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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第六十五話 カストロプ星系に侵攻します。

帝国歴486年10月17日――。

メルカッツ提督率いる10万隻の別働部隊はカストロプ星系に侵入しつつあった。カストロプ星系は小惑星帯のリングが複雑な文様を織り成しており、航行にはあまり適しているとは言えない星系であるが、エメラルドグリーンのガス状銀河やサファイア色の銀河などが遠くに観測されており「宇宙の景観」の一つに数えられている区域が存在することでも知られている。
そのような美しい景観沿いを航行する大艦隊の中では極めて散文的に会議が進められていた。目下の議題はカストロプ星系手前、比較的艦隊が展開しやすい宙域に敵が布陣していることについてであった。総数は約4万隻とみられている。
 数の上で行けば圧倒的にメルカッツ提督側が有利なのだが、問題があった。前方に展開するのはリッテンハイム侯爵派閥の軍務省次官ブリュッヘル伯爵率いる艦隊であるが、この艦隊ほぼすべてが伯爵子飼いの手下若しくは彼に同調する同僚たちなのに対し、メルカッツ提督側には正規艦隊のほかに貴族連中の私設艦隊も加わっていた。要するに混成艦隊だったのである。
 血気にはやる貴族たちはメルカッツ提督の意見などを聞こうともせず、我先に攻めかかりたい旨を好き勝手に喚き散らすばかりであった。正規艦隊の指揮官たち、とりわけラインハルトは苦々しい思いでそれを見ていた。
「提督、敵が前方に居座っているというのに、偵察などという悠長なことをしていてよいのですか!?」
血気にはやる貴族連中の代表格がヒルデスハイム伯爵であった。OVAなどではシュターデン艦隊に所属し、その血気にはやる出撃で自爆同然の死亡をしたこの貴族は、ここでも短期決戦をせんと意気込んでメルカッツ提督に出撃許可を乞うていたのである。
「いかん。出撃はまだだ。敵の陣容がはっきりしないうちの出撃はリスクが大きすぎる。十分な情報を収集した後、作戦を検討する。繰り返して言うが、断じて出撃をすることは禁ずる。ブラウンシュヴァイク公の命により卿らは私の指揮下にあるのだから、命令には従っていただきたい。」
メルカッツ提督は騒ぎ立てる貴族共に対しても激昂せず、だが断固たる意志をもって説明する姿勢を変えない。もっとも内心はいかばかりであったろうか。貴族連中はそれでも再三にわたり出撃を乞うたが、メルカッツ提督は頑として許さなかった。
不平不満を背中に表して貴族連中が去っていった後、帝国軍将官たちは会議を開いた。
「あれでは先が思いやられる。」
ラインハルトがつぶやいた一言が全将官たちの気持ちを代弁していた。
「貴族連中は私兵を抱えている。組織としては別物ゆえ、正規艦隊の指令に従わなくてもいいと思っておるのやもしれんな。」
メルカッツ提督がこう感想を漏らした。
「ですが閣下、正規軍と私兵という組織の差はあるにせよ、ブラウンシュヴァイク公がメルカッツ提督に従うようにあの連中におっしゃったのだと小官も確かに記憶しております。それをないがしろにするとは・・・・。こういう言い方をするのをお許しいただきたいが、閣下のお顔も、ブラウンシュヴァイク公のお顔もつぶす仕儀に他ならないではありませんか。同じ貴族でありながらまったく恥ずかしい次第です。申し訳ありません。」
一人の将官が憤懣やるかたない様子で苦言を呈した。28歳の若き金髪白皙の中将はウェリントン伯爵である。貴族でありながら彼は正規艦隊の司令官の一人としてメルカッツ提督の部隊に参加し、先ほどの会議上では貴族連中をむしろ苦々しく見守っていた人間だった。
「卿が謝る必要はあるまい。」
メルカッツは短くそういったが、かといって貴族連中を擁護しようともしなかった。それからは会議が沈滞した時によく見受けられる散発的な意見の出し合いが続いた。いっそ貴族連中に出撃の許可を与え、一度痛い目に合わせた方がいいのではないかという辛辣な意見も出たが、これはラインハルトが、
「私兵とはいえ、その下士官、兵たちは正規軍に配属されている下士官、兵と変わらぬ人間です。そのような者の命を無駄にもてあそぶようなまねを正規艦隊がしてよいのでしょうか。」
と言ったので、却下となった。正規艦隊上層部にしても下級兵士らの命などどうでもいいと思う者も確かにいたのだが、それによって士気(モラール)が下がることを恐れたのである。
「貴族連中の妄動を慎ませ、偵察部隊の報告を待って作戦会議を開く。」
という結論に落ち着きかけた時、副官のシュナイダー中佐が血相を変えて飛び込んできた。


ヒルデスハイム伯爵以下の血気にはやる貴族たちが勝手に出撃をしたのだという。


この時、一番舌打ちを禁じ得ない気持ちになったのはメルカッツ自身であろうが、彼は極めて冷静な顔を崩さなかった。
「見捨てておけまい。また、この場合の救援兵力の逐次投入は下策である。全艦隊をもって救援に向かうこととする。」
という彼の意見に反対する者はいなかった。

ヒルデスハイム伯爵たちは血気にはやる貴族私兵と共にブリュッヘル伯爵麾下の正面艦隊に攻めかかっていった。正面からの挑戦で戦法も何もあった物ではない。
ブリュッヘル伯爵の中央本隊前衛は敵に押される形で後退し、凹陣形になった。さすがにヒルデスハイム伯爵らはその露骨な誘いに乗るほど粗野でも単純でもなかった。代わりに比較的薄いと思われる右翼に集中砲火を浴びせ、分断を図るとともに一点突破を狙う策に出てきたのだった。

 だが、それこそが敵の狙いとするところだった。右翼を攻撃するために集まってきたところを、上下から敵の別働部隊が砲撃を驟雨のように浴びせかけながら進出し、所かまわずミサイルをぶっ放したため、ヒルデスハイム伯爵らの部隊は大混乱に陥った。
「落ち着け!落ち着いて体勢を立て直せッ!!」
伯爵らは叱咤したが、正規艦隊と違い私兵の悲しさである。みるみるうちに総崩れとなり、包囲網の中にぎっしりと取り込まれて、必死にばたつかせる鯉のような惨状になってしまった。
「戦艦リューディッツ爆沈!!ラウフマー男爵、戦死ッ!!戦艦ヴェルムシュタット轟沈!!カユサック子爵、戦死ッ!!」
「戦艦ナウマンと連絡が取れません!!指揮官のダウニッツ伯爵の脱出は確認できません!!」
「戦艦フェルメスベルク撃沈!!ジュサック伯爵、戦死!!」
次々ともたらされる貴族連中の戦死報告にヒルデスハイム伯爵は顔面蒼白で立ち尽くすばかりであった。
「伯爵閣下!!ご退却の命令を!!!このままでは艦が持ちません!!本艦も集中攻撃を受けております!!」
「閣下、ご退却を!!」
「閣下!!」
次々と周りの兵士や士官たちが騒ぎ立てるが、青ざめた伯爵はなすすべを知らないでいる。宇宙を明滅する光球が次第に旗艦に迫ってくるのが見える。味方艦の爆発四散する光景に他ならない。あれが旗艦に到達した時、ヒルデスハイム伯爵以下が目にする最後の光景は、まさしく光の奔流であることは間違いないだろう。

だが、ヒルデスハイム伯爵らはその光景を見ずに済んだ。メルカッツ提督以下の正規艦隊が増援として到着し、勝ち誇る敵軍に主砲斉射を行いながら、進んできたのである。重厚な布陣をもっての正面からの平押しであったが、貴族私兵にはない迫力と緻密さにブリュッヘル伯爵艦隊の前衛はたちまち蜘蛛の子を散らすようにして後退していった。
メルカッツ提督は、この機を逃さずに、全軍に攻勢を指令した。機を捕えて全面攻勢に出る好機と見たのが大きいものだったが、理由の一つには、ヒルデスハイム伯爵らに対してその敗北の恥をすこしでも注がせてやりたかったという気持ちがあったのである。
「賊軍を逃がすな!!このカストロプ星系を奴らの墓標にしてやるのだ!!」
ラインハルト艦隊15000隻が凸形陣形をもってブリュッヘル伯爵艦隊左翼側面から襲い掛かり、集中攻撃を行い始めた。同時に右翼からはイルーナ艦隊15000隻がフィオーナとティアナを先陣にして吶喊し、ブリュッヘル伯爵艦隊右翼を阿鼻叫喚の渦に叩き込んだ。
ラインハルトの麾下の諸提督の部隊、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラー、ワーレン、ルッツ、アイゼナッハ、メックリンガー、ビッテンフェルトらは功績を立てるのは今こそとばかりにそれぞれが存分に敵の艦隊に対してそれぞれのやり方で(むろんラインハルト艦隊そのものが全軍の動きからは逸脱しないように注意しながらであったが。)斬り込んでいった。
他方のイルーナ艦隊についても、フィオーナとティアナを筆頭にして、ルグニカ・ウェーゼル、ジェニファー・フォン・ティルレイル、エレイン・アストレイアらが艦首を並べて整然と突撃していった。この左右の二艦隊に襲われたブリュッヘル伯爵艦隊は「瓢箪型」に陣形が変わっていった。すなわち中軍を敵に圧迫され、前衛と後衛が分断される危険性に陥ったのである。

ブリュッヘル伯爵は33歳の青年貴族、寡黙であまり社交的ではないものの、貴族出身の軍人として中将の階級を持つ身でもある。戦場においては守勢を得意として分艦隊を指揮していたが、このような大規模な艦隊を指揮する身となってもそのスタンスは変わらなかった。
 彼は待っていたのである。ヒルデスハイム伯爵らが埒もない攻撃をした結果、こちら側の逆激を受け手痛い損害を被った。その屈辱を何としても彼らは果たそうとするだろうことを予測していたのである。
 そしてメルカッツ提督陣営にとっては不幸なことにこの予測は的中することとなった。助けられたヒルデスハイム伯爵らは後に軍令違反で処罰されることに恐慌をきたし、かつ自らの無能ぶりを白日の下にさらされたという焦りと怒りによって狂奔ともいうべき突撃を敢行したのである。
「突撃だッ!!先ほどの屈辱を倍返しするためにも、敵の司令艦にかじりつけッ!!」
ヒルデスハイム伯爵の号令は部下たちに止められたものの、怒りに燃える伯爵はほとんど狂騒ともいうべき振る舞いをもって部下たちを黙殺し、艦隊を全速前進させてきたのだった。
「いかん。突出しすぎている。ヒルデスハイム伯をとめるのだ。」
メルカッツ提督が通信主任に指令し、通信主任もすぐさま通信回線を開いたが、何の反応も返らなかった。ヒルデスハイム伯爵は通信妨害で聞こえないのか、あるいはわざとそうしているのか、ともあれメルカッツ提督からの停止命令に従わないのである。
「ヒルデスハイム伯爵を御救いせよ。」
メルカッツ提督はやむなく麾下の艦隊に前進を指令した。掩護をすることにしたのである。ヒルデスハイム伯爵がブラウンシュヴァイク公の子飼いの盟友である以上、彼を戦死させればブラウンシュヴァイク公がどんな報復に出るかわからないからである。メルカッツ提督は自らのことについては全く考慮していなかったが、部下や家族が巻き込まれるのを是とするような人間ではなかった。

だが、メルカッツ艦隊の前衛艦隊がいささか前に出すぎ、本隊との間にほんの一瞬空白ができた。その瞬間――。
メルカッツ艦隊旗艦に流れ弾といおうか、一発のミサイルが飛来し、艦橋付近に命中して大爆発を起こしたのである。
艦橋は血の嵐に彩られた。総員は所かまわず吹っ飛ばされ、まるで台風にさらされて根からひっこぬかれた大木のように頭から壁に激突する者、両脚と腹を吹き飛ばされ血と異物をまき散らしながら階段を転げ落ちていった者等、必死に逃げるところを爆風によって旋風を巻き起こしながら旋回する艦の破片に頭をさらわれた者の動体が首の付け根から血を噴出させながらなお勢いで走っていく姿など、この世の地獄が現出したかと思われる阿鼻叫喚の燦々たる光景になった。
「く・・・・うう・・・・!!」
シュナイダー中佐は幸いにして軽傷で済んだ。頭に擦過傷を負ったほか、腕を打撲した程度だった。彼は額から血を流しながら周りを見まわした。既に到着した消火隊や救急隊が懸命に火を消し、負傷者の手当てをしている。と、シュナイダーの視線が一点で凝固した。
「閣下!!メルカッツ提督!!」
彼は叫びながら司令席に左足をつぶされて横たわっているメルカッツ提督の下に駆け寄り、すぐに重しをどけた。頭から血を流し、左足が少し妙な方向に曲がっているほかは大事ないように見えた。
「心配無用、ただのかすり傷だ。致命傷ではない。」
メルカッツ提督はシュナイダー中佐に助け起こされたが、ふいにふっと首を後ろにのけぞらせた。その様子にシュナイダーの顔から血の気が消える。
「いかんな、意識がもうろうとしてきおった。」
「閣下!!・・・・軍医、軍医!!」
駆けつけた軍医がメルカッツ提督のそばに膝をつき、診察を手早く行った。
「どうなのだ?」
「頭に破片が刺さっております。小さなものですが、脳にまで達していると厄介です。すぐさま集中治療室に運ばなくては。」
「助かるのか!?」
「脳に損傷がなければ、今から処置をすれば大丈夫です。」
「そうか、では――。」
そう言いかけたシュナイダー中佐だったが、
「いや、シュナイダー中佐、それは無用だ。私はここで指揮を執る。」
メルカッツ提督が気丈にも薄目を開けてそう言ったのである。
「閣下!!行けません!!お体に障ります!!」
「いや、たかだか一司令官の身よりも・・・・まずは全軍の・・・・安全を優先すべきだろう・・・・。」
「行けません!!閣下、そのようなお体で・・・・。」
無理をなさいますか!?と言おうとしたシュナイダー中佐は戦術を変えた。メルカッツ提督にそう言おうとも彼は最後まで指揮を執り続けようとするだろう。だが、時折意識がとび、朦朧とするようでは健全な判断などできない。シュナイダーはそれを口調はやんわりとであるが、はっきりと指摘することにした。
「そうか・・・・・。」
メルカッツは目を閉じたが、すぐに「ミューゼル大将を呼び出してくれ。」とシュナイダー中佐に言った。妨害電波の影響で、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将がスクリーンに出るまで数十秒を要したが、シュナイダーにとってはその数十秒が数時間にも思えた。



■ ラインハルト・フォン・ミューゼル大将
俺が通信に出た時、最悪の事態を瞬時に悟った。メルカッツ提督が負傷されていることは一目でわかる。艦橋要員も大方負傷あるいは死亡して壊滅状態だ。
「ミューゼル大将・・・。貴官に指揮権をゆだねる。卿の最良と思える行動を自由にとりなさい。責任は私が持つ。」
「わかりました。ですが閣下、お気遣いは無用です。決して閣下に対してご迷惑をおかけせぬように全力を尽くす所存です。負けた場合の責任はこの私が一身に負います。」
これは俺の本心だ。メルカッツ提督に責任を押し付けてのうのうと逃げるようなまねは俺はしない。だが、なぜ俺なのだろう。イルーナ姉上ならばこの難局をうまくさばくのではないかという気持ちがどこか隅にあった。考えてみれば俺とキルヒアイスは姉上たちに助けられながらここまで来ることができた。イルーナ姉上の方が俺などよりもよほど上に立つ者として向いているのではないか、と思わないでもなかった。

 一度二人きりの時に尋ねたことがある。イルーナ姉上たちが転生者と分かってからだった。なぜそうまでして俺たちを支えてくれるのか?と。
「ラインハルト。私は今でもあなたの誓いを覚えているわ。アンネローゼが宮廷につれて行かれたあの日、あなたはこういう趣旨のことを言ったわよね?『姉上を助けるだけでなく、幾千幾万の人々を救うために僕は戦い続ける。』って。私はね、その言葉を聞いたときから、あなたを助けたい、支えたいと思ったの。ただ、それだけよ。」
最後の「それだけよ。」をイルーナ姉上は優しくおっしゃって締めくくられた。どうもイルーナ姉上らの知っている「原作」とやらの俺は姉上やキルヒアイスの事ばかりを考えていたようだったらしいが、俺は違う。いや、姉上もキルヒアイスもかけがえのない存在だという事には変わりはない。だが、宇宙に覇道を敷くためにはそれだけでは駄目なのだ。俺は堂々と自分の道を切り開き、進んでいかねばならない。幾千幾万の人間の最大多数の最大幸福のために。
「全艦隊に通信を開け!!」
俺は通信主任に声をかけた。メルカッツ提督に指揮権をゆだねられたのは良い機会だ。俺には一艦隊の司令官程度の力量ではなく、全軍を統御するにふさわしい力量があることを、皆に示さなくてはならない。


* * * * *
ラインハルト・フォン・ミューゼルはブリュンヒルト艦橋で司令席前に立ち、胸を張って全軍に呼びかけた。
「全艦隊に告ぐ。メルカッツ提督は負傷され、提督の指令で私が指揮権を引き継いだ。だが、卿らはいささかなりとも不安を覚える必要はない。全軍生き残りたければ、そして敵を殲滅し、もって凱歌をこのカストロプ星系に満ちさせたければ、私の指令に従え!!」
ラインハルトはアイスブルーの眼で艦橋を、いや、全艦隊を見渡し、豪奢な金髪を揺らしながらなおも叫んだ。
「勝利はわが手にあり!!敵が勢いあろうとも卿らの武勇と私の機略を持ってすればいささかなりとも負ける要素などない!!私はここに誓約しよう!!今からもたらされるのは敗北などという忌まわしい二文字ではない!!勝利か、より完全な勝利か、どちらかなのだと!!」
ラインハルトの高揚した朗々たる声は不思議なことに恐慌をきたしかけていた兵士たちの心を恐怖から興奮へと一瞬で塗り替えてしまったのである。そして彼は一瞬で全軍各艦隊のそれぞれの敵に対する有効な砲撃集中個所を読み取ったのだった。
「正面の軍はα1145地点を、左翼はα1729地点を集中攻撃だ!!そしてわが軍はα3871地点一点に集中攻撃を行う!!主砲斉射用意!!!」
ラインハルトの右腕が高々と掲げられた。ヒルデスハイム伯爵ら貴族連中も狂奔する退却をいつの間にかやめて静かになっている。全軍がラインハルトのその右腕に視線を集中しているかのようだった。
「ファイエル!!」
ラインハルトの万感の思いがこもった右腕が勢いよく振り下ろされた。その結果はすぐに表れる。中央、左翼、そしてラインハルト艦隊の放った一撃は一瞬でブリュッヘル伯爵艦隊の前衛を鉄くずに変え、その余波を存分に中央本隊に叩き付けたのである。
「ビッテンフェルト。」
ラインハルトが麾下の一分艦隊指揮官を呼び寄せた。
『ハッ!!』
オレンジ色の髪のたくましく精悍な顔つきの若い指揮官がディスプレイ上に現れる。
「卿の麾下の高速艦隊をもって、敵左翼下方後方より突入し、もって敵を分断せしめよ。卿の艦隊の雄姿を存分に見せてもらおうか。」
ラインハルトの言葉にビッテンフェルトの顔に不敵な面魂が宿った。
『御意!!』
通信が切られたか切られないかというときに、もうビッテンフェルトの部隊は敵の側面後方に食らいつき、まるでドリルのように穴をあけていった。ものすごい機動性と破壊力である。
「ビッテンフェルトの曲者が動き出したぞ。」
ラインハルトの本隊前方にあって、ビッテンフェルトの突撃の支援行動に麾下艦隊を移行させながら、ミッターマイヤーが苦笑まじりに麾下のバイエルラインに顔を向けた。
「流石は『猛る猛虎』の異名を持つ方ですな。あのような攻勢の前に立ちふさがることのできる人間はそう多くはありますまい。」
「うむ。」
先ほど曲者と言ったが、ミッターマイヤーもビッテンフェルトの尋常ならぬ攻勢を認めている人間の一人であった。
「閣下、ロイエンタール提督より、通信が入っております。」
「よし、出よう。」
ミッターマイヤーが艦橋ディスプレイに顔を向けると、いつもの僚友の顔が出現していた。
『相変わらずビッテンフェルトの奴は遠慮というものを知らん男だな。おかげでこちらの出番がなくなってしまう。』
「そう言うな。支援行動もまた重要な作戦の一環だ。俺たちが掩護することでビッテンフェルトの攻勢に勢いが出るのであれば、それでよいではないか。」
『まったくだ。舞台の俳優たるもの、裏方の働きがあって始めて存分にスポットライトを浴びる立ち位置に来ることができるというものだからな。』
僚友の皮肉交じりに苦笑したミッターマイヤーだった。
『本題に入ろう。敵を殲滅するに絶好の支援地点を見出したのだ。』
ロイエンタールから送られてきたデータを見たミッターマイヤーは感嘆の唸り声を発した。ここから敵の本隊に向かって火線を敷けば、死角を突かれた敵は不意を突かれるだけでなく、退路を断たれたと混乱に陥るだろう。しかもこの地点は小惑星帯に囲まれており、ただちに反撃して殲滅できる、というような場所ではない。いわば『難攻不落の高地』に陣取り、そこから砲撃を平地に陣取る敵にたたき続ける様なものである。
『むろん、ミューゼル大将閣下の許可をいただくが、どうか?』
「面白い。ぜひやってみよう。何もビッテンフェルトだけに功を独占されるいわれなどないからな。」
ミッターマイヤーは僚友の提案にすぐさま同意を示した。
 ロイエンタール、ミッターマイヤーから通信を受けたラインハルトは作戦の詳細を聞き、数秒間考え込んだが、すぐにうなずいた。
「いいだろう。卿らの兵力をもってかの地を制し、もって敵部隊の崩壊への速度を倍加せしめよ。戦場での進退は卿等に任せる。」
『御意!!』
スクリーンから姿を消した二人は、すぐさま麾下の部隊をまとめて、進発しにかかった。
「キルヒアイス。」
ラインハルトは傍らに立つ赤毛の相棒を見上げた。
「戦列を組みなおす。相対する敵に攻撃を倍加させ、ロイエンタール、ミッターマイヤーの動きから敵の注意をそらす。ビッテンフェルトだけでは少し心もとないが、掩護として差し向けるには誰がいいと思うか?」
キルヒアイスは少し考えをまとめる風だったがすぐに、
「ルッツ提督はいかがでしょうか?ミュラー、メックリンガー両提督には全面攻勢に出る際の両翼をお任せなさればよろしいかと思います。ワーレン、アイゼナッハ両提督にはさらに絡め手からの敵全面崩壊に誘い込む一手をお任せなさればよろしいかと。」
ラインハルトは満足そうに微笑した。キルヒアイスが麾下の諸提督一人に手柄を占めさせず、それぞれに存分な戦働きの場所を与えるように配慮していることが分かったからである。
「お前は優しいな。自分の功名よりも他人に手柄を立てさせ、昇進せしむることを優先している。」
「彼らが昇進すれば、ラインハルト様の良き支えとなりましょう。」
「それだけではないぞ、お前にとってもだ。キルヒアイス。お前は俺の半身だ。」
ラインハルトがキルヒアイスに向かって『半身』という言葉を投げかけたのはこれが初めてであった。
「俺はな、キルヒアイス。お前があの日言ったことをよく覚えているぞ。姉上の事が好きだとな。」
「ラインハルト様!!!」
キルヒアイスが珍しく真っ赤になってうろたえている。「戦場でこの人はなんてことをばらしてくれるんだ!?」という気持ちを全開にして。
「ははは、そう怒るな。すまなかったな。ともかくだ、俺はお前が姉上と結婚して俺の家族になってくれればそれでいいと思っている。」
「ラインハルト様・・・・。」
夢であってほしくないとこのときほどキルヒアイスが願ったことはなかった。幼少からずっとこの金髪の天使と過ごしてきた赤毛の相棒は、天使の姉に対する弟の愛情が尋常ならざる事を肌で感じていた。仮にキルヒアイスがアンネローゼと結婚するという大それたことを一言たりとも口にのぼせれば、ラインハルトはキルヒアイスを嫉妬のあまりどうこうするのではないか、という不安などが心にあったのである。それ以前に自分のようなものがアンネローゼ様と結ばれるはずもないと半ば諦めのような気持でいた。アンネローゼ様を遠くから、いわば「騎士」のような立場でそっと見守りお仕えする。それだけで十分すぎるのだと思っていたのである。
ところが案に相違して、ラインハルトはあっさりとキルヒアイスとアンネローゼの仲を認める風な発言をしたのだった。おかしなことにアンネローゼ本人の気持ちがどういうものなのか、この時ラインハルトは考えていなかった。いや、当たり前すぎて考えること自体をしなかった、というのが正しいかもしれない。それに対してキルヒアイスはアンネローゼ様のご心中はいかばかりかとそっと数百光年先の彼女の心の内を思んばかっていた。
「ルッツを呼び出せ。」
ラインハルトの指令によってキルヒアイスは夢想から現実の世界に引き戻された。そうだ、まだアンネローゼ様と結ばれることはおろか、アンネローゼ様を取り戻すことすらなしえていないのだ。一日も早くラインハルト様たちとともにそれを成し遂げなくてはならない。キルヒアイスはそう誓い、視線を前方に戻したのである。
 
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