【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第一章 開業
第12話 ルーカスの大論陣
あの後、準備は順調に進んでいた……はずだったが。
やはり無風というわけにはいかず。問題が発生してしまった。
ルーカスの似顔絵が入った特製シャツが破壊的にダサかった……というのは割とどうでもよく、ぼくが我慢すればよいだけの話。
事件が起きたのは、内装の職人が来たときのことである。
五人の屈強な魔族の男が来てくれたのはよいが、士気があからさまに低いのだ。
ギルドに言われて仕方なく来ましたというオーラが凄まじく、ぼくの言うことをきちんと聞いてくれない。
おかげで、間仕切りなどをおこなうだけのさほど大がかりでない工事なのだが、遅々として進まなかった。
様子を見ていたルーカスが訝しんで問うたところ、五人は素直に口を開いた。
「いくらリンドビオル卿の奴隷でもなー。人間が開業する手伝いをするのは気が引けるというものだっぺ」
「人間怖い……おうちに帰りたい……」
「俺様は家族を人間との戦いで亡くしている」
「マロも華族を人間との戦いで亡くしておじゃる」
「アタシもあまり気が進まないわ」
五人の話しぶりを見る限り、ギルドの人選にも問題はあるようだ。
嫌がらせで窓際族を選抜された可能性は十二分にある。
ただ、いずれこの手の問題が起きてもおかしくないとは思っていた。
すでに、リンドビオル家に人間の奴隷が入り、その人間が王都で開業しようとしているということは、お触れが回っているために周知されつつある。
ルーカスは王都民の反発を防ぐために、それが魔王公認であるという情報も回し、ルーカス似顔絵入りの特製シャツも用意し、ぼくに毎日着させている。
そのおかげか、ここまでリンドビオル邸が焼き討ちや打ちこわしにあったり、ぼくが帰り道にいきなり魔法を撃たれて殺されたりということはなかった。
だが、いくら周知されようが、それで魔族にある人間嫌いや人間恐怖症が消えたわけではない。
開業までにかかわる魔族の人たちは一人二人だけ、というわけにはいかない。
そうなると、人間に強い恨みを持つ者、重度の人間恐怖症、過激な攘夷論者……そのような人たちとも当然かかわりを持つことになることはあるだろう。
現在直面している問題については、遅かれ早かれ発生することになっていたのだ。
ここは乗り切らなくてはいけない。
が……。
なぜかルーカスのほうがやり合う気満々である。
「ふふふ、マコトよ。人間の国では『ピンチはチョイス』と言われているそうではないか」
「チョイスじゃなくてチャンス」
「おお、そうか……ふむ」
今度はメイド長にメモられる前に訂正しておいた。
「つまりはだ。このピンチはお前のことを理解してもらう好機である」
「はあ。好機、ね」
ルーカスが職人たちに向かってしゃべり出す。
「職人たちよ。マコトは決して魔族の敵ではないのだぞ。話せばわかるタイプの人間だ」
「そうだよ。マコト悪いヨロイじゃないよ」
カルラは意味不明であるが誰も突っ込まない。
職人たちは反論をしてきた。
「しかしオラ思うっぺ。リンドビオル卿はその人間にだまされてるんだっぺ」
「ふふふ。私がだまされる? そんなことがあるわけがない」
「なんでそんなことが言えるんだっぺ」
「なぜなら私は優れているからだ」
「リンドビオル卿は……人間が……怖くないのか」
「ふっふっふ。怖いはずがなかろう」
「なぜ……」
「私の魔法は最高のクオリティだからだ」
「リンドビオル卿は人間への恨みはないのか」
「私も父が戦死しているからな。ないこともない」
「ではなぜ人間に協力するのか」
「ふふふ。私が人間に協力するのではない。人間が私に協力するのだ。勘違いしてはならない」
ルーカスが職人相手に次々と謎理論を披露していく。
……というか。ルーカスの父親が家にいないと思ったら、すでに戦死していたのか。
初めて聞く事実に少し驚いた。
あたりまえだが、職人の表情に納得の色は全くない。
だがルーカスはドヤ顔で締めくくりにかかった。
「ふふふ。よし、職人たちよ。みんな納得したな。わかったら、マコトの言うことを聞いて作業に取り掛かるがよい」
職人は白けている。ぼくのほうから見ていると、温度差が凄い。
「でもなあ。オラたちにも職人の誇りがあるっぺ」
「そうだよ……」
「そうだ」
「そうでおじゃる」
「そうだわ」
「だまらっしゃい!」
あ、キレた。
「皆どれだけ腕に自信があるのかは知らぬが……。
このマコトも同じく職人だ。そして今、人間でありながら一人で魔国に乗り込み、そして味方も少ない中、開業しようとしているのだ。
お前たちが逆の立場だったら彼と同じことができるのか?」
「……」
「彼は私の奴隷であるが、鎖につないだことなど一度もない。つまり逃げようと思えばいつでも逃げられる状態にあったのだ。
だが彼は逃げずに、その技術を魔族のために使ってくれると言っているのだぞ?」
「……」
「職人の誇りというのは確かに大切なものだ。そしてその技術をあくまでも魔族のために使いたいというお前たちの心意気、それは素晴らしいだろう。
だが、彼も人間の身でありながら、お前たちと同じく魔族のために働く気でいる。ならばお前たちが彼に協力することは結果的に魔族のためにもなるだろう。違うか?」
「……」
「だいたい、このマコトの顔を見てみるがよい。魔族に仇なすような顔に見えるか?」
「顔はそんなふうには見えないっぺ」
「確かに……見えない……」
「見えねえな」
「見えないでおじゃる」
「たしかに顔はかわいいわね」
「そうだろう? この顔で敵にはならないはずだ」
だが、職人はそれでも「うーん」という顔をしている。
「しかし『マッサージ』なる技術は、マロは今まで聞いたことがないでおじゃる。本当に魔族のためになる技術なのでおじゃるか?」
ルーカスは「当然だ」と言ってぼくのほうを向いた。
「よし。マコトよ。ここはお前の技術でこの職人たちを納得させることにしようではないか」
ルーカスはここでぼくに施術をさせる気なのだろうか?
まだベッドは納品されていないが……。
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