【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
第56話 新手
塔にある臨時施術所。
施術中はやはり魔族兵のあえぎ声で騒がしかった。
誠に失礼ながら、何となくイメージしてしまったのは、夏の田舎の田んぼ――カエルの大合唱である。
その騒音も、一度人間側が後退したことによりいったん収まりをみせた。
ルーカスの仮説が正しいならば、魔族兵の魔力がなかなか尽きないということがわかったので、一度撤収したということになる。
つまり人間側は、ぼくと弟子一同がここにいると判断したわけだ。
塔の窓から、人間の兵が後方に下がっていく様子を眺める。
仮にこの防衛戦で大勝したとしても。
三十年に及ぶ侵略計画が……いや、人間が仕掛けた二千年の計が瓦解するとは思えない。
人間側は戦術的な敗戦が一つ二つあったところで、何度でも軍を再編成して攻めてこればいい。
魔族側としては、単に局地戦に勝つだけでは流れは変わらない。
もちろん負けるのは論外なので、どのみち目先の勝利にはこだわらないといけないのだが……。
ときどき、ふと考えてしまう。
何か流れを変えるような逆転満塁ホームランのような手はないのだろうか――と。
「ククク、何を考えている」
うーん……。
「やはり人間のところへ帰りたいとでも思ったか?」
流れを変える一発。
あるとすれば…………勇者を倒して鎧を回収?
そうなれば人間側の意気消沈は間違いないが……。
「のうマスコットよ。お前達人間が敗走する姿というのはいつ見ても愉快ではないか」
いやいやいや。何てことを考えているんだ。
そんなことは頭の中で思いつくことすらも許されないだろう。
仮にも勇者はぼくを牢から出してくれて処刑にも反対してくれた恩人である。
だめだ。いま考えるのはやめよう。
こんな最低な思いつきしか出てこないようでは――。
「おい! 聞いておるのか?」
「え? あ、すみません聞いてませんでした」
びっくりした。宰相に話しかけられていたのか。
施術でバタバタしていたときもずっと騒がしかったので、消音設定をかけたままだった。
「まったく……人間らしい不義理な態度よの」
いや、宰相に義理はそこまでないし。
「申し訳ありません、と言いたいところなんですけど。
さっきも戦いが始まっているのにずっとここにいましたよね。しかもそんな軽装で。いるならいるで防具くらいは着けてきてくださいよ」
「フン、その態度はいかんな。私は宰相であるぞ」
「その前に、これ戦争ですよ? わかってます?」
「フム、お前は別の世界から来たと言っていたが、戦争経験が豊富なのか?」
「豊富なわけないでしょ、平和だったんですから」
「ホウ、戦争経験の浅い者が戦争を語るとは愚かな。なるほど思考も浅層で止まるということか」
「あのねぇ……そうやって口だけでその地位まで上り詰めたんですか?」
「宰相は最強の国民だと言ったはずだぞ? 実力に決まっておる」
「最強だか最凶だか西京漬だか知りませんけどね、ここはほぼ最前線ですよ? 常識的に考えて宰相がいるべきところじゃないでしょうに」
「ククク、そのようなことは戦の経験が豊富な私たちが言うことだ。お前が言ったところで滑稽でしかない」
「いやそんな自慢されても困るし。ぼくの国は憲法で戦争禁止の国だったんで経験ないのは当たり前なんです」
「ケンポー? なんだそれは」
「国のあり方を決める一番基本となる法です。それがあると代表者が変わっても国はブレないんです。知らないとは遅れてますね」
「フン、どうせ人間が作ったモノであろう? ろくなものではないはずだ」
「ねー二人ともなんでけんかしてるのー?」
むむむ。カルラから突っ込まれてしまった。
弟子に見苦しいものを見せてしまったか。一度収めよう。
「で、結局何の用だったんですか?」
「クックック、お前ら人間の敗走が愉快という話に決まっておろう」
「……」
うっざ。
「見つけた。やはりこちらにいらっしゃいましたか」
お?
階段から現れたのは、宰相よりもかなり若いが、落ち着いた雰囲気の男だった。
リンブルク防衛戦でも臨時施術所まで宰相を連れ戻しに来た従者である。
「宰相様。鎧も着けずこちらにいらっしゃるのは危険です。一度戻ってください」
ほら見なさい。
「お前はこの人間と言っていることが同じだぞ。無礼な」
「人間が我々に物申すというのはある意味貴重でもあります。普段は何も言わずに斬ってくるわけですから」
「むむむ……」
「斬られなくて幸いでしたね」
「……お前、左遷先はどこがいい?」
「左遷先になりそうな土地はもう全部人間に取られましたが何か?」
従者は怯まない。
「ん? なんだ宰相も来てたのか」
今度は階段から魔王も現れた。
何なんだ。次から次へと。
しかも魔王も防具を着けていない。
前回の戦で何が起きたのかもう忘れたのだろうか……頼むから学習してくれ。
「魔王様、防具を着けてから出直してきてください」
「なんだと。私は魔――」
「い・い・か・ら・着・け・て・く・だ・さ・い」
***
やはり今回も人間側は投石用の櫓を組み始めた。
また前回と同じく、六基用意しているようだ。
説明に来たルーカスの話では、この辺りは石材の調達がリンブルクほど容易ではないとのこと。
そのため、六基フル稼働体制ではそんなに長い時間射撃し続けることはできないのでは? という見立てをしているようだ。
それならひたすら射撃に耐えて籠もっていれば大丈夫なのかなとも思ったのだが。
「いや、恐らく同時に何か新しい手を打ってくるだろう」
とルーカスは言う。
前回の下位互換の攻撃力しかないのであれば、ただそれだけをおこなうということは考えにくいのだとか。
ルーカスが持ち場に戻ってから、ぼくは再び塔の小窓から人間の陣地を見た。
投石の準備が整っているなという程度のことしかわからない。
そして下の水堀を見る。
川に繋がっているので人間の兵の遺体や大きなゴミは流れてしまったのか、きれいな状態に戻って……あれ?
何か小さいものが沢山浮かんでいるような。
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