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トラベル・トラベル・ポケモン世界

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16話目 漆黒の者(裏)

 
前書き
16話目は話がとても長いので読む際はご注意下さい
(14話目と15話目の合計と同じくらいの文字数があります)
 

 






 時刻は昼頃、ビライ山のふもとに広がる森。
 暖かい日が差し込むその森に、1人の少女がいた。彼女の名前はエレナ。グレイと同じ町の出身、同い年の少女である。
 エレナの前には、エレナの手持ちポケモンの1体であるアブソルがいる。
 白い体毛に覆われた四足獣のポケモンで、顔の横には鋭い鎌の形をした角が片方側だけ生えていて、尻尾も鋭い(やいば)の形をしている。わざわいポケモン。悪タイプのポケモンである。
「もう1回よ。アブソル! “つじぎり”、“サイコカッター”!」
 エレナは目の前のアブソルにそう指示した。
 アブソルは頭にある刃の(つの)を振りかぶった。空気を切り裂く音と共に刃の角が振るわれる。一瞬で相手を切り裂く、悪タイプの攻撃技の“つじぎり”である。
 さらにアブソルは、刃の尻尾から不思議な色の刃を作り出し、地面に向かって放った。念を実体化させてできた刃を飛ばす、エスパータイプの攻撃技の“サイコカッター”である。
「ダメ! また攻撃のタイミングが別々になってる! もう1回!」
 エレナは現在、自分のポケモンを鍛えるために、アブソルに技の練習をさせている。今は2つの攻撃技“つじぎり”と“サイコカッター”を同時に放つ練習をしている。
 2つの技を同時に使うことができれば、少ない攻撃チャンスでより多くのダメージを相手に与えることができ、戦いを有利に進めることができる。
 しかし、2つの技を同時に操るのは非常に高度な技術である。アブソルは練習では“つじぎり”と“サイコカッター”を同時に放てることがあるが、実戦で使えるレベルには至っていない。
 しかし、エレナにとって2つの技を同時に操る事は、習得不可能な現実味の無い技術という感覚では決してなかった。エレナの手持ちポケモンには既に、2つの技を同時に操れるジュカインというポケモンがいるからである。
 ジュカイン、みつりんポケモン。草タイプのポケモンで、二足歩行する恐竜のような緑色のポケモンである。ジュプトルの進化後のポケモンである。
 エレナのジュカインは、草の剣を生み出して相手を斬りつける“リーフブレード”と、草の銃を作り出して相手を連射する“タネマシンガン”の、2つの技を同時に操れるのである。片手で剣、もう片手に銃、といった具合である。
 ジュカインは腕が2本あるから、腕を1本しか使わない技なら2つ同時に操れる。同じ理論で、アブソルは頭と尻尾の2箇所に刃があるので、刃1つで放てる技ならば2つ同時に操ることができる。そうエレナは考えていた。
 アブソルの頭の刃と尻尾の刃が同時に振るわれる。しかし、“サイコカッター”が放たれたものの。“つじぎり”は失敗に終わった。空気を切り裂く音が聞こえてこないのが証拠である。動作として頭の刃で斬りつけているだけである。
「また失敗ね……でも大丈夫! アナタなら絶対にできるようになる! さあ、もう1回やってみましょう!」
 エレナに励まされ、アブソルは再び技の練習に入る。“つじぎり”が空を切り、“サイコカッター”が地面に放たれる。しかし今度は、2つの技の時間差が大きく、別々に2つの技を使っている状態になってしまった。
 ちなみに、“サイコカッター”を地面に放つ理由は、周りの環境を破壊しないよう配慮した結果である。
 最初は森の木をサンドバッグの代わりにしようと考えていたエレナだが、“サイコカッター”で生み出された念の刃が、木の1本にとどまらずに進路上の全ての木を切り裂きながら飛ぶ光景を見て、地面に放つことを決めたのだ。
 今エレナがいる森はポケモンバトルが全域で許可されているので、少しくらいの破壊行為には目をつぶってもらえるが、1発放つごとに進路上の木を消滅させる技を何度も放つことはさすがに許されない。



 技の練習で疲労がたまっている様子のアブソルを見て、エレナはアブソルを休ませることを決めた。
「アブソル、一旦休憩しましょう」
 エレナの言葉を聞いたアブソルは、エレナの方に進み、すり寄ってきた。エレナは両手を広げてアブソルを受け入れる。この時、アブソルの頭の刃には十分に気をつける。
 エレナは以前、アブソルとスキンシップをとっている時に、不注意でアブソルの頭の刃で自分の腕をザックリと深く切ってしまった苦い経験があるのだ。



 森の中で見晴らしの良い崖を見つけたエレナとアブソルは、崖の上で休憩していた。心地よい風が吹いている。とても平和な空間であった。
 ふとエレナは、自分が座っている崖の下に向かって、遠くから大勢の黒い服の者たちが移動していることに気がつく。全員がそろって漆黒色の服を着ている。
 漆黒色の服の集団は、エレナがいる崖の下で止まることなく通りすぎていく。皆が黙々と歩く中で、1人だけ大きな声で喋りながら歩く女と、その女に応答する男だけが声を発している。
 エレナがなんとなく見ていると、大きな声で喋っている女だけは漆黒色の服に合わないような派手な装飾をつけていることが分かった。
(なんの集団か分からないけれど、きっとあの女の人が集団の中では立場が1番上なのね)
 場の雰囲気と状況で、直観的にエレナはそう思った。
 エレナの耳に、女と男の会話が入ってくる。
「まだ着かないのかしら? いい加減、こんな何も無い森の風景にも飽きてきたわ」
「決められた地点までもう少しですので、辛抱して下さいシャルラ様……」
「だいたい、なんで決められた場所なんてあるのかしら? なんなら、ここでもいいじゃないのよ。ここでだって目的を達成できるんじゃないのかしら?」
「我々も上から言われている身で……我々の一存では変えられませんよ」
「そんな事、分かってるわよ! 退屈な時間を紛らわそうとしてるのに、退屈な返答をしないでちょうだい!」
「申し訳ありません……」
 2人のやりとりを耳にしていたエレナは、先ほどの自分の直観が間違っていなかった事が分かった。大きな声で喋り続ける女は、まるで自分が女王様であるかのような振る舞いをしている。
 漆黒色の服に似合わない派手な装飾も、女王様気質な女の性格を知った後だと、むしろ違和感が無いようにエレナには思えた。
 女はなお喋り続ける。
「だいたい! なんでB級戦闘員のアークちゃんがメイン任務の護衛で! A級戦闘員であるこの(わたくし)が裏方任務の護衛なのかしら!? どうなってるのよ! この組織は!?」
「お言葉ですが……今回の任務に限って言えば、メイン任務の方に戦力はほとんど要りません……シャルラ様ほどの戦力を遊び駒にするという選択肢は無いかと……」
「メインに戦力が要らない!? それは(わたくし)たちが頑張るから要らないんでしょう? 何よ、最初から楽な任務みたいに言っちゃって! (わたくし)たちの偉大な働きによってメインに戦力が要らなくなるの!」
「申し訳ありません……」
「だいたい! なんでこんなに回りくどい作戦立てるのかしら!? A級戦闘員であるこの(わたくし)が幸運の家に直接行って、モノの確保も戦闘も両方こなせば良いでしょう?」
「シャルラ様には戦闘に集中して欲しいとのことで……」
「何よ…れ! だい…いメインの連中…失敗し…ら、この苦…は無駄に…るわよね!?」
「大…た戦闘も無…、モ…の確保…けで失…する…は思え…せんが……」
 漆黒色の服の集団は崖の下を通り過ぎていき、2人の会話もエレナには聞こえなくなっていった。
(戦力とか、戦闘員とか、モノの確保とか、何をやる人たちなのかしら? 害ポケモン駆除でもやるのかしら? 外来種の凶悪なポケモンが巣を作ってタマゴを生んでしまって、親の駆除とタマゴの確保をするとか……そういう感じかしら?)
 エレナは得られた会話内容から、適当にそう結論付けた。
 木々の密度が少なく、動物もポケモンもそんなに多いように見えないこの森で、それほど危険なポケモンがいるとはエレナには思えなかった。
 しかし、黒服の集団が何者であるか大して興味が無いエレナは、それ以上深く考えることはなかった。
「さあ、アブソル。技の練習、続きをやりましょう」
 エレナはアブソルにそう声をかけた。



 エレナが黒服の集団を見てから、しばらく時間が経っていた。
 突然、エレナがいる場所の近くの方で激しい爆発音が聞こえた。
 アブソルに技の練習をさせていたエレナは、爆発音が聞こえた方向に視線をやった。視線の先では、炎と煙が上がっているのが目に入った。
(さっきの黒い人たちが向かった方向よね。駆除が始まったのかしら?)
 最初エレナはそう思った。しかし、立て続けに爆発が起き、火災も広がる一方で、消火活動をしている様子もない。害ポケモンの駆除にしては、周囲の事を全く考えていないようにエレナには思えた。
「アブソル、ちょっと様子を見にいきましょ!」
 エレナはアブソルに呼びかけ、炎が上がっている方向へ進んだ。



 エレナが謎の爆発と火災の現場に近づいた時、気がついた事があった。
(この一帯だけ不自然に日差しが強くて乾燥している……きっと、ポケモンの技“にほんばれ”だわ)
 “にほんばれ”は、周りを乾燥させて霧や雲を一切除去して天気を変え、強い日差しを発生させる技である。
 エレナはさらに炎が上がる方へ近づき、ついに一連の火災の犯人と思われる者を発見した。
 黒い犬のような姿をしており、ヘルガーの進化前のポケモン。悪タイプかつ炎タイプで、ダークポケモンのデルビル。そのデルビルが口から炎を吐き、森の木々を燃やしている。
 デルビルの後ろでは、先ほどエレナが見た漆黒色の服の者が、デルビルに指示しているのが見えた。
「ちょっと、アナタたち! 何をしているんですか!?」
「ああ!? 速いな、もう来たのか? ってアレ……子供?」
 エレナが声をかけた黒服の男は、突然のエレナの登場に驚いている様子であった。
 黒服の男は、少し優しい声で(さと)すようにエレナに話しかける。
「なあ、お嬢ちゃん。ここは危ないから早く帰んな。火事に巻き込まれて火傷したくないだろ? 分かったら、隣のアブソル連れて早く帰んな」
 男は、エレナが間違ってここに迷い込んでしまった子供だと思っているような口ぶりであった。
 エレナは、迷い込んだ何も知らない子供という相手の認識を変えるべく、冷静に相手に話しかける。
「アタシは旅のポケモントレーナーです。さっき、不自然な爆発音が聞こえて、そこが火事になっているのを見て、何が起こっているのか確かめに来たんです。何をしているのか、教えてくれませんか?」
 エレナの言葉を聞いた男は、エレナに向ける視線の種類が変わった。エレナが最初に、自分がトレーナーだと宣言したことも効いているのであろう。
 この状況に限って言えば、自分がトレーナーであるという宣言は、火災を引き起こしているデルビルを力ずくで止める事もできる、という脅しの意味を言外に含んでいる。
 男が口を開く。
「お嬢ちゃん……俺たちは大人の仕事をしているんだよ。子供が大人の世界に首をつっこむとロクなことにならないぜ。さっさと帰りな」
「大人の仕事とか、大人の世界とか、大人って言葉でなんでも誤魔化さないで下さい」
 エレナが全く退く気がないことを悟った男は、静かに語りかける。
「お嬢ちゃんがポケモントレーナーで良かったぜ……さすがに、かよわい女の子に暴力をふるう大人の男になるってのは、任務のためとは言え気がひけるからな」
 さらに男は続ける。
「ポケモントレーナーっていうのは、聞き分けが良くて助かるんだよ。人間に直接暴力を振るわなくてもポケモンを倒せば素直に退いてくれる。ポケモンの恐ろしさを知っている、聞き分けの良い人種だ。頭がお花畑で『ポケモンは友達、ポケモンが人間を傷つける訳がない』って信じてる奴が一番めんどくさいんだ。痛い目を見ないと分からないからな」
 途中からは男の愚痴話になっていたが、とにかくポケモンの武力行使でお前を追い出すという男の宣言である。
「デルビル! “ひのこ”!」
 男はデルビルに炎タイプの特殊攻撃技“ひのこ”を指示した。デルビルの口から小さな火の球が放たれる。
「右! そこ“つじぎり”!」
 エレナの指示で、アブソルは火の球を避けてから素早くデルビルに近づき、刃の角でデルビルを切り裂いた。アブソルの攻撃はデルビルの急所をとらえ、デルビルを一撃で戦闘不能にした。
「はあ!? めちゃくちゃ強いじゃねーか! 子供と思って油断したぜ!」
 男はさらに新たなポケモンを2体繰り出し、ポケモンにその場を任せて仲間を呼びにいった。
 エレナが2体のポケモンを倒すと、男が仲間を引き連れて戻ってきた。
「おい、なんで焼却用のポケモンを倒されてんだよ! 戦う時は戦闘用のポケモンで戦えって言われただろ!」
「焼却係がまさか一撃で倒されるなんて思わなかったんだよ! それに、もう戦闘用の2体だって倒されてるじゃんかよ! 予想できる訳ないだろ!」
 そんな事を言い争いながら、黒服の者たちは次々とポケモンを繰り出した。
 対するエレナも、これから始まる戦闘に向けて備えを始める。
「アブソル、“つるぎのまい”よ。ジュカインとチルタリスも出てきて」
 エレナは、自分の攻撃力を大幅に上昇させる技“つるぎのまい”をアブソルに指示し、さらにモンスターボールを2つ取り出した。
 “つるぎのまい”の効果で、アブソルの攻撃力はぐーんと上がった。さらにアブソルの隣には2体のポケモンが現れる。
 まず、二足歩行する恐竜のような緑色のポケモン、草タイプで、みつりんポケモンのジュカイン。
 それから、雲のような綿のような白くてフワフワした翼に、空色の体をもつ鳥のようなポケモン、ドラゴンタイプかつ飛行タイプで、ハミングポケモンのチルタリス。
 本当はエレナは、もう1体ポケモンを所持しているのだが、出会ってからあまり時間が経っておらず未熟なポケモンなので、この場で出すことはしなかった。
「アブソル、ジュカイン、チルタリス! 行くわよ」
 エレナは自分のポケモンに呼びかけ、指示を出し始めた。



「アブソル後ろ! 避けて、今! ああ、ジュカインは囲まれる前に退いて! チルタリス、攻撃は今よ!」
 黒服の者たちのポケモンを相手に戦っているエレナだが、予想以上にポケモンへの指示に苦労していた。
 トラベル地方のポケモンバトルは、ポケモンを1体ずつ戦わせるシングルバトルが主流であり、エレナは同時に3体ものポケモンに指示を出すことに慣れていなかった。
 さらに、エレナは自分のポケモンにきっちりと細かく指示を出すトレーナーである。指示する対象が増えれば、労力の増加も大きい。普段から指示は適当で場合によっては指示を放棄するグレイとは違うのである。
「あなたたち、そんな子供1人に何をモタモタやってるのかしら?」
 エレナが黒服の者たちのポケモンを5体倒した時、黒服の者たちの後ろからそう声がかけられた。
 エレナがそちらに視線を向けると、漆黒色の服に合わない派手な装飾をつけている女が歩いてくる。女は隣にラフレシアというポケモンを連れている。
 ラフレシアは、青い1頭身の体で頭に巨大な赤い花を載せている外見で、草タイプかつ毒タイプの、フラワーポケモンである。
 派手は装飾の女が口を開く。
「あのねえ……あなたたち、これから戦闘を控えているっていうのに、大事な戦力を無駄にしたらダメでしょう?」
「申し訳ありません……しかし、この子供がなかなかに強くてですね……」
 派手な装飾の女はエレナを一瞥してから、他の黒服の者に指示を出す。
「あなたたちは、各自持ち場に戻りなさい。あの子供は(わたくし)が何とかするから」
「お手数おかけします……」
 一連のやり取りをした後、黒服の者たちは戦闘用のポケモンを戻し、再び森を焼く作業に戻っていった。
 派手な装飾の女は、余裕の態度でエレナと対峙する。
 この女がこの場で1番偉い人物と結論付けていたエレナは、女に質問を飛ばす。
「何のために森を焼いているんですか? アタシはその理由を知りたくてここに来たんです」
「理由? 今は話せないわねえ。 ただ1つ言える事は……善良そうなあなたが納得するような理由ではないでしょうねえ。環境を守るための伐採とか、そういう(たぐい)の話じゃないから」
 理由を話さない女に対して、エレナは強気に脅す。
「無意味な環境破壊は通報されても仕方ない事ですよ? なんならアタシが通報しましょうか? アナタたちの目的を知らないアタシには、ただの無意味な環境破壊にしか見えませんから」
「あらあら、あなたが警察に連絡してくれるの? それはそれで構わないわよ? 今すぐにでもやればいいわ」
 女の言葉を聞いたエレナは、多機能な携帯端末ポケナビを取り出して、通報する素振りを見せるが、女は一向に動じない。ついに本気で通報し、警察と実際に会話しても女の態度は崩れなかった。
 警察からは「あなたはすぐに現場から離れて下さい」と言われた。おそらく電話対応した警察官は、エレナが遠くから現場を目撃して通報したと思っているのであろう。実際には目の前で会話している状況なのだが。
 通報を終えたエレナに、女が声をかけてきた。
「あーあ、通報しちゃったわねえ。こんな山火事を見たら消防も大騒ぎ。しかもポケモンを使って暴れまわる謎の勢力までいるのよ。これで警察も大騒ぎ。この一帯の治安組織は全部ここに釘付けよ……あなたのせいでねえ」
「アナタが何を言っているか全然理解できないわ。そもそもアナタたち、一体何の集まりなのよ?」
 エレナの問いに、女は一呼吸おいてから話し始める。
(わたくし)たちは、ライフ団。生命の力について研究する者よ。その中でも、永遠の命を求めるフェニックスっていう派閥……いや、そんな事はどうでもいいわね」
 女は言葉を1回区切ってから話し続ける。
(わたくし)の名前はシャルラ。このライフ団でA級戦闘員を務めているの」
 シャルラと名乗った女は、エレナを指でさしながら言葉を続ける。
(わたくし)、ちょっと暇なのよねえ……退屈しのぎに相手をしてくれないかしら?」
 そう言ったシャルラは、モンスターボールを2つ取り出し、ポケモンを2体繰り出した。突然の戦闘の流れである。エレナに緊張がはしる。
 既にシャルラの隣にいたラフレシアの隣に、マグカルゴとファイアローが現れた。

 マグカルゴは、炎タイプかつ岩タイプの、ようがんポケモンである。巨大なカタツムリのような形をしていて、軟体部分が溶岩で殻の部分が岩石のカタツムリといった外見である。

 ファイアローは、炎タイプかつ飛行タイプの、れっかポケモンである。ハヤブサのような形をしており、体は橙色と白色の部分が入り交じり、黒色の部分もあり、まるで鳥が燃えていて黒い煙が出ているような模様の外見である。

(マグカルゴにファイアロー……どちらも強そうね……元から女の隣にいたラフレシアは直接的な迫力は無いけど、きっと厄介な相手よね)
 シャルラのポケモンを見たエレナは、シャルラの実力の高さを確信した。
 シャルラが口を開く。
「もしあなたが、(わたくし)のポケモンを全て倒すことができたら、森を焼く作業を止めて帰ってあげるわ。そんな事は不可能でしょうけどねえ」
「アタシがアナタに勝った場合、アナタが行く場所は家じゃなくて警察署よ」
 エレナは強気に言葉を返した。

 エレナのアブソル、ジュカイン、チルタリス。
 そしてシャルラの赤花ラフレシア、軟体溶岩マグカルゴ、烈火鳥ファイアロー。両者が睨み合う。
「さあて、遊んでもらおうかしらねえ。ラフレシア“にほんばれ”よ」
 シャルラの言葉で、赤花ラフレシアは“にほんばれ”を発動させる。周囲の空気が極端に乾燥し、日差しが強くなった。
「ファイアロー、上昇して“ソーラービーム”」
「ジュカイン! 銃で打ち消して!」
 烈火鳥ファイアローは、周りの光を吸収して相手に放つ、草タイプの特殊攻撃技“ソーラービーム”を発動させた。
 “ソーラービーム”は非常に威力が高い技であるが、光を吸収するのに時間がかかるというデメリットを抱えている。しかし、強い日差しが照りつけている影響か、烈火鳥ファイアローは一瞬で光の吸収を完了させ、上空から太い光の束を放った。
 銃で打ち消すよう指示されたジュカインは、“タネマシンガン”でタネの弾丸を次々に連射して敵の“ソーラービーム”を打ち消そうとする。
 しかし“ソーラービーム”を打ち消しきる事はできず、太い光の束がジュカインを襲った。
(くっ……いきなり強いわね! とにかくこちらも攻撃しないと……!)
 エレナも自分のポケモンに指示を出す。
「ジュカイン、銃で撃ち落として! アブソル、フォームBの“かげぶんしん”でラフレシアに“つじぎり”、これを続けて! チルタリスは“コットンガード”!」
 対してシャルラも新たな指示を出す。
「ファイアローは“ソーラービーム”、ずっと空にいなさい! マグカルゴは“ドわすれ”よ! ラフレシアは“ギガドレイン”で抵抗!」

 ジュカインは、上空にいる烈火鳥ファイアローを撃ち落とそうと“タネマシンガン”を連射する。しかし敵は巧みに連射を避け、“ソーラービーム”でジュカインを攻撃する。

 チルタリスは、防御力を超大幅に上昇させる技“コットンガード”を発動し、防御力をぐぐーんと上げた。
 軟体溶岩マグカルゴも、特防(特殊攻撃に対する防御力)を大幅に上昇させる技“ドわすれ”で、特防をぐーんと上げた。

 アブソルは“かげぶんしん”で自分の姿を2体に分身させ、2体で並走してラフレシアに向かう。赤花ラフレシアは“ギガドレイン”でアブソルを攻撃するが、狙ったアブソルは偽物であった。アブソルが“つじぎり”で一方的に攻撃する。

 ジュカインVS烈火鳥ファイアロー。
 アブソルVS赤花ラフレシア。
 この2つの戦いをエレナは分析する。
(アブソルの戦いはこちらが有利ね、このまま任せましょう。ジュカインは空の相手を捉えられていないわ。相手を変えるべきね)
 分析したエレナは素早く指示を出す。
「チルタリスがファイアローを“みだれづき”! ジュカインはマグカルゴを銃で攻撃!」
「マグカルゴ“はじけるほのお”! ファイアローは“ソーラービーム”で遠距離攻撃に専念」
 それぞれの指示により、3つの場所で戦いが始まる。

 アブソルVS赤花ラフレシア。
 “かげぶんしん”で相手を惑わして“つじぎり”で攻撃するアブソルと、“ギガドレイン”で抵抗する赤花ラフレシアの戦いである。状況は“かげぶんしん”で相手を惑わすアブソルが勝っている状態である。
 エレナ側が有利である。

 ジュカインVS軟体溶岩マグカルゴ。
 “タネマシンガン”で連射するジュカインと、“はじけるほのお”で攻撃する軟体溶岩マグカルゴによる遠距離攻撃の撃ち合いが展開されている。先ほどの“にほんばれ”の影響で空気が乾燥しており、“はじけるほのお”の威力がとにかく強い。さらに、放たれた炎は地面に当たると広範囲に飛び散るため、ジュカインは敵の攻撃を避けきることができない。
 エレナ側が不利である。

 チルタリスVS烈火鳥ファイアロー。
 “みだれづき”を当てるために相手を追うチルタリスと、逃げながら“ソーラービーム”を撃つ烈火鳥ファイアローによる空の戦いである。烈火鳥ファイアローは非常に素早く、チルタリスは1度も攻撃を当てられていない。
 エレナ側が不利である。

(不利な戦場を何とかするべきね、手段はあるわ)
 エレナが新たな指示を出す。
「ジュカイン、“こうそくいどう”をしてから戦って! チルタリスは回避が優先、相手が攻撃してこない時だけ追って!」
 ジュカインは“こうそくいどう”で素早さを大幅に上昇させた。動きが速くなったことで、軟体溶岩マグカルゴの“はじけるほのお”を避けやすくなり、さらに相手の動きの隙をついて攻撃を当てやすくなった。
 チルタリスは回避行動を優先することによって、烈火鳥ファイアローの“ソーラービーム”が当たらなくなる。これは時間稼ぎの意味が強い。さらにチルタリスは、相手の隙は狙うというポーズは続けているので、相手はチルタリスを無視して他のポケモンに“ソーラービーム”を撃つことはできない。
 こうして戦況に変化が生じた。

 アブソルVS赤花ラフレシア。エレナ側が有利である。
 ジュカインVS軟体溶岩マグカルゴ。互角である。
 チルタリスVS烈火鳥ファイアロー。互角である。

(後はアブソルがラフレシアを倒すのを待つだけね。ラフレシアを倒し次第、アブソルを他の戦場にまわして残りも撃破すればいいわ)
 エレナは勝利への見通しが立ったことで少し気持ちに余裕が生まれた。視線を戦場だけでなく、敵トレーナーであるシャルラへ向ける。
 しかし、エレナが見たシャルラの表情は余裕に満ちあふれており、とても追い詰められている者の表情とはエレナには思えなかった。
 エレナはシャルラと目が合った。シャルラが余裕の態度でエレナに話しかける。
「あらあら、あなたのその表情……このままいけば勝てるって思ってる顔ねえ。言っておくけど、(わたくし)はまだ全然本気を出してないのよ? あっさり勝負がついてしまったら暇が潰せないからねえ」
 シャルラは戦況をひと通り見た後で言葉を続ける。
「こんな戦況、簡単にひっくり返すことができるのよ? ちょっとだけ(わたくし)の本気を見せようかしらねえ……?」
 そう言い、シャルラは新たな指示を出す。
「ラフレシアは“あまいかおり”! マグカルゴは“いわなだれ”をチルタリスに! ファイアローは“フレアドライブ”をジュカインに!」

 まず状況の変化があったのは、アブソルVS赤花ラフレシアの戦場である。
 赤花ラフレシアの“あまいかおり”によってアブソルは動きが鈍くなり、“かげぶんしん”による惑わしの効果は薄れ、赤花ラフレシアの特殊攻撃“ギガドレイン”がアブソルに命中するようになった。

 ジュカインVS軟体溶岩マグカルゴの戦いは、軟体溶岩マグカルゴがジュカインを完全に無視してチルタリスに攻撃を開始し、代わりに烈火鳥ファイアローが割り込んできてジュカインを攻撃し始めた。

 これにより、ジュカインとチルタリスの対戦相手が変わった。
 先ほどまでは、「ジュカインVS軟体溶岩マグカルゴ」、「チルタリスVS烈火鳥ファイアロー」の戦いであった。
 しかし今は、「ジュカインVS烈火鳥ファイアロー」、「チルタリスVS軟体溶岩マグカルゴ」の戦いである。
「チルタリスは“みだれづき”! ジュカインは剣と銃を両方使って!」
 戦況は再び変わり、3つの場所で先ほどとは違う戦いが始まる。



 アブソルVS赤花ラフレシア。
 アブソルの肉弾戦による直接攻撃や“つじぎり”と、赤花ラフレシアの“ギガドレイン”の撃ち合い。“ギガドレイン”は相手の体力を奪う技であり、攻撃と回復を同時にできる強力な技である。圧倒的な地力の高さのおかげで、まだ若干アブソルがおしている。
 エレナ側が少し有利である。

 ジュカインVS烈火鳥ファイアロー。
 ジュカインによる草の剣“リーフブレード”と草の銃“タネマシンガン”の攻撃と、烈火鳥ファイアローによる炎をまとって全力で相手に突撃する“フレアドライブ”がぶつかり合う激しい戦場。元々のタイプ相性的にも不利であり、さらに空気が乾燥していて“フレアドライブ”でまとう炎がとにかく強い。
 エレナ側が不利である。

 チルタリスVS軟体溶岩マグカルゴ。
 チルタリスによる超強力な連撃“みだれづき”と、軟体溶岩マグカルゴによる“いわなだれ”の撃ち合い。軟体溶岩マグカルゴの防御力が非常に高く、チルタリスは“コットンガード”をしたにもかかわらず、受けたダメージはチルタリスの方が大きい。
 エレナ側が不利である。

(ジュカインもチルタリスも体力の消耗が激しいわ。このままじゃジリ貧……どこかを崩さないと……!)
 エレナは崩すべき相手を考える。
(相手の3体の中で最も攻撃が弱いのはラフレシア、放置するならラフレシアね。ファイアローは攻撃が強いけれど、空に逃げられてしまえば倒すまでに時間がかかるわ。つまり、崩すべきはマグカルゴ!)
 決断を下したエレナは指示を出す。
「アブソル、“サイコカッター”でラフレシアを遠距離攻撃で足止め、そのままマグカルゴの方に移動して! ジュカインもマグカルゴに近づいて!」
 エレナの指示により、アブソルとジュカインとチルタリスの3体は、軟体溶岩マグカルゴにそろって近づく。
「今よ、マグカルゴを攻撃! アブソル“サイコカッター”! ジュカイン剣と銃! チルタリス“みだれづき”」
 軟体溶岩マグカルゴに向かって、3体が一斉に攻撃する。アブソルは“サイコカッター”で離れた位置から攻撃、ジュカインは“タネマシンガン”を連射しながら“リーフブレード”で何度も斬りつけ、チルタリスは超強力な連撃“みだれづき”で攻撃する。
 軟体溶岩マグカルゴも、“いわなだれ”でチルタリスを攻撃して抵抗する。
 フリーになった赤花ラフレシアは“ギガドレイン”でアブソルを攻撃する。烈火鳥ファイアローも“ソーラービーム”による太い光の束で、軟体溶岩マグカルゴごとエレナの3体のポケモンをまとめて攻撃する。
 エレナのポケモン3体の全力攻撃、さらに烈火鳥ファイアローの“ソーラービーム”も受けて、軟体溶岩マグカルゴはあっという間に体力が減っていく。しかしエレナ側のポケモンの消耗も激しい。
 シャルラはこの状況を見ながら楽しそうに言葉を発する。
「リスクのある全力攻撃、あなた結構度胸があるわねえ。でも、その程度じゃあ全然ダメ。永遠の命を求める(わたくし)たちの命への執念はすごいの。それは(わたくし)たちのポケモンも同じこと」
 もう少しで軟体溶岩マグカルゴを倒せる。そのタイミングでシャルラは新たな指示を出す。
「ラフレシア“こうごうせい”! マグカルゴ“じこさいせい”! ファイアロー“はねやすめ”!」
 どの技も、自分の体力を回復する技である。特に赤花ラフレシアの“こうごうせい”は、日差しが強いこともあって回復量が尋常ではない。
 回復技を使用されたことによって、軟体溶岩マグカルゴを倒すまでの時間が増えた。それは、軟体溶岩マグカルゴへの攻撃に集中しているエレナのポケモンが無抵抗に攻撃を受ける時間が増えることを意味する。

 ついに、軟体溶岩マグカルゴを倒せないまま、チルタリスの体力が尽きた。
「よくやったわねえ、マグカルゴちゃん。じゃあ今度はジュカインに“はじけるほのお”で攻撃してちょうだい」
 シャルラが余裕の表情でマグカルゴに声をかけた。
 敵のポケモンが3体とも回復技が使える事を知り、さらにチルタリスが倒されたことでエレナは焦る。
(チルタリスが倒された……アブソルもジュカインも体力の消耗が激しい……! どうすればいいの!? どうすれば?)
 しかし、自分が焦っている事に気がついたエレナは、1回小さく息を吐き、冷静に思考を再開する。
(回復技は、1回使った後しばらくは使えない。今やるべき事は、また回復される前に敵を1体でも倒すこと。とにかく攻撃しなければいけない……このコにも、戦ってもらうしかないわ)
 エレナは、この戦いには参加させずにいる1体のポケモンが入ったモンスターボールを取り出す。
(この高レベルの戦いに参加させるには未熟だけど、仕方がないわ)
 エレナは決心してモンスターボールから1体のポケモンを出した。エレナの前に、リザードというポケモンが現れる。
 リザードは、炎タイプで、かえんポケモン。二足歩行するトカゲのような外見で、橙色の体で、尻尾の先には火が灯っている。
「リザード、あのラフレシアに“ほのおのキバ”! アブソルとジュカインは、マグカルゴへ攻撃を続けて!」
 エレナはリザードに、アブソルへ攻撃し続ける完全にフリーな赤花ラフレシアを止める使命を課した。烈火鳥ファイアローも完全フリーであるが、軟体溶岩マグカルゴを一刻も早く処理したいエレナには烈火鳥ファイアローにかまっている余裕は無かった。
 リザードは“ほのおのキバ”で赤花ラフレシアを攻撃する。周囲が極端に乾燥している影響で、リザードの牙は激しく燃え盛りながら赤花ラフレシアを捉える。
「ラフレシア、そんな奴ほっといて攻撃を続けなさい! ファイアロー、“ソーラービーム”はもうやめ。“フレアドライブ”でジュカインを攻撃しなさい」
 激しく燃える牙で赤花ラフレシアを攻撃するリザードであったが、赤花ラフレシアは“ギガドレイン”でリザードを攻撃し、ダメージでよろめいた隙にリザードを振り払い、アブソルへの攻撃を再開する。
 また、烈火鳥ファイアローは、激しい炎をまといながら上空からジュカインに襲いかかる。その光景はまるで隕石のようであった。
(まずいわ! ただでさえマグカルゴの“はじけるほのお”でダメージを受けているのに、炎が苦手なジュカインが、あの威力が高い“フレアドライブ”をくらってはひとたまりもないわ!)
 エレナはアブソルに対して厳しい指示を出す。
「アブソルが受け止めて! “サイコカッター”の手も緩めないで!」
 エレナの指示により、アブソルは隕石のごとく迫る烈火鳥ファイアローに向かってジャンプし、ジュカインの身代わりとなって攻撃を受ける。
 烈火鳥ファイアローの突撃の勢いで地面に押しつぶされたアブソルは、それでも“サイコカッター”で軟体溶岩マグカルゴを遠距離攻撃することを中断しない。
「相手は無抵抗よ! 存分に攻撃しなさいファイアロー、“フレアドライブ”!」
 再び烈火鳥ファイアローが“フレアドライブ”で突撃し、アブソルが体で受け止める。アブソルは激しく吹っ飛ばされながらも、“サイコカッター”での攻撃を続ける。
 また、リザードは赤花ラフレシアを完全に止めることができず、赤花ラフレシアはリザードと戦いながらも時々“ギガドレイン”をアブソルに向けて放ってくる。リザードと赤花ラフレシアの実力差は大きく、リザードもダメージが大きい。
 ジュカインも、軟体溶岩マグカルゴの“はじけるほのお”で飛び散った炎を少しずつ受け、ダメージが溜っている。
(アタシのポケモンはもう皆ボロボロだわ……相手のマグカルゴは体力が減ってはいるけど、アタシのポケモンが倒れるのが先ね……)
 状況はエレナにとって絶望であった。

 そんな絶望の状況の中で、エレナは1つの可能性を思い出した。このまま何もしなければ負ける状況である。エレナはその可能性に賭けるかけることにした。
「アブソル! “つじぎり”でファイアローを止めて、“サイコカッター”でマグカルゴを攻撃!」
 先ほど練習していた、2つの技を同時に操る技術である。
「大丈夫、アナタなら絶対にできるわ!」
 エレナに励まされ、アブソルは静かに実行に移す。アブソルは、激しい炎をまとって迫りくる烈火鳥ファイアローを“つじぎり”で受け止める。同時に“サイコカッター”を軟体溶岩マグカルゴに向けて飛ばした。
 シャルラが感心した様子を見せる。
「へえ、2つの技を同時に操るなんて……あなたのジュカインもそうだけど、どこでそんな技術を習得したのかしら? でも、それだけじゃあ状況は変わらないわねえ」
 烈火鳥ファイアローを止めたが、アブソルを攻撃する者は他にもいる。赤花ラフレシアである。
 エレナは、次なる作戦実行のためにリザードに真剣に語りかける。
「リザード、今からアタシが出す命令を聞いて欲しいの」
 語り終え、エレナは作戦を実行するべく指示を出す。
「アブソル、1発だけ全力で“サイコカッター”をリザードに放って! リザードはそれを受け止めて!」
 リザードは驚いた顔でエレナを見る。
「リザード! アタシを信じて!」
 エレナの真剣な表情を見て、リザードは覚悟を決めた様子を見せた。アブソルは最初から動揺することなく既に全力の“サイコカッター”を放っていた。
 その一連の様子を、シャルラは『気でも狂ったのかしら?』という表情で見ていた。
 アブソルの全力の“サイコカッター”がリザードに直撃する。リザードは大きなダメージを受けてよろめく。
 エレナが再び指示する。
「リザード! “ほのおのキバ”でラフレシアを攻撃! お願い、今だけは何としてでもラフレシアを止めて!」
 リザードは再び“ほのおのキバ”で赤花ラフレシアを攻撃する。
「ラフレシア、さっきまでと同じよ。“ギガドレイン”でさっさとリザードをどかして、アブソルに攻撃するの」
 シャルラの指示で、赤花ラフレシアは“ギガドレイン”を放つ。
 しかし先ほどとは違い、リザードの“ほのおのキバ”は凄まじい勢いで激しく燃え盛っていた。
 “ギガドレイン”と“ほのおのキバ”がぶつかり合った後、一方的に“ギガドレイン”が打ち消され、リザードの“ほのおのキバ”が赤花ラフレシアを襲う。
「何してるのラフレシア! さっさとリザードをどかしなさい!」
 強く命令したシャルラだが、赤花ラフレシアはリザードを振り払うことができない。
 戦況に変化が生まれた。

 赤花ラフレシアは、リザードに足止めされている。
 烈火鳥ファイアローは、アブソルの“つじぎり”で止められている。
 軟体溶岩マグカルゴは、アブソルの“サイコカッター”とジュカインの“リーフブレード”及び“タネマシンガン”で集中攻撃されている。

 この戦いで初めて、シャルラに焦りの表情が浮かんだ。先ほどのシャルラは、軟体溶岩マグカルゴの体力が尽きるよりも先に、アブソルとジュカインが倒れると思っていた。
 しかし現在、アブソルにダメージを与える者はいない。赤花ラフレシアはリザードに止められ、烈火鳥ファイアローも“つじぎり”で止められている。さらに、ここにきてジュカインの“リーフブレード”と“タネマシンガン”の威力が大きくなり、軟体溶岩マグカルゴの体力の減少速度がさらに速くなっている。
「マグカルゴ! “じこさいせい”はまだ使えないの?」
 シャルラが呼びかけたが、軟体溶岩マグカルゴは“じこさいせい”を使う素振りを見せない。
「マグカルゴ! とにかく“はじけるほのお”で抵抗して! 生き延びるのよ!」
 そうシャルラが叫んだ。
 しかし、アブソルとジュカインの猛攻により、ついに軟体溶岩マグカルゴは戦闘不能となって倒れた。

「リザードは戻ってきて! アブソル、ファイアローに“つじぎり”と“サイコカッター”! ジュカインも銃で攻撃!」
 軟体溶岩マグカルゴを倒した後、エレナは素早く新たな指示を出した。赤花ラフレシアを全力で足止めして限界をむかえたリザードは退却させ、烈火鳥ファイアローに集中攻撃を開始する。
 リザードがエレナの元に帰ってきた。
 また、相手の烈火鳥ファイアローは、アブソルとジュカインの集中攻撃を受け、たまらず空高くに退散して距離をとった。

「マグカルゴちゃんがやられた……?」
 シャルラは唖然とした様子でそう呟いた。しかし次の瞬間、取り乱したように怒りをあらわにして激しい口調で叫び始める。
「よくもやってくれたわねえ小娘がっ!! 遊びの時間は終わりよっ!! (わたくし)の本気を思い知るがいいわっ!!!」
 叫び終わるやいなや、シャルラは新たにモンスターボールを1つ取り出し、エレザードというポケモンを繰り出した。
 エレザードは、電気タイプかつノーマルタイプの、はつでんポケモンである。エリマキトカゲのような外見で、体は黄色で、首のエリマキ部分より上の部分は黒色である。
「ライフ団のA級戦闘員である(わたくし)を舐めるなあっ!! エレザード、“チャージビーム”!!」
 敵の電気蜥蜴(とかげ)エレザードから、目がくらむ程の光量をもった電気の束が発射される。
「避けて! アブソル、ジュカイン!」
 ギリギリのところでアブソルとジュカインは“チャージビーム”を避けた。
 標的を失った“チャージビーム”は、轟音を伴いながら焼けた森を進み、進路上とその近くにある焼けた木を全て砕き、まだ焼けてない木にも大穴を開け、最後には白い光を激しく発生させながら爆発した。
 圧倒的な威力の“チャージビーム”を見たエレナは、思わず目を見開いた。
(なに、あの威力!? 電気の束が通った場所の木が消滅した!? しかもあの女、“チャージビーム”って言ったわよね? “チャージビーム”って、自分の特攻を上げる効果があるんじゃなかったかしら?)
 エレナは戦慄した。自分の考えが正しかった場合、次からはさらに威力が上がった電気の束が放たれるという事になる。さらに、まだ“チャージビーム”以外に何を使ってくるかわからない状況である。
「小癪に避けてんじゃないわよ!! エレザード、近づいて攻撃!!」
 シャルラはもはや電気蜥蜴(とかげ)エレザードにしか指示を出さなくなった。シャルラのポケモンは何を察したのか、赤花ラフレシアも烈火鳥ファイアローも、2体ともシャルラの隣に戻っていく。代わりに電気蜥蜴(とかげ)エレザードが単体で突っ込んでくる。
「ジュカイン! 銃で牽制して!」
「無駄よっ!! エレザード、“あくのはどう”よっ!!」
 電気蜥蜴(とかげ)は、ジュカインの放つ“タネマシンガン”を全弾回避してあっという間に距離を詰め、至近距離でジュカインに“あくのはどう”を放った。
 “あくのはどう”を受けたジュカインは、そのまま“あくのはどう”に押し出され、焼けた木々をなぎ倒しながら遠くへ吹っ飛ばされた。
 遠くで倒れこんだジュカインが起き上がることは無かった。
「くっ! アブソル、“つじぎり”!」
「舐めるなっ!! そんなヘボい攻撃でエレザードを捉えられるものかぁ!! エレザード、奥まで進みなさいっ!!」
 アブソルの“つじぎり”を避けた電気蜥蜴エレザードは、エレナとリザードがいる方に向かう。
「くっ! リザード、“ほのおのキバ”でエレザードに攻撃!」
「あんたはもう既に詰んでるのよ小娘ぇっ!! エレザード、“パラボラチャージ”!!」
 電気蜥蜴エレザードを中心に、四方八方に不思議な電気が放たれる。
(!? なに……? 体が……!)
 突然、エレナは全身の筋肉が硬直し、地面に倒れ込んだ。さらに自分の生命力が吸い取られるような気持ち悪い感覚に襲われる。
 エレナの隣では、リザードが戦闘不能になって倒れていた。
 シャルラは怒りを収め、面白そうにエレナに話しかける。
「ふふ……小娘、エレザードの“パラボラチャージ”をくらった感想はどんなものかしら? さて、生き残りを始末しようかしらねえ……じゃあエレザード、アブソルに“はかいこうせん”よ」
(避けて……アブソル……)
 エレナは指示しようとしたが、全身が硬直して声が出ない。
 電気蜥蜴エレザードは、これでもかという程にアブソルに接近し、アブソルの“つじぎり”と“サイコカッター”を受けようが気にせずに自分の口をアブソルの体に押し付け、口から圧倒的な威力の光線を撃ち出した。
 辺りは凄まじい光にあふれ、光が収まった時にはアブソルは遠くで倒れていた。電気蜥蜴エレザードとアブソルを結ぶ一直線上には一切の木が存在せず、一直線に地面がえぐれて道ができていた。
「ご苦労様エレザード。まあ、あんな雑魚たちの相手なら当然の結果でしょうけど、一応褒めておくわねエレザード」
 言いながらシャルラは、倒れているエレナの方を見る。
「どう? (わたくし)の本気を思い知ったかしら?」
 シャルラが勝ち誇った顔でエレナに言葉をかけた。



「大丈夫ですか? すぐに病院に着きますからね」
 エレナのアブソルが倒された直後、治安組織のポケモントレーナー達が焼けている森の現場に到着した。
 現在エレナは、治安組織の1人に連れられて現場を離れている最中(さいちゅう)である。倒されたエレナのポケモンは全て治安組織の隊員が回収してくれた。
(全力で戦った。なのに全然勝てなかった……アタシは、同期のラボ・チルドレンの中ではトップクラスの実力がある……でも、それが何になるっていうの? 世界には強くて悪いトレーナーなんていくらでもいる。ラボ・チルドレンの中でトップクラスだったとしても、何も解決できないのでは全く意味がないわ)
 ポケモンを悪事に使うような者に敗北したことは、エレナにとって非常にショックなことであり、屈辱的なことであった。
 また、治安組織の隊員に連れられている今の状況も、エレナにとっては心苦しい事である。
(アタシのせいで、この人は戦線を離れなければならない……アタシのせいで、治安組織の戦力が1人分少なくなっているのよね……)
 治安組織への申し訳ない気持ち、悪人に敗北したことの悔しさ、自分を信じて戦ってくれたポケモンへの罪悪感、様々な()の感情が渦巻いてエレナの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
(ラボ・チルドレンの中でどうとか、そんな小さいことじゃあダメよ! 物事を解決するためには、もっと強くならないと……! もっと、強い力が欲しい……! ライフ団のシャルラにも勝てるほどの力が欲しい……!)
 この苦い敗北の経験は、エレナの考えに変化をもたらすことになった。



********



「まったく……あの小娘にマグカルゴちゃんを倒されたせいで、こいつら相手に苦戦しちゃったじゃないのよ。苦戦したせいでファイアローちゃんまで倒されちゃうし……」
 シャルラは独り言でそう文句を言った。
「まあ、勝てたから全て良しとしましょうかねえ」
 シャルラは、目の前で倒れている大勢の治安組織の隊員とポケモンを見ながらそう呟いた。シャルラの隣にも、ライフ団のポケモンが大勢倒れていた。
 治安組織との戦いが終わり、やることが無くなったシャルラは、先ほどのエレナとの戦いを思い出していた。
(あの小娘が、自分のリザードを攻撃するようアブソルに指示した時は何事かと思ったけど、今にして思えば、ピンチになると炎の威力が上がるっていうリザードの特性「もうか」を利用したのね)
 シャルラは回想を続ける。
(マグカルゴが倒される前、ジュカインの攻撃力が上がったのも同じね。ピンチだったから特性「しんりょく」で草の威力が上がったのね。計算か偶然か知らないけど、なかなか興味がわくトレーナーだったわね)
「でも、まだまだ未熟よ小娘。戦闘の最中に自分が狙われているって意識が全然無いのよねえ……善良なトレーナーとの真剣なポケモンバトルならそれでもいいけど、世の中には悪いトレーナーだっているのよ。(わたくし)のようにねえ……」
 いつの間にか思っている事を口に出して喋っていたシャルラの元に、ライフ団のしたっぱ団員がやってきた。
「シャルラ様、報告があります」
「何かしら?」
「アーク様が、幸運の家にてラッキーの奪取に失敗したとの情報が入りました」
「はあ!?」
 シャルラは思わず声をあげた。
「失敗!? どういう事よ? アークと直接会話させなさい!」
「それが、情報はラッキーの奪取に向かった班からのものでなく、偵察部からのものであります。偵察部によりますと、アーク様は手持ちポケモンを全て倒され、現在は拘束されているとのことです」
「どういうことよ? この一帯を担当する治安組織は、(わたくし)たちの目の前に今倒れているでしょう? アークは誰に負けたのよ?」
「それが……たまたま居合わせた子供のトレーナーに負けたとの情報です」
「なによそれ。情けないわねえ」
 言いながらもシャルラは、自分も子供のトレーナーにポケモンを1体倒されている事を思い出し、腹が立ってきた。
「シャルラ様、アーク様の救出に向かいますか?」
「何? (わたくし)たちが行くの? 今から? なんで?」
「ポケモンに勝てるのはポケモンだけです。アーク様に勝ったトレーナーは当然、戦闘可能なポケモンを所持しているはず。現在、戦闘可能なポケモンを所持している班は我々の班だけであります」
「……」
 シャルラは少し考え、結論を出す。
「無理よ。どうせ治安組織は、もっと遠くの危険地域を担当してる腕が立つ奴らにも応援を頼んでいるハズ。もし今から行ったら、そいつらと鉢合わせになるわよ? この状態を見なさいよ」
 シャルラは周りに倒れている多くのライフ団のポケモンを指さしながらそう言った。
「もし(わたくし)が万全の状態なら、(わたくし)1人でも行って戦えばいいけど、残念ながらマグカルゴとファイアローが戦闘不能なの。だから無理よ」
「ではアーク様を見捨てると?」
「その通り」
「しかしそれでは……我々に責任が問われるのでは……?」
(わたくし)たちが責められることは無いわよ。アークが治安組織に逮捕されようと、任務を失敗したアークの自業自得。(わたくし)たちは、治安組織を引きつける陽動の役割はちゃんと果たしたの。この作戦の失敗は、(わたくし)たちのせいじゃなくて、アークのせいなのよ」
「承知しました。では撤退という方向で各部門に伝達致します」



 ライフ団。命について研究する者たち。彼らの暗躍はまだまだ続くことだろう……

 
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