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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百六十六話 焦燥

帝国暦 487年 11月23日   シュムーデ艦隊旗艦 アングルボザ  エグモント・シュムーデ


艦隊は十一月十五日にオーディンを出立後、カストロプ星系を過ぎマリーンドルフ星系に向かっている。順調に進んでいると言って良いだろう。

旗艦アングルボザ、大将に昇進後新たに私に与えられた艦隊旗艦用の戦艦だ。ロキ級の三番艦になる。ちなみに二番艦はシギュン、クレメンツ提督の旗艦になっている。

当初ロキ級は余り人気が無かった。ロキという命名が良くなかったのだろう。なんといっても大神オーディン達と戦い、神々を滅ぼす悪魔神なのだ。皆が敬遠するのも無理は無い。

しかし、シャンタウ星域の会戦後は変わった。宇宙艦隊の総旗艦としてシャンタウ星域の会戦を大勝利に導いた艦なのだ。多くの提督がロキ級を使うようになった。ルックナー、リンテレン、ルーディッゲもそうだ。

ブリュンヒルトの設計思想を元に作られているというが、実際に使ってみると機動性に優れた非常に良い艦だ。私はこのアングルボザがすっかり気に入っている。アングルボザ、神話に登場する女巨人、ロキの妻にしてヘル、ヨルムンガンド、フェンリルの母。

「閣下、オーディンの宇宙艦隊司令部より連絡が入っています」
「分かった、アーリング少佐。スクリーンに映してくれ」
スクリーンに顔色の悪い若白髪の多い士官が現れた。彼の敬礼に応えつつ記憶を探る。確かこの男は……。

「ローエングラム伯の下で司令部幕僚を務めます。パウル・フォン・オーベルシュタイン准将です」
「エグモント・シュムーデ大将だ。何か用かな、オーベルシュタイン准将」

「ブラウンシュバイク公の反乱決起宣言はご存知かと思いますが」
抑揚の無い、平坦な声だ。
「聞いている」
「宇宙艦隊は現在混乱状態にあります」
「……」

淡々とした口調を聞いていると内心でイラっとしたものを感じた。何処となく反発を感じさせる男だ。
「ブラウンシュバイク公が反乱を起した以上、混乱は早急に収束させなければなりません」

「……」
「宇宙艦隊は副司令長官ローエングラム伯と力を合わせ、反乱に対処すべきかと思います。閣下のお考えは如何でしょう?」

ヴァレンシュタイン司令長官暗殺、それを受けて動き出したのだろう。随分と苦しい言い分だ。ローエングラム伯の下に結集し、ではなくローエングラム伯と力を合わせか……。一つ間違うと司令長官の指揮権を侵害することになる事を恐れているのだろう。

だから微妙な言い回しをせざるを得ない、つまりローエングラム伯はそれだけ不安定な立場に居る。そのあたりをこの男は理解しているようだ。そしてもう一つ、この男は司令長官の生死に関して確証を得ていない……。

さて、どう答えるか、向こうが知恵を絞って誘いをかけているのだ。こちらもそれなりの対応をしてやらねば礼を失するというものだろう。
「反乱に対処すべきという卿の意見には同意する。しかし我等はローエングラム伯に協力する事は出来ぬ」

「それは閣下お一人のお考えでしょうか? 我等と今聞きましたが」
「私、ルックナー、リンテレン、ルーディッゲ提督だ」
「……」
「……」

しばらく沈黙があった。オーベルシュタイン准将はゆっくりとした口調で問いかけてきた。
「何故御協力いただけぬのでしょう。御教示頂きたい」

「我等は既に宇宙艦隊司令長官から命を受けた身でな。司令長官から別命有るまでは今現在受けている命を優先せざるを得ぬ。分かるかな、准将。我等に命を出せるのは宇宙艦隊司令長官だけなのだ。それが理由だ」
「……」
「……」

スクリーンを通して互いを見つめる。
「その命とは……」
「控えろ、准将。我等に与えられたのは極秘任務だ、卿が関知する必要は無い」
「……分かりました。そういうことであれば仕方ないと思います。失礼します」
「うむ、ご苦労だった」

分をわきまえるんだな、オーベルシュタイン。我々フェザーン方面軍は司令長官の命により動いている。ローエングラム伯が我々を自由にしようなど越権行為以外の何者でもないのだ。どうしても我らに命を下したければ伯自身が宇宙艦隊司令長官になる事だ。

「アーリング少佐、ルックナー、リンテレン、ルーディッゲ提督との間に回線を開いてくれ」
「はっ」


「総司令官閣下、何か有りましたか?」
何処か悪戯っぽい口調でルックナー提督が訪ねてきた。“総司令官閣下”、その言葉がどうにもこそばゆい、ルックナー提督はそれを知っていてあえて使ってくる。

「オーベルシュタイン准将から通信が有った」
「オーベルシュタイン? 副司令長官の幕僚だな」
「そうだ」

私とルックナー提督の会話にリンテレン、ルーディッゲ提督の表情が幾分厳しくなった。
「それで彼はなんと?」
「宇宙艦隊は混乱している、ローエングラム伯に協力して欲しいと。指示に従えではなく協力という所が泣かせるだろう」

私の言葉に皆がそれぞれの表情で同意した。リンテレン提督が“小細工ですな”と呟いた。
「それで、総司令官閣下は何と答えたのですかな」
「我等は司令長官の命で作戦行動中だ、我等に命を出せるのは司令長官だけだと答えたよ、ルックナー提督」

「なるほど、それで引き下がりましたか?」
「ああ、あの様子では彼らは司令長官の生死について確証を得てはいないな」
私とリンテレン提督の会話にルックナー、ルーディッゲ提督が頷く。

「総司令官、いっそ教えてやっては如何です」
「今からか?」
「ええ、司令長官は生きていると、万一の場合はメルカッツ提督が宇宙艦隊司令長官になる。無用な心配は止せと」

ルーディッゲ提督の言葉に皆が笑い出した。
「卿は辛辣だな」
「このようなときに権力掌握に血眼になるなど不愉快なだけだ。そうではないか、リンテレン提督」

「まあ、ルーディッゲ提督の気持ちは分かるし同感だが……、オーディンでは何が起きたと思いますか?」
「それだがなルックナー提督、おそらく暗殺事件があったのは事実だろう」
「……」

「だが、その暗殺事件は成功してはいまい。成功したならメルカッツ提督が宇宙艦隊司令長官になっている。それが無いという事は負傷したが生きている、或いは……」
「或いは?」

「死んだ振りをしている、そんなところだろうな、ルックナー提督」
「なるほど、有りそうですな、司令長官なら」
「まあ、なるようにしかならん。我等フェザーン方面軍は当初の予定通り行動する」
「はっ」

ルックナー、リンテレン、ルーディッゲ提督が私に敬礼する。生きていて欲しい、切実にそう思った。内乱がついに始まった、海千山千のフェザーン、反乱軍を相手にするには我々だけでは心許ない。どうしても司令長官の力が必要だ。


帝国暦 487年 11月23日   宇宙艦隊司令部 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ


「ですから、早急に体勢を整える必要があるのです。このままでは宇宙艦隊は混乱したままです。反乱の鎮圧が出来ません」
「……」

「閣下!」
「ローエングラム伯、私には卿が何を焦っているのか、さっぱり分からんな。卿は一体何をしたいのだ?」
「!」

私の目の前でローエングラム伯と軍務尚書エーレンベルク元帥がTV電話で話し合っている。危機感を露わに訴えるローエングラム伯に対しエーレンベルク元帥は何の感銘も危機感も抱いた様子はない。いたって平然としたものだ。

今日、ブラウンシュバイク公が反乱を起した。帝国全土に流れた公の檄はオーディンに宇宙艦隊司令部に混乱をもたらしている。ヴァレンシュタイン元帥暗殺! その言葉は帝国を宇宙艦隊を震撼させた。

司令長官の生死は分からない。連絡を取ろうと思ってTV電話で呼び出しても出ない。政府はブラウンシュバイク公の檄に対し何の反応も示さなかった。肯定も否定もしていない。その事がさらに混乱を助長している。

ローエングラム伯、いやオーベルシュタイン准将の元にキルヒアイス准将から何度か連絡が有ったらしい。それによればヴァレンシュタイン司令長官の幕僚達も何も知らないらしい。もう夕方になるが何の情報も得られず酷く不安がっているようだ。

ローエングラム伯、そしてオーベルシュタイン准将は司令長官は死んだか重傷を負って軍務には就けない状態にあるのではないかと考えている。今朝、宇宙艦隊司令部の近くに撃破された地上車があった。おそらく司令長官はそれに乗っていた……。

帝国の上層部はヴァレンシュタイン司令長官の死、或いは重傷を公表できずにいる。その影響を計りかね、どう取り繕うかで悩んでいる。当然だが後任人事についても積極的に動けずにいる……。二人はそう考えているのだ。

ローエングラム伯はこのままではブラウンシュバイク公に先手を取られる一方で効果的な反撃が出来ないと危惧している。場合によっては反乱軍もこの混乱に乗じかねない、反乱を鎮圧し帝国を護るためには自分が宇宙艦隊司令長官になり全権を握る必要があると考えているのだが……。現状では上手くいっていない。

それにしても、キルヒアイス准将がスパイまがいの行動をしているとは……。穏やかで感じの良い青年だと思っていたけど司令長官の下に行ったのは司令長官を探るためだったらしい。

私に関して言えば、そのような事の要請は一切ない。司令長官は私をローエングラム伯の下に送り出した後は、廊下で会えば挨拶をするくらいだ。穏やかな表情で仕事に慣れたかと聞いてくる。

有り難い話だ、スパイのような真似をしろといわれたら仕事が陰惨なものになってしまうだろう。おかげで私は何の後ろめたさも感じることなく此処にいる事が出来る。

「反乱の鎮圧計画は司令長官が本隊を率い、小官が別働隊を率いる事になっています。閣下、こう言ってはなんですが司令長官の安否が不明な今、早急に体制を整え、鎮圧計画を修正する必要があるのです」

「私もその鎮圧計画については知っている。修正する必要は無かろう」
「!」
「別働隊は卿が指揮する。本隊はヴァレンシュタイン司令長官が指揮、もし司令長官が指揮を取れない場合はメルカッツ提督に指揮を執らせれば良い」

「馬鹿な、それでは」
「待て、馬鹿と言ったか、ローエングラム伯」
「申し訳ありません、軍務尚書。失言でした」

エーレンベルク元帥は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「上位者である卿が別働隊というのが不満のようだが、シャンタウ星域の会戦ではヴァレンシュタイン司令長官は別働隊の指揮を執り卿が本隊を率いた。馬鹿な話ではあるまい」
「……」

「この期に及んで作戦計画を変更すれば反って宇宙艦隊に混乱をもたらすであろう。卿が何を心配しているのか私には分からんな」
エーレンベルク元帥は不機嫌そうな表情を隠そうともしない。

「元帥閣下、ヴァレンシュタイン司令長官は一体どうなっているのです」
「私のところには体調不良で休むと連絡が有った。卿のところには無かったのか?」

「いえ、小官のところにもそれは有りましたが……」
「ならばそうなのであろうよ、心配する事は無い」
エーレンベルク元帥には全く不安を感じさせるようなそぶりはなかった。司令長官は生きている……、この様子ではそうとしか思えない。

「しかしブラウンシュバイク公が……」
言い募ろうとするローエングラム伯をエーレンベルク元帥が遮った。何処か付き合い切れぬと言った口調だった。

「ローエングラム伯、卿は反逆者を信じるのか? それとも信じたいのか? あれが味方を募るための謀略だとは何故思わぬ」
「!」
「私は忙しいのだ、これで失礼するぞ」

何も映さなくなったスクリーンを見ながらローエングラム伯は溜息をついた。おそらくエーレンベルク元帥はローエングラム伯がヴァレンシュタイン元帥の安否の確認よりも宇宙艦隊司令長官になりたがった事を不快に思ったのかもしれない。

ローエングラム伯は焦ったのだ。昔の自分がそうだった、焦りから才気を振り回した。それがどれだけ危険かも分からずに自分の才気に溺れた。示すべきは才気ではなく覚悟。その言葉の重みを今ほど感じた事は無い……。

「閣下、シュムーデ提督ですが協力は出来ないと言ってきました」
オーベルシュタイン准将……。何処か暗い雰囲気を持った人物だ。切れる人物ではあるが余り親しくなりたい人物ではない。

「そうか……」
「既に司令長官の命が彼らに下っているようです」
「訓練ではないのか」

ローエングラム伯が訝しげな声を出した。自分の知らないところで作戦が動いている。それが不満なのかもしれない。
「極秘任務だといっていました。それ以上はなんとも……」
「……」

おそらく政治謀略を含めた作戦なのだろう。ローエングラム伯の下に来て分かった事はヴァレンシュタイン司令長官が情報を取捨選択してローエングラム伯に流していると言う事実だった。

純軍事的な作戦に関しては殆ど隠す事はない。しかし政治謀略に関して言えば殆どと言って良いほど隠している。父は余り話してくれないが、父の話と付き合わせるとそうとしか思えない。



「副司令長官閣下、ヴァレンシュタイン司令長官より会議開催の通知が届きました」
「!」
「各艦隊司令官以上の者は十七時に第五十七会議室に集まれとの事です」
リュッケ中尉の言葉に司令部の人間たちが一斉に中尉を凝視した、そして時計を。時刻は十六時三十分、会議開催まで残り三十分だった……。


 
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