【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
第60話 時限爆弾
「これは罠の可能性があると思われます」
ダルムントの庁舎にある会議室で、ルーカスが出席者を見回しながらそう発言した。
楕円のテーブルを取り囲んでいるのは合計十一名。
王都組は魔王、宰相ディートリヒ、軍司令長官ルーカスの三名。
ダルムント組は、領主である壮年の男と、その部下である軍務職の長が一人、そして政務職の長が六人である。
ぼくは身分が身分ということで、同じテーブルには座らず、入口近くの壁のところに粗末な椅子を置いてポツンと座っている。
会議が始まるときに、「今回の文書に関係が深い人物なので傍聴させます」とルーカスから説明済だ。
「マコトについての詳しい説明は、皆様すでにご存じかと思われますので省かせていただきますが、もし今回の話が罠であった場合、人間の狙いはおそらく彼の暗殺です。
彼を欠くことは軍にとって痛手となりますゆえ、安全が保証できない以上、私は今回の話に乗るべきではないと考えています。いかがでしょうか? 領主殿」
ルーカスはそう言い、領主のほうに振った。
前から思っていたことではあるが、魔国は中央集権制と封建制の『悪いとこ取り』をしたような構造となっており、意思決定という面では致命的な欠陥を抱えている。
国としての軍があるにも関わらず、その軍は派遣先において、都市の領主に了承をもらいながら軍事方針を決めなければならない。
魔王や宰相すらも、その土地の領主を完全に無視することはできない。
どうも、『誰かが強いリーダーシップを発揮する』ということが起きにくいような体制になっているようなのだ。
平和な時はそれでよいかもしれないが、有事の際は障害にしかならない。
昔からずっとそうらしいので、これもルーカスの先祖が決めたということになるが……。
武器職人だったルーカスの先祖が、自分で国の制度を考えたとは思えない。
これも人間から贈られた時限爆弾だった可能性が高い気がしてしまう。
振られたほうの領主は、唸り始めた。
「うーむ……悩ましいな。もし罠でなかった場合、講和の機会をこちらから潰すことになってしまう」
さすがに領主は「人間なんだから別に暗殺されようが構わんのでは?」とまでは言わない。
ぼくにはそれだけでもありがたいことなのかもしれない。
「それでもなお、危険が少しでもある以上は見送るべきというのが軍の意見です」
「リンドビオル卿の言うことはわからぬでもないが。では戦局打開の代案はあるのか?」
「それは……」
そこを突かれてしまうとルーカスは言い返せない。
なぜなら代案などあるわけがないからだ。
もう状況は詰んでいる。
食料もそろそろ不足となる。このまま籠城していても飢えて死ぬだけなのは事実なのだ。
場はそのまま静まり返ってしまう。
領主は沈黙を咳払いで破ると、「そうだ」と言ってぼくのほうを向いた。
「マコトとやら」
「はい?」
「まずは領主として、この都市の防衛に力を貸してくれていること、深く感謝する」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それで……どうなのだ? お前自身は人間側から指名を受けてどう考えている?」
領主のその質問に、他の文官からも次々に「そうだ。本人の考えはどうなのだ」という声があがる。
そしてルーカスの眉間が少し寄るのがはっきりとわかった。
彼にとっては想定外の流れになったようだ。
この流れでそう聞かれてしまうと、
「なんでみんなのためにぼくが危険を冒さないといけないんです?」
なんて言える人はいないだろう。
まあ……もちろんぼくは最初からそんなことは思っていないし、言うつもりもない。
もう気持ちは固まっている。
「ぼく、行くのは全然かまわないですよ」
「だめだ!」
突然挟み込まれる女声。
ぼくと領主が「えっ?」と言って声の主のほうを向く。
「……? 魔王様、いかがなされましたか?」
「あ、いや、何でもない」
なんとなくこの魔王の奇行には既視感があるような気がした。
具体的には思い出せなかったが。
領主は気を取り直してこちらに向き直る。
「ええと、お前は構わないと思っておるのだな?」
「はい、領主様。人間側の文書の内容が信用できるのかどうか、それはぼくにはよくわかりません。
ですが、罠じゃない――何かの事情で人間側にとっても一時的に休戦したほうが都合がよい状況になっているという可能性だって、少なからずあるわけですよね。
ならばやってみるというのは別におかしな話じゃないと思います。罠の危険があるならば、魔族の人は出さずに、ぼく一人でも構いません」
「マコトよ。嫌なら嫌と言って構わないのだぞ」
「ぼくは別に嫌じゃないよ。大丈夫」
ルーカスは助け舟をくれたが、「嫌じゃない」というのは本当だ。
だいたい、万一嫌であろうが、ここでぼくが「嫌だ」というと、おそらく会議は紛糾する。いつまでも終わらない。
最悪、軍とダルムント側で内輪揉めが始まって内部崩壊するだろう。
ぼくにとって魔族は患者で、手伝わせてもらいたいという対象だ。そんなところは見たくない。
ルーカスと魔王は下を向いてしまった。
宰相もやや微妙な顔になっている。
「リンドビオル卿。本人が行ってもよいと言っておるが」
「……」
ルーカスは諦めたような表情で顔を上げると、一つため息をついて領主に答えた。
「わかりました。では私はこれ以上の反対はいたしません。
ですが、彼だけを行かせるわけには参りませんので、今回の交渉の席には私も同席させていただきます」
「え? ちょっと待――」
ぼくは即座に異議を挟もうとしたが、ルーカスに手の平を向けられて止められてしまった。
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