| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

豹頭王異伝

作者:fw187
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

旋風
  弁論の魔術師

「キタイ解放の戦い、ですとぉ?」
 ルナンのみならず全員の表情が強張り、室内の雰囲気が一変。
 一同が想定外の言葉に固唾を呑む中、リギアは微かに柳眉を顰めた。
 闇と炎の王子は無論の事、見逃す筈も無いが優雅に微笑み平然と無視。
 奇蹟の復活を遂げた貴公子、古代機械に指名された聖王家の正統なる後継者。
 古代機械の第二種管理認定者《セカンド・マスター》、アルド・ナリスの弁舌が続く。

「私がマルガに入ってから魔道の攻撃が途絶えていたのも、偶然ではないよ。
 御膝元キタイで大規模な反乱が起きた為、竜王は中原侵略の中断を余儀無くされた。
 竜王が秘める真の狙い、古代機械と私を手に入れる野望は打ち砕かねばならない。
 クリスタル解放後も私が留まる限り、パロに第2・第3の侵略謀計が仕掛けられる。
 レムスを一時的に見棄て撤退した模様だが、反乱を鎮圧の後に再び襲来するだろう。
 邪悪な黒魔道を操る竜の門が大挙して現れ、パロ全土を蹂躙する悪夢が現実化する。

 キタイの反乱が鎮圧される前に、是が非でも遠征軍を送らねばならない。
 ケイロニア王グインは自ら軍を率い、レムスを操る黒幕の本拠を突く覚悟だ。
 黒魔道を操り虐殺を重ねる竜頭人身の怪物、竜の門を断固として追い払う為にね。
 私は噂に聞く豹頭王から直接、竜王に関する様々な事情を聞いて確信を持ったよ。
 彼がシルヴィア皇妃を救出の為、キタイへ赴いたと云う噂は真実であったのだ。
 竜王の支配するキタイの都、ホータンは化け物や怪物の跋扈する魔都と化している。

 豹頭王グインは現場で実情を体験した後、真実を公表せんと画策していた。
 中原各国に激を飛ばし、キタイ解放の戦いを始める方策を思案していたのだ。
 それ故に彼は私の告発を知り、直ちに真実と理解してくれた。
 渋るアキレウス大帝を説き伏せてまで、パロへ出兵してくれたのだよ。
 グインがケイロニアを動かしてくれなかったら、我々はどうにもならなかった。
 各国に先駆け神聖パロを承認してくれた彼の恩義に、報いぬ訳には行かない。

 彼は回復する見込みの全く無かった、私の身体を治癒する方法も発見してくれた。
 キタイへ豹頭王と共に遠征するのは他でもない、パロ聖王国を最終的に救う為だ。
 わかってくれるね、ルナン、ダルカン、ワリス、ボース、ローリウス。
 私には如何なる理由があろうとも、グインと共に戦う理由があるのだよ」

 皇女シルヴィア救出を成し遂げた風雲児、豹頭王も躊躇し公表を憚る裏の事情。
 パロ解放軍を率いる諸将達は驚愕の事実を告げられ、完全に言葉を喪った。
 豹頭王グインが助太刀に動いた真の動機は、衝撃的であった。
 流石に異議を唱える気力を持ち続け得る者は、1人もおらぬ。
 一同を覆う沈黙、重苦しい空気をまるで感じておらぬかの様に。
 室内に漂う圧迫感を撥ね退け、他人事の様に平静な指導者の声が響き渡る。

「こう言っては語弊があるが頼もしい援軍、ゴーラ軍は血に飢えた獣だからね。
 ユラニア公女とクム公子の婚礼、トーラスの裁判は流血の惨事となった。
 モンゴールを征服した私の盟友、イシュトヴァーン直属の旗本は兎も角。
 ケイロニア軍に実力の差を見せ付けられ、末端の兵士達は荒れている筈だ。

 パロの民に牙を剥く事態も時間の問題、想定外の一言では済まされない。
 ゴーラ王の権威と恐怖を借用して直接、私と魔道師達が監視と制御を行う。
 最強の切札だから温存すると褒め称え、パロ領内では控えに廻す心算だが。
 魔道にも催眠術にも弱い勇猛な戦士達、ゴーラ軍が国境の外へ出るまではね。

 ゴーラ軍は目を離せば困った事に、キタイ勢力に操られ虐殺を始めかねない。
 そんな危険な連中を野放し状態に置き、監視の眼を離す訳には行かないよ。
 魔道に弱い野蛮人の軍団は足手纏い、クリスタル解放戦には不要かも知れぬ。
 ケイロニア軍に打ち破って貰う手もあるが、却って厄介な事になる確率が高い。

 冷酷王の恐怖と言う箍≪くびき≫から、ゴーラ兵達が解き放たれてしまう。
 バラバラになった彼等は自暴自棄となり、無辜の民に牙を剥き出すだろうね。
 阿鼻叫喚の地獄絵図、多数の犠牲者が生じる事は火を見るより明らかだ。
 当然予想され得る事態を見過す訳には行かない、対策は立てて置かねばならぬ。

 ゴーラ軍と云う集団で纏めて管理し、恐怖と云う鎖で縛って置く方が安全だ。
 兵士達は末端の1人々々に至るまで、血に飢えた冷酷な王を恐れているからね。
 彼等は忠誠心からではなく恐怖心から、ゴーラを斬り従えた魔戦士に従っている。
 だからこそ不安と恐怖から逃れる為に、流血の惨事を唯々諾々として行うのだ。

 ユラニアの将兵達も内心は反発しているだろうが、ゴーラ王に決して逆らえない。
 モンゴールの将兵達も己の感情を圧し殺し、良心の声に耳を塞いでいるのだろう。
 パロの民を護り安全を図る最上の策は、ゴーラ兵の心理を利用する一手だね。
 ゴーラ軍の軍律《ルール》を厳格に維持し、ゴーラ王を通じて私が命令を下す。

 パロの民を危険に晒さぬ為、ゴーラ王の首根っ子をしっかりと掴まえる。
 流血を呼ぶ冷酷王を通じ私が軍を掌握している限り、パロの安全は保たれるのだよ。
 ゴーラ軍に連行され私は捕虜となり、人質に取られた格好となるがね。
 イシュトヴァーンの自尊心は尊重するが、彼は催眠術で御する操り人形に過ぎない。
 ゴーラ王の方が実際には捕虜となり、魔道師軍団が付き従うから私の心配は無用だ。
 これこそ最も私に相応しい戦い方、ではないかと思うのだが納得して貰えるかな」

「…わかりました、私の負けです。
 御心の儘に、聖王陛下《アル・ジェニウス》。
 アルド・ナリス様、我々は何処までも貴方に付き従います。
 我が忠誠を永遠に御身へ捧げます、我々を御導きください」

 頑固一徹の最年長者ルナン聖騎士侯も折れ、参列する全員が納得して唱和。
 ルギアの眉が更に跳ね上がり、レイピアの如く尖った視線で聖王家の魔術師を刺し貫くが。
 前クリスタル大公の瞳が煌き、上級魔道師ヴァレリウスは雄弁な溜息を吐いた。
 解放軍の最高指導者が輝く笑顔を披露した後、一同は部屋を退出し部下達の許に戻る。

 無言の儘、凄絶な一睨みを投げ足音も荒く立ち去る聖騎士伯リギア。
 微かに頬を緩める物静かな参謀長と対照的に、公然と唇を緩め満面の笑み。
 パロ解放軍の最高指導者は悪戯っ子を装い、パロ魔道師軍団の指揮官を無視。
 瞳を煌かせ挑発する闇と炎の王子に対し、雄弁な溜息を吐き灰色の瞳が瞬いた。
「貴方の様に悪知恵が廻る口車の天才、口先の魔術師は見た事がありませんね。
 改めて脱帽しますよ、パロ聖王国史上最高、いえ、中原一の詐欺師様」

「否定はしないが見た事が無いとは心外だな、君は1度も鏡を見た事が無いのかね?
 むしろ非常な賛辞と受け取り有難い、最高の褒め言葉と御礼を云おうかな」
 巧みに弁舌を操る魔術師に最大の効果を発揮する方策は、沈黙を貫く事だが。
 口から先に産まれたと噂され、イェライシャにも指摘された本性とは相容れぬ。

「貴方って方は、どうしてそう、人を騙して喜ぶ癖を止められないんですか!
 ゴーラ軍に乗り込んだら酷い目に遭いますよ、リンダ様は反対されてませんか?」
「私から直接、彼女に話して置くから余計な気は使わなくて良いよ。
 忠告は有難く受けて置くが君も大変だね、詰まらない心配していると禿げるよ」

「放っといてください、リンダ様を御呼びしますから御説明はされた方が良いですよ。
 私はさっさと失礼して情勢を確認します、御話が済んだら心話で御呼び下さい」
「夫婦水入らずの時間を作ってくれて、心底から感謝するよ。
 アムブラの件は私の指示だった、君には何の関係も無いと説明するよ。
 誤解を解いて置くから、もう一度、リギアに告白してみたら?
 結婚式を挙げる事になれば誠に喜ばしい、仲人は喜んで引き受けるからね」

「言った私が馬鹿でしたね、もう過ぎた事です、ほじくり返さないで下さい。
 一言毎に馬鹿を言うのは本当に、おやめになった方が良いですよ。
 時間の余裕が有り余っている訳では無い、と思いますがね。
 余計な事を喋る余裕が無かった以前の方が、静穏で良かったんじゃないですか。
 いえ、何でもありません、我が魂の主よ、御心の儘に。
 総て御忘れになって下さい、私は何も言ってませんから」

「愛してるよ、ヴァレリウス」
「私が、悪うございました」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧