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『八神はやて』は舞い降りた

作者:羽田京
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第6章  『八神はやて』
  第49話 家族が増えるよ!! やったねはやてちゃん!

 
前書き
・シリアス注意。エロはないです。主人公はハッピーエンドです。

 

 
 深夜、駒王町にある小学校の校庭で、轟音が鳴り響いた。青い光とともに、地面をえぐった物体は――女性と少女。奇しくもそこは魔王縁の領地だった。悪魔陣営は、この事態を「隕石による衝突」として隠ぺいした。
 光と衝撃音は、近隣一帯に知れ渡っており、完全に隠すことは不可能と判断したからだった。


 次の日、その小学校は、休校になった。





 小学校が、臨時休校になったと父から言われた。理由は、昨晩校庭に隕石が落ちたかららしい。早めに帰るからね、といいながら仕事へ出ていく父を笑顔で送る。
 ニュースでも話題になり、映像をみて驚く。慣れ親しんだグラウンドには、深くえぐれたクレーターがあったのだから。
 子どもにとっては、嬉しい話だった。降ってわいた休みを使い、友達と遊ぶ。


 しかし、少女にとっては関係のない話だった。幼いころに母を亡くした少女にとって、家族とは父のことだった。
 親戚も居おらず、父はいつも娘の側にいた。幼稚園に入れられたころは、毎日泣いて「おとうさんといっしょに居たい」と嫌がっていた。やがて慣れていったが、それでも父と会えない時間は悲しかった。
 

 小学校に入学し、引っ込み思案だった彼女は孤立した。贔屓目抜きに、彼女が美少女だったことも原因だろう。高値の花として女子からも男子からも距離を置かれた。
 苛めこそなかったものの、一人ぼっちでお弁当を食べるたび、少女の心は摩耗していく。
 それでも、嫌だと言わないのは、大好きな父を困らせない為だった。父には「いい子」だと思っていてほしい。
 狭い世界を生きる少女にとって、父親がすべてだった。


「そろそろ、帰ろうかな」


 6月になって梅雨入りしたばかりだが、今日は久々の快晴だった。同級生たちは喜んで外で遊びまわっている。
 騒がしい校庭を背に、行きつけの公立図書館へ来ていた。友達という存在をもたない彼女にとって、本と触れ合う時間が無常の喜びだった。もちろん、父と過ごす時間が一番だったが。


 日はまだ高いものの、夕方になり家路につく。父が帰ってくる前に、帰宅して夕飯を作りながら待つのが少女の日課だった。料理をする娘をみて、すまなそうにする父の姿が、なんだか可愛く思えて率先して料理をしていから、ずいぶん料理上手になったと思う。
 父からは、どこの嫁に出しても恥ずかしくない、と太鼓判を押されたが、父と結婚する予定の少女にとっては関係のない話だった。


「あれ? これなんだろう?」


 帰宅途中、偶然、道の端でチカチカと光を反射する物体を見つけた。近づけば、足元散らばるのは、青い宝石のような物体。


「うわあ、きれいな宝石……」


 少女も、小さいとはいえ女の子。光りものは、大好きだった。おはじき、ビーダマ、ビーズなどなど。どれも、彼女にとっては、宝物だった。
 そんな少女にとって、大きめのビーダマサイズの綺麗な宝石は、宝の山にみえたのだろう。 


「いち、にい、さん……えっと、はち、きゅう。9個もある!」


 笑顔で、足元の宝石を拾い集める。あちこちに飛び散っているせいで、集めるのは大変だった。だが、満足のいく収穫だった。掌に載せた、透き通るような青く光る宝石を眺める。
 よくみると、記号のようなものが中に見えた。ひとつひとつに、異なる記号がはいっている。なんの記号だろう、と考えて、思いつく。


「そうだ。時計に書いてある変な文字とおなじだ」


 たしか、あれはローマ数字だと、父が言っていた覚えがある。あいにくと、小学校低学年の彼女では、番号を読むことはできなかった。が、一つ謎がとけたことで、ご機嫌だった。 父に自慢しようと、元気よく持って帰る。
 友達と遊べずに図書館に引きこもっていた少女の憂鬱な気分が晴れた。今日は、いいことずくめだ。少女の父は昔クリスチャンだったらしい。


 だから、神に感謝した。


(ちょっと早いけど、神様がくれた、誕生日プレゼントなのかなあ) 


――――そう、だって今日は6月3日。明日は、ぼくの誕生日なんだから。


 誕生日プレゼントには、前から欲しがっていた子犬をねだっていた。すでに父からは了承を得ており、やったね! と思わずバンザイをして笑われてしまった。家族が増えるよ、と誰かに自慢したくなりつつ、少女はまだ見ぬ新しい家族に思いをはせていた。





「おとうさんっ!!!」


 少女は、目の前の光景が、信じられなかった。誕生日を控えた夜、いつも通りに、父とベッドで寝ていた。
 それが、夜中に突如、大きな音が響きたたき起こされた。混乱しつつ目が覚めた少女が見たものは、


 ――――彼女を庇うかのように、覆いかぶさった血だらけの父の姿だった。


「ひッ!?!?」


 彼女を守るかのように重なる父の向こうには、醜悪な異形の姿があった。父が時折話してくれる物語に登場する悪魔そのものだった。
 訳も分からず、頭の中は、フリーズしてしまう。その一方で、どこか冷静な部分が、このまま死ぬんだな、と告げていた。脳裏に、様々な疑問が駆け巡る。


 なぜ、父が血まみれなのか
 なぜ、自分は、殺されようとしているのか
 なぜ、目の前の悪魔は、笑っているのか


「ああ、あああ、うああああぁあぁぁぁぁっ!!!」


 ぴくりとも動かない父に縋り付き、慟哭する。物言わぬ彼をみて、絶望する。溢れ出す感情のまま、絶叫した。


「うぐっ!」


 悪魔は、自らを「はぐれ悪魔」だと名乗った上で、叫び声をあげる少女を煩わしいとでもいうに、蹴り飛ばした。壁に叩きつけられ、今まで感じたことのないほどの激痛が全身に走る。肺の空気が吐き出され、呼吸ができなくなる。床に這いつくばった少女は、それでも諦めなかった。


(逃げなくちゃ…!)


 身を張ってかばってくれた父をみて、どうにかしようとあがく。自分が死ねば、庇ってくれた父の行動が無駄になってしまう。死んだら父と会えなくなってしまう。子供らしく父の生存を信じている少女はそう思った。
 その一心で、痛む身体を引きずって逃げようとする。だが、悪魔は、そんな彼女をあざ笑うかのように、甚振り、ゆっくりととどめを刺そうとしていた。 


「ぐ、う、ううぅ……」


 気力を振り絞って逃げようとする少女だが、どう考えても逃げられそうにない。そんな絶望し涙を流す少女の目に、青い輝きが映った。
 その光は、昼間、拾ってきた青い宝石から放たれている。血に濡れた少女は、とっさにその宝石にすがった。


――――お願い、ぼくを助けて!


 甚振られ血まみれになった少女は、苦悶と絶望の中、青く輝く宝石を握りしめ――光に包まれた。 
 そのとき、少女は、莫大な力を手に入れる。願いを叶える宝石――ジュエルシードの魔力と類まれなる 彼女の魔法の才能が合わさり奇跡が起きた。
 少女は、突然の出来事に一瞬戸惑うが、すぐにやるべきことを成した。いままさに襲い掛かろうとしていた悪魔を紙切れのように、引き裂きばらばらにする。


「アは、アハハハハッ!!」


 復讐の憎悪に支配された彼女は、狂ったように笑い声をあげる。いままでにないほど力が湧いて出てくる。気分は絶好調だ。とりあえず下種の悪魔は退治した。
 さあ、次はどうしよう、と考えたところで、


 ――――ぴくりとも動かない父の姿を見てしまった


 一気に頭が冷えていく。後に残されたのは、親を失うことを恐れる幼子だった。高ぶる気持ちも押さえられ、必死に、考える。


「そ、そうだ……び、病院に連れて行かないと。救急車! 救急車を呼ばないと!」


 今日9歳になったばかりの少女に、冷静な判断などできるわけがない。まずは、おとうさんを助けないと、電話を取りにいかないと。病院にいって、お医者さんに診てもらえばきっと助かる。


(またおとうさんに会える)


 身体の一部が抉れ、大量の血を流す姿は、明らかに手遅れだった。だが、幼い少女には、それがわからない。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、急いで受話器に縋り付いた。


「あ、あれ、救急車って何番だっけ? 110番は、警察だから……ああ、早く、早くしないと」


 そのとき、微かに自分を呼ぶ声が聞こえた。――――と呼ぶこの声を聞き違えるはずがない。


「おとうさん!」


 慌てて駆け寄ると、父が目を覚ましていた。よくお聞き、と娘に語り掛けた。曰く、悪魔という存在について。曰く、自分がエクソシストと呼ばれる悪魔の退治屋だったことについて。曰く、教会で母と出会い逃げてきたことについて。曰く、母は『聖女の微笑』という神器を宿していたため狙われていたことについて。曰く、堕天使を頼っていたが、娘を守るため逃げてきたことについて。少女の知らない知識を与えた。
 そして、最後に父の友人を頼るように伝え終えると――――静かに目を閉じて息を引き取った。


「…………え?」


 訳が分からない。さきほどまで父とお話していたのだ。難しい話をされたが、悪魔とやらを倒したのだ。あとは、父と一緒に紫藤ナントカという人物に会いに行くのではなかったのか。


「おとうさん?」


 父は応えない。


「ねえ、おとうさん、起きてよ。おとうさん、おとうさん、おとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさん、おとうさんっ!!」


 何度も、何度も、何度も父の名前を呼び、彼の血まみれになった肩を揺する。血の海に沈んだ手を取るが、いつかのような温もりはなかった。
 父は応えない。彼の目は少女を見ない。彼の口から――――と名前を呼んでくれることもない。何もかもが虚無だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 いくら叫ぼうとも、いくら泣き叫ぼうとも、いくら現実を否定しても、目の前にある状況は変わらない。


 ―――そう、通常の手段では。


「ねぇっ! おとうさんっ! なんでもいいっ! どうでもいいっ! こんな世界も、何もかもどうなってもいいっ! おとうさん、笑ってよっ! ぼくを見てよっ! お話してよっ! ぼくを褒めてよっ! 名前を呼んでよっ! ずっと一緒にいてよぉ……」


 涙がとめどなく流れる。どうするべきか。焦りからうまく考えがまとまらない。空転する思考の中で、初めて自分が水色の光に包まれていることに気づいた。理由はよくわからないが、拾ってきた青い宝石のおかげらしい。誕生会の席で、父を驚かせようと思って持ってきたものだった。
 身体の中に、9つの石が溶け込んでいる感触がある。手に入れた力の凄さは、化け物の残骸が物語っていた。
 もしやと思い、溢れ出す力に願う。


「おとうさんを助けて! お願い!!!」


 魔法のような奇跡を起こした力、歪められ気まぐれな力は再び奇跡を起こす。9つのジュエルシードを宿しながらも暴走していない。この事実が、少女の魔法適正能力の高さを示していた。順調に育っていけば、世界の命運さえ握れたかもしれない。悪魔を倒し、ドラゴンと戦う。そんな未来があったかもしれなかった。


 父の体を水色の光が包み込む。光が消えると、そこには傷が癒え意識を取り戻した父の姿があった。おとうさん! と喜んで少女は抱き着く。
 状況がつかめず目を白黒とさせる父だったが、唐突に視線を鋭くする。何かが接近してくるのを感じる。これはそう、悪魔の気配――それも魔王クラスの。


 父は落ち着いた声音で、クローゼットの奥に隠れるように娘に指示した。少女は父の言葉を疑うことなく笑顔で従う。父が帰ってきたことで上機嫌だった。
 最後に、少女の頭をひとなでしてクローゼットの扉を閉めると、天使陣営に伝えられている特殊技能<六式>を使い、生身で空を飛んでいく。――――その先には、魔王サーゼクスの姿があった。


 <六式>使いの元エクソシストと魔王サーゼクスの戦いは熾烈を極めた。悪魔が自分と娘を殺害しにやってきたと信じている男は決死の抵抗を試みる。
 一方、サーゼクスは戸惑っていた。急な魔力の高まりを感じて現場に急行してみたら、凄腕のエクソシストが臨戦態勢で待っていた。決して逃げることなく格上のサーゼクスに挑むエクソシストは鬼気迫る表情をしていた。
 エクソシストは一歩も引かずに戦うが、実力の差は明らかだった。


 好奇心は誰にだってある。クローゼットの奥に言いつけ通り隠れていた少女は、図書館の本を読みつくすほどの好奇心旺盛な子供だった。
 父が何かと戦う気配がしていたが、彼女の中では既に敵を倒した父と二人で遠くに逃げて、何をしようかなと考えていた。紫藤ナントカには同い年の娘がいるらしい。一緒にくらすのだから、家族が増えるのだ。それは決定事項だった。
 だから、だから、好奇心から戸を開いて外を覗いた。だって、おとうさんが勝つのだから。彼女の瞳に映るのは、




 ――――消滅の魔力を浴びて消えていく父の姿だった。


 少女―—―—八神はやての絶叫が闇夜の駒王に響き渡った。





「珍しく機嫌がよさそうだな」
「ん? コカビエルか。駒王町に隠れていた裏切り者の処分がどうなっているのか気になってな。さて、けしかけたはぐれ悪魔はうまくやっているかどうか」


 堕天使総督は嗤う。自らの謀略がうまくいくことを確信していた。

 
 彼は知らない。ジュエルシードというイレギュラーを。
 彼は知らない。八神はやてという存在を。
 彼は知らない。たまたま魔王サーゼクスが滞在していたことを。
 彼は知らない。次元震が世界を丸ごと滅ぼせることを。


 彼は何もしらなかった。 
 

 
後書き
・途中SSA様の『リリカルってなんですか?』のシーンを流用しております。ヤンデレものの金字塔ですので、未読の方はぜひ読みましょう。胸が痛くなること間違いなしです。このシーンを書くためだけにリメイクしました。
・リメイク前よりも悲惨なはやてちゃんでした。
・ちなみに、犬につける予定の名前はザフィーラでした。 
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