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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第四章 魔族の秘密
  第39話 リンブルク陥落と、勇者の鎧

 翌日朝、リンブルクが落ちたという情報が入った。

 みんなの身が心配だ。
 無理なのはわかっているが、知らせを聞いたときはすぐ向こうに飛んでいきたい気持ちだった。

 立てこもっていた魔族の軍や住民はどうなったのか――。
 ぼくは、連絡に来た人間が帰ろうとしたところを引き留め、そう訊いた。

「魔族の民間人についてはほぼ全員を捕らえ、殺すことに成功した。軍については一部逃してしまったものの、少なからぬ打撃を与えたと聞いている」

 最悪に近い回答が得られた。
 ルーカスであれば民間人を逃がす策くらいは考えていたはず。
 大量に逃げ遅れたということは、また誰かに足を引っ張られて思い通りにいかなかったのではないか。

「なんで、殺すんだろうね」

 ぼくは壁際にある机の椅子から後ろを振り向き、ベッドのところで指圧の練習をしているマッチョ男に聞いた……いや、愚痴をこぼした。
 彼は親指を枕に押し付けながら、顔だけこちらに向けた。

「なぜ殺さないんだ?」

「何よその返し……」
「そう言われてもな。戦争だから殺すのは当たり前だろう」

 ……。

「ぼくのいた世界では、敵の捕虜を殺したり、民間人を不必要に殺すことは禁止されてたよ」
「なんだそれは? そんなことに気を遣うなら最初から戦争しなければいいだろう」
「それはまあ、そうなんだろうけど」

 あまり戦争を真剣に考えたことがないぼくは反論できない。
 一度、顔の向きを元に戻す。
 机の上には、開いたままのイステールの歴史書がある。まだ読み途中だ。

「それより、姿勢を見てほしいのだが」

 今度はそんなことを言われたので、体ごと後ろに向けた。
 もうすぐお昼になりそうな時間なのだが、彼は朝からずっと練習している。

 ぼくが教えたのは、「肘を伸ばすといい」という一点だけ。

 彼に「教えてくれ」と頼まれたとき、まずはフォームを確認させてもらった。
 そのときは、彼は顔を近づけすぎていた。
 肘も曲がり、背中も丸まって、指に体重が乗せにくい状態になっていた。
 アマチュアの人がよく陥る現象だ。
 それでは手の力だけで施術をすることになってしまい、体の芯に届かず、効果は半減する。

 改善するのは意外と簡単で、「肘を伸ばす」だけでいい。
 そうすると背すじも伸びるし、体重をかけやすくなる。
 手の不必要な力も抜けやすく、まるでプロの指圧のようになるのだ。

 もちろん、手技は指圧だけではないし、学科で習う知識的な部分も大切なので、施術者としての力が一日二日で付くということではない。
 しかし体の芯まで届く指圧というのは、割と少しの改善でできるようになる。

 いま彼の姿勢を見ていると、格段に良くなっていることがわかる。

「うん、バッチリ。覚えが早いね」
「そうか」

 ずいぶんとうれしそうだなと思いつつ、机に再び向かおうとした。
 そのとき――。
 コンコン、とノックの音がした。

「どうぞ」
「どうぞ」

 ハモった。
 ドアを開けて現れたのは……兜をつけた勇者だった。



 ***



「あのねえ……今さら兜つけて何がしたいのさ」
「そ、そうだよ、ね」
「わかってるならさっさと脱いで」
「あっ」

 紐は締めていなかったようで、ぼくが兜を掴んで上に引っ張ると、スポッと抜けた。
 出てきたのは少し慌てたような勇者の顔。
 そして兜につられていた、わずかに茶がかかった黒髪が、少し遅れてフワリと落ちてきた。

「……」

 彼女は目を逸らせて斜め下を向いてしまう。
 普段のように堂々としていてよいと思うのだが。

 とりあえず用があって来たのだろうから、スツールに座ってもらった。
 マッチョ男も練習を中止して隣に座る。

 ぼくも勇者の兜を逆さまに抱えたまま、向き合うように座った。
 あらためて勇者の顔を見てみると、だいぶ血色がよい。

「その感じだと、眠れたようだね」
「よく眠れた。ありがとう。キミのおかげだよ」
「どういたしまして」

 やっと顔を合わせてくれた。
 視線が合ったことで調子が戻ったのか、そのままずっとこちらを見続けている。
 逆にこちらが少し照れくさくなったので、何となく一度マッチョ男のほうに視線を移した。

「おれからもあらためて礼を言う。ありがとう」
「いえいえ」

 視線を向けたのはそんな意味ではなかったが、礼を言ってきた。
 彼も彼女の様子を見て安堵しているようだ。

「で、今日は何の用事なの? 礼を言うためだけに来たんじゃないんでしょ?」
「うん。私はキミへの説得役でもあるから」

 ああ、なるほど。

「……情報提供をして人間に協力してほしい」

 やはりそうだ。
 軍としては、魔国に関する情報提供をさせなければ、ぼくを生かしたまま連れてきた意味はないのだろう。
 もちろんこちらにその気はまったくないが。

「牢から出してもらって感謝はしてるんだけどさ。やっぱり人間に情報提供するというのは無理だよ。患者を売ることになるからね。何度言われても無理」
「……」

 勇者が詰まってしまったので、今度はマッチョ男が続いてくる。

「お前、ずっと情報提供を拒否し続けると、やはり魔女として処刑されることになるぞ?
 これは脅しなどではない。軍は本気でそうするつもりだろう。今の状態もあと何日続けられるかわからない。
 どこかで気持ちを整理して人間側に協力しなければ、お前の人生が終わってしまうことになる」

「まあ、それで終わってしまうなら仕方ないね」
「なんで!」

 勇者が叫ぶ。

「だって魔国に戻りたいとしか思ってないし。それが無理なら――」
「魔国の都市は次々と陥落している。堅牢で知られるリンブルクも落ちた。
 おそらくお前が戻ろうがもう流れは変わらん。魔国滅亡の日が先延ばしになるだけだ。それでも今から戻ることに何か意味があるのか?」
「あるよ? 前も言ったことがあるかもしれないけど、患者さんが待ってるんだから」

 二人の表情はすでに硬い。
 空気も重たくなってきているのを感じる。

「……もしかして、キミは……脱走を考えていたとか?」
「うーん、マッチョ男にずっと見張られているからなあ。まあ逃がしてくれるんなら喜んで逃げるけど」
「そんなことはできないぞ」

「まあそうだよね。脱走するなら戦うことになるかな。勝てる気しないけど」
「……もし脱走となると、キミを再度捕らえなければならなくなる」
「そうだろうね」
「そのときは処刑以外の選択肢はなくなるんだよ?」
「それもそうだろうね」

「なんでなんだ……ここで人間に協力すればいいだけの話なのに。キミはあっさりしすぎだ! 意地を張って無駄死にしてもいいの!?」
「うん」
「バカ!」

 左の頬を引っぱたかれた。
 勇者はそのまま部屋を出て行った。

「イテテ。叩かれちゃった」
「お前が悪い」
「はは」

 頭を掻こうとして、勇者の兜を持っていたままだと気づいた。

「あ。彼女、兜を忘れていったね」
「ああ、すぐ気づいて取りに来られるだろう。勇者様本人が来るかどうかは知らないがな」

 ひとまず机の上に置いておこうと思い、立ち上がろうとした。
 しかし――。

「あれ?」

 兜の内側に、小さく何か彫ってあることに気付いた。
 製作者の名前だろうか?

「……!」
「どうした?」

 オスカー・リンドビオル。そこには、そう彫ってあった。
 これは……。 
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