ビライ山。
その山奥にあるポケモンの保護施設『幸運の家』。幸せを運び、分け与えると言われるポケモン、ラッキーの力を借りていることから、その名がついた。
幸運の家で施設長を務めている男、名前をゼンという。
ゼンは、施設に預けられているポケモン達の様子を見るために、施設内を巡回していた。ふと見ると、1人の少年が1体のラッキーを撫でている光景が目に入った。
少年の名前はグレイ。彼はこの施設で働く人間ではない。山で迷ったらしく、2日前にこの施設へと辿りついた者である。
ゼンは、ラッキーを撫でている少年グレイに近づき、話しかける。
「ずいぶんと、そのコに気に入られているみたいだね」
話しかけられた少年グレイは、ゼンの方に視線を向けた。ゼンは、撫でられているラッキーを見ながら、グレイに続けて話かける。
「普段は人に甘えるようなコじゃないんだがねえ、どちらかと言うと、面倒見がよくて、しっかり者で、ラッキー達の中ではリーダーのような存在なのだが、何故か君には甘えるんだねえ」
施設の者からは『姐さん』などというニックネームで呼ばれているラッキーである。他のポケモンから甘えられる事はあっても、甘える姿などゼンは見た事が無かった。
グレイと、『姐さん』と呼ばれるラッキー。ゼンには、なんとなく両者が意気投合しているように見えた。
事件は突然起こった。
幸運の家は山奥にあるため、普段は静寂が支配する場所である。そこに突如として巨大なヘリコプターが数機、轟音と共に現れたのである。
ゼンは突然の轟音の正体を確かめるために、グレイと『姐さん』と呼ばれているラッキーと共に外へ出た。そこには、ヘリから降りて来た漆黒色の服を着た者たちが、1人1体のポケモンを連れてこちらに向かってくる光景が広がっていた。
状況がよく分からないゼンは、漆黒の者たちに向かって問いかける。
「君たち、いったい何者だね? この施設に何の用かね?」
ゼンの問いかけに対し、漆黒の者たちが答える。
「我々はライフ団! 生命の力について研究する者だ!」
ライフ団、と名乗った者たちは、さらに言葉を続ける。
「我々ライフ団は、生きる力を分け与えるというこの施設のラッキーに興味がある。おとなしくラッキーを渡してもらおうか」
ラッキーの強奪を宣言したライフ団。この平和な空間は、突如として暴力の世界へと変質したのだ。
(ラッキーを奪う? そんな事が許されるはずがない!)
ゼンは強く思った。施設には、心が弱り、ラッキーの力を必要としているポケモンが多くいるのだ。
ゼンは、隣にいる少年グレイが、トラベル地方のジムバッジを2つも所持する実力あるトレーナーであることを思い出し、グレイに頼み事をする。
「なんの冗談かは分からんが……グレイくん、君はトレーナーなんだろう? 頼む! 一時的でもいいから、あいつらを
止めてくれんか? 私たちの活動にラッキーは必要不可欠な存在なんだ。ラッキーを失う訳にはいかないんだ」
「分かりました。飯と寝床の恩がありますしね」
グレイは、ゼンの願いを聞き入れた。
トレーナーとは言え、この危険な場面を子供に任せることに対して、ゼンは心苦しく思った。
しかし、ゼンには他に方法が思いつかなかったのだ。
「私は警察と連絡を取る。応援が来るまで、何とか頼むよグレイくん!」
そう言って、ゼンはラッキーと共に施設の建物に入った。
「施設長殿。現在この地域では、ライフ団を名乗る者が森を破壊しており、そちらの対応に追われている。そのライフ団を名乗る者は、治安組織のトレーナーでも鎮圧できないほどに強いポケモンを連れていて、そちらの応援に人員を割いている。直ぐの対応はできない!」
警察に応援を要請したゼンだが、警察の応答はそのようなものであった。
焦るゼンだが、後ろからラッキーの鳴き声が投げかけられた事で我に返る。
ゼンの後ろにいるラッキーは、先ほどからゼンと一緒にいる『姐さん』と呼ばれている個体である。
ラッキーは、ゼンと視線を合わせた後、施設の入り口の方向――現在、戦闘が繰り広げられているであろう場所――に向かって走りだした。
「姐さん! どこに行くつもりだ!?」
ゼンは慌てて追いかけた。
********
グレイは、突然の状況変化に驚いていた。
敵の黒犬ヘルガーが、ビビヨンに向かって強力な炎タイプの技“れんごく”を放った。しかし、突然に現れたラッキーがビビヨンと黒犬ヘルガーとの間に割って入り、“れんごく”を受け止めたのだ。
苦しそうな表情をするラッキーだが、次の瞬間、強く輝く不思議な光を放ち、黒犬ヘルガーを弾き跳ばした。
驚いたグレイだが、即座に冷静になって周りを見渡し、
「“たきのぼり”だ!!」
そう叫びながら、敵の黒犬ヘルガーを指でさした。
一瞬前までは眠っていたギャラドスは、弾き跳ばされて空中を舞っている黒犬ヘルガーに向かい、水をまとって全力で突っ込んだ。
巨大生花フシギバナは黒犬ヘルガーの盾になろうとするが、ビビヨンとラッキーに攻撃されて足止めされた。
ギャラドスの“たきのぼり”が、黒犬ヘルガーに直撃した。
水タイプの攻撃技“たきのぼり”は、炎タイプをもつ黒犬ヘルガーに効果抜群である。
攻撃面では非常に強い力をもつが防御面では弱い黒犬ヘルガーは、ギャラドスの“たきのぼり”を受けたことで大きなダメージを負い、遠くへ吹っ飛んだ。
ライフ団のアークが声をあげて指示する。
「ランクルス! ギャラドスに“サイコキネシス”だ!」
黒犬ヘルガーを追撃するギャラドスだが、遠くのランクルスから放たれた強力な“サイコキネシス”が命中してギャラドスは墜落した。
巨大生花フシギバナが、墜落したギャラドスに“ギガドレイン”で攻撃するが、ギャラドスの“たきのぼり”により相殺される。
巨大生花フシギバナと、ギャラドスの殴り合いが始まった。
「KK! 攻撃は“こおりのキバ”を使え!」
草タイプの巨大生花フシギバナに、水タイプの“たきのぼり”は効果が薄い。草タイプに効果抜群な氷タイプの技“こおりのキバ”をグレイは指示した。
素早く指示を終えた後、グレイは施設の入り口に目をやる。入り口には施設長のゼンが立っていた。
「施設長! 姐さんが使える技は!?」
突然現れたラッキーも戦力として数えることにしたグレイは、ラッキーが覚えている技を訊ねたのだ。
「“タマゴうみ”、“リフレッシュ”、“うたう”、“マジカルシャイン”、この4つだ!」
施設長の答えを聞き、グレイは自らの知識を引き出す。
(体力を回復する“タマゴうみ”。麻痺や火傷を治す“リフレッシュ”。相手を眠らせる“うたう”。フェアリータイプの特殊攻撃技“マジカルシャイン”だな)
施設長のゼンが、グレイに声をかける。
「グレイくん! そのまま聞いてくれ! 警察に応援を要請したのだが、すぐに来ることはできないと言われた! すまないが、そのまま耐えてくれないか?」
グレイは施設長の言葉を聞きながらも、ラッキーをどのように使おうか考えるためにラッキーを観察していた。すると、先ほどの“れんごく”を受けて、ラッキーが火傷を負っている事に気がつく。
「姐さん! “リフレッシュ”を使うんだ! その後“タマゴうみ”だ!」
ラッキーを「姐さん」と呼ぶことにしたグレイ。指示を受けたラッキーは“リフレッシュ”を発動して、自分の火傷を治した。
その後、“タマゴうみ”を発動したラッキーは、自分の体力を回復をする――とグレイは思ったのだが、実際は違った。
“じこさいせい”と“タマゴうみ”。2つの技はどちらも体力を回復する技である。しかし両者には決定的に違うことがある。“じこさいせい”は自分しか回復できないが、“タマゴうみ”は自分以外の者を回復させることができる。
ラッキーは“タマゴうみ”を自分ではなくビビヨンに使った。
敵の緑液体ランクルスとの遠距離攻撃合戦で消耗したビビヨンの体力が、“タマゴうみ”によって回復した。
(“タマゴうみ”で自分を回復して欲しかったんだが……まあ、姐さんらしい行動と言えるか。ハッキリと対象を指示しなかったオレが悪いな)
グレイは、敵のポケモンの状況を素早く見る。
巨大生花フシギバナは、ギャラドスと戦っている。
緑液体ランクルスは、遠くからギャラドスを攻撃している。
遠くにいる2体の五芒星スターミーは、現在何もしていない。しかし巨大生花フシギバナに体力を供給しているので、仕事はしていると言える。
黒犬ヘルガーは、ギャラドスに彼方に吹っ飛ばされて、現在は離れた位置から帰ってこようと走っている。
(作戦はさっきと同じだ……まずはヘルガーを潰す!)
グレイは指示を出す。
「ビビ! 姐さん! ヘルガーを追ってくれ」
黒犬ヘルガーの盾を務める巨大生花フシギバナは、現在ギャラドスに釘づけである。さらに、黒犬ヘルガーは大きなダメージを負っている。潰すなら今しかないとグレイは判断した。
ビビヨンとラッキーが、黒犬ヘルガーの方向へと向かう。
これにより、戦況はまた新たなものになった。
ギャラドスVS巨大生花フシギバナ、及び援護の緑液体ランクルス。
ビビヨン&ラッキーVS黒犬ヘルガー。
フシギバナに体力を供給する五芒星スターミーたち。
グレイはギャラドスと巨大生花フシギバナの戦いに目をやる。
ギャラドスはかなり消耗している。対して相手は、体力を供給を受けているので消耗はない。
(なんとか食い止めてくれKK!)
グレイはそう強く願った後、自分の意識をビビヨンとラッキーと、黒犬ヘルガーの戦いに向けた。ギャラドスが再び眠らされては困るが、今はこちらが優先だった。
黒犬ヘルガーは、ビビヨンとラッキーの攻撃を、自分の攻撃で相殺したり避けたりして上手に立ち回っている。
戦況を動かすべく、グレイが指示を下す。
「姐さん! もっと相手に近づいてくれ! ビビはそのまま攻撃!」
指示を受け、ラッキーが相手に距離を詰める。
体力が減っていて、これ以上ダメージを負うことができない黒犬ヘルガーは、ビビヨンからの攻撃を防ぐことを優先し、ラッキーの接近を防げない。
「今だ姐さん! “うたう”! ビビも近づいて攻撃!」
相手に近づいたラッキーは“うたう”を発動した。敵の黒犬ヘルガーは、眠ってしまった。
とどめを刺すために、ビビヨンが一気に距離を詰めて攻撃を放とうとするが、
「ヘルガー! “あくのはどう”! そして“れんごく”だ!」
眠ったはずの黒犬ヘルガーに向かって、ライフ団のアークがそう指示した。
すると、ついさっきラッキーが眠らせた黒犬ヘルガーは既に目を覚ましており、“あくのはどう”を放った。
黒犬ヘルガーに近づいていたビビヨンに、“あくのはどう”が直撃した。ビビヨンは大きなダメージを受けただけでなく、突然の相手の攻撃に驚いて怯んでしまった。そこに、強力な炎の技“れんごく”が決まった。
「姐さん! “マジカルシャイン”」
黒犬ヘルガーが短時間で目を覚ました理由も、圧倒的な炎に焼かれるビビヨンの心配も、気になる事は色々あるが全て無視して、グレイは今必要な事を冷静に指示した。
ビビヨンに“れんごく”を放っている黒犬ヘルガーは、ラッキーの攻撃を避ける余裕が無い。
ラッキーの“マジカルシャイン”が黒犬ヘルガーに直撃した。
黒犬ヘルガーは軽く吹っ飛び、地面に落ちた後、2度と立ち上がることは無かった。黒犬ヘルガーは戦闘不能になったのである。
“れんごく”によって発生した炎が散った場所にはビビヨンが倒れていた。ビビヨンも戦闘不能になっていた。
その場には、ラッキーだけが立っていた。
黒犬ヘルガーが短時間で目を覚ました理由。それは、ヘルガーが持つ特性はやおき、の効果であった。眠ってしまっても短時間で目を覚ますことができる特性である。
「姐さん! 急いでギャラドスを“タマゴうみ”で回復させてくれ!」
グレイの指示で、ラッキーはギャラドスと巨大生花フシギバナが戦い、遠くからは緑液体ランクルスの攻撃が飛んでくる戦場に向かい、ギャラドスを回復させた。
「KK“こおりのキバ”! 姐さんは“マジカルシャイン”を頼む!」
「フシギバナ! “ギガドレイン”だ!」
ラッキーが“マジカルシャイン”を放ち、ギャラドスは“こおりのキバ”で攻撃すると共に、得意の肉弾戦をしかけて巨大生花フシギバナを攻撃する。
敵の巨大生花フシギバナは、草タイプの特殊攻撃技“ギガドレイン”でギャラドスとラッキーを攻撃する。
ところで、“ギガドレイン”は単なる攻撃技ではない。この技には、相手に与えたダメージに応じて自分の体力を回復させる効果がある。
これにより、巨大生花フシギバナは、相手に攻撃しながら自分を回復できるのである。
ギャラドスとラッキーの2体がかりでの全力攻撃は、巨大生花フシギバナへの体力供給よりも速いペースでダメージを与え、巨大生花フシギバナの体力が少しずつではあるが減ってきた。
(このまま押し切れるか……?)
グレイは慎重に状況を見守る。しかし、
「フシギバナ! “こうごうせい”」
ライフ団のアークが指示した“こうごうせい”は、自分の体力を回復させる技である。その時の天候によって回復量が異なるという特徴もある。
敵の“こうごうせい”により、ギャラドスとラッキーが徐々に与えたダメージも全て無に帰した。
敵の巨大生花フシギバナ。
相手に攻撃しながら自分を回復できる“ギガドレイン”。自分を回復させる技“こうごうせい”。そして、緑液体ランクルスと2体の五芒星スターミーから体力の供給を受け続ける事を可能にする“やどりぎのタネ”。
体力を供給している側も全員が“じこさいせい”で体力を回復できるため、体力の供給量に限界がない。
まさに永久機関である。
さらに、巨大生花フシギバナの“ギガドレイン”だけでなく、緑液体ランクルスから強力な“サイコキネシス”が飛んでくるため、グレイ側はダメージがたまっていく一方である。
ラッキーにも回復技“タマゴうみ”があるが、敵側の“ギガドレイン”と“サイコキネシス”のダメージに対して回復が追いつかない。
(このままじゃ、いずれこっちの体力が尽きる……なんとかしないと)
状況を見たグレイは、そう思った。
ポケモンバトルではなく、例えポケモンを用いた武力行使であったとしても、戦い方はその者の性質を表す。
ライフ団。命を名乗る者たち。
味方から体力を貰いながら、敵から体力を奪いながら、時に自分で体力を回復しながら、自らを永らえさせる。
異常な程の生への執着。命の永久機関。その戦い方がライフ団の性質を表している。
命を名乗る彼らは、他人に命を与える者ではない。彼らは、自分の命を得るために努力し、他人の命の力を奪う者である。
グレイは、敵の体力供給機の破壊、つまり緑液体ランクルスと2体の五芒星スターミーの撃破を目指すことを決心した。
巨大生花フシギバナを直接破れない事が分かった以上、供給機から破壊するしかない。不安な要素が多いが、グレイには他に選択肢が無かった。
もし供給機の破壊もできないならば、そもそもこの状況の時点で既に詰んでいた。という話である。
「姐さん、悪いが1人でフシギバナを抑えてくれないか?」
グレイの問いかけに対し、ラッキーから決意の表情が返ってきた。
「よし! KK! あっちの奴らに突撃!」
グレイは五芒星スターミーたちの方を指さして指示した。
ギャラドスは勢いよく、五芒星スターミーたちに向かっていった。
ライフ団のアークは、ギャラドスを阻止しようと指示を出す。
「フシギバナ! まずはそのラッキーをどうにかしろ! “ねむりごな”だ!」
「姐さん! “うたう”」
両者とも、相手を眠らせる技を放つ。
ラッキーと巨大生花フシギバナは、共に眠ってしまった。
敵の緑液体ランクルスは、向かってくるギャラドスに攻撃対象を移した為、眠っている両者を攻撃する者は存在しない。つまり外部から起こす者がいないのである。
(誰にも攻撃されないんだから、お互い目覚めるまで時間がかかるだろ)
そう思ったグレイは、ギャラドスに指示することにした。
「KK! “あまごい”」
“あまごい”は、天候を雨に変える技である。
直接の破壊力が無い技は、ギャラドスが嫌う技である。しかし、移動中でやる事がないギャラドスはグレイの指示を実行した。
ギャラドスの“あまごい”が発動し、辺りに急激に雲が発生し、局地的な雨が降り始めた。ちょうどそのタイミングで、ギャラドスが敵の体力供給機たちの元へ到着した。
「スターミー! “まもる”」
「KK! ランクルスに攻撃!」
敵の五芒星スターミーたちは、“まもる”で無敵状態になった。
ギャラドスはそちらを無視し、緑液体ランクルスに攻撃を開始する。
「スターミー! “リフレクター”!」
五芒星スターミーの片方が、味方の物理攻撃を半減する技“リフレクター”を発動した。これによりギャラドスの攻撃は半減するが、ギャラドスは構わず攻撃する。
ギャラドスが“たきのぼり”を発動する。ギャラドスが水をまとって敵の緑液体ランクルスに突撃する。ギャラドスがまとう水は周囲の雨粒を吸収し、より威力が増した状態で“たきのぼり”が敵を直撃した。
あまりの威力に緑液体ランクルスは怯み、“サイコキネシス”が不発に終わる。
「ランクルス! “じこさいせい”だ!」
緑液体ランクルスは“じこさいせい”を発動し、ギャラドスから受けて減った分、巨大生花フシギバナに提供した分、これらの体力を回復した。
(“じこさいせい”を使った! しばらくは“じこさいせい”は使えないはず! 一気に決める!)
そう思い、グレイは指示する。
「KK! 全力で攻撃!」
ライフ団のアークは、緑液体ランクルスへの指示に集中している。そんな中グレイは、ラッキーと巨大生花フシギバナとの戦いに目を向ける。先ほど目を覚ました両者は、戦いを再開した。
「姐さん! 無理に攻撃する必要はない! 相手の攻撃の回避が優先だ!」
グレイの指示で、ラッキーは攻撃をやめて回避の姿勢をとった。敵の“ギガドレイン”はラッキーには当たらなかった。
ここで、グレイはある事を思い出す。
(あれ? 姐さんの“タマゴうみ”、そろそろ使えるんじゃないか?)
巨大生花フシギバナとラッキーが共に眠っていた時間があるので、前に“タマゴうみ”を使ってから時間が経っている。
「姐さん! “タマゴうみ”で自分を回復してくれ!」
グレイの指示に対して、ラッキーは力強い視線と身振りを送るだけで、“タマゴうみ”を使おうとしない。
「もしかして、KKの為に取ってある分ってことか?」
グレイの問いかけに対し、ラッキーは力強くうなずいた。
(取っておくって言っても……姐さんが戦闘不能になってしまったら“タマゴうみ”を使う事すらできないし……どうするか)
グレイは少し考え、ラッキーの熱い思いを尊重することにした。
「姐さん! 分かったよ! ただし条件がある。相手の攻撃に3回当たるまでだ。攻撃に3回当たった時点で、“タマゴうみ”を自分に使ってもらう! “タマゴうみ”を届けたかったら、相手の攻撃を避けることだ!」
グレイの言葉にラッキーはうなずいた。
ラッキーは、ギャラドスの体力を回復させたいという強い思いで、巨大生花フシギバナの攻撃を避けていく。
「今! “うたう”」
グレイの指示で、ラッキーは“うたう”を使った。技は見事に巨大生花フシギバナに命中し、眠らせた。
「いいぞ! しばらく休憩しろ」
時間稼ぎが目的であるため、眠った相手をわざわざ攻撃して起こす必要はない。眠った相手は刺激せず、ラッキーは休憩にはいった。
グレイは、ギャラドスの方へ目をやった。
グレイから見て、ギャラドスはかなり体力が消耗しているように見えた。しかし嬉しい光景もあった。敵の緑液体ランクルスが倒れて動かなくなっていたのだ。
ギャラドスは現在、2体いる五芒星スターミーの片方に攻撃している。“まもる”の無敵時間は終わったらしい。
雨が降っているせいで、敵の五芒星スターミーの“ハイドロポンプ”の威力も上がっているが、緑液体ランクルスが倒れた今、そんなものは大した脅威でなかった。
ギャラドスは、あっという間に五芒星スターミーにダメージを与えていく。
グレイは再びラッキーの方に目をやる。巨大生花フシギバナはまだ眠っている。ラッキーは体を休めながらも、注意深く敵の目覚めを待っている。
ラッキーが何かに反応した。巨大生花フシギバナが目覚めたのだ。
巨大生花フシギバナは“ねむりごな”を放った。
「姐さん! “マジカルシャイン”!」
“ねむりごな”は攻撃技ではないので、直接的な破壊力はない。ラッキーが放つ直接的は破壊力のある“マジカルシャイン”に打ち消された。
ライフ団のアークは、五芒星スターミーの指示に集中しており、おそらく巨大生花フシギバナの事は意識から外れている。
トレーナーの指示がない巨大生花フシギバナと、グレイの指示があるラッキー。さらにラッキーは、“タマゴうみ”をギャラドスに届けるという熱い思いがある。
指示の有無と熱い思い。これによって、ラッキーは相手との大きな実力差を打ち消している。
しばらくラッキーに指示していたグレイは、奥からギャラドスが帰ってくるのを確認した。かなり大きなダメージを受けたようで、ボロボロの状態でこちらに向かってくる。
奥を確認すると、そこには倒れて動かなくなった五芒星スターミーが2体いることが確認できた。
この場に残っているポケモンは、ギャラドス、ラッキー、巨大生花フシギバナ、この3体だけとなった。
「KK! “こおりのキバ”」
ギャラドスは、巨大生花フシギバナに全力で突撃しながら“こおりのキバ”で攻撃する。ギャラドスの攻撃で巨大生花フシギバナは吹っ飛んだ。
その隙に、ラッキーが“タマゴうみ”でギャラドスを回復させた。
「姐さん! ありがとう! あとはあいつに任せてくれ!」
グレイに言われ、ラッキーがグレイの元へ戻ってくる。
ギャラドスと巨大生花フシギバナの、1対1の戦いが始まった。
ギャラドスの凄まじい攻撃により、巨大生花フシギバナの体力が減っていく。
最初、巨大生花フシギバナには3つの回復手段があった。
1つ目は、“やどりぎのタネ”。これによって3体の味方ポケモンから体力が供給されていた。
2つ目は、“ギガドレイン”。相手に与えたダメージに応じて自分の体力を回復できるこの技を使うことで、攻撃しながら回復していた。
3つ目は、“こうごうせい”。シンプルに自分を回復させる技である。
それが、今ではどうなっているのか?
1つ目の“やどりぎのタネ”は、3体の味方ポケモンの消失により、体力の供給はストップ。
2つ目の“ギガドレイン”。これは攻撃と回復を同時にできる強力な技だが、1つ落とし穴がある。それは、相手にダメージを与えなければ自分を回復できない事である。グレイのギャラドスは耐久面でも非常に強く、“ギガドレイン”を1発当てても中々ダメージが通らない。よって、回復効果も減少しているのだ。
3つ目の“こうごうせい”。これについては……
「フシギバナ! “こうごうせい”だ!」
ギャラドスにみるみる内に体力を削られる巨大生花フシギバナを見て、ライフ団のアークは回復技を指示した。
巨大生花フシギバナは“こうごうせい”を発動した。しかし、回復効果はあまり得られなかった。
天候は雨。上空には局地的に厚い雲が存在し、日差しを遮っている。これにより“こうごうせい”に必要な太陽光が十分に集められず、回復量が落ちているのである。
回復の切り札となる“こうごうせい”の効果が薄く、巨大生花フシギバナはギャラドスの猛攻でますます体力が減っていく。
ギャラドスの“あまごい”の効果が切れて、辺りの天候が晴れになった頃。
巨大生花フシギバナは、戦闘不能となって倒れていた。
魔王フシギバナを倒した英雄ギャラドスの元に、美しき戦友ラッキーが走ってくる。
ラッキーは自分の傷を癒すこともしないで、ギャラドスの為に“タマゴうみ”を使った。
こうして、グレイは見事に幸運の家を守り抜いたのである。