【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第四章 魔族の秘密
第34話 渡された本
意識が戻ったときには、手足の鎖が解かれていた。
体中の痛みをこらえて起き上がり、周りを確認する。
牢の中はぼくだけだ。棒叩きの人はもういない。
……あれ?
格子の外すぐ前には、鎧姿のままの勇者がいた。
体育座りのような形で、こちらに背中を見せるように格子に寄りかかっている。
ぼくが起きたことに気づいていないのか、こちらを向く気配はない。
ちょっと勇者に一言文句でも言って、からかってやろうと思った。
「きみは『マッサージがやりたければイステールでやればいい』って言っていたけど、全然そんな雰囲気じゃないじゃないか」と。
もちろん、冗談で、だけど。
人間が一人だけ敵対種族に協力していた――この世界の人間からぼくを見た場合、その事実しかない。それは殴りたくもなるだろう。
勇者とて他の人間の感情までコントロールすることはできない。
そして何より、ぼく自身に、いまイステールでマッサージ業をやりたいなどという気持ちが全くない。
今すぐにでも魔国に帰り、治療院での施術を再開したい。
そういうことなので、ぼくには彼女に怒りなどない。
むしろ、あのとき弟子たちや魔王を見逃してもらえたことに感謝しているくらいだ。
バレたら勇者としての立場が危うくなるはずなのに、提案を受けてくれたわけだから。
「あのさ」
格子の近くまで寄って片膝をつき、背中から彼女に声をかけたが、返事がない。
いぶかしんでさらに顔を近づける。
――スースー。
兜から聞こえる、規則正しい空気の音。
寝息だった。どうやら勇者は座ったまま寝ているようだ。
気絶してからどれくらい経っているのかを知るすべはないが……もしかして、結構な時間が経っているのだろうか。
……。
こうやって近くからじっくり彼女を見るのは初めてだ。
紋章入りの白い兜。その後ろからは癖のない髪が漏れている。
薄暗いのでわかりづらいが、色はわずかに茶色がかかった黒だろうか。
兜の中身は……まだ一度も見ていない。
東洋医学では、顔や舌の状態を見る「望診」という診断が非常に重要である。
その癖で、ぼくは仕事以外のときでも、人に会うと無意識に表情や顔色などを確認してしまう。
望診は主に内臓の調子を診断するためにおこなうものであるが、顔を見てわかる情報というのは他にも沢山ある。
精神状態だってわかるし、性格すらも想像が付くことがある。
彼女がいまだぼくにとってよくわからない人だと思う理由の一つに、過去に会った二回どちらとも、兜で表情がわからなかったということがあると思う。
できれば顔を見て会話したいのだが。
そんなことを考えていたら、突然、勇者の頭が動いた。
「わわっ」
ぼくは不意を突かれてびっくりしてしまい、後ろにお尻をついてしまった。
「えっ? あ、気が……ついてたんだ」
「う、うん」
例によって表情はわからないが、向こうもびっくりしたようだ。まあ当たり前か。
彼女もぼくも立ちあがり、格子越しに向き合った。
「マコト。ごめん、私も聞かされてなかったんだ。キミを縛りつけてあんなことをするなんて……」
彼女は少し慌てたように拷問のことを謝罪してきた。
「そうなんだ? あれはきみの趣味なのかと思ってた」
「違う!」
「はは。今のはただの冗談」
「……」
本当に冗談だったが、笑ってはもらえなかったようだ。
――あ、そうだ。あのあとリンブルクがどうなったのか聞かないと。
「リンブルクがどうなったのかは聞いてもいい?」
「うん。まだ交戦中のはずだよ」
「あー……。そうなんだ」
心配だ。
弟子たちの技術は順調に上がってきていた。
ただ、ぼく抜きで魔力回復役として戦を支えられるかといえば、まだそこまでではない。
リンブルクはもう時間の問題かもしれない。
しかし、心配したところで今のぼくにはどうすることもできない。
もどかしい。
「やっぱり、気になるの?」
「まあね。みんな無事だといいなって」
「……」
素直に答えた。
これでは「魔国に帰りたい」という気持ちがあると言ってしまっているようなものだが、ごまかすのも嫌だった。
勇者は、そのぼくの答えに反応しない。
うーん……やっぱり表情がわからない人が相手だとやりづらいなあ。
鎧を脱いでと言ったら怒るかな。
「きみ、カミラと言ったね?」
「……そうだよ」
「じゃあカミラ」
「うん」
「鎧は脱がないの?」
「……脱がない」
「実は魔族なんです、とか?」
「違う!」
「ははは。今のも冗談だってば」
「…………キミは意地悪だ」
そろそろ本気で怒られそうなのでもう冗談はやめよう。
しかし鎧は脱げないということらしい。残念。
いずれは見せてもらえるときが来るのだろうか。
「あ、マコト……」
「ん?」
「これから城に行く予定なので、マコトのことについても話をしてくる。この牢の中のままじゃあまりにもひどいから」
「お? 他の施設に移してもらえるの? ありがとう。うれしいな」
彼女はこれから城に行くつもりだったようだ。
今まで格子の前にいたのは、拷問したことを謝るために、ぼくが起きるまで待っていてくれたのか。
「少し日数がかかると思う。それまでここにいてもらうことになるけど……そうだ、なにか欲しいものはある?」
「うーんと。じゃあ、歴史の本一冊と、あとは小説があれば何冊か欲しいな」
彼女「わかった」と言って去っていった。
そして思ったよりも早く戻ってきた。
「これで大丈夫……かな?」
「助かる。ありがとう」
四冊の本を渡された。
一冊は『イステールの歴史』。
これは名前のまんまで歴史書だ。
人間の歴史自体に興味があるわけではないが、魔族との関わりについては興味がある。
それを知ることができるかもしれない。
他の三冊は小説。
ええと……『ロードス鳥戦記』、『超合体体術ロボギンガイザー』、『気功界ガリアン』。
当たり前だが知らないモノばかりで、どんな話なのかも想像できない。
まあ、待っている間、読めるようなら読んでみるかな。
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