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仮面ライダーAP

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第三章 エリュシオンの織姫
  第3話 人間達の決断

 ――2016年12月7日。
 警視庁警視総監室。

 日本警察の頂点が居座る、治安維持の中核。その一室に、三人の人物が集まっていた。
 テーブルを隔てて向かい合う彼らは、揃って神妙な表情を浮かべている。周り全てを押し潰すような重苦しい雰囲気が、この一帯に漂っていた。

 制服に身を包む精悍な顔立ちの壮年は、警視総監の地位に違わぬ屈強な肉体と壮健な眼差しを持っている――が。その瞳の奥には、深い葛藤の色が滲んでいた。

 警視総監番場惣太(ばんばそうた)。彼の向かいのソファに腰掛けるロビンとアウラは、その胸中を慮る一方で――彼が下していた決断に対し、厳しい目を向けている。

「それで、この結果ですか」
「……返す言葉も、ない。被害を最小限に食い止めるには、こうするより他はなかった」
「あなたはっ……!」

 渡改造被験者保護施設襲撃事件。2日前に起きた、その大量殺人事件において番場総監は、警官隊を途中から全員退却させていた。
 戦線に加わった仮面ライダーAPに戦いを任せ、現場から手を引いていたのである。

 敵のテロに乗じて、被験者達を処分せよ。
 それが日本政府の意向であり、警視総監といえど逆らうことの許されない大命であった。

 結果として渡改造被験者保護施設は壊滅。同施設の被験者は全員死亡し、テロリストと交戦していた仮面ライダーAPも消息を絶った。
 仮面ライダーまでもがやられた――と判断して差し支えない結果に終わり、警視庁は今も事後処理で騒然となっている。

 特に、社会的弱者とされる改造被験者を狙った虐殺行為である本件は衝撃的ニュースとして世界中を駆け巡り、世界各国から哀悼の意が贈られた。
 ――そう、重戦車に乗っていたあの男が言っていた通りに。そしてそれは、番場総監の上に立つ閣僚の目的でもあった。

 改造被験者を蔑ろにしては、人道的見地という面から日本は諸外国から猛烈なバッシングを受けることになる。
 すでに政府により創設されたシェードの暴走が原因で、日本は国際社会からの信用を失いつつあった。故に、これ以上の信用問題は回避せねばならなかった。

 そうした苦肉の策の中で生まれた改造被験者保護施設だったが、結果は国内からの批判を浴びる的と成り果て、政府もその維持費に頭を悩ませるようになっていた。

 そんな折、シェードのテロとして保護施設が破壊され収容者が全員死亡した。それはある意味では、政府にとって僥倖だったのである。
 合法的に予算を食い荒らす被験者を始末できた上、その罪を全てテロリストが被ってくれた。おかげで諸外国からは同情が集まり、融資のきっかけにもなりつつある。

 ――そんな情を持たない人面獣心の魑魅魍魎は、治安の要たる警察すらも飲み込んでいたのだ。
 敵も味方も、救い難い俗物ばかり。改めて突き付けられた現実と、やり場のない怒りに苛まれ、アウラは膝に置く両手を震わせる。

 一体、何のために地球に来たのか。このような者達を救うことに、如何程の価値があるというのか。
 その葛藤に直面する度、彼女は南雲サダトの貌を思い浮かべては誠意を尽くしてきた。だが、今は心の拠り所だった彼までもが行方知れず。

 地獄絵図と成り果てた事件現場からは彼の一部と思しき「部品」も発見されたが、それでも彼女はサダトの生存を頑なに信じ続けていた。
 そうでもしないと自分を保てないほどに、追い詰められている。焦燥や怒りに駆られた彼女の横顔を見遣るロビンは、そう感じていた。

「……恥ずかしいとは、思わないのですか! この施設で暮らしていた人達は、皆あなたの御息女のように懸命に生きていたのに!」
「アウラ様……」
「それなのに、こんなの……こんなこと……! あなたの、御息女までっ……!」
「……」

 ひとしきり番場総監を責め立てた後。アウラは身を乗り出した姿勢のまま、今度は崩れ落ちるように嗚咽を漏らす。

 ――あの事件に対する世論の反応は、当然ながら「表面的には」被験者への悼みとテロリストへの義憤に満ち溢れていた。
 だが、ネット上では重戦車による施設破壊を称賛し、あろうことか今回のシェードをヒーローと讃える者まで現れる始末となっている。

 「こいつらのおかげで税金が浮いたぜ! おかげで経済がよくなるな!」「殺してくれて良かった。これでもう化物に怯えずに済むな!」「罪を背負って正義を成し、クソゴミに天誅を下してくれた。仮面ライダーなんかより、こいつの方がよっぽど正義だろ」。
 そんな意見が表立っては言えない「本音」として、世界中を巡っている。そのどす黒い地球人の本質が、アウラの心をさらに責め立てていた。

 守るべき人々に、自分ばかりか罪のない被験者まで否定され。とうとう、自分のために戦ってくれていた南雲サダトまで否定されてしまった。
 ただ人々を救うためだけに異星へ足を踏み込んだ少女にとって、苦い思いでは済まされない傷となっている。

 そんな彼女の姿を見かねたように、ロビンは彼女の肩に手を当ててソファに座らせる。番場総監は目を閉じ、彼女の叱責に耐え忍んでいた。

 ――だが。堪えようとしているのは、彼女の言葉だけではない。

 日本政府は事件を受け、警察側と同様に一つの予想を立てた。それは、渡改造被験者保護施設を破壊した犯人は、次に風田改造被験者保護施設を狙うだろう――というものだった。

 そして。政府は、彼に命じたのである。

 風田改造被験者保護施設の警護に、人員を割く必要はない――と。

 同施設は市街地内に設立されていた渡改造被験者保護施設とは異なり、東京都稲城市と神奈川県川崎市の境にある山中に造られている。要は、人里から離れているのだ。

 危険と称して人払いさえしておけば、施設に人員を割かなくても実態が漏れることはない。
 漏れるところがあるとすれば同施設の収容者達だが、その口ならテロリストが一人残らず封じてくれる。

 警察側の被害を最小限に抑えた上で、残る最後の保護施設を破壊し被験者を全滅させ、予算を削減。さらに国際社会からの同情も買える。その罪は全て、実行犯のテロリスト一人に被せればいい。

 政府主導によるその計画――「12月計画(ディッセンバープロジェクト)」は、人を人とも思わぬ「非情」の塊であった。

 選りに選って人民を守ることを主命とする警察、その管轄を任されている警視総監にそれを強いるという悪辣さに、アウラは怒髪天を衝く――というほどの怒りを掻き立てられていた。
 そして彼女の怒りは政府だけでなく、言われるままに渡改造被験者保護施設を見捨てた挙句、最後の保護施設にいる被験者達まで見殺しにしようとしている番場総監にも向かっていた。

 警視総監としての職務に背いていることだけではない。
 命じられるままに、たった一人の愛娘さえも見放そうとしていたことにも、彼女は激昂しているのだ。

 ――数ヶ月前。シェードは番場総監への脅迫として、当時中学2年生だった14歳の娘「番場遥花(ばんばはるか)」を誘拐。警察への見せしめとして、彼女を改造人間にしようと企んだ。
 しかしその企みは、アジトを発見した仮面ライダーAPの乱入により頓挫。改造手術を受けている最中だった遥花は救出され、番場総監のもとへと送り返された。

 しかし無傷だったわけではない。右腕一本だけであるが、彼女はすでに改造手術を受けてしまっていた。
 意識が快復しても右腕が元通りになるわけもなく、遥花は脳改造を受けていないためにその力を操り切れず、このままでは危険と判断され風田改造被験者保護施設に収容されることとなったのである。

 同施設は渡改造被験者保護施設よりも危険性の高い被験者達を、保護と称して隔離する目的で山中に建てられている。
 一般人の面会が絶対に許されない魔境であり、警視総監である彼も容易くは娘に会えない日々が続いていた。

 それでも電話を通して、親子で励ましあい生きてきた。その矢先の――この「12月計画」である。

 愛する娘を「国」に見放され、番場総監は無力感に打ちひしがれていた。アウラの言葉は、その胸中を深く抉っている。
 ロビンはそんな両者の様子を、暫し見つめた後。ようやく口を開いた。

「――政府の目的はあくまで、被験者全員の抹殺。自衛隊に要請を出しても同じですし、被験者達を施設から逃がせばいいというわけでもない、ということですか」
「政府はシェードの蜂起が原因で、世界各国から睨まれている。そんな中で積極的に被験者達を殺すことは出来ん。……だから理由を付けて警護を外し、テロリストに皆殺しにさせようと誘導しているのだ」
「なるほど。……人道的には腐り果てているが、理には適っている。阻止するには直接テロリストを倒してしまうより他はない、ということですか」
「……そういうことになる。だが、それはもう不可能だ。仮面ライダーGも仮面ライダーAPも、もういない。奴らに対抗しうる人類側の改造人間は、もう誰もいないのだ」

 番場総監が言う通り、仮面ライダーGは9月を境に怪人が出現しても姿を見せなくなり、彼に代わって戦い続けていた仮面ライダーAPも、先日のテロで消息不明となっている。
 通常兵器が通じないシェードの怪人に対抗できる仮面ライダーがいない以上、仮に無数の警官を施設の警護に充てたとしても結果は変わらないのだ。
 だからこそ政府も国力を無益に損なわないために、「12月計画」に踏み切ったのである。

「――では、やはりなんとしても仮面ライダーを捜し出すしかありませんね」
「……」

 そのロビンの発言に、アウラはハッと顔を上げる。番場総監は、彼の言葉に無言で頷いていた。

 ――政府は積極的に被験者を抹殺することはできない。つまりテロさえ阻止してしまえば……シェードさえ倒してしまえば、政府はもう被験者に手出しはできないのだ。
 その鍵となる仮面ライダーを捜し出せば、政府に見捨てられた被験者達を救えるかも知れない。

 ロビンはアウラの証言を元に作成した書類を、番場総監の前に差し出した。彼はその書類に書かれた、仮面ライダーAPの正体に目を見張る。

「南雲サダト……1996年4月3日生まれ、20歳。城南大学医学部2年生。少林寺拳法四段、テコンドー五段。高校時代はテコンドー高校生世界選手権大会で三連覇。……しかし、若いな。こんな若者が今まで、体一つであの怪人達と渡り合ってきたというのか……」
「彼は今年の5月に行方を絶って以来、シェードとの交戦を繰り返しています。先日の事件現場からは彼の部品と思しき物も発見されましたが、『本体』は未だに発見されていません。……仮面ライダーGの行方はともかく。彼が死亡したと判断するのは、些か性急かと」
「わかった。……基本的には最重要機密事項として扱うが、ウチの捜査一課にだけは情報を共有させて欲しい。こちらも手を尽くして、彼を見つけ出す」
「了解しました。そちらの捜査一課には、派生組織『ネオシェード』を壊滅させた優秀な刑事もいらっしゃるとか。……その手腕に、こちらも期待させて頂きます」

 政府が被験者を殺すためにシェードを誘導しているなら、こちらもシェードを止めるために仮面ライダーを誘導するしかない。そのためにはまず、仮面ライダーの身柄を確保する必要がある。

 そのために動き出そうとしていた番場総監の前に、もう一つの書類がロビンから提示された。

「……番場総監。あなたはこちらも知りたかったのでは?」
「……そうだな」

 番場総監は二つ目の書類を手に取ると、苦々しい面持ちになる。

羽柴柳司郎(はしばりゅうじろう)……1948年8月15日生まれ、68歳。43年前に警視庁を退職、以後行方不明――か」
「現場に残されていたDNA情報が、ICPO本部のデータバンクと一致していました。あの重戦車に乗っていたという男に違いありません」
「羽柴先輩……」

 その名前を、番場総監はよく知っている。右も左も分からなかった新人の自分を、厳しくも優しく導いていた憧れの先輩警官――それが彼の記憶に残る、在りし日の羽柴柳司郎だった。

 しかし彼は汚職に塗れた警察上層部に絶望して、警視庁を去ってしまった。
 それを受け、若き日の番場惣太は彼のような警官を生まないため、質実剛健たる警視総監を目指して――今に至っている。

 正義を守る使命に燃えていた羽柴柳司郎は、シェードのテロリストに成り果て。彼の恩に報いるために正しい警察官僚であろうとした自分は、政府の虐殺計画に加担している。

 二人して、かつての理想からは程遠い自分になってしまっていた。その現実と改めて向き合い、番場総監は暫し目を伏せる。
 そんな彼の胸中を慮り、ロビンは彼が口を開くまで静かに待ち続けていた。

「……南雲サダト君を、何としても捜しだそう。――この男を、止めるためにもな」
「ええ。――その言葉を聞きたかった」

 そして彼は、袂を分かったかつての恩師を止めるべく。意を決して戦う道を選び、ロビンに片手を差し出した。
 その手を握り、日本警察とICPOに協力関係を結んだロビンは、この場で初めて微笑を浮かべる。

「……サダト様、どうか……ご無事で……」

 一方。アウラは両手の指を絡めながら、窓の外に映る青空を見つめていた。
 愛する男の、行方を求めるように。
 
 

 
後書き
 ちなみに羽柴柳司郎は本郷猛と同い年。
 原典「仮面ライダーG」の悪役達が「織田」だったり「徳川」だったりしたので、本作のラスボスは「豊臣」で行こうかなー、とも思ったのですが。
 さすがにどストレート過ぎかなー、ということで「羽柴」に決まりました。

 ちなみに今話で登場した「12月計画(ディッセンバープロジェクト)」は、原作漫画版「仮面ライダー」に登場した「10月計画(オクトーバープロジェクト)」を元ネタにしています。この「10月計画」も、日本政府に端を発する計画として描かれていました。 
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