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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第二章 魔族YOEEEEE
  第24話 一緒に入浴

 あ。ルーカスが言ってたっけな。
 この世界では、人間の国においても「マッサージ師」なんて職業はないって。

「ごめん、この世界にはない職業だからわかんないよね」
「この世界?」
「ああ、今のは忘れて。話が長くなっちゃうし」

 ややこしくなってしまったのでそこは流そうとした。

「わ、わたしは、長くても、いいけど」
「突っ込んでくるね。会ったばかりなのに」
「話を聞きたい……から、お湯に……入ってきてもらって、いいかな」
「ええっ?」
「そこにずっといさせるのは、悪いから……」

 露天風呂の混浴であっても抵抗を示す人がいると聞いたことがある。
 普通、見知らぬ男が入ってくるのは嫌がるものだと思うのだが。
 あまり近寄り過ぎなければ大丈夫かな?

「待て!」
「わっ」

 ぼくが一歩踏み出すと、いきなり岩の陰から男が出てきた。
 平服と思われる軽装だが、剣を持っていた。ケガをしているのか、足や腕には包帯が巻かれている。

「いいんだ! わたしが構わないんだから」

 女の子が慌ててその男を制止した。

「しかし、この男は魔国の――」
「いいから。わたしは大丈夫だから」
「……わかりました」

 その男は、怖い顔でぼくを睨み付けると、岩のこちら側に寄りかかって座った。

 ……ボディガードがいたのか。気づかなかった。
 えらく警戒しているのは、さっきぼくが魔国の者だと認めたからか。
 まあ、嘘つくのは嫌なので、気づいていても認めたかもしれないけど。

「いいよ、入ってきて」
「じゃあ、失礼します」

 手ぬぐいで股間を隠しながら入る。
 失礼にならないように、少しだけ距離を置いた。

「ここのお湯は気持ちいいね。温度もちょうどいい」
「そ、そうだね」

 見回すと、離れた所でカピバラのような生き物も水際で入浴を楽しんでいる。

「あれはラーマというモンスター、だよ」

 ぼくが観察しているのに気付いたのか、彼女が教えてくれた。

「えっ? モンスターなんだ。大丈夫なの?」
「うん。人を襲ったりはしないモンスターだから」

「なんかよくわからないや。動物とモンスターの境目ってなんなの」
「人に関わりがあるかとか、役に立つかとかで決めてると思う」
「そうなんだ? テキトーだなあ」

「キミ――」
「ぼくの名前はマコトだよ。きみの名前は?」
「え? カ……あっ、えっと、じゃあエミリアで」

 じゃあ?
 もしや警戒されて偽名を使われたか。ま、別にいいけど。

「マコト……か」
「うん」
「なんで……魔国にいるの」
「さっきも言ったけどさ。初めて会うのに、なんでそんなに突っ込んでくるの?」
「不思議だなって」

「ぼくから見れば、こんなところで入浴してるきみのほうが不思議だよ。そこのボディガードさんも包帯巻いてるし。何かあったんじゃないの?」
「う、うん。ちょっといろいろあってケガしてね。でも、歩けるし。大丈夫だよ。他にもケガしてる仲間がいるけど、違うところで休んでる」

 そう言うと、彼女は「そっちのことを教えて」と催促してきた。
 なんかずるいなあ、こっちのことばっかり聞いて。

「んー。じゃあ、正直に話すからね。常識では考えられない話かもしれないけど、信じる信じないは自由」
「……?」
「ぼくはこの世界の人間じゃない。別の世界から魔国に飛ばされた。それで魔族の偉い人の奴隷になって、マッサージ治療院をやらせてもらってる。以上!」

「え、嘘、じゃなくて……?」
「いま言ったとおり、信じる信じないは自由。お任せだよ」
「……」
「まあ、嘘は言ってないけどね」
「そう……」

 急いで頭を整理しているのか、うつむいたまま動かない彼女。
 その彼女の頭上に、一匹の青い蝶がやってきて、舞う。そしてどこかに飛んで行った。
 ここは昆虫も多い。大小さまざまな生き物のオアシスになっているようだ。

「別の世界から、来て……魔族の奴隷にされてしまったんだ?」
「そうだよ。でも前の世界でなかなかやらせてもらえなかった仕事をやらせてもらってる。
 なんか一気にいろいろ変化してさ。生まれ変わったような気さえする」

「仕事って、その、まっさーじ、というやつ?」
「うん」
「どんなものなの?」

「うーん、ちょっと説明が難しいんだよね。今ここでやって見せることはできるけど」
「見せて」
「触らないとできないので、それが嫌じゃなければいいよ。一応、後ろを向いてもらったままでできる」
「わたしは大丈夫。よろしく」

 彼女は後ろを向く。
 ぼくは近づき、すぐ後ろに立った。

「じゃあ、やるね」

 両肩に手をかける。
 初対面なので、安心させるために手をなるべくピッタリ付けるようにした。
 こういうときは恐る恐る触るのが一番よくない。

 施術をはじめると、彼女から少し声が漏れた。
 魔族のように絶叫まではしないようだ。ぼくのいた世界の人間の反応に近い。

 肩だけでなく、背中も施術する。

「いつもプレッシャーがかかる環境にいるのかな」
「……なんで触っただけで?」
「背中の、背骨の脇が張ってるんだ。交感神経が優位になっている状態が続いている人に多いんだよ」
「こうかんしんけい?」

「うん。自律神経ってのがあって。交感神経と副交感神経の二つから成るんだ。
 簡単に言うと、交感神経は活動時に優位になって、心肺を活発にさせたり体を緊張させたりする。副交感神経のほうは休息時に優位になる神経で、消化器を活発にさせたり体を回復させたりするんだ」

「薬師しか知らなそうなことだね。なんで二つに分かれてるの?」
「そりゃあ、敵が目の前にいるのに、内臓が活発に動いてそっちのほうにエネルギーが行っていたら戦えないでしょ。
 活動するときと休むときで神経を切り替えたほうが、生物として都合がいいんだ」

 あまり過酷なストレスに晒され続けると、その切り替えが狂ってしまうわけだが。
 二十四時間戦う現代人にはよくある現象。



 施術は簡単に終わらせた。
 あまり長くやるとボディーガードさんに誤解されそうだから。

「ありがとう。体がすごく楽になった……。マコト、キミの手は不思議だ。
 子供のころに触られた、お父さんやお母さんの手みたいだった……なんだか懐かしい感じがした……」 
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