、漫画の『MASTER キートン』の作中に出てきた豚の唐揚げを再現しようと作ったメニューなんだよな。作中では香り付けにウイスキーを使うという特徴以外の描写が無かったモンだから、後は俺の想像と勘で試行錯誤して作ったんだよな。中華風の色を強くしたいなら、ウイスキーを紹興酒にすると本格的な味になる。

 お次は衣の準備。卵白を泡立ててメレンゲ状にしたら、ここに醤油。下味に入れると折角の果実酒の香りが消えてしまうからな。更に片栗粉を加えて混ぜる。よく混ざったら小麦粉を加えてゴムベラ等でサックリと混ぜる。混ぜすぎるともたついた衣になってしまうからな。

 後は衣をたっぷり付けて揚げるだけなんだが、よくやる二度揚げは今回は無し。二度揚げると香りが飛んでしまうからな。一度でパリッと、しっかり中に火を通しながら揚げる。衣がきつね色になったら油から上げる。油を切ったら皿に盛り付け、パセリを乗せる。小皿に岩塩と黒胡椒を混ぜた物を一緒に盛り付けたら完成。

「はい、《特製・軟炸里脊》だ。……さて、使った果実酒が何か、解るかな?」

 鳳翔さんが一口パクリ。サクッという小気味良い音と共に、ヒレ肉特有の赤身肉の旨味を含んだジュースが溢れ出す。

「んっ、……程よい塩加減でとても美味しいです、流石にお酒との相性もバッチリですね。」 

 一口目の軟炸里脊をカリン酒ロックで流し込んで口の中をリセット。再びかぶり付き、今度は味わうようによく噛んで果実酒の漬け込んでいる物を探しているようだ。

「う~ん……お酒の香りはブランデー?でしょうか…。」

 おっ、流石は鳳翔さん。確かにベースリキュールはブランデー。語源は焼いたワインという意味の蒸留酒だ。その特徴は何と言っても香りにある。蒸留前の原料となる酒の材料でその香りは千差万別。果実酒のベースリキュールはその漬け込む材料の香りを活かすため控えめの香りとはなっているが、ホワイトリカー等に比べれば香りは強いだろう。

「けれど、なんでしょうか、少し舌にピリッと来る物が……。」

 お、鋭いな。確かにこれはフルーツを漬け込んだ物ではない。さぁて、わかるかな~?

「山椒かしら、唐辛子ではない痺れるような辛味ですから。」

「ご名答、流石だね鳳翔さん。」

 そう、俺が使ったのは山椒酒。普通に飲んでも面白いがカクテルや料理に使うと面白い味になる。

「ごめんくださ~い。」

 おや?誰か新しい客が来たらしい。

「あら?貴女は……」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧