【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第一章 開業
第9話 見えない力
魔王は寝た。
そしてぼくは、めでたくリンドビオル家の奴隷として魔王の承認を得た。
「ええと、もうヨロイは外したままでいいのかな」
「まだ周知されていないので危険だ。
触れ書きは急いでするつもりだが、しばらくは私の顔を描いた特製シャツを着てもらおうと考えている。それができるまではヨロイのままがよいだろう」
ということで、またルーカスに手伝ってもらってヨロイを装着した。
特製シャツは極めて嫌な予感がするが、今は考えないことにする。
来るときに使った昇降機が、ゆっくりと魔王城を下ってゆく。
「そういえばさ、魔王様がさっき敗戦云々言ってたけど。前回の戦のことって聞いてもいいの?」
「ふふふ。よい質問だな、マコトよ。先の戦では、私の考案した戦法が初めて採用された記念すべき戦いだったのだ」
「へー」
「魔法は威力を強力にすると速射ができない。私はそこに目を付けた。塁を構え、柵を植え、その後ろに兵を三列に配置し、交代交代で三段撃ちする戦法を考えたのだ」
長篠の戦いにおける鉄砲三段撃ちを思わせる戦術である。
魔法の射程距離がどれくらいかは知らないが、人間が魔法を使えない以上は有効である気はする。
うまくハマれば、人間側が初見で対策するのは難しそうだ。
「よさそうな戦い方だね」
「そのとおりだ。魔国史上初めておこなわれた画期的な戦法として、歴史に残るだろう。
運悪く、敵が前からでなく後ろから登場してしまい結果は出なかったが、今後も十分に使える戦法であると高い評価を受けている」
……。
ルーカス人間語録に「生兵法は大怪我のもと」を加えてもらうことにしよう。
一階に着いたようだ。
扉が開いたのでルーカスを先に通し、あとから外に出る。
……あれ?
昇降機の前には、城壁の門のところで見た褐色銀髪幼女が。
「カルラ様、お帰りなさいませ」
「ルーカスただいま」
ルーカスがしゃがんで丁寧に挨拶をする。
ぼくも慌ててそれに倣った。
「お帰りなさいませ」
「あー。マコトだ」
「覚えてくださってありがとうございます? 今帰ったんですか」
「うん。あれからいったん帰ってまたこっそり出かけたんだけど。見つかって連れ戻されたんだ」
「放浪癖でもあるんですか……」
カルラはこちらに寄ってきて、兜のツノを持って揺さぶってきた。
「ねーマコト。顔見せて」
「あー、これ取るのはちょっとまずいというか……。あ、そうそう。兜の中の人はいないんです。〝これが私の顔なんです〟」
「うそつき。やっぱり悪いひとだ」
「いやいや、ぼく悪いヨロイじゃないよ」
「ふふふ、マコトよ。ここならよいのではないか?」
ルーカスはそう言うと、スポッと兜を外した。
「あらま。大丈夫なのかな」
「まあ、私もいることだしな。外ではまだ危険だ。特製シャツの完成を楽しみに待つがよい」
カルラにジロジロ見られている。
「……にんげん」
「わかるんですね。そうです。ぼくは人間です」
「ふーん」
頭をワシャワシャと掻き回された。
手が小さい。まだ小さい子の手なので、触られた感じが猫の肉球のようだった。
そしてほっぺを両手で横に引っ張られる。
「痛いです」
「かわいい」
幼女が二十一歳に向かってかわいい……だと……?
「カルラ様はまだ小さい。人間にもそこまで嫌悪感がないのかもしれない」
カルラが昇降機で上がっていくのを見送ってから、ルーカスがそう言った。
「そうみたいだね」
「……これから植えつけられることになるのかもしれないがな」
そのあたりは三十年も戦争をしている以上、仕方がないと思う。
「あ、カルラ様といえば。魔王様はずいぶん若く見えたんだけど、カルラ様は実子じゃないってこと?」
「ふふ、カンがいいな。『魔王』である者は基本的に実子を持たない習わしがある。何かの弾みで実子ができたとしても、よその名家に養子に出してしまって手元には残さない」
「へー」
「その代わり、いろいろな名家から養子養女を取り、小さいころから魔王様のそばで帝王学を学ばせるのだ。そしてその中で最も実力のある者が魔王となる。
まあ、つまりは『魔王を血だけで選ぶことはしない』ということだ」
「実力主義というわけだね」
あの魔王も実力はあるということか。
魔王としての実力……それが何かはイマイチわからないが。
容姿とかそれ系のくだらないものでないことを心から祈る。
「そうだな。実力主義と言ってよいと思う。養子養女として入った順番も、継承の上では特に関係はない。まあ前に言ったとおり、カルラ様は七番目の養女だ」
「なるほど」
「ふふふ。つまり幼女の養――」
「ハイハイすっごい面白いです」
「むむむ。人間はこのような冗談を好むはずだが」
「ま、嫌いってわけじゃないけどね。ルーカスは好きなの?」
「私は、好きというよりも、人間が『笑い』を大切にしていることに注目している」
「また人間研究の一環ってやつだね」
「ああ。人間では笑い専門の職業がある。だが魔族にはない。この差に注目するのは研究家として当然だ。笑いには、見えない素晴らしい力があると考えている」
たしかに、笑いは生きる力になると聞いたことはある。
例えがよいのかどうかはわからないが、お笑い番組で笑っているうちは死にたいなんて思わないはず。
見えない力がある――それは本当かもしれない。
マッサージだって、受けて気持ちいいと思っている最中は死にたいなんて思わない。
それと同じかな。
そんなことを考えながら、魔王城をあとにした。
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