豹頭王異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
旋風
宣戦布告
パロ解放軍の最高指導者《ファイナル・マスター》、アルド・ナリス。
次席指揮官《セカンド・マスター》、ヴァレリウスの主従2名は援軍の天幕に直行。
ケイロニア軍を統率する最高指揮官、グインの天幕で偵察の模様が語られた。
「彼に掛けられた催眠暗示は竜王が直接、操作している訳ではなさそうです。
非常に強力で解除には数タルザン、いや1ザン位は必要でしょう。
暗示命令は受動型、特定の事象や暗号で起動する物と思われます。
ゴーラ軍の陣中から彼を誘拐する事も可能ですが、グイン殿は如何お考えでしょうか?」
涼し気に瞬く闇色の眸が煌き、心浮かぬ表情が内心を雄弁に物語る灰色の瞳を黙殺。
閉じた空間を用い瞬く間に帰還した両者を見比べ、トパーズ色の瞳が笑いを湛える。
「ナリス殿に礼を言う、イシュトヴァーンの思考傾向は概そ把握している心算だ。
共に戦った事も何度かある長い付き合い故、反応を予測する事は別段困難とは思わぬ。
貴方が戻るまでの間に俺も考えて見たが、ゴーラ軍を打ち破り実力の差を見せ付ける。
己には俺に追い付く為に必要な何かが、決定的に不足していると悟らせる為に。
不足しているものを身に付けねばならぬ、と考えてくれるのではないかな。
催眠術の解除対処はお願いしたいが、安心して任せてくれて良いと思うぞ」
黄金に黒玉を撒いた独特模様に彩られ、或いは最速やも知れぬ俊足を誇る自然の精霊。
豹の頭部を持つ獣面人身の超戦士、世界を護る北の豹ランドックのグインが厳かに宣告。
アルド・ナリスは我が意を得て汗顔の至り、と賛同の意を表し素直に喜んで見せた。
闇色の瞳が微笑を湛え、黒衣を纏う白魔道師の代表は顔を顰める。
トパーズ色の瞳に共感の光が煌き、灰色の瞳へ遺憾の意を伝達。
当て付け構しく大袈裟な溜息を洩らし、国王に対する礼を以て応える灰色の魔道師。
「豹頭王が御自ら、イシュトヴァーンに帝王教育を施してくださるのですね。
レムスも貴方から戴いた忠告、助言を生かせれば良かったのですが。
イシュトに運命共同体と吹き込み、焚き付けたのは私ですからね。
彼が現実を認め受け入れ易い様に、私も準備をして置きますよ。
聖王家の宿命で従兄弟とは犬猿の仲ですが、彼の為には助力を惜しみません。
そんなに嫌そうな顔をしないでおくれよ、親愛なるヴァレリウス君」
渋面の上級魔道師を平然と眺め、しゃあしゃあと言ってのける闇と炎の王子。
無口で控え目な性格と自称する魔道師ギルドの横紙破り、元魔道師宰相は絶句。
パクパクと慌しく唇を開閉、唾を呑み込み無言劇を披露。
知性に溢れた運命共同体の策謀家は、満面の笑みが溢れる純真な子供の貌で対応。
アリシア星系第3惑星ランドックの帝王、ソラー星系第3惑星へ追放された廃帝。
パロに襲来する赤い激流を払う力を秘めた北の王、中原の守護者が笑い出した。
主従は内容の濃い協議を終えると、閉じた空間を経由して暫定的な拠点マルガに帰還。
リンダを魔道師の塔に護らせる為、サラミスへの移動を納得させ解放軍の指揮官を召集。
聖騎士侯ルナン、ダルカス、ワリス、サラミス公爵ボース、カレニア伯ローリウス。
市民義勇軍代表カラヴィアのラン、リギアを含め数人の聖騎士伯も一室に集結。
病は快癒したと称するが衰えた筋肉、体力は一朝一夕に回復せず自力歩行は未だ不可能。
キタイ青星党を率いる未来の大君、リー・レン・レン同様に車椅子の指導者が喋り出す。
「時間が惜しいので、単刀直入に言うがね。
乱暴者のゴーラ王は我が聖王レムス1世と同様、キタイ魔道師の催眠術に操られている。
先刻ケイロニア王グインと会談の際、了解に達した。
数ザン後ゴーラ軍と戦端を開き、イシュトヴァーンを捕らえる。
パロの魔道師達が催眠術を解き、私が直接ゴーラ王を操縦する方向で準備を整えている。
ゴーラ軍の最高指導者を黒幕である私が操り、クリスタルに攻め込む計画だ」
「いけません、ナリス様!
御身体が全快された後になされませ、今は我々に御任せ下さい!!」
案の定、老いて尚も意気盛んな頑固一徹の古強者。
アルシス王家の忘れ形見、ナリスの養親を自負する聖騎士候ルナンが激昂。
一旦は離脱し2度と戻らぬ覚悟を決めたが、《歌》に促され帰参した1人娘。
聖騎士伯爵リギアは困惑、何とか父を制止しようと試みるが。
暴走する父に手を焼く娘、一同が苦笑して見守る状況は想定内の事態。
神聖パロ国王の座を返上、奇蹟の復活を遂げた愛国者は光り輝く笑顔が振り撒く。
「気持ちは有難いのだが、そうも言っておれぬのだよ。
今の私は運動神経が回復しておらず、聖騎士として戦う事は出来ないがね。
魔道大公アルド・ナリスの名に懸けて、一介の初級魔道師として戦う事は出来る。
とは言っても何の護衛も無く、ゴーラ軍の中に単身で乗り込む心算は毛頭無いよ。
魔道師軍団から選り秀りの精鋭、実戦部隊を同行させるから何も心配は要らない。
キタイの催眠術に誑かされた集団、ゴーラ軍は魔道で完璧に掌握する必要がある。
世界最強ケイロニア軍を敵に廻し、無謀な戦いを挑む盗賊上がりの無法者だよ。
ゴーラ王は些か知恵が足りない、私が監督しなくては何を仕出かすかわからない。
ケイロニア王グインの加勢に対する返答でもあり必要上、已むを得ぬ措置だ。
クリスタル解放の為には、1人でも多くの魔道師が必要とされる。
相手は邪悪な黒魔道師を率いる総元締め、キタイの強力な魔術を駆使する竜王だ。
パロ魔道師団の総力を挙げて当たらねば、対処は出来ぬのだよ。
私も初級免状を持つ魔道師の端くれ、パロ解放の戦に参加せぬ訳には行かない。
戦友諸君の奮戦にも大いに期待しているが、戦う権利を取り上げないで欲しいね」
「御身体の御不自由なナリス様が自ら、ゴーラ軍に乗り込む必要はありますまい!
催眠術を使う魔道師を派遣すれば、それで済む事ではありませんか!!
生死の境を彷徨った重病人には長期療養が必須、文句を言う者は誰も居ません!
ナリス様の弁舌を以てしても納得出来ません、承服致しかねます!!」
年手塩に掛け九死に一生を得た愛児とも云うべき、アルシス王家の忘れ形見。
総てを捧げる主君が危地へ赴く事を認めず、断固として反対する老聖騎士候。
「キタイの竜王は魔道師を巧みに騙し1級、2級の殆ど全員が乗っ取られてしまった。
魔道士の塔へ派遣された者は皆、本人も知らぬ間に魔の胞子を植え付けられた様だ。
クリスタルの真っ只中で公然と民衆を虐殺した怪物、竜の門へ変貌したらしい。
魔道師の塔を統べる総元締、カロン大導師も匙を投げ雲隠れしている状況でね。
上級魔道師12名の他は下級魔道師ばかりで、頭数が絶対的に不足しているのだよ」
リギアの困惑を眺めて楽しむ素振りは見せず、ルナンの心理を考察し戦法を変更。
真剣な表情を拵え聖王国の将来を憂える指導者を演じ、頑固者を口説きに掛かる。
「パロの他にも魔道師は居りましょう、ケイロニア王に従う者も数多い筈!
この際ですから贅沢は言わず、ゴーラ領内の魔道師を動員しては如何ですか!!」
激昂する一徹者ルナンの反応を想定通り、とばかり猫撫で声を用い更に諭すナリス。
この儘では火に油を注ぎ風で煽り、手が付けられなくなる事は請け合いだが。
リギアは貴公子の面を一瞬、過ぎった怪しい微笑を見逃さず何事かに思い当たった。
開きかけた口を噤み手品の種を見破ると意気込み、細心の注意を払い策謀家を観察。
「レムス側の魔道師が全力で妨害する中、ゴーラ軍を操縦する役は他の者には無理だ。
一刻も早く中原の真珠パロ、クリスタル解放を終わらせ次の段階へ進む必要がある。
ケイロニアと協力して遙か彼方、ノスフェラスを越え大遠征を行わねばならぬ。
東方の大国キタイを黒魔道師から解放する為、長く困難な戦いが始まる事になるが。
グインが長年の不干渉政策を破り、パロ出兵を決断した真の理由を説明しよう。
パロ魔道師軍団の全面的協力、キタイ遠征への参加を取り付ける為であったのだよ。
豹頭王グインは総力を挙げパロ解放を実現すると確約したが無論、無償ではない。
アルド・ナリス自ら魔道師軍団を率い、キタイ遠征軍に参加する事が条件だ。
パロ侵略の意図を最終的に阻止する為、豹頭王の力を借り決着を付ける必要がある。
アルド・ナリスの名に懸けて、キタイの竜王に反撃を加える刻が来たのだよ」
ページ上へ戻る