銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第百九十二話 罪の深い女
帝国暦 488年 1月 2日 帝国軍総旗艦ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
リューネブルクは部屋まで付いて来た。俺が執務席に座ると、部屋の片隅に有った椅子に腰をかける。彼が俺の方を時々気遣わしげに見るのが分かったが、何となく億劫で悪いとは思ったが気付かぬ振りをした。
もっとも向こうもそんな事は百も承知だろう。普通の奴なら気まずさに部屋を出て行くところだろうが、そんな可愛げは欠片も無い奴だ。出てけと言っても一人は危険ですとか言って居座るのは目に見えてる。彼とは長い付き合いだ、無下にも出来ん……。
男爵夫人は大分ショックを受けていたな。まあ親しかった人間達が目の前で死罪に落とされることが決定したのだ、平静ではいられなかっただろう。男爵夫人はヒルダとは違う、ヒルダは政治センスに恵まれた聡明な女性だが、男爵夫人は好奇心は強いがごく普通の女性だ。傑出した政治センスなど何処にもない。
原作の男爵夫人はラインハルトが権力を握るまでは時々関わってくるが、権力を握った後は姿を現さない。リップシュタット戦役以後、アンネローゼがラインハルトの傍を離れた事が理由としてあるのかもしれない。
しかし、俺が思うにおそらくはキルヒアイスを失った後のラインハルトの変貌についていけないと感じたのではないだろうか。十歳以上の男子は死刑、そんな事を平然と命じる人間に彼女がついていけるとは思えない。
おそらく今回の一件で彼女は俺の傍を離れて行くだろう。普通の人間なら怖くなって離れるのが当たり前だ。俺の傍を離れたからといって、その事を根に持ったりはしない。俺は自分がどんな世界に生きているのか分かっている、ラインハルトと大して違いが有るわけではない……。
彼女は俺から離れるべきなのだ、人間、向き不向きはある。無理をする事はない。彼女はおそらく芸術の世界に行くのだろう。パトロンとして多くの芸術家達を育てる。
貴族らしい趣味かもしれない。だがそれが悪いとは思わない。彼女が政治の世界で貴族としての特権を振るおうとするなら許さないが、政治に関わらないのなら問題は無い……。
ジークフリード・キルヒアイスが俺を殺しに来た。来るだろうとは思っていた。しかし、丸腰の俺を撃てると言われた時は参った。それにあの目は俺を殺したがっていた。
あんな事をする奴じゃないと期待していたが、そうじゃなかった。結局人間など追い詰められればどんな事でもするということかもしれない。油断するなと言う事だ。確かにリヒテンラーデ侯の言う通り、俺は甘いのだろう……。
目の前にカプセルが有る。キルヒアイスが俺に飲ませようとしたカプセルだ。心臓発作に良く似た症状を起させると言っていたな……。心臓発作か……、心臓発作……、心臓発作? 馬鹿だな、何を考えている、そんな事が有るはずが無い、有ってはいけない事だ……。
「……閣下、閣下!」
「……なんです、リューネブルク中将」
「通信が入っています」
通信が入っている? 確かにそうだ、呼び出し音が鳴っている。気付かなかったのか……。そんな目で見るな、リューネブルク。俺は大丈夫だ……。
「ヴァレンシュタインです」
「ワルトハイムです。艦隊司令官達に連絡が取れました。艦橋へ御出でください」
“人間など追い詰められればどんな事でもするということかもしれない”
“俺は甘いのだろう”
……考えすぎだ、そんな事はありえない。神経質になっているだけだ。
「ワルトハイム参謀長」
「はっ」
「……リヒテンラーデ侯に連絡を取ってください」
スクリーンに映っているワルトハイムの顔が驚愕に満ちている。俺も同感だ、多分何処か頭がおかしくなっているのだろう。
「閣下、この時間に国務尚書を」
時間? それがどうした、たかだか夜中の二時半じゃないか。寝てるだろうが死んではいない、叩き起こせ、話は出来る。
「構いません、叩き起こして下さい。ヴァレンシュタインが緊急の要件で話したがっていると……」
「はっ」
もう後へは退けんな。全くなんでこんな馬鹿な事ばかり考え付くのか……、多分馬鹿だからだろう。度し難い馬鹿だ。
「リューネブルク中将、行きますよ」
「はっ」
リューネブルクが嬉しそうに答えた。こいつ、なんだってそんな嬉しそうな顔をしてるんだ? 俺が厄介ごとに巻き込まれる度にいつも嬉しそうな顔をする。全くろくでもない奴だ、何で俺はこいつを傍においておくんだろう、さっぱり分からん……。
帝国暦 488年 1月 2日 帝国軍総旗艦ロキ マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ
艦橋は混乱している。艦隊司令官達との連絡がついたと思ったら今度は国務尚書リヒテンラーデ侯を呼べと言われたのだ、当然だろう。ワルトハイム参謀長が国務尚書の執事と話しをしているがなかなか埒が明かない。
「何度も同じことを言わせないで頂きたい。ヴァレンシュタイン司令長官が至急侯に連絡を取りたいと言っておられるのだ」
『そうは言われても、元帥閣下の御姿も見えない状況では』
さっきからずっとこの調子だ。ワルトハイム参謀長は苛立ち、国務尚書の執事は何処か勝ち誇った表情をしている。国務尚書の勢威をこちらに思い知らせたいと思っているのかもしれない。この夜中に主人を起せなど何を考えているのか、そんなところだろう。
艦橋に司令長官が入ってきた。厳しい表情だ、足早に歩いてくる。そして司令長官の後ろには周囲に鋭い視線を送りながらリューネブルク中将がついている。
それだけで何かが起こったことが分かった。艦橋の空気が混乱から緊張に切り替わる。二人は此処を出て行く時とは全く違う、まるで狩をする猛獣のように荒々しい雰囲気を周囲に撒き散らしている。
「リヒテンラーデ侯はどうしました?」
「それが」
指揮官席に座る司令長官に問いかけられ、ワルトハイム参謀長が面目無さげにスクリーンを見た。司令長官もスクリーンを見る、厳しい表情だ。戦いの最中でもこんな顔は見た事が無い。戦う男の顔だ。
「ヴァレンシュタインです。重大な要件でリヒテンラーデ侯に相談が有ります。侯を呼んでください」
『しかし、もうこの時間……』
「叩き起こしてください」
司令長官の声に皆が驚いた。執事、艦橋の皆、スクリーンに映る司令官達……。
「この件で不祥事が発生した場合は侯と卿に責めを負ってもらいます、死にたくなかったら侯を叩き起こしなさい」
司令長官の厳しい表情と言葉に執事は真っ青になった。
『……』
「早く決めなさい、侯を呼ぶのか、それとも死ぬのか」
『す、すこしお待ちください。今主人を呼びます』
「馬鹿が……」
執事が慌てて消えるのと司令長官が吐き捨てるのが一緒だった。司令長官はかなり苛立っている。余程の大事が起きたのだろう。皆顔を見合わせた。
「申し訳ありません、侯に緊急で相談しなければならない事が出来ました。そのまま待っていただけますか」
『それは構いませんが、よろしいのですか? 我々が聞いても』
「構いません。むしろその方が良いでしょう」
司令長官はロイエンタール提督と話し終えると右手で左腕を軽く叩きながら俯き加減に視線を伏せた。そのまま左腕を叩き続ける。艦橋は痛いほどに緊張している。皆司令長官を窺うように見るが司令長官の様子は変わらない。左腕を叩き続けるだけだ。そして一つ大きく息を吐いた。
『何のようじゃ、ヴァレンシュタイン』
リヒテンラーデ侯がガウン姿でスクリーンに現れたのは執事が消えてから五分ほど立ってからだった。司令長官が腕を叩くのを止めた。
「先程キルヒアイス准将を捕らえました」
『その事は昨夜聞いた』
リヒテンラーデ侯が皮肉そうな口調で笑った。寝ている所を起されて機嫌が良くない様だが司令長官は気にした様子も無く話を続けた。
「キルヒアイス准将は私に薬を飲ませようとしました、これです」
司令長官の手には小さなカプセルが有る。皆の視線がその薬に集中した。
『それで』
「この薬は心臓発作に良く似た症状を引き起こすそうです。それに一旦体内に取り込まれると検出するのは非常に困難だとか。他殺を疑われる事は先ずない……」
『何が言いたい』
「グリューネワルト伯爵夫人の元にもこれが有る可能性が有ります」
「そ、そんな、痛!」
抗議しようとした私の肩を強い力がつかんだ。まるで肩を万力で握り潰すかのようだ。
リューネブルク中将だった。中将が強い視線で私を見ている。そして顔を寄せると小さな声で“騒ぐな、次は首を絞める”と囁いた。私は痛みを堪えながら首を縦に振った。中将は軽く頷くともう一度強く肩をつかんでから放した。
『卿、本気か?』
「本気ですし、正気です。キルヒアイス准将は十月の末にこの薬を手に入れています。同じ時期に伯爵夫人も手に入れたでしょう」
『うーむ』
リヒテンラーデ侯が厳しい眼で薬を睨んでいる。
そんな薬がアンネローゼのところに有るはずが無い。彼女は陛下を愛しているのだから。リヒテンラーデ侯も半信半疑な表情をしている。司令長官の邪推だ。
「バラ園の事を思い出してください。あの時の標的は私と侯だった。ノイケルン宮内尚書が宮中の実権を握り、ローエングラム伯を呼び戻して協力して帝国を牛耳ろうとした」
『オーディンに戻ったローエングラム伯は、宮中でクーデターを起し、私と卿を暗殺したノイケルンを捕らえクーデターを鎮圧する事で実権を握ろうとした』
まさか、そんな事が、慌てて周囲を見た。誰も驚いたような表情をしていない。何人かは頷いている。誘拐事件のときラインハルトが疑われたのは知っている。この事件でも周囲は関与していると考えていた?
誰も私にそんな事は言わなかった。周囲が私に隠したとは思えない、私が甘かったのか? 何処かでラインハルト達を信じる心が有った? その事が事実から眼を逸らさせた?
人間は見たいと思う真実だけを見る、見たくない真実からは眼をそむけてしまう……。私は何処かで真実から眼を背けていたのか……。だから私だけがキルヒアイスの捕縛に納得できず、司令長官に食い下がった……。
「此処でおかしな事があります。ローエングラム伯が軍の実権を握るためには宇宙艦隊司令長官の職を必要とするはずです」
『うむ』
「陛下がローエングラム伯にそれを許すでしょうか?」
『いや、それは無い。次の司令長官はメルカッツに決まっておった。なるほど確かに妙じゃの』
リヒテンラーデ侯が司令長官の言葉に相槌を打った。司令長官は一つ頷くと口を開いた。
「オーベルシュタインはその事を知らなかったはずですが、陛下が簡単に伯を宇宙艦隊司令長官にすると考えたとも思えません。いやそれ以上に、お前達が私や侯を殺したと陛下に非難された場合、伯はどうすると思いますか? 伯が陰謀の件を知らなかったとしたら?」
『なるほど、オーベルシュタインにとって陛下は邪魔か。そう言いたいのじゃな』
「ええ、罪はノイケルンに被せます。ノイケルン宮内尚書は我々を暗殺し実権を握ろうとしたが、陛下の信頼を得る事が出来ず、逆上して陛下を弑逆……」
『後を継ぐのはエルウィン・ヨーゼフ殿下か。なるほど操るのは難しくないの』
「ローエングラム伯は反乱を鎮圧し、大逆人を誅した英雄です。これなら誰も逆らえません」
リヒテンラーデ侯は考え込んでいる。司令長官も何も言わない。二人の沈黙に艦橋は痛いほどに緊張している。息をするのさえはばかられるようだ。
『卿の言い分は分かる。しかしグリューネワルト伯爵夫人がそのようなことをするかの。これまで何の動きも見せなかったのじゃぞ』
「だからこそ好都合でしょう、誰も伯爵夫人を疑わない。陛下とローエングラム伯、どちらを選ぶと言われたら伯爵夫人はどうすると思います?」
『……自信が有るのじゃな』
「そうでもありません。半々だと思います」
司令長官の言葉にリヒテンラーデ侯は大きく溜息を吐いた。
『半々か……、陛下の御命には代えられぬ。伯爵夫人を調べさせよう』
アンネローゼが調べられる。何故そんな事に……、そう思う私の気持ちを他所に手筈が着々と決められていく。憲兵隊が宮中に踏み込むのは一時間半後、それに合わせて別働隊もラインハルトの拘束に動く。
別々に行動した場合、お互いに連絡を取り合う可能性がある。最悪の場合伯爵夫人が自殺、或いは陛下を弑逆しかねない、そういうことだった。
本当にアンネローゼが薬を持っているのだろうか。いや、それよりも司令長官とリヒテンラーデ侯の会話。ほんの僅かな手がかりからあそこまで思いつくものなのか……。
政治の世界の厳しさ、そこに生きる男達の苛烈さ、獰猛さ、酷烈さ。ほんの僅かな過ちが命取りになる世界……。その中で生き残ると言う事がどれ程至難な事か。司令長官が何度も私に発した警告、その意味がようやく分かった。
あれはこれ以上立ち入るなと言う警告だった、私は愚かにもそれを軽視した。一つ間違えば私はオーベルシュタインに利用されるか、或いは司令長官に利用されて滅茶苦茶にされていただろう。今此処にいるのは僥倖に過ぎない。
打ち合わせはいつの間にか終わっていた。司令長官は指揮官席で穏やかな表情を浮かべている。周囲にはフィッツシモンズ中佐がいるだけだ。
「閣下」
私の躊躇いがちな呼びかけに司令長官は訝しげな表情をした。フィッツシモンズ中佐が油断無く身構えている。
「申し訳ありませんでした。何も知らずに、私が愚かでした」
司令長官は私の言葉に微かに苦笑すると頷いた。
帝国暦 488年 1月 2日 帝国軍総旗艦ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
銀河英雄伝説の原作を読むとラインハルト・フォン・ローエングラムはつくづく強運だと思う。こう言うと多くの人間がバーミリオン会戦を頭に浮かべるだろう。だが、俺はアムリッツア会戦後に皇帝フリードリヒ四世が死んだ事こそ強運以外の何物でも無いと思う。
フリードリヒ四世の死についてラインハルトは後五年、いや二年生きていれば犯した罪悪に相応しい死に様をさせてやったと心の中で呟いている。キルヒアイスも同様だ。
だが俺に言わせれば、フリードリヒ四世に後一年寿命があれば、死んでいたのはラインハルトとキルヒアイスのほうだったと思う。何故なら帝国の上層部はラインハルトを危険視する人間で溢れていたからだ。
イゼルローン要塞失陥後の事だが、帝国軍三長官とリヒテンラーデ侯が話をするシーンがある。それを見ると彼らはラインハルトの地位が上がる事を酷く警戒している。
そしてバラ園での皇帝とリヒテンラーデ侯の会話、さらに同盟軍侵攻が分かったときのリヒテンラーデ侯とゲルラッハ子爵の遣り取り……。
リヒテンラーデ侯、ゲルラッハ子爵、そして帝国軍三長官、彼らの間ではラインハルトは消耗品だった。同盟が健在なうちは利用するがその後は排除……。アムリッツア会戦での大勝利は十分に排除のきっかけになっただろう。
ラインハルトを排除する口実はあったのだ。他でもない、焦土作戦だ。あの作戦で辺境星域二億人は飢餓地獄に陥った。それがどれ程酷かったかはリップシュタット戦役時に辺境星域で僅か三ヶ月未満の間に六十回以上の会戦が起きた事でも分かる。
当然だが辺境星域の貴族達の怒りも激しかったはずだ。ラインハルトを処断すれば、辺境星域の住民、貴族達、その両方の歓心を得ることが出来る。政府に対して不信感を持っただろう辺境星域に対してラインハルトを処断することでその罪をラインハルト個人の物に摩り替える……。
カストロプ公を切り捨てることで国内の不満を和らげた帝国ならラインハルトを切り捨てる事も容易かっただろう。
勝利の凱旋から気がつけば処刑場ということだ。
“ただ勝てば良いという勝ち方は宇宙艦隊を率いるものに相応しからず”
その一言でラインハルトから宇宙艦隊を剥奪できただろう。その後は言うまでも無い。
滑稽なのはラインハルトがそのあたりをまるで理解していない事だ。あげくの果てに後二年などと言っている。当時の自分を取り巻く政治状況が全く見えていなかったとしか思えない。だから多くの人間がこの強運に気付かない。
皇帝フリードリヒ四世が死んだ事で全てが変わった。帝国はいつ内乱が起きてもおかしくない状況になった。リヒテンラーデ侯はラインハルトの排除を一旦中止し、手を組む事でブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯と戦う事を選択した。つまりラインハルトの皇帝への道が開けたのだ。
俺はこれまで皇帝フリードリヒ四世の死は自然死だと思っていた。ラインハルトは何と強運なのだろうと。だが今回のキルヒアイスが使おうとした薬で考えを変えた。あれは自然死じゃない。
オーベルシュタインはラインハルト達が危ういという事に気付いていたのだ。だから手を打った。先ず、同盟に対して大勝しラインハルトの軍事能力を見せ付ける。
第二にフリードリヒ四世を暗殺し帝国に後継者争いを生じさせる。第三にリヒテンラーデ侯にエルウィン・ヨーゼフを担がせる。この内第一と第三はそれほど難しくない。問題は第二のフリードリヒ四世の暗殺だ。
オーベルシュタインは何らかの手段でアンネローゼと接触した。そしてラインハルトの危機を訴えフリードリヒ四世の暗殺を頼んだのだ。そしてアンネローゼは実行した。そうとでも思わなければ余りにも強運過ぎる。
もしかすると二人の接触には男爵夫人が関与したのかもしれない。だとすると彼女は皇帝暗殺に気付いた可能性も有るだろう。彼女がラインハルトに近づかなくなったのはそれが原因かもしれない。
アムリッツア会戦後、オーベルシュタインはキルヒアイスを警戒し始める。ナンバー・ツー不要論だが、本当はキルヒアイスとアンネローゼの接近を警戒したのではないだろうか。
アンネローゼが皇帝暗殺をキルヒアイスに話したらどうなるか? おそらくとんでもなく深刻な事態になるだろう。キルヒアイスはオーベルシュタインを許さないだろうし、ラインハルトも二人の不和の原因が何かに関心を持つに違いない。まさに破滅的な事態の発生だ。
キルヒアイスの死後、オーベルシュタインはアンネローゼと話をしている。何を話し何を話さなかったのかは分からない。しかし会談の後、アンネローゼは理解したはずだ。オーベルシュタインは自分が他者に近づくのを望んでいないと。彼女が、フロイデンの山荘に移ったのもそれが原因だろう。
『私は罪の深い女です』
この言葉の意味はなんだろう。キルヒアイスへの贖罪だけだろうか? 俺にはそうは思えない。フリードリヒ四世を暗殺したのが彼女なら、それに対する償いの気持も入っているはずだ。
フリードリヒ四世が死んだ事で、ゴールデンバウム王朝は消滅しようとしているのだ。彼女は自分がゴールデンバウム王朝を滅ぼすきっかけを作ったことを理解したはずだ。
彼女が曲りなりにも安全で裕福な生活を維持でき、ラインハルトも身を立てることが出来たのはフリードリヒ四世のおかげだった。だが彼女はそれを裏切ったのだ。それに対する贖罪の気持が入っているのではないだろうか……。
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