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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第六章 滅亡、そして……
  最終話 マッサージ師、魔界へ

 通路を抜けた先は、巨大で、明るい洞だった。
 突然とてつもなく広くなったせいか、見上げたまま、少しクラッと来た。

 視線を少しずつ下げていくと、洞の先には、まばゆいばかりの空と外洋が見えている。
 地下通路は、巨大な海食洞につながっていたのだ。

 とにかく大きく、自重でドームが崩壊するのではないかと思うほどだった。
 こんな規模の海食洞は見たことがない。

 ドームに入った地点から数十メートルほどだろうか。
 それよりも先は、広く海水に満たされていた。
 そして、その水の上に浮かんでいたのは――。

「あ……」
「これは……」

 ぼくと勇者は同時に声を漏らした。

 そこにはたくさんの船が、ひしめき合っていた。
 百人以上乗れそうな比較的大きな船から、十名程度しか乗れなさそうな船まで。
 まるで半地下にある港のような光景だった。

 なるほど……この発想はなかった。

 この大陸を捨てる。

 そういうことなのだ。

「見えている船はほんの一部だ。この洞の外にも入りきらない船がたくさん待機している。
 合計四百隻以上の大船団となる。生き残りの魔族で乗れる者はすでに全員乗った。お前が乗ったらすぐに出発するぞ」

「こっそり造っていたのはこれだったんだ……」
「ああ、もう間に合わないかと思ったが、ギリギリで何とかなった」

 ルーカスがそう言うと、兜越しに船を眺めていた勇者が、横でポツリとつぶやいた。

「……ここを……出ていくということなのか」

 そんな彼女に対し、ルーカスが声をかける。

「これが我々の結論だ。我々はここで滅びの道は選ばない。
 二千年前……私のご先祖様は、人間と魔族で国を分けることにより、種の保存を図った。
 今度は大陸を、世界を分けることで、種の保存を図ることになる」

「……」

 兜を付けたままの勇者は、何も答えなかった。
 もしかしたら、少しホッとしているのだろうか。
 なんとなく、ぼくはそう思った。

「でもよく種族ごと出て行くなんていう発想が出てきたね」

 この大陸以外に陸地はない。
 それがこの世界の常識である。

 船を商売道具として使っているドワーフですらも、
「少なくとも探せる範囲に陸地は存在しない」
 としている。
 この大陸が世界のすべてであり、その外という世界は存在しないのだ。

 だいたい、ぼくのいた世界だって、滅びそうな国が行くあてもない中で船で脱出、なんて例はなかったと思う。
 彼はどうして、この大陸を出るという考えに至ったのだろう。

「ふふふ、この発想はな……ヒントは人間からもらった」
「え?」
「え?」

 ぼくと勇者、声が被った。

「マコトが人間の国から持ってきた三冊の小説だ。あれを読んで、必ずしもこの大陸にこだわる必要はない――そう思った」

 三冊の小説、『ロードス鳥戦記』、『超合体体術ロボギンガイザー』、『気功界ガリアン』。そのような要素のあるストーリーだったとは知らなかった。

 実はイステールで貰った四冊の本のうち、ぼくが最後まで読んだのは歴史書だけだ。
 小説は時間の関係で結局三冊とも読んでいなかったのだ。
 ある勢力が戦争に敗れて脱出するとか、そのようなラストの話だったのだろうか。

「これは賭けでもある感じ?」
「その要素もあるが。まあしかし海の果てまで行けば、どこかには着くはずだ」

「んな適当な……しかもこの国にまともな造船技術はなかったはずだけど? 船は大丈夫なの」
「ふふふ、どうだろうな。一応資料はあったが、職人たちはほとんど未経験者だった。船は見よう見まねで造ったようなレベルだ」

「はー、あてもないし、船もやばい。不安しかないね」
「そのわりには悲観している感じではないな」
「うん。なんでだろうね」

 なんとなく、ぼくとルーカスは顔を見合わせ、笑った。

「ずーっと未来にさ、人間が新天地に来られるようになってしまったら?」
「そうだな。そのときまでには共存のための知恵を持つことを期待しよう」

「……持たなかったら?」
「ふふ、私の子孫が種の保存を図るはずだ」
「なんだそりゃ」

 ぼくたちは、また笑った。



「さて。ではマコトよ。私は先に船に乗っているのでな。勇者に別れの挨拶を済ませたらすぐにお前も来い。手前に見える一番大きなあの船だ」

 彼はそう言うと、船団の方角へ消えていった。
 そうか。勇者カミラ……彼女が見送ることができるのはここまでだ。

「じゃあ、ここでさよならだね」
「うん……」

 ぼくは兜を取った。
 彼女も取る。
 向かい合わせになって、じっと見つめ合った。

「これで……」
「うん」
「やっときみに付き纏われたり殺されかけたりせずに済むかと思うと嬉――」

 左の頬の痛みとともに、視界がブレた。

「イタタ……また叩かれたし……。最後まで変わらないなあ」
「キミが最後まで意地悪だしバカだからだよ!」
「あははは」

 あまり寂しいサヨナラというのは嫌だった。
 彼女の表情も硬かったので冗談を言ってみたのだが、まったく通じなかった。
 まあ、たぶん、マッチョ男がここにいたら「お前が悪い」と怒られたのだろうけど。

「これでさ、魔族との戦いは終わることになると思うけど。この先は、どうするの?」

「うん……もう勇者を辞めようと思うんだ。たぶんこれから、人間の国同士の戦いが始まることになると思う。でもそれには私は加わらない。
 鎧も返して、イステール以外の国に行って、それで普通に暮らすつもりだよ」

「……そうなんだ」
「マコトからの手紙を読んで、そう決めた」
「あの手紙、そんな大きな決断の参考にされちゃったのか。まいったな」

 イステールを脱出してから書いた手紙。
 手紙には、あの国で世話になった礼と、あとは、『きみも少しはやりたいことをやってもいいと思うよ』という文を最後に添えていた。

「でも決めたことであれば、陰ながら応援させてもらうよ。幸せに暮らせるといいね」
「うん。ありがとう」

「じゃあぼくは行くから。ここまで来てくれてありが――」
「あ、ちょっと待ってほしい」
「ん?」

 彼女が、真っ白な鎧のパーツを一つずつ外し始めた。
 何をするつもりなのか――というのは、さすがにぼくにもわかった。
 言われる前にこちらも真っ黒なヨロイのパーツを外していく。

 お互い鎧下だけの状態。
 彼女は目を少し伏せたまま、体を預けてくる。

 背中に手を回し、しっかりと抱き合った。
 彼女の髪が、ぼくの首をくすぐる。

「マコト……手もあったかいけど、体もあったかい……」
「そうかな」
「うん……」

 触れ合う右頬、密着する胸、回された腕、背中に当たる手。
 そのすべての感触を確かめた。

 しばしの時を過ごすと、ぼくは回していた手で背中を軽く叩く。
 名残惜しそうに、回していた手を外した彼女。
 一歩離れると、力を振り絞るようにこちらへ目を合わせてきた。

「これから……大変だろうけど、何があっても最後まで頑張って」
「ありがとう。頑張るよ」

 ぼくはヨロイのパーツをまとめると、「さよなら」と言って船へ向かった。

 一度だけ、船に乗る直前に振り返った。遠くで彼女が手を振っていた。
 ぼくも、手を振りかえした。



 ***



 一番大きな船。
 乗り込むと、メイド長やカルラ、他の弟子たちが迎えてくれた。
 もちろん、全員無事だ。
 そして、メイド長とカルラに案内され、船の中央部に行く。

「お、マコト。やっと来たか。遅いぞ」

 魔王がぼくの頭をくしゃくしゃかき回す。

「お前はこれからもこき使われるということでいいんだな? 船旅のときからしっかり働けよ? これだけ乗っていると狭くて体中コリそうだからな」
「ハイハイ、喜んでこき使われますよ」
「何だその態度は」
「イテテテ」

「ふふふ、マコトよ……私もお前に楽をさせる気はない。
 新天地では治療院もこれまで以上に頑張ってもらわなければならないし、それ以外のことでもいろいろ協力してもらうことになる。
 もしかしたら、さっき治療院で死んでいたほうがよっぽど楽だったと思うことになるかもしれないぞ?」

 そう言ったのは、いつの間にか魔王の隣にいたルーカスだ。
 もちろんぼくの気持ちは固まっている。

「覚悟はもうできたよ。何だってする」
「ふふふ、それでよい」

 ルーカスは満足そうに笑った。

 彼に学ぶことは大きかったと思う。
 お世辞にも『~長』や『~司令長官』というガラではなかった。
 本来は趣味に没頭してのんびり過ごしたい――そんな性格だ。

 しかし、彼はここまで立派に職務を全うしてきた。
 決して能力を十分に発揮できるような環境ではなかったはずだが、それで気持ちを切らせてしまうことはなかった。

 そして万策尽きたと思われてからも、ご先祖様の遺志を汲み、魔族という種の保存のため、最後まで諦めずに道を模索し続けた。

 その姿勢、そのタフさ、その粘り。見事だったと思う。
 ぼくも見習わなければならない。

 これから、船旅が順調に進むとは限らないし、新天地もすぐには見つからないかもしれない。
 そして見つかったとしても、みんなの生活を軌道に乗せるのはそう簡単なことではない。
 相当な困難が待ち受けているだろう。

 でも、ぼくもまだ役に立てる。やれることがある。
 本当に最後の最後まで、みんなと一緒に頑張ろう。

「ほう、マスコットよ。本当に何でもするのだな?」
「わっ。あ、生きてたんですか? 宰相様」

「ククク、当たり前だ……。私はな、新天地で作ってみるぞ、ケンポーとやらをな。お前も人間だから少し知識があるのだろう? そのときは手伝え」

「ええ、ぼくが知っている範囲でよければ、手伝いますよ」

 珍しく宰相がやる気だ。
 憲法についてはこちらも詳しくはないが、彼はそれこそ知識ゼロのはず。
 そのときには手伝わせてもらおう。



「じゃあそろそろ出発かな? リンドビオル卿」
「はい、魔王様」
「お前には感謝する……ま、ここを去らなきゃいけないのは残念だがな」

「ふふ、魔王様。ここはもう人間の世界です。この大陸はくれてやりましょう。
 魔族は魔族で、魔族だけの世界を――そうですね……『魔界』とでも申しましょうか。我々の新しい世界を、これから築くのです」

「ほう、『魔界』か……。悪くない響きだな」
「ありがとうございます」

 ルーカスはそう言うと、表情を引き締め、あらためて魔王に一礼した。

「魔王様。それでは号令を」

 魔王は「よし」と答え、軽く咳払いした。
 そして、外洋のまばゆい光に向かって、叫んだ。


「新天地『魔界』に向けて、出発――!」





『マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -』-完- 
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