ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
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第2章 憎愛のオペレッタ 2024/08
語られない一幕:影を渡る密告者
色素の薄い長髪を揺らして、その女性プレイヤーは主街区を駆け回る。
見たところ単独行動であるらしく、アイテムの買出しや食事には誰も伴うことなく一人で済ませていた。しかし、だからこそというべきか、その行動には目立たないながらに不可解な点が幾つも散見された。
一つ目は、彼女はよく特定の条件に合致するプレイヤーを観察しているという点。
単独での行動、その端々で彼女は視線を大きくずらすことが度々見受けられた。その視線の先にあったのは、攻略組における二大派閥。《血盟騎士団》と《聖竜連合》のプレイヤー達である。ふと視線に入ったならば、誰も怪しまないし気に掛けない。しかし、彼女は物陰を伝いながら尾行を行ったり、その会話を盗聴するような素振りまで見せていたのである。
二つ目は、アイテムの購入量。
ソロプレイヤーの保有するアイテム数から鑑みればあからさまに過剰在庫を抱えているということ。
SAOを始めとする、多くのMMOにおいて大量購入による恩恵は当然の事ながら存在しない。それどころか、アイテムそれぞれに設定される《重量》によって装備に必要な筋力ステータスを制限される。そうなれば必然どのプレイヤーも必要最低限のアイテムをストレージに格納することとなる。或いは、どこか拠点を構えて備蓄するという見解もあるだろうが、彼女には一定の拠点はおろか一夜を過ごす宿さえ確保していなかったのが現状。行動が理に適っていないと見受けられる。
三つ目に、フィールドに出向いてもレベリングをする気配さえないという矛盾。
しかし、矛盾と結論付けるのは早計であろうか。あくまでも彼女の行動が一般のプレイヤーに合致するのであれば、如何なる理由によるものであろうと察することもあっただろうが、これもまた人気のない穴場のようなエリアに分け入っては、既存の情報にないような狩場を探っているようにも見えた。効率的にレベリングする為にファーミングスポットを持とうとすることもあるだろうが、しかしながら自身だけの利用を考えるならば、費やした労力や時間の面で利鞘の合わない行為であることは推測が立つだろう。
畢竟するに、彼女は単なるソロプレイヤーと結論付けるには余りにも不自然だった。
ただ、SAOは多くのプレイヤーを内包する。不審な挙動を取ろうとも目立つものでなければ見向きもされず、明確な実害が及ばなければ咎められることはない。だが、どう繕っても常軌を逸した行為であることには変わりなかった。
あらゆる物事の大前提であろうが、目的のない行動は在り得ない。彼女への疑念はこれに起因する。
最初はあくまでも保険の意味合いが強かった。
きっかけはあくまでも思い立っただけ。アルゴの見立てで何らかの情報を持つだろうと有力視されていたところ、実際には掠りもしなかった彼女に僅かばかりの疑いを持ったこと。それが動機。
彼女が本当に《笑う棺桶》の関係者でないのならば、それに越したことはないだろうという確証を得る為の単独操作。幸いにも、アルゴからは捜査対象の情報を写しで貰っていたことも幸いして、当人が見つからないまま捜査にも踏み出せないという間の抜けたオチは回避出来た。
しかし、実際に確認したその実態はどこまでも不信感を煽るものであり、故に彼女は捜査線上から外されることはなく、むしろ懐疑心を強める運びとなった。
追跡者はその後ろ姿を追った。
とある密会と、その席で情報を入手してから四日間。息を潜めて彼女を観察したが、それまでは全く向かうことのないルートを淀みなく進む姿を見て一つ思い至る。足取りや視線の動きから見て、何かを探すような様子はない。目的地は既に定まっているのだろうと。
その推測を肯定するように、依然として鬱蒼とした森をマップデータもなしに慣れた様子で歩み続ける。これまでの追跡からして彼女が追跡者の気配を察知することは恐らく在り得ないだろうが、追跡者は内心でこれまでの情報を考察する。
彼女が一定の拠点を持たなかったのは、そもそもソロプレイヤーではなかったからではないか。
身を潜ませる本来の拠点、それも主街区には設置できない何らかの理由――――例えば、犯罪行為によってイエローカーソルとなったプレイヤーを要する等によって《圏外》に設営する以外になかった隠れ家に身を寄せているのだという仮説が浮上する。
そうなれば、過剰に買い込んだアイテムも《圏内に入れないプレイヤーの代わりに調達した》という確かな目的が成立し、彼女が何らかの犯罪ギルドの構成員であるという目測は現実味を増すこととなる。ファーミングスポットの探索にしても、表立って行動出来ない仲間の戦力強化とするならば得心が行く。
加えて、念入りに観察していた血盟騎士団や聖竜連合は攻略組の屋台骨という立ち位置の他に《笑う棺桶の敵対勢力》としての側面を持つ。物資調達と諜報員を兼ねた役回りであるならば、確かに拠点など必要ないだろう。下手にプレイヤーの多い宿ではなく空き家の一室を利用していたのは、誰かの目に留まらないようにという隠蔽工作だろう。或いは、情報収集の矛先を向けられて過剰に警戒させたからかも知れないが、その所為で拠点に戻るまで主街区に留まって時間稼ぎをしていたとも考えられる。
推測の域を出ないが、彼女の行動に目的を求めて結論を出すならば、差し詰め《笑う棺桶の構成員》か、或いはそれに連なるギルドの構成員。四日間の苦労を水に流すことになるものの、彼女の名誉の為にも無関係な一般プレイヤーであってくれれば幸いであるのだが、異質な行動を証明する根拠もなく、むしろ可能性が低いものであるとして、名残惜しくも望み薄と結論付けて溜息を零す。
そんなことを考えるうち、森はより枝葉を深く密集させて視界を遮る。
奥へ、奥へ。まず真っ当なプレイヤーであれば主街区までの帰途を考慮したら、およそ寄り付くことのないエリアだろう。日も傾いているし、やはり主街区に拠点を置くようなプレイヤーではないと暗に告げられたような心持ちさえ覚えつつも、追跡者はその視界に斜陽のオレンジ色を見た。
薄暗い森から一転、ぽっかりと空いた平地が姿を現す。
上層の天蓋を除けば上空を遮るものはなく、そこを大きく占める遺跡様の建造物が一つ。一見すればダンジョンのようであるが、そこへ彼女は躊躇うことなく向かう。仮にダンジョンであれば、保有アイテムを含めた装備重量過多によって自由な身動きが取れなくなる可能性だってある。無謀な行為にも見受けられるが、しかしそれは杞憂として、同時にこれまでの疑念への明確な回答まで添えて断じられた。
ダンジョンと思しき建造物が開く出入口、その暗がりから数名のプレイヤーがゆっくりと姿を現したのだ。男性だけで構成されたプレイヤーの群れは、間もなく彼女を取り囲むと双方共にウインドウを開き、何やら遣り取りを開始する。彼等のカーソルが示す色彩はオレンジ、つまりは何らかの犯罪行為を働いたプレイヤーということになる。
追跡者とプレイヤーの群れ、彼我は距離にして120メートルほどだろうか。
通常のプレイヤーの視力では、システム的にもその仔細な遣り取りこそ視覚として捉えられないだろう。だが追跡者は構わず視線を送り続ける。実のところ、彼にはそのウインドウの一文字に至るまで視認できる秘策があったのである。
索敵スキルMod《望遠》と称されるそれは、文字の如く遠方の詳細な情報を読み取るのに用いられるスキルだ。人気のあるスキルではなく、まともな用途さえ見出されることのない不遇なスキルであるが、このような限定的な条件下では無類の実力を発揮する。
当初、プレイヤー達を捉えていた視界は追跡者の意思で急激に狭まり、次いでその範囲を瞬時に拡張させて倍率を調整する。見定める先は彼等の指先にあるウインドウ。示される文字列からして、街で仕入れたアイテムの受け渡しであったらしい。つまり、眼前に鎮座する建造物はオレンジプレイヤーの巣窟となっている。自力で仕入れられないアイテムや敵性勢力の情報を、彼女のようなグリーンプレイヤーが調達する。どうやら役割分担による機能は形成されているらしい。略奪だけで日々を凌いでいるわけではないようだ。
数分かけてアイテムを見張りに渡すと、棒立ちだった彼等が遺跡内部へと一斉に動き出した。
あわよくば内部へ潜入したいという欲もないわけではなかったが、発見されるリスクを考慮した上で、追跡者は深追いを取り止める。しかしその刹那、溜息混じりに暗がりに消えようと翻る一人の男性プレイヤーの首筋に、そしてもう一人の手の甲に、それぞれ死角になっていた箇所に記憶に新しい徽章が目に映った。
それは、ピニオラの胸元に刻まれていた黒い棺。蓋と桶の隙間から覗く白骨の腕も視認され、一つの結論を導く決定打となる。
――――笑う棺桶の本拠地。
事前に得ていた情報とも合致するからこそ、内心ではもしやと疑っていたが、まさか本命を引き当てるとは思っていなかったのだろう。内部への潜入を踏み止まった自らの判断を自賛しつつ、マップデータに眼前の建造物の位置情報をマークした。
これで、この追跡者も当面の役割を終えたこととなる。情報を持ち帰り、然るべき相手に報告することで、《笑う棺桶》討伐隊の編成が開始されることだろう。それまでの間は彼も御役御免となる筈だ。
しかし、どうにも皮肉な顛末だと、追跡者は幾度目かも知れない溜息を漏らした。
この情報に至るまで、どれほどのプレイヤーと相対して聞き込みを行ったことだろうか。自分なりに相手の性格も推し量った上で仕事に当たったつもりではいたのだが、まだまだ見込みが甘かったらしい。事実として、大人しく誠実そうであったプラチナブロンドの少女――――《ルクス》はこの場所を秘匿しようと虚言を並べ、対して最も信頼度の低かった殺人者――――《ピニオラ》のヒント、《事前に得ていた前情報》こそが真実を言い表していたなど、俄には信じられないし信じたくもないのだが、認めざるを得ない事実である。
困惑と落胆。
達成感よりも大きく膨れ上がり、首をもたげる二種類の暗い感情に溜息を吐きながら彼は森を後にした。
幸い、《索敵》スキルが捉えた気配はどれもモンスターばかりで、プレイヤーは周囲に居ないことが判明している。気休め程度ではあるが、せめて窮屈な思いから逃れようと発動していた各種スキルを解除する。
それにより、木々のざわめきしか聞こえなかった森に足音が小さく響く。
次いで、風にそよいでいた下草の絨毯、その中に突如として靴跡が刻まれる。
追って、森の色彩にぼんやりと凹凸が浮かび上がる。
それは徐々に輪郭を顕に空間に刻み、上塗りするように色を帯び始めた。
黒に統一されたコートとスーツ、一点だけ目に冴える赤のネクタイ、170センチ後半の細い体躯が徐々に描かれ、溜息を吐くのは不機嫌そうな感情の籠る無表情。
鬱蒼とする木々の群れを掻い潜りながら、誰に聞かれることもないまま、先程まで追跡していた相手へと悪態を零す。
「まったく、結局は全部知ってたじゃねえか」
後書き
スレイド単独行動、ストーキング回。
今回は誰も実名呼ばわりしていないので、便宜上《スレイド》とさせていただきました。
ストーリーは進展しますが、実名で呼ばれない限り別キャラ扱いなのです。
ただし、地の文さえもスレイド呼ばわりしない事実。慈悲は無い。
ピニオラさんとのデート直後、早々にルクスさんをストーキングするのは男性としてどうなんですかね。
ですが、生憎とルクスさんには《情報を意図的に隠匿していた》という先入観に併せて《笑う棺桶に所属する諜報員》という認識もあって良い印象を抱いていないのが現状となります。どこまでも擦れ違いますねこの主人公。
とりあえず、ルクスさんというキャラが気になる方は《ソードアート・オンライン ガールズ・オプス》をご覧下さいませ。知らなくても問題はありませんが、DEBAN組を含めた女の子達の活躍がご覧頂けるのでオススメです(マーケティング)
さて、ともあれこれで攻略組が《笑う棺桶》の所在を掴んだことになります。
次回は少しだけお話が進むと思いますが、また視点が変わります。
次回もまたお付き合い頂けると幸いです。
ではまたノシ
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