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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第四章 魔族の秘密
  閑話 ルーカス、自宅に帰る

 ルーカスは久しぶりに、王都にある自分の家に帰った。

 庭は相変わらず手入れが行き届いており、荒れていない。
 しっかり刈られている芝生も、綺麗に剪定されている植木も、そのままだ。
 だが、朝日を浴びるそれらに漂っているのは、言い知れぬ寂寥――彼にはそう感じた。

「ルーカス様、お帰りなさいませ」
「ただいま、シルビア」

 玄関の引き戸を開けると、すぐにその音を聞いたメイド長のシルビアが来て、彼を迎えた。

「今回も大変な戦だったようですわね」

 第一声は、あらお一人ですのね? ではなかった。

「そうだな……大変だった。本当は真っ先にここに帰りたかったが……後始末が忙しくて結局朝までかかってしまった」
「フフ、大役お疲れさまでございますわ」

 リンドビオル邸は恐らく魔国で唯一、エントランスで靴を脱ぐ必要がある家だ。
 彼女はルーカスが脱いだ靴を靴箱に入れようとする。

「シルビアよ――」
「すでに聞いておりますので大丈夫ですわ。ルーカス様」
「……そうか」

 重たい報告をしようとしたが、彼女はそれを遮った。
 彼はその気遣いに感謝し、靴を仕舞う彼女の頭を後ろから軽く撫でた。

「リンドビオル卿……」

 やや元気のない声。
 玄関をあがった少し行ったところのすぐ横、四畳半の部屋からだった。
 ルーカスが視線を向けると、やや赤みのある髪の若い女性と、銀髪の女の子が部屋から出てきた。

「これは魔王様。おや、カルラ様もいらっしゃっていましたか。おはようございます」
「ああ、邪魔してた……」
「ルーカス、おはよー」

 魔王とカルラの視線はすぐに安定せず、ルーカスの周囲や背後の玄関をさまよった後に固定された。



 狭い部屋で、真ん中に置かれたちゃぶ台を、魔王、カルラ、ルーカスで囲む。
 シルビアがカップスープを三人分運んでくる。
 そしてそれをちゃぶ台に並べ終わると、彼女は部屋の入口近くに控えめに座った。
 ルーカスが口を開く。

「……魔王様、このたびは長旅お疲れさまでございました」
「ああ、お前もご苦労だったな。リンドビオル卿」

 ――しーん。

「兵は休ませてあります。師団の再編成についてはもう詰めておりますのでご安心ください」
「そうか。わかった」

 ――しーん。

 ルーカスは魔王を気遣うため、ここにいない一人の話題をあえて避けた。
 が、すぐに気まずい沈黙となる。
 三人が黙ったままスープを口に運ぶ。

「リンドビオル卿……悪かったな」

 空気に耐え切れなかったのだろう。魔王が謝罪した。
 隣のカルラの表情も一段と沈み込む。

「その件でしたらお気になさらず。魔王様に責任はありません。
 今は次の戦に備えなければならぬときです。魔王様に元気がないと兵の士気にも響きますので、どうかお気を落とされませぬよう」

 ルーカスはそう言って慰めたが、魔王はやや下を向いたまま再度小さく「悪かった」とつぶやいた。

 ガラガラ――。

 玄関の引き戸を開ける音がした。
 そして、やや高めの「おはようございます」という声。

「あら? 誰かいらしたようですわね」

 シルビアは様子を見にいこうとした。
 しかし彼女が立ち上がるよりも早く、部屋の入口に黒髪で丸顔の少年が姿を現した。

 その少年は、この部屋にいる全員をサッと確認すると、「失礼します」と中に入ってきた。
 そして魔王のすぐ近くまで行き、正座した。

「まおうさま、リンドビオルさま、カルラさま、メイドさま、おはようございます」

 少年は全員に挨拶をした。
 四人は一同顔を見合わせ、首をかしげる。

「お前は?」

 すぐ横に来られてしまった魔王が、少年のほうに体を向け、声をかけた。

「まおうさま。私はフィンと言います」
「え、誰だよ」

「はい。お城にいちばん近い鍛冶屋の次男で、もうすぐ十三さいになります」
「いや、知らないし。自己紹介されても困る。城に来たことないよな?」
「はい、お初にお目にかかります」
「だよな……。いったい何の用なんだ」

「今日はマコトさんの弟子にしてもらうためにきました」
「……!」

「軍はもう帰ってきていると聞きまして、さっきちりょう院のほうに行ったのですが、あいにく今日はお休みのようでした。
 なのでマコトさんはこちらにいらっしゃるのかなと思い、お休み中に申し訳ないのですがここまで来ました」

「……そうか」
「マコトさんには今十五人の弟子がいると聞きました。ぜひ私を十六人目の弟子にしてほしいです。お願いします」

 そう言うと、少年は魔王に頭を下げた。そして、ルーカスやカルラ、シルビアに向けても順番に頭を下げていく。

「それは……無理だぞ」
「私の父は以前マコトさんに腰を治してもらって、そのおかげで仕事に復帰することができました。ぜひ私もその技術を学びたいのです」
「悪いな。それでも……もう無理なんだ」

 少年は食い下がった。

「一生けんめい働きます。なのでお願いします」
「無理だ!」
「なぜ無理なのですか」
「あいつはもういないんだ!」

 魔王は、目の前の少年を抱きしめた。

「まおう……さま?」
「あいつはもう……いないんだ。わたしのせいで……人間に捕まって……」 
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