【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第四章 魔族の秘密
第40話 二千年前
勇者の鎧の製作者、オスカー・リンドビオル。
リンドビオルという姓はルーカスと同じだ。
「あの、リンドビオルという姓は人間の国では珍しい?」
「ん? そうだな。珍しいどころか一回も聞いたことがない」
「勇者の鎧が作られたのはいつ頃?」
「伝説のレベルでしか伝わっていないが、少なくとも有史以前ということになるから、二千年よりも前だな」
「……!」
ぼくは逸る頭の中を一生懸命落ち着かせ、整理しようとする。
まず、勇者の鎧は二千年経っているのに現在も朽ちておらず、使えていること。
それはとても自然な金属の振る舞いとは思えない。
定期的にメッキをやり直してメンテナンスをしていたとしてもおかしな話だ。
また、以前の勇者の戦いぶりを見るに、魔法攻撃をある程度防ぐ効果や、動きを軽くする効果があるように思う。
それに関してはぼくのヨロイとイメージが被る。よく似ている。
そして、製作者は人間の国には珍しいリンドビオルという姓の者。
以上の三つの材料……これって……。
「なぜそんなに勇者様の装備に興味があるんだ?」
「いやいや、逆にみんな気にならないの? って聞きたいんだけど。
二千年以上経って腐らない金属の装備っておかしいと思わなかったの? しかもいろいろ不思議な力があるみたいだし。なんでって思わない?」
「誰も疑問には思っていないと思うが」
「えー、今こんな装備を作れる人っていないんでしょ?」
「いないだろうな」
「だったらなんで――」
「大昔の勇者が使ったという伝説の装備だぞ? そういうものなんじゃないのか?」
何というファンタジー脳だ。
そう思ったが、よく考えたらここは地球ではなかった。
ぼくは異世界人だから疑問に思うだけなのだろうか?
実はこちらの世界では、リンゴが地面に落ちるのを疑問に思わないことと同じくらいのレベルの話なのだろうか。
「……じゃあ、もう一ついいかな。いま、勇者から歴史の本をもらって読んでるんだけど。魔族については、二千年前より前のことは書かれてないんだよね」
「そうだろうな。おれもそこからしか教わっていない」
「じゃあどの歴史書にも書かれてないということでいいの?」
マッチョ男は黙って頷く。
「どの本にも、二千年前に魔国が建国された――そこからしか書いていないはずだ」
以前ルーカスからそう聞いていたような気もするが、やはりそうなのか。
「そっか。けど、建国できるということは、それ以前から魔族がいなければいけないよね」
「そうかもしれないが。そのあたりは城の学者の間でも明らかになっていないということだろうな。書かれていないということは」
「城の学者以外で誰か研究している人はいないのかな?」
「民間で、ということか? お前は知らないかもしれないが、民間で許可なく歴史研究をすることは禁止で、それを破って勝手に研究発表しようものなら異端認定だ。
そうしないと一部の研究者や編者にとって都合のいいように歴史を伝えられてしまう恐れがある。当然だろう」
いや、違う――。
都合のいいように歴史を伝えられることを防ぐため、ではない。
逆だ。
都合のいいように歴史を伝えるためにそうしているのだろう。
勝手な研究は禁止。異なる学説を発表すると異端認定。
地動説を封殺していた中世ヨーロッパの教会とやっていることがあまり変わらない。
二千年より前の魔族の状況。
そこには何か隠さなければ都合が悪いことでもあるのだろう。
それこそ、中世ヨーロッパの教会にとっての地動説並に都合が悪い何かが。
その何かは……まあ、だいたい想像は付くが。
「お前は変なことばかりを気にするんだな――あ」
マッチョ男の視線が扉のほうに。
そして少しばつが悪そうな表情をする。
……あ、そういうことね。
扉は閉まっているが、彼は気配を感じたのだろう。
ぼくは扉を開けて外に出た。
「あっ……」
いたのはもちろん勇者である。
「もー、堂々と入ってきたらいいのに」
「そ、そうだけど」
「ハイハイさっさと入る」
腕をつかんで無理やり中に入れた。
「兜を取りに来たんでしょ?」
「それもあるけど……」
「あるけど?」
「……国王陛下から、キミを連れてくるように言われた」
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