【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第六章 滅亡、そして……
第68話 種の保存
「むむ……早いな。もう他の人間も来ているか」
治療院の外には、既に人間の兵の姿が見えていた。
数はまだ多くないが、いろいろな建物の窓や壁を壊しているようだ。
すでに生き残りの魔族は皆避難済みで街に姿がないため、建物に隠れていないのか確認しているのだろう。
今更ではあるが、一人残らず殺すという人間側の意気込みが伝わってくる。
「ここから魔王城まで駆け抜けることにしよう。邪魔する人間は私が吹き飛ばしていくことになるが……勇者はそれでも我々に付いてきてマコトを見送る気はあるか?」
スッポリと全身を布で覆っていた彼女は、すでに掴んでいたぼくの手を一段と強く握った。
「ふふ。聞くまでもなかったか。マコトよ、しっかりと手を引いてあげるがよい」
そう言うと彼は外に出て、魔王城の方角へ向けて走り出した。
ぼくも前が良く見えないであろう勇者の手を引き、走った。
「魔族がいたぞ!」
「そっちだ!」
「殺せ!」
ぼくたちはすぐに見つかった。
魔王城まで伸びる通りに、人間の兵が立ちふさがっていく。
ルーカスはそれらをすべて魔法で吹き飛ばしていった。
***
魔王城の内部には誰もいないようだった。
「……」
魔王城一階の奥にある石の扉。
その前に来た勇者が、かぶった布をほんのわずかに持ち上げ、不思議そうに首を動かした。
「ふふふ。これは昇降機だ」
ルーカスはそう言うと、右にあるスイッチに近づき、手をかざした。
重そうな石の扉が左右に開く。
その時――ぼくはたまたま後ろを見た。
たまたま、だ。
そのタイミングは奇跡と言ってもよかったかもしれない。
ちょうど、見えた。
装飾が施された太い柱の陰で、ルーカスに狙いを定めているであろう人間の弓兵が。
見た瞬間に体は動いた。
ルーカスの体の前に飛ぶ。
「くっ」
ものすごい衝撃とともに、大きな金属音がした。
矢が当たったのだ。
痛みは……ない。
貫通はしていない。
「マコト! 大丈夫か」
「マコト!」
ルーカスと勇者の声には答えず、ぼくは二人を抱えるようにして昇降機の中へ飛び込んだ。
そして叫んだ。
「扉閉めて!」
隠れていたのか、人間の兵士がわらわらと湧く。
十人……いや、二十人近くいるか。
一直線に昇降機に向かってくる。
見えないところから矢が飛んでくると、ぼくや勇者と異なり露出の多いルーカスは、万一のことがありうる。
治癒魔法も使えないほどの致命傷となればアウトだ。
ぼくは彼の前に立ち、姿を隠す。
扉は……ルーカスが魔力を込めたのか、ゆっくりと左右から閉まり始める。
いつもと同じスピードのはずなのに、やたらスローモーションに見える。
早く閉まってくれ。
先頭の兵士が剣を槍のように構え、閉まる扉の隙間めがけて突進してくる。
タイミングは、ギリギリだ……。
と思ったら、ぼくの右の肩当ての上に重さを感じ、その直後に人間の兵士が後ろに吹き飛んだ。
ルーカスがぼくの肩に肘を置き氷球を放ったようだ。
無事、扉が閉まった。
「ふぅ。助かったぞマコトよ、ありがとう。お前のほうは大丈夫か?」
「マコトっ、大丈夫?」
「うん。ヨロイで弾いたみたい。平気」
「そうか、よかった。私はマコトの治療院に行く前に階段を破壊して瓦礫で埋めてから来た。その後であの連中が来たのだな……。
魔王城一番乗りを果たしたはいいものの、昇降機の使い方がわからず、ひとまず隠れて魔族が来るのを待っていた――そんなところか」
「使い方を知っても動かせないのにね」
「ふふ、そう言われればそうだな」
魔力を持たない人間は、使い方を知ったところでどうしようもない。
「よし。では動かすぞ」
昇降機が動き始める。
当然ではあるが、勇者は今まで魔王城に入ったことがなかったため、この昇降機も初体験となる。
角に立っている彼女は、加速が付きだすと布を外し、頭をキョロキョロさせた。
やはり少し驚いたようだ。
ちなみに、ぼくも驚いた。
加速の瞬間、ほんの少しだけ内臓が突き上げられるような感覚があったからだ。
動いた方向は、上ではない。
「ルーカス。この昇降機、下に向かってるよね?」
「ああ、地下へ行く」
「……地下なんてあったんだ」
「ふふ。お前も初めてだったな。地下階の一番下まで行くぞ。ここからだとかなり深いように感じるが、ちょうど海面と同じ高さくらいだ」
王都は地図で見ると海に近いが、標高はそこそこあったようだ。
もっとも、日本でも台地や山が海に迫っているところは結構あるので、別に驚いたというわけではないが。
昇降機はかなりゆっくりと動いている。
到着を待っていたら、なぜか突然一つ、忘れていたことが頭の中に出てきたので、彼に言ってみることにした。
「ねえルーカス。一つ、思い出したことがあるんだ」
「なんだ?」
「この王都の名前『ミッドガルド』だけどさ。ぼくの世界では、意味は『人間の住む地』なんだよね……」
唐突な話題だったと思うが、驚かれることはなかった。
「ふふふ。この世界でも人間の国ではそれに近い意味のはずだが?」
彼はいつもどおりニヤっと笑ってそう答えると、勇者のほうを見る。
彼女は黙って頷くことで答えた。
「やっぱり名前を付けたのはルーカスのご先祖様?」
「まあ、そうだな」
「……」
魔族の都に『人間の住む地』という名前を付ける――
一体どんな思いを込めたのだろう。
本当は人間と共存したかった、という思いか。
それとも、魔族は人間の進化形、本当は自分たちこそが生き残るべき真の人間なのだという反抗的な思いからなのか。
「マコトよ。お前の考えていることはわかるぞ」
「……」
「そこにひねくれた意味はない。いずれまた一緒に住めるときが来れば――そのような希望から名付けたと聞いている。
ずっと先の世代になれば、共存のためのよい知恵をお互いに持つかもしれない。そのような希望も当時の魔族にはあったということだ……結局持つことはなかったわけだがな」
反射的に勇者のほうに視線を送ってしまったが、まずいと思い慌ててルーカスのほうに戻した。
「マコトよ。お前は、私のご先祖様が人間に騙されて魔国を建国したと思っているのだろう?」
「前にルーカスが『人間の罠だった』と言っていたと思ったけど。違うの?」
「それ自体はおそらく違わない。
悪条件を呑ませ、魔族を単一種族で不毛の地に隔離しておけば、いずれは弱体化していくだろう――そう考えた人間の罠であったことは間違いない。
だが、ご先祖様は決して騙されたわけではないと思っている」
「……? 他に手段がなかったということ?」
「そうだ。人間の提示した条件が罠であることは気づいていたのだと思う。だがそれを蹴って人間との混住を続けていけば、魔族という種は早い段階で滅ぶ。
よってご先祖様は『種の保存』を優先した――そういうことだったと私は考えている」
なるほど……。
「私のご先祖様は、建国以前の混住時代の話や魔国建国の秘話などを、直系子孫だけにはしっかり伝えるよう言い残している。
よって、私にはそれらについての知識があったわけだが……。私はその〝意味〟をずっと考えていた」
「……」
「もしかしたらご先祖様は、遠い未来に、魔族滅亡の危機が訪れることがあれば、自分がやったときのように『種の保存』のために動いて欲しい――
そのような遺志も込めたのかもしれない」
彼がそこまで言うと、昇降機が止まった。
ドアがゆっくりと開く。
目の前には――岩肌むき出しの、幅広い地下通路がまっすぐに伸びていた。
かなり暗かったが、その通路の先には、ほんの少しだけ薄明るい光が見えていた。
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