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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第六十六話 宇宙艦隊副司令長官を代行することになりました!!

帝国歴486年10月21日――。

 カストロプ星系序盤戦は続いているが、勝利の女神はラインハルトたちに微笑みを向けつつあった。

ルッツ艦隊をビッテンフェルト艦隊の支援として投入したラインハルト・キルヒアイスの読みは正しかった。ルッツは的確かつ効果的な砲撃をもってビッテンフェルト艦隊を支援し、彼が縦横無尽に暴れられるだけのステージを用立てたのである。
さらに用意が整い布陣が完了したロイエンタール、ミッターマイヤー両艦隊からの砲撃が敵軍から見て後方8時方向から連続してもたらされると、敵軍は大いに慌て、大混乱に陥った。
「今だ!!全艦隊、全力を挙げて攻撃せよ!!」
ラインハルトはすかさず全軍に指令を下した。メルカッツ提督の中央艦隊は副司令官であるウェリントン伯爵が指揮を執っているが、彼もまたラインハルトの指令を良くこなし、懸命に奮戦していた。総司令官が欠ける部隊はかえって周りの足を引っ張りがちなものであるが、この青年伯爵の奮戦でメルカッツ提督の本隊は他の艦隊に負けない働きをすることができたのである。
「ミュラー、メックリンガー!!」
ラインハルトはこの時とばかりに温存していた2部隊を呼び出した。
「銀河基準面下方60度敵軍相対方向9時からまっすぐに突撃せよ!!敵を貫け!!」
『御意!』
ミュラー、メックリンガーはうなずき、若き司令官の命令を忠実にかつ効果的に実行したのである。これに呼応して敵軍の右翼を攻めたてていたイルーナ艦隊が敵との距離を詰め、その火力を倍加させた。このあたりの呼吸はさすがは幼少から一緒にいただけあって双方ともによく理解している。
「α7127地点に向けて、主砲、斉射!!」
イルーナの号令一下放たれた主砲は敵軍の艦列を正確に打ち抜き、火線上にいた敵艦隊を一瞬で鉄くずに、あるいは原子の塵に変えてしまったのである。顎に拳を当てて戦局をにらんでいた彼女は艦隊を半円陣形にして敵の右翼を包囲する体制に作り替えるように指令した。正面からはメルカッツ提督が、敵の左翼にはラインハルト艦隊がかみついている。ここで一気に突撃してもいいのだが、敵に死闘をせしめることになるため、絶えず半包囲体制の下にあって敵を圧迫し、崩壊速度を速める方法を選択したのである。麾下のフィオーナもティアナもそれぞれの部署にあって確実に敵を仕留め続ける方法で敵を掃討していった。ティアナはメルカッツ提督の中央本隊に近い位置で敵に対して苛烈な攻撃を行い、まだんなく反復突撃を行って敵軍の崩壊を誘い、フィオーナはイルーナ艦隊の最左翼に位置して包囲網の一環を構築し、敵に心理的圧迫を送り続けるやり方で確実にその数を減らしていく。

 ブリュッヘル伯爵艦隊がそれでも崩壊しなかったのは、伯爵自身の器量によるものか、部下たちの手腕が良かったのか、それはラインハルトたちにはわからなかった。それでも確実なことはブリュッヘル伯爵艦隊は艦列を乱し、損害を増しながらも艦隊としての運動を継続し、カストロプ本星に逃げる姿勢を取り続けているという事である。ラインハルトはさらにワーレン、アイゼナッハ艦隊を投入して絡め手から攻撃を仕掛け、さらなる損害を与え、ある程度まで追撃をしたが、イルーナ、ウェリントン伯爵らと協議し、全艦隊に追撃中止と部隊の再編成を指令した。戦場でメルカッツ提督から指揮権委譲を受けたとはいえ、自分の独断だけで追撃ができるわけではない。あくまでこの戦闘における指揮を任されたに過ぎない。ラインハルトとしてはできうるだけ追撃して敵の戦力を削いでおきたかったが、そこは我慢したのだった。

 完全に敵軍が去ると、ラインハルトは初めて後方を振り返って、キルヒアイスに話しかけた。
「キルヒアイス、周囲を警戒しながら戦後処理に当たってくれないか?」
「かしこまりました。・・・メルカッツ提督の下に行かれるのですね?」
「・・・・提督の容体が心配だからな。」
キルヒアイスにそういったときのラインハルトはうわべだけでなく本心から心配そうな様子を見せていた。何しろバーベッヒ侯爵領内討伐などでメルカッツ提督の麾下に配属されて長い。メルカッツ提督はアデナウアー艦長ではないにしろ、いわばご自身の父親のような存在ではないのかとキルヒアイスは思っていた。


そのアデナウアー艦長は帝都で既に退役して養生の身であり、時折ラインハルトとキルヒアイスはベルトラム大佐らとともに彼の元を訪れて見舞いを続けている。ハーメルン・ツヴァイはラインハルトがまだ中尉に過ぎなかった時初めての宇宙艦隊勤務で乗り組んだ艦であるが、それだけに思い出深いところであった。これは余談である。


後事を信頼できる赤毛の相棒に任すと、ラインハルトはアリシアを伴ってシャトルに乗り込んだ。メルカッツ提督の旗艦に乗り付けたラインハルトは同時に到着したイルーナとウェリントン伯爵と共にシュナイダー中佐の出迎えを受けた。
「閣下は依然容体が予断を許さない状況です。ですが、ほんの数分だけならば面会は可能だと医師は申しております。」
「会おう。いや、今後の事もある。ぜひ会わなくてはならない。」
うなずいたシュナイダー中佐は3人を提督の病室へ案内した。ベッドに病臥していたメルカッツ提督は医師らの助けを借りて身を起こした。血のにじんだ包帯を頭に巻き、時折ふっと意識が飛びそうになるのを意志の力でこらえている。その様を見て3人は胸をうたれていた。
「ご覧のとおりのありさまだ。卿等には迷惑をかけたな。特にミューゼル大将、卿には重荷を背負わせてしまった。すまないことをした。」
「お気になさらないでください、閣下。わが軍は勝利いたしました。閣下が勝利への(きざはし)を既にたてられていたからです。私はそれを登ったにすぎません。」
ラインハルトが言った。謙遜の裏に傲慢さが隠れているのではない。ラインハルトは本心からそう言ったのである。彼は謙遜したのではなく、事実を並べ立てていたのだった。それをもう一歩踏み込んで考察すれば、彼の本心が、純粋な欲求が垣間見えたかもしれない。すなわち、
「作戦立案から戦闘指揮まで俺がすべて全軍を統括してみたいものだ。そうすればリッテンハイムの反乱など一か月を待たずして鎮圧して見せるものを。」
という彼の言葉が聞こえたかもしれない。もっともメルカッツ提督もウェリントン伯爵も、そしてイルーナもまた彼の本心を探求しようとはしなかった。前の二者はそこまで思い至ることはできず、後者はラインハルトの思いを既に知っていたからである。
「私の容体については医師に聞いてもらえばわかるが、端的に言えば3週間は絶対安静だとのことだ。」
3週間も!?という言葉が期せずして3人の口から同時に飛び出した。1週間程度ならまだしも3週間も対峙しっぱなしでは作戦遂行に重大な遅れが出てしまう。
「3週間も滞陣するなど不可能です。小は戦機を逃し、中は全軍の士気を下げ、大はブラウンシュヴァイク公やミュッケンベルガー元帥らにどう思われることか・・・。」
ウェリントンめ、逆だろうとラインハルトは心に呟いた。ブラウンシュヴァイク公やミュッケンベルガー元帥の心情などこの際はどうでもいいことだ。要はカストロプ星系を制圧すればいいのである。そのためには戦機と兵たちの士気こそが肝要だ。
「そこでだ、私はミュッケンベルガー元帥とブラウンシュヴァイク公に電文を打とうと思っている。これ以上の別働部隊総司令官及び宇宙艦隊副司令長官の職務遂行は難しいと。」
驚愕する3人だったが、心のどこかではこの処置があることを予期していた。3週間も総司令官が動けないのであれば軍は軍として機能しない。誰かが代行しなくてはならないのだ。メルカッツ提督は少し首を動かしてラインハルトを見た。
「ミューゼル大将、この役目、卿が引き受けてくれんか?」
「小官が、ですか?」
意外そうにラインハルトが瞬きをした。面喰ったときにラインハルトがよくやる癖である。
「しかし、よろしいのですか?正規な手続きを踏まなくとも。帝都にはまだ上級大将閣下や小官よりも先任の大将閣下らがいらっしゃいますが。」
そう言ったのは、後々非難を受けいわれのないことで失脚するのではないかと恐れたのである。ラインハルトらは失脚することそれ自体を恐れてなどいないが、そうなることでアンネローゼらを取り戻すに足る地位と実績が離れ去ってしまうのを、そしてアンネローゼ救出に到達できる道が閉ざされてしまうのを恐れたのだった。
「帝都に残留しているのは、軍政に長じた人間で実戦経験は乏しい。主戦場にいる高級将官たちは華々しい武勲をたてられるのは自分たちがいるところだと思っておる。動こうとはしないだろう。」
「・・・・・・・・。」
黙っているラインハルトに対して、メルカッツ提督がわずかに顔を緩ませた。それは上官の部下に対する態度というよりも、息子に対する父親の表情であった。
「心配はせずともよい。その辺りのことは私に任せなさい。ウェリントン伯爵、ヴァンクラフト大将、卿らはどうかな。」
「ミューゼル大将閣下の采配に従いますわ。」
間髪入れずにイルーナが言った。
「小官も異論はありません。先の戦いでのミューゼル大将閣下の采配に感服しております。」
ウェリントン伯爵も同意した。ラインハルトは内心どう思っていたかイルーナにはわからなかったが、とにかくも彼はウェリントン伯に少し会釈を返していた。


* * * * *
ブラウンシュヴァイク公とミュッケンベルガー元帥はリッテンハイム侯本隊の前衛と小競り合いを繰り返しながら、じわじわとリッテンハイム星系にその歩を進めていた。そのさなか「メルカッツ提督重傷!!」の報に接した二人とその主だった幕僚たちは一様に顔を曇らせた。主だった高級将官はオーディン残留組を除いて悉くこの主力軍に加わっている。華やかな舞台から裏方に回るのは誰しもが良しとしないところだった。そんなわけでラインハルトがメルカッツ提督の後をついで指揮権を代行することについては比較的あっさりと決まったのである。だが、メルカッツ提督からはもう一つ要望がありそれがミュッケンベルガーらを少なからず悩ませ、不快にさせる原因を作っていた。

曰く、ラインハルトを上級大将にしていただきたい、と。

10万隻を指揮するうえで、階級が大将ではその威令が全軍に届かない、というのが理由であった。確かにメルカッツ提督は上級大将であり、№2としてふさわしい位置にあった。軍令を隅々までいきわたらせるには階級はあって困ると言うことにはならない。むしろたいていの軍人にとっては階級は自らの命令を正当化できるツールなのである。
「だが、あの孺子は代行であろう。ならば上級大将にしてやらずともよいではないか。」
という意見は少なくなかった。だがそうなると、ラインハルトと同格の将官たちが彼の指令を聞かない可能性がある、という指摘が飛ぶと、その意見はしぼんでしまった。議論百出したが一向にらちが明かず、最後はミュッケンベルガー元帥に一任された。彼は内心孺子が自分の元帥の椅子にまた一歩近づくのを忌々しく思っていたが、全体の戦局を忘れ去るような人間ではなかった。
「やむを得まい。あの孺子を上級大将にし、別働部隊の指揮をとらせることとしよう。ただしメルカッツ提督が先任であり、メルカッツ提督が快癒次第奴は提督の指揮下に配属される。このことを奴が了承してからだ。」
忌々しげにミュッケンベルガー元帥は言い、オーディン軍務省のマインホフ元帥と別働部隊に向けてその旨を高速通信で伝えることとした。折り返し別働部隊のラインハルトからは完全に了承する旨が返答としてもたらされ、マインホフ元帥からは、皇帝陛下も了承され、人事発表が滞りなく終わった旨が返答としてきたのである。むろん、カストロプ星系での敵艦隊撃破の功績を考慮されてもいた。

こうしてラインハルトは上級大将に昇進し、宇宙艦隊副司令長官代行という形のままメルカッツ提督から借り受けた10万隻の艦隊を指揮することとなった。

 また、ヒルデスハイム伯爵らの暴走ぶりはつぶさにメルカッツ提督によってミュッケンベルガー元帥に報告されたが、これは後日の戦功次第で取り消すという通達が来た。明らかにえこひいきである。ミュッケンベルガー元帥自身の意向というよりも背後にあるブラウンシュヴァイク公の意向と言った方が正しいだろう。
「これだから貴族共は度し難いのだ!!」
ラインハルトは怒りに顔色すら変えていたが、キルヒアイスらに諭されて引き下がった。ただ、胸の内では「次に彼奴等が軍令違反を犯せばその時には容赦しない!!」という固い決意が芽生えていたが。





自由惑星同盟 首都星ハイネセン――。
統合作戦本部 第一戦略課

 シャロン・イーリス少将は自室のデスクに報告決済を上げる文案を整理してえり分けながらインカムを装備して個人用端末で会話をしていた。
「帝国は全面的にブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の争いになったわね。これは原作でもなかった展開だわ。で、情勢は?」
『現在のところブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵の兵力は2:1であり、しかもブラウンシュヴァイク公陣営にはラインハルトをはじめとする正規軍が味方しております。そうなると体制はおのずと決すると思われます。』
ティファニーが報告する。フェザーン回廊側の警備部隊を指揮しており、フェザーンから自由惑星同盟へ航行する商船の臨検部隊を統括していたから、そういった情報が手に入りやすかった。シャロン発案のスパイ網もまだ帝国領土奥深くには入っておらず、むしろフェザーン商人から情報を仕入れる方が手っ取り早かったのである。むろん話はだいぶ割引しなくてはならなかったが。
「内乱が終結するまでざっと半年。その間は帝国はこちらには手を出せない。和平交渉の期限は1年間。つまりその間までに国力を回復させ、艦隊を精鋭に育て、イゼルローン級要塞を完成させれば一応の下地は整うわけね。後は経済がフェザーン等を媒介とせず、自由惑星同盟圏内で完結するようにしてしまえば、フェザーンに資本を左右されずに済むわ。」
『というと、閣下は内乱終結後すぐに帝国領内に電撃侵攻をなさるおつもりですか?』
「まさか。」
シャロンは微笑する。
「それにはまだ早すぎるわ。」
『ですが、それではラインハルトが帝国の覇権を掌握してしまいます。』
「あら、それがどうしたの?」
シャロンの言葉にティファニーは面食らった顔つきをしていた。
「私は別にラインハルトを主目標にしているわけではないのよ。そこのところを間違えないで。もっとも最終的な私の進路の前には彼が立ちふさがる可能性は大いにあるから、いずれ排除する相手ではあるけれど。」
迎賓館内でイルーナらと会った時のラインハルトとキルヒアイスの表情を思い返しながら、シャロンは言った。
『でしたらなおさら――。』
「むしろラインハルトが帝国を掌握したほうが、私にとっては都合がいいのよ。」
『???』
「帝国を掌握しきったラインハルトはいずれ自由惑星同盟に大挙して侵攻してくる。彼のみを目標にしてこれを討てば、麾下の提督たちは分裂するわ。支柱を失った建造物は案外早く崩壊するものだから。イルーナたちが憔悴するありさまが目に浮かぶわ。絶望を味あわせ、回廊を要塞と麾下の艦隊で封鎖し、孤立しきったところをじわじわとなぶり殺しにしてあげるのよ。こちらの方が私にとって大本命ね。」
ティファニーの顔色が青ざめている。片やシャロンは満面のこの上ない幸福そうな微笑を浮かべているというのに。
「そう言うわけで、私のプランとしては経済体制及び軍備が完全に整わないうちには帝国領内には攻め込まず、あくまで自由惑星同盟領内で彼らを討つ作戦で行こうと思っているの。所詮同盟には帝国領内の『奥深く』まで攻め入り『完全に帝国を消滅させる。』だけの力はないわ。そんな幻想に踊らされるのはメディアを通じてしか情報を得られない・・・いえ、自分たちで動いて正しい情報を得ようともしない哀れな市民だけで充分よ。」
最後はさげすむようだった。
「どれもこれも・・・既存の体制の上に胡坐をかいているのは大なり小なり同じというわけね。吐き気がする。」
これほどまでにシャロンが露骨に不快そうな顔をしたのをティファニーは見たことがなかった。




同時刻 宇宙艦隊総司令部 司令長官公室――。
シドニー・シトレ大将は統合作戦本部長のブラッドレー大将と共に各艦隊司令官を招いて会議を行っていた。主題は帝国との和平機関のさなかに同盟として最良の方策を決めるのである。和平については1年間の期限付きであるが、これが延長できる可能性はあまりないという。主戦派が和平を受け入れたのも、あくまで帝国との大戦に備えた軍備及び経済の「疲労回復」が目的だと聞かされたためである。したがってこの一年間は帝国に対して出兵をすることは和平派は当然の事として主戦派も考えていなかったのであった。
「この一年間で各艦隊を猛訓練の上精鋭として育て上げる。予備兵も徹底的にだ。その上で和平期限が切れるのを待って帝国本土に攻め込めるように物資などを集積しておくべきだろう。」
という主戦論は主だった艦隊司令官たちからは出なかった。ここ数年の連戦連敗が彼らを慎重にしていたからである。むしろその論は政界の一部から出ていたのだった。現在の議長のピエール・サン・トゥルーデは和平交渉が一応は無事に終わったこと、迎賓館襲撃の際の責任を考慮して既に年末での引退を表明しており、それに伴って評議会を解散することとなり、総選挙が実施されることになっていた。その後任の座を巡って水面下で争いが始まっていたのである。その意を汲んだ艦隊司令官たちだけが声高に主張していたが、誰もその論には乗ろうとしなかった。
「なぜですか!?物資、精鋭、そして艦艇がそろいきれば帝国本土に対して全面的に攻勢に打って出ても良いでしょう。仮にそうしなければまたじわじわと帝国軍に侵略され続ける日々が戻ってくるだけですぞ!!」
第六艦隊司令官にはウィラ・デイマン中将に変わって、新たに赴任したジョゼフ・ベシエール司令官が声高に叫んでいた。彼は38歳で艦隊司令官に就任したが、国防委員長のトリューニヒト議員と仲がいいと言われている。最近とみにそう言った人物が艦隊司令官の枠を埋め始めていた。
ブラッドレー大将は鼻を鳴らしながら、傍らの列席者たちを見た。ドワイト・グリーンヒル宇宙艦隊総参謀長、ジュノー・ベルティエ宇宙艦隊副参謀長(総参謀長補佐)はシドニー・シトレの片腕の人物である。二人とも遠征には反対の人物だった。
そして、統合作戦本部戦略部長のジェームズ・ニミッツ中将はシャロンの上司である。彼は日ごろからシャロンの案、通称「イーリス作戦」をよく聞いていてその詳細案を熟読していることもあって、遠征よりもむしろ帝国軍を領土内部に引きずり込んで包囲第殲滅をする案を主張した。
イーリス作戦はいわば原作の帝国軍の迎撃作戦を「同盟版にアレンジ」したものであったが、その方法は、回廊に近い有人惑星、帝国軍侵攻ルート途上の有人惑星の住民及び糧食、物資をことごとく退避させたのち、小規模な勝利を敵に蓄積させつつも、本隊は重厚布陣をもって徐々に最深部に後退し、あらかじめプランしているいくつかの仮想戦場の一つに誘い込むと同時に後方を遮断。増援艦隊は増援艦隊をもって帝国領土方面から敵を半包囲し、長距離砲撃と誘導ミサイルをもって敵を圧迫し続け、兵糧弾薬の消耗しきった敵に主力艦隊をもってとどめを刺すというものである。この構想の主眼は「敵との決戦を避けること。」と「数個艦隊を追って敵の補給線を徹底的に遮断する。」というものである。いわば主戦派が理想としている艦隊決戦主義に反するものであるが、シャロンは一向に気にしなかった。そんな陳腐な理想など1ディナールにもならないと思っているからである。
「だが、どうやって帝国軍の、それも主力艦隊を誘い込むのだ?これまでのところ同盟領内に侵入した帝国軍はコルネリアス1世の親征の10万隻が最も多い。だが、それさえも帝国軍の正規艦隊の半分以下だというではないか。」
ベシエール中将が反論を唱えた。居並ぶ者も声こそ出さなかったがこの発言には同じ思胃を持っていた。「イーリス作戦」はあくまで帝国軍がほぼ全軍をもって進行してきた際に生きるただ一回きりの作戦案である。たかだか6万隻余りの艦艇に対して行使するにはあまりにも費用対効果が薄い上、今後同じ作戦を帝国軍に対してとることができなくなる。
 もしシャロンが列席していたら、工作員などを駆使して帝国貴族などに接近し世論捜査を行う旨を進言したに違いなかったが、ニミッツ中将はそこまでは言わなかった。
「帝国領内にビラをばらまくんだな。そうすりゃ阿呆な魚共が食いついてくるさ。」
こう端的に表現したのはブラッドレー大将だった。
「どうも遠回りなようで面白くありませんな。むろん作戦案自体が稀有なものであることは認めますが。」
こういったのは第十四艦隊司令官のリュン・シアン中将である。かつての730年マフィアの一人ファン・チューリンをほうふつとさせる容貌をしている。
「面白かろうが面白くなかろうが、問題は帝国に対しての我が艦隊の行動ではないかな?たとえ回り道であろうとそれが勝利への回廊となるのであれば、その距離を厭うておる場合ではあるまい。」
第五艦隊司令官のアレクサンドル・ビュコック中将が言った。
「それはそうでしたな、軽率な発言でした。失礼いたしました。」
彼は素直に謝った。あまりビュコック中将とは接点はないものの、この歴戦の老提督を慕っている風がシアン中将にはあった。彼はまたウランフ提督とも仲がいい。
「それほどまでに帝国軍を殺したければ、ベシエール中将、貴様が先鋒を務めりゃいい。全軍の先鋒として思う存分戦ってくりゃいいのさ。」
ブラッドレー大将から無造作に放り込まれた爆弾に居並ぶ者たちは一斉に顔色を変えた。
「いや、それは、その・・・・。」
とたんにベシエール中将はしどろもどろになる。まさか単独で先鋒を務めよ、などと統合作戦本部長閣下が無造作に言ってくるとは思わなかったのだ。
「ついでに政財界の煩い奴も旗艦に乗せていってやれ。どうも懲りていないようだな。第五次イゼルローン攻防戦の演出のお膳立てをまたぞろしてやらなくちゃならんかな。」
「け、結構です!小官が軽率でありました!!」
ベシエール中将は慌てて何度も首を振って自分にかかってきた火の粉を懸命に消そうとしている。その様子を古参の艦隊司令官たちはあきれ顔で見守っていた。
ベシエール中将が沈黙したことにより、会議の空気は「イーリス作戦」を主眼とする方針を採択する方向になっていった。自由惑星同盟が帝国領内に大規模に侵攻し、補給線の寸断によって各所で大敗し、同盟滅亡のきっかけを作ったことを知っている同盟側の転生者たちはこの報を聞くと安堵のと息を吐いたのだった。
この会議の席上、第十三艦隊司令官であるクリスティーネ・フォン・エルク・ヴィトゲンシュティン中将は会議中何も発言せず、皆の発言にかすかにうなずいたり、眉を顰めたりしている程度だった。彼女は新参であり、若い。艦隊司令官とはいえその発言には重みがない。席上は黙るに越したことはないのだと彼女は自身に言い聞かせていた。
 だが、彼女が何も考えていないわけではなかった証拠に、そのすらっとした長身を第一戦略課に向けたのは会議が散開してすぐの事だった。
「シャロン少将にお目にかかりたいのだけれど。」
突如現れた正規艦隊司令官に驚いたスタッフたちは慌ててシャロン少将に電話をかける羽目になった。ほどなくしてシャロンからOKの返事を聞いたスタッフたちは安堵の色を顔に浮かべた。シャロンは上官を上官とも思わず、場合によっては居留守をつかったり、他の上級将官との会議を口実に断ったりすることがあったのである。
「ご案内いたします。」
ウィトゲンシュティン中将が足を踏み入れると、シャロンはデスクから立ち上がって出迎えた。
「失礼するわ。」
ウィトゲンシュティン中将が軽く断りを入れる。あまり穏やかとは言えない声だったが、シャロンは微笑をもって出迎えた。
「突然の来訪、どういうわけでしょうか?」
「単刀直入に質問するわよ。例の自由惑星同盟領内に帝国軍を引きずり込んで始末する作戦、あなたが立てたのでしょう?『イーリス作戦』とかなんとか自分の性をご丁寧につけているようだけれど。」
「その通りですわ。」
「そう・・・・。」
シャロンのあっさりとした回答に接したウィトゲンシュティン中将が唇をかんでいる。
「何かお気に召しませんでしたか?」
シャロンの言葉は相手方に対する気づかいというよりも、表層の岩盤を爆破して本心をさらけ出させようという誘いに近かった。ウィトゲンシュティン中将はその言葉に触発されたらしい。きっと端正な顔を上げてシャロンを真正面から見た。
「気に入らないと言ったら?」
挑むような口ぶりだった。
「それが何か?と申し上げるだけですわ。」
ウィトゲンシュティン中将が一瞬言葉を詰まらせるのをシャロンは面白そうに見つめつつ、言葉をつぎ足した。
「こう申し上げてはお気に障るかもしれませんが、この作戦は効率的且つ単純明快、さらに犠牲を少なくできるものです。三拍子そろったところにもう二つほど付け加えれば、帝国領内に進攻するほどに補給の心配をする必要性もない事、さらにここが重要なポイントですが、私たちが熟知している地理の中で戦うことができるという事です。理想論ここに極まれり、ですわ。その後で戦力を失って壊滅状態の帝国軍に対しては文字通り『煮て食おうが焼いて食おうが自由。』という状況になると思いますけれど。」
「そううまくいくかしら?」
私はそうは思わないと言わんばかりの口ぶりだった。
「うまくいかせたいものですわね。と、言いますか、勝利のためにはうまくいかせるようにしなくてはなりません。それが軍人というものでしょう?閣下、あなたも含めて。」
またウィトゲンシュティン中将が言葉を詰まらせた。
「建前論を申し上げて恐縮ですけれど、軍人は公僕です。私情を優先させることは許されませんわ。私情を優先させるにしても国家と相反する利害のために動くことはあってはならないのです。」
そう言いながらもシャロンの微笑は消えない。
「閣下は亡命者でいらっしゃいますわね。しかもご自身の御家に許された『エルク』という称号を今だに公然と使用していらっしゃるとか。」
「それが何か?!」
ウィトゲンシュティン中将が古傷を撫で上げられたかのように不快そうな顔をしている。
「つまりは帝国領内に侵攻し、自分の御家につけられた屈辱を晴らしたいのですわね。」
さりげなく、しかしすばりと差し込まれた言葉はウィトゲンシュティン中将の顔色を変えさせるに十分だった。
「その志はご立派ですわ。御家再興のために自らを犠牲にして戦うとは。ですがそれは個人のレベルで賞賛されるもの。国家のために尽くす軍人という立場を加味すると少々、いいえ、とても厄介な事になると思いますけれど。」
「くっ・・・・!!」
思わず悔しそうな声がウィトゲンシュティン中将の可愛らしい唇から洩れた。シャロンの言葉はうわべはともかくとして、相手を憐れむ気持ちなどなく、むしろ気持ちを逆なでさせるようなニュアンスが含まれているとウィトゲンシュティン中将は思った。
「あなたに私の何がわかるというの!?」
次の瞬間ウィトゲンシュティン中将が我慢ならないように叫び、拳をデスクに叩き付けていた。日頃冷静と言われている仮面をかぶっている人間ほど激昂した時にはそれに反発するがごとく怒ることをシャロンはよく知っている。にもかかわらずウィトゲンシュティン中将を起こらせたのはこの際彼女の本音を全部聞き出してしまおうという目的があったのだ。
「亡命者として、どんなにか肩身が狭い人間がこの自由惑星同盟領内にどれだけいるか・・・あなたは知ってる?!私たちは一日千秋の思いでじっと耐え忍んできたのよ、故国に復讐して胸を張ってこの自由の国で真の意味で自由に生きる権利を獲得することを!!」
「それが?」
「それが!?」
あっさりと受け流すシャロンに、ウィトゲンシュティン中将が信じられないという顔をする。
「それが!?あなたは私たちのこと、全然理解しようともしてくれないの!?なんて――。」
それ以上言葉を続けられなくなったのか、わなわなと両手を震わせている。理性のリミットがなかったら、即シャロンの首根っこをつかんで絞め殺したいと言わんばかりである。
「あらあら、ずいぶん短気なことですわね。艦隊司令官たるものが他人の部屋で激昂するとは。戦場であのミューゼル艦隊を手玉に取って一矢報いた閣下とは思えませんわ。」
シャロンは微笑を崩さなかった。ウィトゲンシュティン中将の激昂ぶりなど予測の範囲内と言わんばかりである。
「閣下のお気持ちはわかりますわ。また、帝国からここに亡命し、肩身の狭い思いをされている方々がずいぶん大勢いることも承知しております。そうですわね、下手をすれば就職さえままならないことが多いと聞いております。皮肉なものですわね、受け入れる側にしても『開拓した16万人の純血の子孫。』であるかどうかもわからないというのに。いえ、そもそも論として彼らの先祖も皆もとをただせば帝国の奴隷だったのですから。」
気持ちがわかると言っておきながらどこか突き放して、冷笑を浴びせられているようで、ウィトゲンシュティン中将は怒りに身を震わせていた。
「シャロン少将――!!」
だが、次の瞬間ウィトゲンシュティン中将は違う意味で体を硬直させていた。シャロンがぐっと身を乗り出し、ウィトゲンシュティン中将にささやいたのだ。それだけならまだしも凄まじい殺気が彼女を身動きできないように縛り付けていた。


「死にたくなかったら、おとなしくしていることですわ。・・・・さもないと思わぬところで足元をすくわれますわよ。」


微笑と共に低い声で囁かれた絶対零度を纏った言葉にウィトゲンシュティン中将は身を震わせた。一瞬体温が凍死寸前にまで低下したのが感じられた。ザアッと音を立てて血の気が引いたのが感じられた。
突然あたりが明るくなった。シャロンが殺気を解いて、ウィトゲンシュティン中将に話しかけていたのだ。
「わかってくださったようで何よりです。では中将閣下、またお会いできることを楽しみにしておりますわ。有意義な話し合いでした。」
シャロンは優しく中将の手を取ってオフィスの外に案内した。蹌踉とした足取り、青い顔のウィトゲンシュティン中将と対照的に微笑を浮かべているシャロンに居合わせたスタッフたちはただ顔を見合わせるばかりだった。

パタン、と音がした時にはウィトゲンシュティン中将の身体は第一戦略課のドアの外、廊下に押し出された後だった。彼女は気分が悪そうに廊下に寄り掛かっていた。体に何一つされたわけでもないのに、ひどく気分が悪かった。あれほどのことをされたのは24年間生きてきて初めての事である。屈辱もあったがそれ以上にずっと彼女を支配していたのは恐怖だった。
「どうか、されましたか?」
後ろで声がする。振り向くと、一人の青年准将が心配そうな顔をこちらに向けていた。
「い、いいえ、大丈夫・・・・別に何とも・・・・。」
そう言いながらウィトゲンシュティン中将が壁に頭をぶつけた。慌てて准将があたりを見まわした。
「そこの君。」
呼ばれたヘイゼル色の瞳と金褐色の髪を持つ若い女性士官が駆け寄ってきた。青年准将を見て一瞬はっとした顔をしたのだが、ウィトゲンシュティン中将に顔を向けていた彼は気がつかなかった。
「すまないが、手を貨してほしい。医務室かどこかに運びたいのだが――。」
「い、医務室は駄目・・・・。」
ウィトゲンシュティン中将が苦しそうにつぶやいた。青年准将は肩をすくめたが、
「そうだ、キャゼルヌ先輩のオフィスがすぐ近くだった。そこまで運ぶのを手伝ってくれないだろうか?」
「はい、閣下。」
その女性士官は初めてとは思えない風に彼に答えたが、これまた青年准将は気づかずにいたのであった。
 
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