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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
  第59話 返ってきた矢文

 籠城八か月目。

 このままではまずい。それは確かなのだが、戦局が打開できる見込みはない。
 ひたすら望みのない専守防衛が続く。

 ルーカスもいろいろ模索はしたのだろうが……。
 この圧倒的戦力差では、こちらから攻めることもできず、策の立てようがない。
 どんな名将が指揮したとしても、どうすることもできないだろう。

 最近、ルーカスは少しやつれてきているようにも見える。
 一人であれもこれも考えないといけないプレッシャーがあるのだと思う。

 軍の他の人は何をしているのだろうと思うことがあるが、経験豊富で有能な将や参謀はもうほとんど残っていないと聞く。
 彼には肩書以上のモノがのしかかっており、気の毒にすら感じる。

 あまりぼくのところに来るときは態度に出していないようだが、たまに抜き打ちで城壁の上に様子を見に行くと、一人で考え込んでいることがある。
 その姿はしんどそうでもあり、見ているこちらもつらくなってしまった。

 もしかしたら彼が考えていることは、すでにこの戦で勝利する方法などではないのでは? と思ったりもする。

 どうやったらこのダルムントを一日でも長く持たせることができるのか。
 ここが落ちたら王都をどうするのか。
 どうやったら魔族という種の寿命を少しでも先延ばしにできるのか――。

 そんなことを考え始めているのかもしれない。



 ***



「は? 講和?」

「ああ。もちろん軍から提案したことではないが……ここの都市の長や文官たちを中心に、一度話し合いの打診をしてみてはどうかという声が高まっていてな。
 皆、籠城生活が長く続いているせいで我慢がきかなくなっているようだ」

 ルーカスが渋い顔で臨時施術所に現れたので、悪い知らせだろうとは思ったが。
 予想もしないようなことだった。

 いったい何を言っているのか、と思う。

 何のために人間が三十年前から莫大なエネルギーを費やして侵攻を続けてきたのか。
 何のために人間が今こんな遠隔地にまでわざわざ大軍を派遣してきているのか。

 すべてはこの世界から魔族を消すためだ。

 それを今さら話し合いの場を作るための交渉?
 どういう神経をしているのだろう。

 もっと言えば。
 ルーカス以外の魔族は知らないのかもしれないが、二千年前に魔国建国の申し出を認めたこと。二千年以前の魔族の存在を歴史から抹消したこと。
 これらだって、将来的に魔族を根絶するためにおこなったことだ。

 二千年の時をかけた人間の策。
 現在はもうその最終段階に入っている。

 すでに魔族側が条件を譲歩すれば講和が、などという状況ではない。
 万に一つ、いや億に一つも、人間側が交渉に応じる可能性などないと思う。
 人間側は魔族の最後の一人が死ぬまで戦いをやめないだろう。

「知らんぷり……できないの?」

「私も魔王様もそうしたいと考えていたが……宰相も押し切られたようで無視できなくなった。一応かたちだけ話し合いの打診をしてみることになっている。
 相手にされないのは目に見えているがな」



 ***



「矢文が返ってきました!」

 人間側から文書が返ってきた――
 その知らせが来たのは、ちょうどぼくが城壁の上の指揮所にいるときだった。

「一蹴されたのだろう?」
「いえ……条件付きで話し合いの場を設けるという返事です」

 え?

「何? どういうことだ?」

 ルーカスはそう言って手紙を受け取り、自らの目で確認をする。

「これは……」

 彼は眉間に皺を寄せ、読み終えた後は額を抑える仕草を見せた。

「どうしたの? ルーカス」

 思わず横から聞いてしまった。
 ぼくは軍の幹部でも何でもないため、指揮所であるこの場所でこんなことを聞いて口を挟むのは、本来あまりよろしいことではない。

 だがルーカスは、
「お前にも関係がある。読んでみるがいい」
 と言って手紙を渡してきた。

 手紙に目を通す。
 確かに、手紙の最初に書いてある。

『魔国ミンデアが希望するのであれば、ドワーフ港商館にて会談に応ずる』と。

 ドワーフ港。
 もともとダルムントは、ドワーフの商人が出入りする商業都市だった。
 ここから少し離れたところに港があり、ドワーフ国籍の船が定期的に来ていると聞いている。

 ドワーフの国は大陸の南東に浮かぶ島にあり、人間側でも魔族側でもなく中立だ。
 港にある商館も、ぼくがいた世界の大使館に近いような性質を持ち、その敷地内はドワーフ国本土に準ずる扱いがなされているらしい。
 そのため、今はダルムントが人間に攻められている状況であるが、港や商館は無事のはずである。

 しかし……。
 人間側がここにきてあっさりと話し合いの場を持つことに合意する――。
 あまりに不自然すぎる。真意が謎だ。

 本気で恒久的な平和を望んでいるとは考えにくい。
 何か裏があるのか。それとも人間の国で何か起こっており、遠征している場合ではなくなったのか。
 手元に新情報がないのでさっぱりわからない。

 手紙の続きを読んでいく。

 ……。
 …………!

『出席者はお互い数名程度とし、代表者は全権を委託された者とする。また、マコトは出席必須とする』

 そう書いてあった。

「なんでぼくの名前が……」
「ご指名ということのようだな。意図はわからないが、あまりよい予感はしないな」
「……」

「人間にどう返事するかについては、外交のことなので軍では決められない。
 また会議をすることになるが……お前にも出てもらうぞ、マコトよ」 
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