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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
  第58話 大地に愛された人間

 撃ち込まれた布や、動物の死骸、糞の焼却。
 そして、今後の対応方針の伝達。
 ダルムントの城壁内はにわかにドタバタとなった。

 布は、やはり伝染病に汚染されていた。
 どんな伝染病なのか知る由はないが、布を触って隔離された魔族は高熱を出し苦しみ続け、快方に向かう気配はないようだ。

 こうなると、隔離をされている者以外も怪しい症状が出た場合には、『疑わしきは罰する』で周囲の人間も含めすぐに隔離という対応を取らざるを得ない。
 現状、民間人に至るまで総動員体制であるため、籠城が長引けばジワジワと効いてくる可能性がある。

 動物の死骸および糞尿については、すぐに焼却したために今は被害が出ていない。
 だがやはり今後は警戒のためにエネルギーを割くことになる。
 特にときどきおこなわれる力攻めの際、注意がおろそかになって見逃すことがないようにしなければならない。

 病気を蔓延させる――医療分野の発達が遅れているという魔族の弱点を突いた戦法だ。
 合理的ではあるのだろうが……。



「なにか人間たちをギャフンと言わせるような反撃手段はないのかな」

 一連の騒ぎの処理も一通り落ち着いたある日。
 ルーカスが臨時施術所に現れたときに、ついそんなことをぼやいてしまった。

「人間とは思えん発言だな。マコトよ」
「ぼくの世界じゃ許されないようなことをやってきてるからね」
「ふふふ、よい世界だったのだな」

「やっぱり今はひたすら耐える以外はない感じなの?」
「そうだな。補給路を狙うにしても、相手がダレて油断してきたときのほうがよい。
 まあ、お前のおかげで今日明日に疫病蔓延で大惨事ということは防げそうだ。もう少し頑張ろうではないか」



 ***



 籠城は三か月以上に及んだ。

 城壁を挟んでの小競り合いにも、昼夜を通して飛んでくる投石にも、なりふり構わぬ疫病攻撃にも、なんとか耐え続けていた。

 人間側の兵力は最低でも五万以上とされる。

 周辺は乾燥した荒廃地であり、物資や食料を現地で調達することは不可能。
 一番近い人間側の拠点であるリンブルクも、それらを満足に用意することはできない。
 よって人間側の補給は本国からになるが、補給線は非常に長くなる。

 そして、人間の兵は敵地であるこの魔国で野外生活をしなければならない。
 その環境はお世辞にもよいものではないはず。

 攻城戦が長引けば人間の軍の負担は増し、付け入る隙が出てくるのではないか――
 そう思われていた。

 が……。

「……なんかもう、凄いとしか言いようがないというか」
「うむ。ここまでやってしまうとはな。完全に予想の上を行かれた」

 ぼくとルーカスは塔の窓から外を眺める。
 人間の陣地は、この三カ月で大きく変貌を遂げた。

 まず、人間の軍は広大な畑を造ってしまった。

 一様な畑ではない。
 普通に見える畑もあるが、白く見える畑――小石のようなものが一面に敷き詰められている――や、ところどころにある樹木を囲むように円形に作られている畑、扇状で端に低い仕切りのようなものがある畑など、バリエーションに豊んだ農園だ。

 魔族にはこの地で本格的な農業をする技術はない。
 基本的に農地は川や水堀のすぐ近くの限られた土地にしかなく、小規模な畑作や牧畜をする程度である。

 人間は農学や土木工学の分野においても魔族よりずっと進んでいる。
 補給の負担を軽減するために農地を造成するということが予想できなかったわけではなかったが、ここまで規模の大きな農園を完成させられてしまうと、ぼくもルーカスも唖然とするしかなかった。

 さらに……。
 もう『砦』と呼んでもよいのでは? と思うくらいの立派な前線基地まで設営されてしまっている。

 兵舎もあり、人間の兵は生活の質まで向上している雰囲気である。
 長期間の野外生活による疲弊すら期待できなそうだ。

「これ、まずいよね?」
「ああ、まずい。我々はただ守っていればよいという状況ではなくなった。このままではこちらが先に潰れることになる」

 人間側の弱点である、補給の問題を突くこと。
 唯一の勝機かも知れなかった手が使えなくなってしまったことになる。

 畑を潰すために打って出るにしても、兵力差は絶望的。
 そしてリンブルク防衛戦の頃とは違い、有力な拠点はすでにほぼすべて人間に奪われている。まともに呼べる援軍も存在しない状況である。
 苦しくなったようだ。

「しかし……あの畑は素晴らしいな。
 詳しくはわからないが、蒸発を防ぐ技術、塩類集積を防ぐ技術、痩せた土でも育つ品種、乾燥や塩分に強い品種……我々にないものが沢山盛り込まれているに違いない。
 人間はこの不毛の地すらも楽園に変える力を身につけたということだ」

 ルーカスは農園を眺めながら、そう賛辞を述べた。

「この大地に愛されているのは我々魔族ではなく人間――そういうことなのだろう」 
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