【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第二章 魔族YOEEEEE
第25話 強化兵、量産計画
ぼくはお湯から上がって、またヨロイを着た。
エミリアと名乗った女の子も、もう着替え終わっている。
もうここに用はない。ルーカスのところに戻ろう。
こんな状況なので、彼はここで入浴できないだろうけど……。体を拭くくらいは手伝ってあげよう。
「じゃあ、ぼくはもう戻るね」
「あ……」
「ん?」
「私たちと一緒に、来ない?」
「え、なんで?」
「なんでって……。私たち、今日野営して、明日イステールに戻るんだ。キミも人間なら、本当は人間の国で暮らしたほうがいいんだよね。
奴隷だって、言ってたけど……。鎖につながれているわけでもないし。やる気になれば、このまま……逃げられるんでしょう?」
「たしかに鎖にはつながれてないけど。ぼくは魔国のほうに帰るよ」
「なんで! 魔族は人間の敵だよ」
「人間の敵だとしても、ぼくの敵というわけじゃないからね」
「キミは人間でしょう」
そう言われても、と思った。
ぼくは最初からこの世界の人間だったわけではない。
なので敵だの何だのと言われても正直少し困る。
そして、何よりも……。
「偉そうな言い方かもしれないけど、ぼくは人間である前にマッサージ師なんだ。
いま、魔族の人たちはぼくの技術を必要としてくれてる。治療院はまだ開いたばかりだけど、待ってくれている人はたくさんいる。
だから、ぼくは必要とされてるところに帰る。おかしくないでしょ?」
「おかしいと思うけど……」
「ははは。まあでも、誘ってくれてありがとね」
回れ右しようとした。
「まって。この泉には、よく来るの?」
「今日が初めてだよ。今回は試験的な意味合いで戦争に同行してて、その帰り。いつもは王都に住ませてもらってるから、ここに来ることはないよ」
「……わかった」
ぼくは「じゃあね」と言って泉を後にした。
ボディガードと思われる人の、ものすごい殺気を背中に浴びながら。
***
ノイマール南の平原での戦いは、魔王軍の大敗に終わった。
北の重要拠点ノイマール、および周辺地域は人間の手に落ちた。
魔王軍撤退の知らせおよびノイマール放棄の指示は届いていたのだが、逃げきれなくて捕虜になってしまった者が続出したそうだ。
捕虜になったらどうなるのかと聞いたら、ルーカスいわく「どちらがどちらに捕まっても、まず殺されるだろう」とのこと。
今ぼくが生きているのは、ルーカスという変人の前に飛ばされたことが幸いした――あらためてそう思った。
ぼくとルーカスは無事にリンブルクまで到着し、その後王都まで帰還した。
治療院も再開させ、また軍に同行する前の毎日が戻ってきた。
治療院再開二日目の朝のこと。
「……おはようございます」
「フン、やっと起きたか、マコト」
「マコトおはよー」
布団から起き上がると、横のちゃぶ台には例によって魔王とカルラがいる。
が、今日はもう一人いた。
「あれ? 今日は三人ですか」
なぜかルーカスも座っていた。四畳半なので一層狭い。
「おはよう。ふふふ、マコトよ。朝の散歩のついでに魔王城のマネージャーに意見書を出してきたぞ」
「え? 意見書? どんな?」
「マッサージの施術が軍におよぼす効果と、今後についての提言だ。
すでに気力体力の向上と魔力回復速度の向上は証明されていたが、それが軍の戦力向上にも繋がるということが、今回の第九師団の奮闘で明らかになった。
今後は国を挙げてお前の治療院経営と弟子育成をバックアップし、王都にいる全師団を通わせる。そして強化兵を量産し、次戦で人間に一矢報いようという内容だ」
「そうなんだ? でもここに魔王様いるし、直接渡せばよかったんじゃないの」
「ふふふ、甘いなマコト。物事を進める際には踏むべき手続きというものがある。
軍や国政に関してこれだけ大きな提案ともなると、司令長官や宰相を通さず直接お渡ししては魔王様も迷惑なのだ」
なるほど。このあたりは組織としてしっかりしているわけだ。
「え? わたしは別にここで渡してくれてもよかったが?」
あれま。
「今聞いた内容だと、最初に私が読んでオーケーしてから宰相や司令長官に回したほうがいいんじゃないか?
お前ディートリヒに嫌われてそうだし、最悪却下されて私の手元まで来ないぞ」
ルーカスは書類を回収するため、慌てて魔王城へ戻っていった。
計画が正式に認められれば、治療院としてもそれに対応させる体制を整えなければならない。これからますます忙しくなりそうである。
もちろん、こちらとしては望むところだ。
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