【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第四章 魔族の秘密
第33話 マッサージ師、牢屋へ
ぼくは、勇者パーティおよび少数の兵士によって、イステールに運ばれた。
人間の国イステール。
この国のことは、ほとんど知らない。
いや、この国のことだけではない。この世界の人間のことを、ぼくはよく知らない。
ただ、なんとなくわかるのは……この世界の人間から見たら、おそらくぼくは裏切り者。
だから、仕方がなかったのかもしれないけれど。
勇者一行から当局と思われる人たちに引き渡されたあと――。
ぼくはヨロイを剥ぎ取られ、気絶するまでボコボコにされた。
目が覚めると、見えたのは天井ではなかった。
景色は横倒しではない。
ぼくは広い部屋で、壁に背中をつけて立っていた。
左右には石造りの壁。正面には金属の格子。
牢屋……。
日本では一度も入ったことはないので、人生初牢屋だ。
当たり前であるが、嬉しくはない。
骨や歯は無事――とは思ったが、念のために確認しようと思った。
しかし手足が動かず、打撲の痛みだけが走る。
そこで初めて、自分の四肢が拘束されていることに気づいた。
壁へ繋がれた手足の鎖。繋がれるのも初めての経験だ。
ヨロイは脱がされたので、上下とも鎧下だけの状態になっている。
我ながら惨めな恰好だと思う。
ヨロイはどこに……あ。あった。
正面、通路の反対側。牢と牢の間にある棚の上だ。紐でまとめてある。
魔力付きなのは感づかれず、ただのヨロイだと思われたのだろう。警戒している置き方ではない。見えるところに置いてある。
もちろん、見えたところで取りには行けないわけだが。
ん……。
足音が聞こえる。
「目が覚めたか?」
格子の前に姿を現したのは、看守だろうか?
黒髪の人間の女性だった。黒っぽい服を着ており、まだ比較的若いように見える。
その手に持っているものは……棒。
「さて。ではこちらの質問にすべて答えてもらおうか」
始まる前からめまいがした。
***
魔国のことについて聞かれたら。
ぼくは「答えられない」と言って一切供述しないつもりだった。
しかし、実際にはその段階にすら行かなかった。
まずぼく自身がどこから来たのか――最初に聞かれたその質問で引っかかってしまった。
「ぅあっ!」
棒で体を打ちつける音と、ぼくの声が、牢に残響をともなって響く。
「さて。そろそろ正直に言う気になったか?」
「……さっきから……ちゃんと……答えてるのに……」
「まだそんなことをッ」
女性は再び棒を振るった。
「はあっ!」
「別の世界から来た? 気づいたら魔国? 自分の意思で魔族に協力していた? そんな戯言を誰が信じる? 人を馬鹿にするにも程があるなッ」
そう言いながら、また棒を打ちつけた。
「ぐあっ! それは……本当なんだ」
「強情だなッ」
「ぐはぁっ!」
まだ供述を拒否しているわけではなく、素直に話しているだけなのに。
どうすればいいんだ。
打ちつける瞬間の痛み。少し遅れてやってくる鈍い痛み。
胸から腹のヒリヒリ焼けるような痛み。牢に入る前に叩打された顔や背中の痛み。
もう全身が熱い。
本当のことを言っている、と繰り返し説明するが、なおも棒で打ちつけてくる。
首に力が入らなくなり、頭が垂れてきた。
なんだか視界も……徐々に白っぽくなってきている。
……ん?
少し離れた所で、なにやら言い争っている声が聞こえた。
ここからでは見えないが。牢の入口だろうか?
「なんだ? 騒がしい」
棒の女性が一度格子の外に出た。
ぼくは首を渾身の力で持ち上げる。すると、その女性が格子を出たところで固まっているように見えた。
金属音を伴った足音が近づいてくる。
そのペースは速く、慌てた様子にも感じる。
「マコト!」
現れたのは、紋章入りの白の鎧。
勇者だった。
彼女はぼくの名前を呼ぶと、開いたままの扉から中に入ってきた。
「マコト、ボロボロじゃないか……」
勇者の手が伸び、ぼくの頬に触れた。
冷たかったが、体がヒリヒリして熱いぼくには不快ではなかった。
「ははは……きみにもリンブルクでやられたけどね」
すでに頭の回転が止まっていたせいか、自分でもよくわからない台詞が出た。
そして急速に意識が遠のいていくのを感じた。
「これはどういうことなんだ! こんなのは聞いてない」
ん? 勇者が棒の女性に詰め寄っているのだろうか。
しかしその声もフェードアウトしていく。
ぼくはまた気を失った。
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