【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第二章 魔族YOEEEEE
第21話 対決 参謀ルーカスVS勇者
五個師団のうち、四個師団があっという間に崩壊した。
「ちょっとルーカス、なんなのこれ……」
「いつものパターンといえばその通りだ」
「……」
残ったのは……。
「第九師団はまだ持ちこたえているようだな、マコト」
うちの治療院に通っていた師団だ。
だが今は考察どころではない気がする。
作戦続行は不可能だろう。ひとまず退くしかないような気がするが。
司令長官のほうを見ると、まさにその決断を下すところだった。
「まだ残っている第九師団を殿軍として、一度退こう」
司令長官メルツァーの指示で、軍は撤退作戦へと移行した。
司令部および残存兵力は、ノイマールの南に位置するリンブルクという城塞都市まで引き揚げることになった。
孤軍奮闘の第九師団宛にも、すぐに伝令が飛ぶ。
「マコトよ、私はここの者が全員引き揚げ終わるまで残るが。お前は先に行くといい。ここが危なくなる可能性も高い」
「ぼくも残るよ。手伝えることはあると思うからね」
「ふふ、そうか」
マッサージ師だって医療従事者の端くれだ。
戦傷者がまだいるのにスタコラサッサはありえない。
回復が間に合わない人を担架に載せる作業には、人手がいるだろう。
魔力がカラになった治癒魔法班の人の回復だって、手伝ったほうがいい。
それらもマッサージ師としての仕事のうちだと思う。
ギリギリまでここに残ろう。
***
魔王以下、司令部、近衛兵らは撤退した。
戦傷者の治療、引き揚げも終わった。
すでに、司令部および隣の救護スペースには誰もいない。
なんとなく、その跡を見渡してしまう。
大慌てで撤退したため、物が散乱してとんでもない状態になっている。
「ご苦労だった。しんどかっただろう」
ルーカスが隣でそんなことを言うが、それは違う。
「ぼくはね。マッサージ師なんだ。マッサージ師は役に立てることが一番嬉しいんだ。自分の仕事があると思ううちはしんどいなんて思わないよ」
仕事がないこと。みんなに必要とされないこと。それが一番つらい。
新宿にいたときはその状態に近かったが……。
「ふふふ、お前は働き者なのだな。では行くぞ」
「うん」
ルーカスがそう言って動き出そうとしたその瞬間――。
「魔王はどこだ!」
そのやや高い声とともに、司令部跡に人が現れた。
数は五人。全員鎧装備で剣を持っている。
そして――目が、黒い。
人間だ……。
この世界の人間は初めて見る。
ルーカスが体の向きを彼らのほうに直した。
「お前は幹部か!」
中央の人間が、ルーカスに向かってそう叫んだ。
この声の高さ。顔が全部露出しているわけではないので、わかりづらいが。
女性、なのか?
見ると、ひときわ立派な剣を持っている。
鎧や盾、そして兜にも紋章が付いており、ただならぬ雰囲気。
勇者とやらだったり……しないことを切に願う。
「ほう、勇者か。まあ、私は魔王軍の参謀なので幹部だな」
あっさり願いは退けられた。
やはり勇者だ。
全身血の気が引くのを感じた。
ルーカスが手振りで、ぼくに下がるよう合図する。
そして彼は少し前に出た。ゆっくりと。
彼が少し前に出た分、勇者以外の四人が後ずさる。
「魔王はいるのか」
「魔王様はもういない。残念だったな」
「……!」
「今回も魔王軍の完敗のようだ。すでに魔王様も、私以外の幹部も引き揚げている。もう今回の会戦は終わったと言ってもいい。お前たちも帰ったらどうだ」
「ふざけるな。目の前に幹部の一人がいて見逃せるわけがない」
当たり前だが勇者は戦う気のようだ。
ルーカスは「そうか」とつぶやいた。
「わたしの名はカミラ。お前の名を聞こう」
勇者は剣を構えたまま、名を名乗った。
「名乗るほどでもない、と言いたいところだが。お前の反応が面白そうなので教えようか。私の名はルーカス・クノール・リンドビオルだ」
ルーカスのほうは剣を抜かず、悠然と立ったまま答えた。
「リンドビオル……まさか……」
「そうだ。私はお前が殺した将軍、アレクサンダー・リンドビオルの息子だ」
そう言うと、ルーカスは片手の手のひらを上にして、顔の高さに挙げた。
この展開、もう何がなんだかわからない。
ぼくはただ、目の前のやり取りを見ていた。
「五人いるようだが。すぐに私とお前の一対一の、正々堂々とした勝負になるだろうな。あとの四人は〝これ〟で戦闘不能だろう」
手のひらの上には何も出ていないように見える。
〝これ〟とはどういうことだ?
と一瞬思ったが……。
ヨロイを着ていても、外からの熱を感じた。
そして、ルーカスが手のひらを挙げている上……
よりも、もっと上。
上の空中。
……!?
巨大な火炎の塊が、そこにあった。
球形ではない。
燃え盛っているのでわかりづらいが、筋肉質な巨人のような形にも見える。
左右に飛び出しているように見える火の突起は……ツノ?
「い、イフリート……」
五人のうち一番右側にいた人間が、震える声でつぶやいた。
剣を構えてはいるが、ジリジリとすり足で後退している。
イフリート。
神話に出てくる火魔神だが……。
離れていて、かつフルアーマーのはずのぼくの体。
それでも、ヨロイの隙間からチリチリと焼かれるような感覚がある。
熱い。
味方であるルーカスが出した空中の火魔神だが、ぼくも強い恐怖を感じた。
ましてや、敵であるあちらの人間の恐怖やいかにである。
ヤバい……。
ルーカスがヤバい。
魔族に魔神を召喚する魔法があるとは聞いていない。
彼だけは使えるということなのか?
「魔国最高のクオリティと名高い私の魔法……とくと味わうがよい」
そう言うと、彼は挙げた右手を振り下ろした。
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