セントバーナード
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第四章
「余裕のある生活が出来てたけれど」
「店もそれなりに繁盛してるしな」
「パンは美味しくないけれどね」
「スイスだからそれは仕方ないな」
その年に採れた麦を有事に備えて備蓄して二年目の麦でパンを作るからだ、この辺り国防を常に意識している国民皆兵の国だけはある。
「それは」
「そうよね、どうしてもね」
「パンは仕方ない、けれど俺達は余裕のある暮らしをしてたな」
「そうね、本当にね」
「けれどそれでも物足りなかった」
「やっぱり人だけじゃ寂しいのよ」
人間というものはというのだ。
「どうしてもね」
「そうだな、他の生きものも必要だな」
「家族としてね」
「そうなんだな、だから犬も飼って」
ハンスはさらに言った。
「猫や鳥を飼う人もいるんだな」
「私達以外にも」
「それにな」
「それに?」
「フリッツにとって一番よかったな」
こうも言ったのだった、今は学校に通っている息子について。
「あいついつもダイアと一緒にいるな」
「お家にいる時はね」
「それでよく遊んでるな」
「ダイアとね」
「それでいつもダイアの話をしてる」
「妹としてね」
「いい妹だ」
フリッツにとって、というのだ。
「前よりずっと笑顔でいることも多くなった」
「私達と一緒にお散歩して身体を動かすことも多くなったわね」
「ずっと本ばかり読んでたからな」
これまでのフリッツはというのだ。
「それかゲームをして」
「よく勉強してるから成績はよかったけれど」
「運動はしなかったからな」
「そこが気掛かりだったけれど」
「そのことも変わった」
「それもよかったわね」
「本当にな」
ハンスは目を細めさせて妻に答えた。
「何もかもがな、さて」
「これからなのね」
「ちょっとダイアの散歩に行って来るか」
一日二回のそれにというのだ。
「そうしてくるか」
「じゃあその間お店は私が見ているわね」
「そうしてくれるか」
「行ってらっしゃい」
妻は夫を笑顔で送った、そして夫は散歩に行くのだった。二人はダイアを家に迎え入れたことを心から喜んでいた。
それだけでなくだ、ある夜に。
ダイアが吠える声がした、すると。
翌朝だ、店を開いた二人のところに警官が来てこんなことを言ってきたのだった。
「実は昨日お宅の近くで泥棒を捕まえまして」
「泥棒をですか」
「はい、このお店の方から逃げてきていました」
「別に何も盗まれていませんが」
ハンスは警官に真面目に返した。
「店は」
「それは何よりです、どうも犬に吠えられて」
「それで、ですか」
「慌てて逃げたそうで」
そしてというのだ。
「その泥棒が前から職務質問をしたら怪しかったので」
「調べたらですか」
「泥棒でした」
そうだったというのだ。
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