『八神はやて』は舞い降りた
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第6章 『八神はやて』
第48話 コスプレ少年リアルはやて
前書き
・現実世界のはやてくん(17)
・魔法少女リリカルなのはもハイスクールD×Dもアニメやラノベで存在する世界でのお話。
「おーい、リアルはやて。今度のバリアジャケットは力作だよ。やったね!」
「その呼び方は止めてくださいと何度言ったか……。それと、俺は男です。女装なんてしたくないですよ」
「リアルはやて」それが、この少年のあだ名だった。
由来は、とあるアニメキャラと同姓同名で、なおかつ、容姿もそっくりだからだ。
あまりにも似すぎていて街中でも声をかけられる程である。
もはや生き写しだとか、ドッペルゲンガーじゃね?とか。
好き放題に言われている。
肖像権の侵害で訴えたら勝てるのではないか。
と、本気で思うほど似ていた――性別を除けば。
「俺」という口調は、少しでも男らしく見えるように。
と、いう涙ぐましい努力の跡であった。彼に両親はいない。
父の仕事に伴い、幼少のころより海外生活を長く続けてきた。
ところが、交通事故で、両親が他界。高校入学を機に日本に戻ってきてきた。
日本の高校に転入してからだ。自身がアニメキャラに瓜二つだと知ったのは。
すぐにあだ名は定着してしまった。
「はあ。どうしてこうなった……」
レベルの高い名門私立高校を受験し、昨年に入学。
帰国子女なので、英語はペラペラである。その分、古典や漢文に悩まされたが。
期待と不安の中。日本での高校生活の一歩目を踏もうとして――見事に失敗した。
それは、最初の自己紹介で、名乗ったときのこと。
突然、静かだった教室の一部が、騒然となったのだ。
『リアルはやてがいる』
この噂は、またたく間に学校中を巡りまわり、教室に見学者が詰め寄るほどだった。
とあるアニメキャラと同姓同名だと言われて、彼は、戸惑うしかなかった。
その程度のことで、どうしてここまで騒ぐのだろう。
と、当時は本気で不思議に思っていた。
日本のサブカルチャーと全く縁遠い人生だった彼とっては、戸惑うしかなかった。
あまりの事態に、引き気味になっていた彼に、親切な人物が教えてくれた。
『容姿も名前もそっくりだ』
これだけなら、まだ良かった――いや、よくないかもしれないが。
一番の問題は、そのキャラクターが『女性』だったことだ。
男子の制服を着ているのに、何度も何度も女性と間違われた。
もともと中性的な容姿だから、間違えられることは覚悟していた。
容姿は、彼にとってコンプレックスだった。
確かに、日本では、中性的な容姿は、人気が高いだろう。
だがしかし、彼が住んでいた国では、マッチョ信仰がはびこっていた。
女みたいになよなよした風貌の彼は、苦労したものだ。
幸いいじめこそなかったものの。
よくからかわれたせいで、すっかり自らの容姿を卑下していた。
それが一転して、容姿を褒められるようになった。
自らの容姿がちやほやされるようになって、当初、彼は有頂天になっていた。
ところが、時間が経つにつれ、自分の姿が、アニメキャラクターの投影にすぎず、なおかつ女扱いされている状況に気づく。
新たなコンプレックスが生まれた瞬間だった。
人気がないのも。
人気が出過ぎるのも。
どちらも苦痛を伴う、と。彼は身をもって知ったのである。
なんとか、女扱いを辞めてもらおうとしたものの、全く、成功しなかった。
それどころか、町を歩けば話しかけられる。
近隣まで噂が広がり、まるで参拝客のように絶えず人が見に来た。
『リアルはやて詣で』
当時、近隣で流行った言葉である。
ネットで、話題になるほど有名になり、ついに、登下校で待ち伏せされるまでになった。
彼の精神は、すっかり参ってしまい、結果として、不登校になってしまう。
さすがに、クラスメイトたちは反省したらしく。
火消しに奔走した。
既に、有名になってしまった以上、噂の拡散は、抑えきれない。
だから、噂をコントロールしてしまえばいい――逆転の発想だった。
手始めに、専用サイトを作り、あえて、自身を宣伝する。
その中で、見学者のマナーが悪く苦労していること。
外に出るのが怖くなり、今は不登校になっていること、などなど。
情報をこちらから発信することで、事態の鎮静化をはかった。
目論見は、大いに成功。自然とマナーを守るべきだ、という空気が出来上がる。
駄目押しとばかりに、ファンクラブまで作る徹底ぶりだった。
『アイドルになればいい。ファンが勝手に守ってくれるだろうさ』
とは、当時の中心メンバーの発言である。
あえて露出を増やし、信者やファンを増やすことで、守ってもらう。
ようやく、周囲も落ち着いたところで、彼は学校に復帰できた。
初めはぎこちなかったものの。
皆で協力して、火消しをした経験は、確実に仲を深めていた。
何が友情を作るかわからないものである。
ただし、副作用もあった。
「今度のコミケは、新作でいくわよ!」
「はあ。ほどほどでお願いします、先輩」
露出を増やすということは、アピールする必要があるということだ。
自然と、コスプレなどファンサービスをする機会が増えていく。
彼の内心は忸怩たる思いがあったものの、自分の身を守るためだ、といいきかせ、今日もコスプレに勤しむのだった。
少年の受難は、当分終わりそうになかった。
だがしかし、近い将来、アニメ会社からスカウトされて本当のアイドルとして、デビューすることになるとは、今の彼は知る由もない。
しかも、その頃には、彼もアイドル稼業が板に付き、ノリノリで、舞台、ラジオ、地方巡業などの活動に勤しむことになる。
―――人間万事塞翁が馬
人生何が幸いするか分からない。
後年になって、彼は述懐するのだった。
◆
――――ハイスクールD×D
このライトノベルには、何か運命のようなものを感じた。
夏休みに、ふと、立ち寄った書店で、表紙絵が目にとまり、衝動買いした。
表紙絵の少女は、アーシア・アルジェントと言うらしい。
彼女が、俺の一番のお気に入りだった。
教会から「悪魔」呼ばわりされるシーンには、身につまされる思いをしたし。
レイナーレに殺害されたときは、激怒したほどだ。
とにかく、自分でも驚くほど感情移入してしまうほど、ハマったのだ。
「俺だったら、絶対にもっと早くアーシアを助けるね」
とか。
「一誠たちは、結局、手遅れだったじゃないか。アーシアが、フリードたちから酷い仕打ちを受ける前に助けるべきだ」
とか。
「ライザー・フェニックスか。いけすかない野郎だ。焼き鳥野郎と呼んでやろう」
などなど。好き勝手に言いたい放題だった。
これを契機に、いままで興味がなかった日本のサブカルチャーに興味を持っていく。
頑なに拒んでいた『リリカルなのはシリーズ』も視聴し。
見事に、ファンになった。
ただし、やはり複雑な感情を抱かざるを得ないが。
あまりにも、登場人物にそっくりだったので。
思わず「このあだ名をつけられるのも無理はないな」と、思ってしまう。
17才になる誕生日の前日。6巻まで読んだところで、就寝した。
その夜に、不思議な夢を見た。
夢の中で、自分は5歳児になっていた。
母はおらず父がいた。人物に変化はないが、環境は全く違った。
まるで映画を見るかのように、異なる世界で過ごす自分を見ていた。
だが、とあるシーンで思わず突っ込みを入れてしまう。
夢の中なのに。いや、夢だからだろうか。
そう、住んでいる町の名前がハイスクールD×D世界の舞台である「駒王町」だったのである。
物語の中に自分自身を投影するほどハマっていたのか。
と、自分でも驚いたものだ。
ちなみに、リリカルなのはシリーズの「海鳴市」はなかった。
長い夢は続く。次々と映像は移り変わっていき。
9歳の誕生日前夜、両親が殺され、自分も殺されそうになった。
絶体絶命の中、青い光に包まれ――目が覚めた。
あまりにもリアルな体験に、思わず飛び起きて叫んでしまった。
それほどまでに、生々しい夢。
全身に冷や汗をかき、心臓は早鐘を打つ。
夢の世界が現実ではなくて、安堵した。
落ち着いたところで、夢の内容を思い出したところで、頭を抱えてしまう。
「アニメの夢をみるなんて。サブカルチャーに毒されすぎだ。くっ、去年のトラウマが……」
高校入学と同時に、名前や容姿のせいで不登校になった。
その後、周囲の協力もあり、学校に復帰することはできたものの。
すっかり、容姿はコンプレックスになってしまう。
とはいえ、身を守るためには、アイドル活動をしないわけにはいけない。
その最中、出会ったのが、『ハイスクールD×D』という作品だった。
この出会いを境に、徐々にサブカルチャーに傾倒していった俺は。
いろいろと「やらかして」しまった。
免疫のない俺は、恐ろしい病にかかったのだ。
その病気の名前は――中二病。
「夢にまで見るなんてね。俺はもうだめかもしれない。でも」
―――――久しぶりに父さんの笑顔をみた
両親が他界してから、いまだ1年ほどしか経っていない。
持家だった日本の実家は、広々としていて静寂に包まれている。
孤独な一人暮らしをしている少年にとって、夢で見た光景は眩しすぎた。
けれども、
「――なんで、夢の中でまで、死ななきゃならないんだ!」
混乱から立ち直り、先ほど見た夢を思い出す。
誕生日の前日。就寝中に、突然、怪物――はぐれ悪魔だろうか――の奇襲を受けた。
父に庇われ生き残ったのもつかぬ間、怪物と目が合ったところで、夢は途切れている。
死に際の父の姿が、目の前に転がる父の遺体が脳裏に焼き付いて離れない。
昔の記憶がよみがえる。
何度も何度も懺悔し、封印し続けている記憶。
交通事故にあったとき、彼もまた同乗していた。
それでも、彼が助かったのは――父が咄嗟に息子を庇ったからだ。
「結局、夢の中でも庇われるなんて、な。ああ、くそっ!なんで、なんでなんだよぉ。どうして、いまさらこんな夢ッ……ごめんなさい。父さん、母さん……ごめんなさい」
気が付いたら涙を流していた。
事故のときみた、最期の光景が、夢でみた姿とだぶって見えた。
広々とした自宅は、一人で使うには広すぎる。
それでも使っている理由は、もったいないからではない。
ただ、思い出のつまった場所から離れること。
その思い出が風化してしまうことを恐れたためだ。
この夢を見た誕生日を境に、彼は変わっていく。久々にみた家族の夢。
幸せだった日々とその幸せが唐突に終わった瞬間を描いた物語。
きっと、この夢には意味がるのだ、と。
いままで考えないようにしていた父と母のこと。
あらためて考える切掛けが出来たことで、現実を見つめなおすことが出来た。
そう。ふっきれたのだ。
この後、彼は、積極的にアイドル活動をしていくことになる。
その将来、ついには、世界デビューを果たすことに成功し、幸せを自らの手で掴む。
――――リアルはやて伝説のはじまりであった
そんな未来のことを知らない少年は、気持ちを整理するために、もう一度寝ようとした。
けれども、目が覚める直前に感じた感情が、いまも胸の中に渦巻いている。
今も湧きあがる黒く、痛々しく、禍々しい感情。
それは、身を割く怒り、心底からの絶望、そして――魂から噴出する憎悪。
◆
コミックマーケット、コスプレ広場。
大勢のコスプレイヤーやカメラを手に持った観客たちで賑わう空間。
この場所に、とある人物の登場することで、一際大きなざわめきがうまれた。
「なにあれ!あの人、そっくりなんですけど!?」
「お前知らないのか。リアルはやてだよ。ネットじゃ有名だぜ」
「『さん』をつけろよ、デコすけ野郎」
皆口ぐちに、近頃話題の天才コスプレイヤー。
通称『リアルはやて』の登場を囁き合う。
「リアルはやてさん、すげえ!生で見たけどマジそっくりじゃね?」
「『どうせフォトショで加工しているんだろ』とか思っていたら、マジでそっくりさんだった」
あまりの完成度に、度肝を抜かれる者が多数だった。
初見の人間にとっては、衝撃だった。それも当然だろう。
ネット上で流れる写真は、フォトショップなどで加工されている――普通ならば。
「生身であれとか。登場人物のモデルだと言われても納得するだろ」
「しかも、同姓同名って聞いたぜ」
だが、リアルはやてには、そんな常識は通用しない。
彼は、ありのままの素材で、勝負できるのだから。
たとえもし、キャラに似ていなかったとしても、素材はいいのだ。
名門校に通う帰国子女。中性的で容姿端麗。穏やかな性格。
どれをとっても、人気がでただろう。
もともと原作キャラに似ていなくても、モテて当然だった。
「お前も、ファンクラブの会員に入ったらどうだ?マナーさえ守れば、いろいろと特典があっていいぜ」
「特典?」
「ああ。抽選でイベントチケットやグッズなんかが手に入るんだ。メルマガなんかもある」
『リアルはやてファンクラブ』
このファンクラブこそ、リアルはやてを守る親衛隊である。
あまりの人気に、彼が参ってしまったことが、誕生のきっかけだった。
いまでは、悪質な見学者対策として活躍している。
ルールを作ったり。注意したり。曝し上げにしたり。
と。影に日向に、リアルはやてを守るための様々な活動を行っていた。
ファンとの交流の中で、徐々に少年の才能が開花していった。
最初はただのコスプレイヤーに過ぎなかったが、アイドルとして人気が出てきたのである。
「リリカルなのはのコスプレでは、彼女が飛びぬけてクオリティが高いよなあ」
「おい。リアルはやてさんは、男らしいぜ」
「嘘だッ!スカートから覗く生足を見ろよ。女にしか見えねえ」
「いやいや。こんなに可愛い子が、女の子なわけないだろう」
「男の娘、か。アリだな」
周囲のささやきを漏れ聞きながら、苦笑する少年。
いままで、彼は、『リアルはやて』として活動してきた。
やむを得ず活動しているに過ぎないので、本名は使わないようにしてきた。
だが、今日は違う。
「はじめましての方は、はじめまして。久しぶりの方は、いつも応援ありがとう。あらためて、自己紹介しようと思います。僕の名前は、『八神はやて』どうかよろしく!」
両親から貰った大切な名前。
いままでは、芸名の『リアルはやて』として活動してきたが。
本当の名前を、卑下して隠すことを止め、堂々と名乗った。
少しでも男らしく見えるように「俺」にしていた一人称も、元通り「僕」になった。
この名乗りは、新たな一歩を踏み出す決意表明だ。
晴れやかな笑顔で、観衆を魅了しながら、八神はやては、思う。
(父さん。母さん。僕のことを、どうか見守っていてください)
ふと、ハイスクールD×Dというライトノベルのことを思い出す。
先輩に勧められたが、読む気が起きず断った。人気らしいが自分は「読んだことがなかった」。
脳裏をちらつくのは青い宝石。あれは一体……と思考に沈もうとしてサインを求められ意識を覚醒させた。
どこかで青い光に包まれた少女が嗤った。
後書き
・リアルはやて
男子高校生の八神はやて。やっぱり両親は死亡している。
マッチョな国からの帰国子女。
芸能活動を続けトップアイドルへと大躍進。
あとヤンデレ
・ハイスクールD×D
原作6巻まで読んでいたが、その知識を奪われた。奪われた先は……
・青い宝石
願いをかなえる宝石です。世界の壁すら超えて願いを叶えるすごい子。
・青い光に包まれた少女
すべての元凶
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