【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第二章 魔族YOEEEEE
第19話 牢にて
魔王城地下。
ぼくはルーカスがぶち込まれた牢へ、面会に来ている。
「あの場は空気読んだほうがよかったんじゃないの……」
「ふん。正しいことを言って何が悪い。おびき出されて出兵したところで負けは見えている」
この人、世渡りは下手そうだ。宰相にもあまり良く思われてなさそうだったし。
「ふーん。でもさ。こんなこと言っちゃいけないかもしれないけど。
負けたらルーカスが正しかったって証明されるわけだし。宰相もルーカスの言うことを聞いてくれるようになるんじゃない?」
もちろん冗談でがあるが、そんなことを聞いてみた。
「ふふふ、甘いぞマコト。人間の歴史書に学べば、このようなケースでは、予言が当たって敗退したときのほうが私の身が危ないのだ」
「そうなの?」
「うむ。負けると心の余裕がますますなくなるからな」
似たような話を聞いたことがある。
三国志の田豊のエピソードだ。
今回のルーカスと同様、主君の袁紹の出撃を諌めて投獄されたときの話。
その戦は敗れ、ある人に
「君の予想通り敗北したので、今後君は重宝されることになるだろう」
と言われたときに、田豊は
「それは逆だ」
と言ったらしい。
実際、敗戦で心の余裕をなくした袁紹は、とってつけたような理由で田豊を処刑したとか。
あ……看守が来た。
「リンドビオル卿。何か必要なモノがありましたら持ってきますが」
「必要なモノか。ふふふ、この牢の合い鍵だ」
「まったく……相変わらずですね」
看守は女性だ。
ルーカスと同じくらいの歳だろうか。まだ若い。
そしてなにやら彼と仲がよろしいようである。
「何? 看守さんと知り合いなの?」
「ふふ、内緒だ」
「なんだそりゃ」
「ああ、リンドビオル卿は何度もここに入れられてますので。看守は全員顔見知り状態ですよ」
看守が記録帳のようなものを持ってきた。
どれどれ……。
二年前。魔王城低層の商業施設化を提案して投獄。
一年前。風俗ギルドの認可を提案して投獄。
半年前。漫才ギルドの認可を提案して投獄。
「何これ……」
「ふふふ、すべては魔国と魔王様のためだ」
「これでよくクビにならないね」
「人材不足の現在で私のような有能を切ることはできまい」
「ハイハイ」
どうせ毎回魔王が庇っていたのだろう。
「ところで、ヨロイさんはリンドビオル卿のご友人ですか?」
「あー、ぼくは……その、なんというか」
「そいつはマコトという名の奴隷だ。ちなみに人間だからな」
「ええええっ! ……あっ、痛っ」
あ、言っちゃったよ。
まあ……もういいのかな。人間の奴隷がいるというお触れは回っているはずだし。
だが看守は驚いたようだ。
大きくのけぞり、そのまま腰が抜けたのか床に崩れてしまった。
「大丈夫か? 初耳ということはないはずだが」
「確かに聞いてはいますが……隣にいたらびっくりしますって……」
「マコト、顔を見せるといい。顔を見れば安心するだろう」
ルーカスがニヤニヤしながらそう言うので、兜を取った。
「どうだ、安心しただろう」
「た、たしかに」
なんでだよ、と心の中で突っ込む。
そして安心したはずの看守だが、立ち上がらない。
「あ……痛っ。な、なんか立てなくなったんですが」
のけぞったときにピキッとやったか。
ぎっくり腰だな。
「治癒魔法をかけよう。格子の前にくるといい」
看守が芋虫のように体をくねらせて、格子の前に移動する。
ルーカスが手をかざした。
「どうだ?」
「……うっ、すみませんあまり変わらないようです」
「ふむ。ではマコト、出番だ。
ふふふ。ここでマコトの施術が受けられるとは幸運だな。人間ではこのようなことを『怪我の功名』と言うらしいぞ」
「うーん……効果があるかはわかりませんが、やってみましょう」
出番だと彼は簡単に言う。
しかし、ぎっくり腰の施術というのはかなり難易度が高い。
世間ではだいぶ勘違いされているが、ぎっくり腰については、多くのケースでマッサージはするべきでないのだ。
ぎっくり腰の原因は、筋断裂、椎間関節の損傷、靭帯断裂など、いろいろなケースがある。
そしてその〝いろいろ〟の多くは、組織の損傷によるものだ。
組織の損傷は「外傷」、つまりケガである。
ケガであれば、マッサージで治すことは不可能だ。
損傷箇所を強く揉んだりしたら、治るどころかますます炎上して悪化する。
ただ。
今回はルーカスが治癒魔法をかけた後である。
それでも取れない痛みとなると、原因は組織の損傷ではない可能性が高い。
さっきの治癒魔法が、そのまま鑑別の材料となっているのだ。
施術で良くなる確率は比較的高いかもしれない……腰椎周辺の筋肉の攣りのようなものなのではないか?
「じゃあ触ります」
いきなり腰は触らない。
横向きのまま、まずは体の正面側。下腹部から骨盤内側、ソケイ部にある腸腰筋という筋肉と、腹筋を施術していく。
腸腰筋は手が滑ると股間をまともに触るので注意である。
「はあぁぁっ、なんかっ、不思議なっ」
「そうだろう? 手に仕掛けはないのだがな」
あとは太もも内側の内転筋。
これも、ぎっくり腰のときは施術すると良いと言われている。
「うあああ――」
そしてお尻と腰。
激しくは揉まず、手のひらをなるべくつけて安心感を与えることを重視する。
「はあああああっ――――!」
そして最後に仰向けになってもらう。
膝を立ててもらい、両ひざを胸に付けるようにストレッチする。
こちらのカンが正しければ、これで多少良くなる気がする。
「どうですか?」
「ハァハァ……あ、少しよくなった。立てる……」
良かった。カンが当たったようだ。
「キミ、すごいな! 人間なのはもったいない。ぜひ魔族に――」
「それ他の人からも言われましたけど。種族は変えられませんって」
また種族ショップの夢を見そうだ。
***
「で、ルーカス。今回どうするの? まずいんでしょ?」
「うむ。まずいな。私の処分はともかく、戦には魔王様も行くのでな。
勇者が本陣に突入してきて危機に陥ることがないとも限らない。やはり私が付いているべきだろう」
「どうしよう」
「脱獄するか」
「え?」
「看守よ。脱獄したいので鍵を貸してくれ。これも魔国のためだ」
「そんなことしたら私が罪になります。ご自身でご勝手にどうぞ。どうせあなたならすぐ破れるんでしょ?」
「むむむ、冷たいな」
ルーカスは、牢にかけられた錠に両手を近づけた。
次の瞬間。あっさり錠が外れて床に落ちた。
何をしたのかさっぱりわからなかった。
「いま……何したの」
「今のは火魔法で錠を溶かしたのだ」
「火なんて見えなかったけど」
「金属を溶かすほどの高温の火は、目には見えづらい。一点に集中すればなおさら見えないだろうな」
「ちょっとすごいと思っちゃった」
「ふふふ、私の魔法は魔国一のクオリティだ」
「ハイハイ。それで、ぼくはどうすればいいの」
「お前も来てもらう。すでに施術で魔力回復が早まるというのは証明済みだ。申し訳ないが治療院は戻ってくるまで臨時休業だな」
「わかった」
「……徹夜で働いてもらうことになるかもしれないが。頼むぞ」
「それは望むところ、かな」
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