【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第一章 開業
第11話 開業準備
従者もしくはマネージャーなる人物がきちんと手入れをしているのか、魔王の足はきれいだ。
うつ伏せで寝ている彼女の足首をそっと持ち上げ、座っているぼくの太ももの上にのせる。
状態を確認するため、アキレス腱のあたりを両手で包んだ。
両手の親指と拇指球で、ふくらはぎのハリを確認。
そして同時に中指と薬指で前脛骨筋――ふくらはぎの反対側、脛の弁慶の泣き所の横にある筋肉――のハリを確認する。
「んんっ」
むう、またうるさそうだなあ。
「靴が硬かったり重かったりしますか?」
「なんでわかるんだよ」
「今触っている前脛骨筋という筋肉がカチコチになってしまっています。曲がらない硬い靴や重い靴で歩いたらすぐ固まっちゃいます」
「なんとかしろ」
ぼくは魔王に仰向けになるよう促した。
「……」
「……」
仰向けになると目が合う。なんとなく気まずいので顔に布をかぶせる。
肘で攻撃された。なぜだ。
仰向けで寝て脱力すると、足はだいたいの人が外に開き、頭上方向から見ると逆ハの字に見える。
そのままだと前脛骨筋も外側にいってしまいやりづらいので、自分の膝を魔王の足の外側に当てて少し起こす。そうすると真上から押すだけで前脛骨筋に当たる。
ちなみに魔王の足は、左が四十五度くらい開いているが、右はもう少し開いていてやや左右差がある。
足を組むことが多いのでその影響かもしれない。姿勢を直してほしいものである。
さてと……。
ん?
やろうと思ったら、横からカルラがかなり真剣な顔で見ていた。
「マコト、やるの見てていい?」
興味があるのだろうか。
こちらは見られていても問題はないので「かまいませんよ」とオーケーした。
前脛骨筋を指圧してゆるめていく。
「ああっ」
特にこの筋肉の上にある足三里――膝の皿の指四本分下にあるツボ――はよく刺激する。
「んあああ―――!」
やっぱりうるせぇ……。
「お、マコト起きたか。おはよう」
どうやら魔王の絶叫を聞きつけたようで、ルーカスが登場。
魔王来てたのなら起こしてよ――と非難の目線を送る。
あ、ルーカス逃げた。
前脛骨筋は割と長い筋肉で、足首をまたぎ、足裏の土踏まずのところまで伸びて停止している。
筋肉をゆるめるときは起始から停止までやったほうが効果的であるため、足裏も押圧することにする。
ここは少し強めにやっても大丈夫かもしれない。
「魔王様。声をちょっと落としてもらえると助かります」
「はぁ……はぁ……わかって……いる」
わかっているらしいので、土踏まずを遠慮なく指圧。
「んあああああ――――――!!」
わかってねえええええ!
***
魔王は、別の部屋で溜まっていた護衛たちと一緒に帰った。
無事に追い出し成功……だが、カルラがここに残ることになった。
これは本人の希望である。
「準備を手伝いたい」
と言いだしたのだ。
いや、ダメじゃないか? と思ったが、魔王からは
「勝手にしろ」
ということで、今はぼくが使っている部屋にいる。
連れてきていた護衛も二人だけ残すことになったようだ。
「マコト、今日はどうするつもりなの」
「今日は午前中に内装や備品の計画を固めて、日中はルーカスと一緒に物件の契約と、物件内外の再確認。あと時間が余れば備品購入の相談をしにいこうかなと思っています」
「がんばろー!」
「おー!」
ゆるい。
***
嫌だけど、また黒色フルアーマーで外出。
パーティメンバーはぼくの他にルーカス、メイド長、カルラ、カルラの護衛二人だ。
まずは物件の契約にいく。
魔国には日本での不動産屋に相当する仲介業者がないので、所有者の家に行き、直接交渉した。
こちらはルーカスも一緒だし、カルラも一緒だ。
ぼくが不審な恰好をしていても、スムーズに契約行為が進んだ。
その後は、めでたく契約済みとなった物件の外部と内部を再確認する。
あらためて見ると、物件はかなりよい場所である。
ルーカスもメイド長も、この立地を絶賛していた。
ルーカスは軍の兵舎から徒歩圏内であることが大きいと言い、メイド長のほうは商店街からの近さを気に入っていたようだ。
内部については、すでに図面上ではどこをいじるのかなどは決めている。
だが工事してから計画のミスが発覚すると開業が遅れてしまう。
慎重に現場を再確認していく。
「マコトよ、どうだ」
「うん。計画通りいけそう」
「ふふふ、さすが私の奴隷」
「ウフフ、さすがルーカス様の奴隷ですわ」
「マコトさすがー」
なにやら適当に言われている感もあるが、計画通りいけそうなのは事実である。
内装については大工のギルドが存在するので、そちらに頼む予定だ。
「しかし何も置いていない店舗の空間というのは寂しいものだな」
ルーカスはガランとした空間を味わうように深呼吸している。
「石造りの建物は寿命が長い。今までもう何回も、いや何十回も、開かれている店は変わっているのかもしれない……。マコトの店は長続きするといいな」
「そうだね」
「まあ、長続きしてもらわないと私の構想も崩れるので困るわけだがな」
ルーカスはそう言って笑う。
「あ!」
「なんだ」
「寿命つながりで思い出した。ごめん、物件とは全然関係ないけど、聞きたいことがあるんだ。いい?」
「よいぞ。答えられることなら」
「魔族の寿命って何歳くらいなの」
「……人間よりは少し長いようだが。民間の魔族の場合、特に何もなければ百歳程度は生きる。中には百二十五歳くらいまで生きる者もいるな」
「へえ、長生きなんだね。老けるのが遅いということなのかな」
「どうなのだろうか。単に体が人間より丈夫だという感じもしないでもないが。個体差もあるだろうし、そのあたりはよくわからないな」
魔族は人間よりはやや長命らしい。
しかし『民間』という彼の言葉は少し引っ掛かる。
「民間ってことは。兵士はもっと寿命が短いわけだ? 戦死者が平均寿命を下げているということ?」
「それもあるが、それだけではない」
「どういうこと?」
「私にもなぜだかはわからないが、兵士はなぜか病気にかかりやすいのだ」
「病気……」
「しかも原因がわからない病気が多い。症状にしても、風邪のようなものから、血を吐いたり腹部が膨れ上がったりするようなものまで、様々だ」
「……」
「治癒魔法も効かない場合が多くてな。兵士病と呼ばれている」
兵士病……。
すぐにぼくの頭にひらめくものはないが、これもあとで奴隷手帳にメモしておくことにする。
時間が余ったので、備品の購入の手配もおこなうことにした。
この世界では特注になるのでコストはかかってしまうが、この先のことを考えると、うつ伏せ用の穴空き施術用ベッドがあったほうがよい。
日本でぼくが使っていた施術用ベッドは、幅が六十五センチ、長さが百九十センチ、高さが六十センチの、ごくありふれたサイズだった。
魔族の体格は人間とかわらないようなので、同じくらいのサイズでいけるだろう。
物件は広いので、ベッドは十台用意する。
これでもスペースに遊びができる見込みなので、今後の展開次第では更に追加するものとする。
あとは結構な数の布が必要になる。少し多めにお願いをしておいた。
ほかにも細かい備品、荷物置きのカゴなどを発注。
ひとまず備品は揃う目途が立った。
順調だ。思ったよりも早く開業日を迎えられそうである。
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