【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
第55話 ダルムント防衛戦、開始
都市をぐるりと囲んでいる城壁には、等間隔で見張りのための塔がある。
今回も、臨時施術所はその塔の一つの中に設置された。
ひとまずは、敵が殺到するであろう城壁北側にある塔に、ぼくとその弟子は入っている。
敵の動き次第では臨機応変に施術所を移動させたり、場合によっては二か所もしくは三か所に分けることもあると思う。
施術は回転率重視。
今回もベッドではなく座位でおこなうため、小学校の教室程度の広さのフロアにスツールが沢山置かれている。
「マコトよ。準備はよいか」
前回の戦と同様、ルーカスが最終確認のためにやってきた。
「うん。ぼくも弟子たちも準備できてるよ。安心して」
「ふふふ、いつも負担をかけて悪いが頼んだぞ……。お弟子様がた、よろしくお願いします」
弟子たちにはカルラをはじめ身分の高い者も混じっている。
そのため、ルーカスはそちらのほうには丁寧な言葉遣いで声をかけた。
それに対し、弟子たちは「はーい」というゆるい答えを返している。
「ルーカス。人間側は今回は近寄って来ずに、いきなり櫓を組んで投石で来るのかな?」
前回の戦では人間側の最初の力攻めはうまくいっていなかった。
そのため、その可能性が高いような気がして聞いてみた。
しかし、ルーカスは異なる予想を立てていた。
「どうだろうな。普通に攻めてくる気もするが……お前がここに来ているのかどうか確認するためにな」
***
ルーカスの読みが当たり、まずは正面に力攻めで来た。
塔の窓からは、人間の軍がよく見える。
人間側は、各自魔法を防ぐ盾を持って城壁に接近してきた。
丸太を浮きにして水堀を渡ってくる兵士や、筏を組んで渡ってくる兵士に対し、城壁上の魔族の兵から無数の氷球が浴びせられる。
うまく防げず水に沈んでゆく者多数。
しかし、圧倒的な数の力で一人二人と渡りきる者が出てくる。
あっという間に城壁に人間の兵がまとわりついてきた。
ルーカスから指示が出ていたのだろう。
魔族側はパッと役割が分かれ、堀を渡る敵兵には氷球が飛び、梯子やロープで城壁を登ってくる敵兵には火球が飛ぶ。
効率よく敵を退けているようだが、どの兵士も贅沢に魔力を放出している。
ぼくのいる臨時施術所もすぐに忙しくなるだろう。
「まもなく魔力切れの攻撃隊がここにやって来ると思います。心の準備をお願いします」
弟子たちから「はい」と返事がくる。
「フィンくんはこのフロアの警備を頼むよ」
「はい!」
弟子の中で、フィン少年だけはまだ日が浅く、施術ではまだ力になれない。
だがこの少年、馬鹿力もさることながら魔法の腕も相当なものであり、身のこなしも良い。
また勇者パーティが潜入してくることも考えられるので、このスペースの警備をお願いすることにしていた。
装備もかなりしっかり固めてもらっている。
恐らく勇者と一対一で戦うことになってもある程度は張り合えると思う。
勇者……。
高確率で今回も来ているだろう。
会わないことを願うしかない。
ぼくがイステールから脱走した件、基本的には賊の犯行である。
なのであの脱走事件が彼女の責任になっていることはないと思うが、「次は捕らえず即殺せ」という指示は当然軍から受けているはず。
……。
ノイマール南の会戦で初めて会った時、ぼくが人間であると知り、兜越しでも伝わってくるくらい動揺していたこと。
そして、イステールでぼくの首を斬れと命令されて躊躇していたこと。
そんなことを思い出してしまう。
イステールにて勇者という称号は、当たり前かもしれないが、人間と戦うためのものではないと聞いている。
よって、勇者としての力はあくまでも人間の敵である魔族を滅ぼすための力である――
そのように勇者候補生に対しては教育していたはず。
つまり、幼少の頃から「勇者とは何ぞや」ということを叩きこまれている彼女からすれば、本来ぼくは戦う対象ではないのだ。
それでも彼女は国には忠実なので、最終的に命令には従うと思うが……あの性格だ。恐らく吹っ切ることは難しいだろう。
戦うときの彼女の心情をおもんばかると気の毒すぎる。
それこそ不眠症再発は不可避であるに違いない。
やはり今回はお互いに〝会わない〟ということがベストのようだ。
向こうも「できれば会いたくない」と思っているに違いない。
いろいろ空気を読んでくれて、ぼくの前には現れない……それを期待していいかもしれない。
そのようなことを考えていたら、魔力を回復しに来た魔族兵が臨時施術所にやってきた。
さっそく施術にかかろうとした……が。
「ククク……これはカルラ様、ご機嫌うるわしゅう」
「うん。うるわしいよー」
出たあッ。
「宰相様、ここは危険です。もっと後ろにいらっしゃったほうが」
「クックック、お前ごときに指図される謂れはないぞマスコット」
「マコトです」
「フン、どちらでもよい……。主人が軍のトップになったとはいえ、お前が奴隷である事実は変わらんぞ? 控えるがよい」
「いやホントに危ないんですよ。前もこんな状況で勇者が乗り込んできたんですから」
「そうなった場合はお前が勇者をくいとめよ。私はその間にカルラ様以下全員を避難させようぞ」
「まあ本当にそうしてくださるのであれば、ぼくとしても歓迎ですが」
「ククク、私は宰相だ。宰相は魔王様を補佐する国民最高の地位である。
それは同時に最強の国民ということも意味するのだ。その程度は造作もないこと」
ずいぶんと威勢はよいが、怪しいことこの上ない。
今まで戦ってるところなど一度たりとも見たことがない。
だいたいここに普段の恰好でフラフラやってくるというのは危機感がなさすぎる。
この前の魔王もそうなのだが、防具くらい着けてきてほしい。
立場が立場なので、捕まって人質として利用されてしまう恐れだってある。
……あ、この人に構っている場合じゃないな。
どんどん施術していかないと。
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