仮面ライダーAP
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第三章 エリュシオンの織姫
第4話 異形の右腕
――2016年12月7日。
東京都稲城市風田改造被験者保護施設。
東京都稲城市と、神奈川県川崎市を跨ぐ県境に位置する、山の奥深くにひっそりと建つ保護施設。
今となっては唯一の改造被験者用の施設となってしまったそこには、先のテロで破壊された渡改造被験者保護施設の収容者よりも危険性の高い被験者が集められている。
能力が強過ぎて制御できていない者がほとんどであり、ここに入れられた者は社会復帰が困難であるとも言われていた。
そのため専門の職員以外は立ち入ることが許されず、俗世からも離されている。
「……」
窓の外から、森の向こうに広がる街並みを見つめる少女。番場遥花も、その一人だった。
セミロングの艶やかな黒髪と、透き通るような色白の柔肌。そしてあどけなくも愛らしい顔立ちは、良家の子女としての気品を滲ませている。14歳としては肉体も発育しており、歳不相応に膨らみ始めた双丘が患者服を押し上げていた。
――だが、鍵爪のような機械仕掛けの右腕は、人間の手には程遠い。
改造手術の最中に救出されていなければ、全身がこのようになっていたのかと、少女は右腕を見遣る度に戦慄を覚えていた。
(お父さん……)
ゆえに彼女は思案する。いつか、父に会える日は来るのだろうか……と。
ベッドの下に隠されているもう一つの「力」の存在も、彼女の不安を煽っていた。触れてはならない、その禁忌の力から目を背けるように。彼女は窓から窺える自然の景観に、目を向けている。
能力を制御する訓練は続けている。初めは触れるもの全てを弾丸のように吹き飛ばしていたが、今では少し物に触れても亀裂が走る程度に収まっている。
それでも常軌を逸する膂力であるには違いないが、ここまで力のコントロールに成功しているのは、この施設内では彼女だけだった。
能力制御に失敗した影響で、施設内はあらゆる箇所に亀裂が走り、さながら幽霊屋敷のようになっている。壁に穴が空いているのは序の口で、天井も壁も壊れて部屋そのものが露出している場所まである。
施設職員もたまにしか顔を出さない上に、業者も危害を恐れて寄り付かないため、今のような状態が続いているのだ。
「……!」
ふと。外を見つめる遥花の視界を一瞬、何者かが遮った。
慌てて窓から身を乗り出して下を見ると、若い男性が地面に倒れ伏している様子が伺える。
飛び降り自殺、だった。
だが、例え不完全でも改造人間。生身なら即死は免れない頭からの墜落でも、彼は即死できず苦しみにのたうちまわっている。
なまじ生きているがゆえに、終わらない苦しみ。尊厳死という概念から縁遠い環境が生む歪さが、この施設の被験者達を蝕んでいた。
「……みんな! バカな真似はやめてっ!」
すぐさま屋上に駆け上った彼女は、先ほど自殺した若者に続こうとしている十数人の男女を、必死に呼び止める。
だが、誰一人耳を貸す気配はない。一人、また一人と、屋上の端へと歩み寄っている。生気というものが感じられない、虚ろな瞳で。
「……うるせぇよ。どうせ俺達ァ助からねぇんだ。一生ここから出られねぇし、行く先もねぇ」
「それに……ニュースでやってたじゃん。目黒区の施設が壊されて、みんな殺されたって。仮面ライダーもやられたって」
「じきにここもブッ壊されて、俺達も殺される。警察だって助けてくれやしねぇよ、今までだって仮面ライダー任せだったし。その仮面ライダーだって、もういねぇんだから」
「そ、そんなことないっ! お父さんは……きっとお父さんは助けてくれるっ!」
そんな彼らに、被験者の中でも最年少の少女は懸命に生きる大切さを訴える。幼くして母を事故で喪った彼女は、残される家族の悲しみというものを身を以て学んでいた。
だからこそ、このような状況に立たされてなお気丈さを忘れずに生きてきたのだが――「実状」は、そんな健気な少女にさえ牙を剥く。
「……へ。助けてくれるから、何だってんだ。家に帰してくれるのか? 人間に戻してくれるのか? 仕事はあるのか? 保証してくれんのか? してくれねぇだろ。散々死にたい目に遭わせておいて、死のうとしたら『死んじゃダメ』? ……ざっけんじゃねぇクソがぁあ!」
「なっ……!」
遥花を怒鳴りつける男性の眼は暗く淀み、濁り果てていた。少女にとっては理解し難い、人間に出来るものとは思えないほどの「眼」。
闇の奔流そのものと呼べる、その眼差しで射抜かれた彼女は、思わず硬直してしまった。
その隙に踵を返した男性は他の者達と共に、屋上から身を投げて行く。
「だ、ダメぇぇええ!」
何がダメなのか。死を選ぶことの何がいけないのか。それはもう、少女自身にもわからない。
それでも、両親の愛情に育まれた彼女の心は、これを許してはならないと叫んでいた。理屈では止まらない力が、彼女を屋上の端へと突き動かしていた。
滝のように次々と飛び降りていく被験者達。彼らは自らの死を願い、躊躇うことなく身を投じていく。
頭部への衝撃は即死に至らないだけで致命傷には違いなく、半端な改造人間である彼らは一人、また一人と苦しみながら死んでいく。
――そんな中、ただ一人。
どこか瞳に迷いの色を滲ませた女性が、屋上の端で立ち往生していた。
「あ、う……」
生と死。その境界まで、あと一歩。
待っているのは「解放」か、さらなる「苦しみ」か。死後の世界を知る由もない彼女は、未知の境地に希望を見るか否かに、揺れていた。
「なんだビビりやがって! オラ、もう終わりにすんぞっ!」
「ひっ……いいっ!」
その時。後ろから進み出た男性が、強引に女性を突き飛ばす。
女性の身体は宙を舞い、男性もそれに続くように屋上の向こうへと飛び出して行った。
望まぬタイミング、望まぬ死。
唐突にそれを突き付けられ、女性の悲鳴が上がる。
「きゃあぁあぁあっ!」
重力に吸い寄せられ、地面が近づいてくる。風音が耳周りを吹き抜け、恐怖を煽る。
もがいても生き延びてもどうにもならないと知りながら、それでも彼女は叫ぶのだった。
「間に合って……ッ!」
だが、逃れられない死の運命に、警察官の娘は敢然と立ち向かう。遥花は屋上端に辿り着いた瞬間、改造された右腕の「力」を解放した。
機械仕掛けの右腕――「ロープアーム」に取り付けられた鍵爪は、唸りを上げて彼女の腕から射出されていく。その爪と腕は、一本のロープで繋がっていた。
一瞬にして、落下して行く女性の胴体に巻き付いたロープは、その身体を地面に激突する直前で食い止める。さながら、墜落すれすれのバンジージャンプのようだった。
だが、助かったのはその女性一人。
彼女を突き落とした男性を含む、他の被験者達は軒並み、自殺という本懐を遂げていた。
「あ、ありがっ……う、ぁ、あぁあぁんっ!」
「……大丈夫ですから。きっと、大丈夫……」
所詮は気の迷いに過ぎず、本気で死ぬつもりはなかったのか。引き上げられた女性は、何歳も年下の遥花にしがみつくと赤子のように啜り泣いていた。
そんな彼女の頭を抱き締め、母のように労わりながら。遥花は死を選んでしまった人々の骸を……骸の山を、哀しげに見下ろしている。
その脳裏には、男性が訴えた奇麗事の脆さが焼き付いていた。
「……お父さん……仮面、ライダー……」
頼みの綱は、果たして頼れるのか。行きたいと願う自分達に、救いの手を差し伸べてくれるのだろうか。
懸命に、気丈に、前向きに生きる一方で。
孤独に震える少女は、助けを求める言葉すら飲み込んでしまっていた。
口にすればきっと、この緊張の糸は途切れてしまう。今まで耐え続けていたものに、押し潰されてしまう。無意識のうちにどこかで、その可能性に勘付いていたから。
(たす、けて……)
だからせめて、心の内は。
本来の、か弱い少女としての己に生きるのだ。本当の自分を、見失わないために。
後書き
話の根幹に漫画版ストロンガーのオマージュが絡んでるので、遥花の能力は当初、電波人間タックルをモチーフにする予定でした。が、「中途半端な改造人間」という要素を強調したかったので、結局こういう感じに。
ちなみに遥花の外見設定は、艦これに登場した艦娘「山城」がモデル。当初は「扶桑」をモデルとする姉を登場させる予定もありましたが、登場人物を最低限に抑えるため端折ることに。第3話でアウラが番場総監の対応に憤る場面は、元々そのキャラが務めていました。
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