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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第一章 開業
  第8話 リラクゼーションではなく、治療

 絶叫が魔王城百階を支配する。
 うるさすぎて施術に集中できなかった。

「魔王様、ちょっと声がエ……大きいので抑えていただけますと。こちらが集中できません」
「う……るさ……い」

 魔王はうつ伏せのまま首を回し、やや赤みのある髪を乱しながらこちらを睨む。

「あの。布を噛んでいただくというのはどうでしょうか?」

 魔王のマネージャーを称する人から変な助け舟が入り、布を噛んでもらうことになった。
 彼女は最初抵抗を示したが、ここにいる一同の微妙な表情を確認すると、空気を読んで受け入れた。

「んぐぐ……んんん……ん――!」

 うん。まあ、ちょっとはマシ、かな。

 見ている限りでは、少し力が入りやすいタイプのようだ。
 うつぶせのまま歯を食いしばったり、上を向いたりすると首や背中、腰がまた硬くなってしまう。
 今せっかくゆるんできているので、それはもったいない。

 ということで、肩と首は横向きでおこなうことにする。

「では横向きになってください」
「んぐぐぐ……」

 なんと返事しているのかはわからないが、こちらの言う通りにはしてくれた。
 頭上方向から肩上部を押圧する。

 横向きの施術は、上から下に押せない。そのため、力が入りにくそうに見えるかもしれない。
 しかし、自分の骨盤や太ももの内側を施術している腕のひじの後ろに当てると、体重や内転筋が使えるために比較的容易である。

「んん――!」

 首筋にうつる。
 胸鎖乳突筋――首の左右側面にある二本の筋――の緊張が強い。
 この筋肉は首の側屈や回旋などに働く。魔王の座っている姿勢を考えれば、コリがたまっているのはうなずける。

 この筋肉の施術効果は大きい。ゆるむと頭部が一気に軽くなる。
 そして、この筋肉を刺激することで、迷走神経という副交感神経系の神経を同時に刺激することができるとされている。

 副交感神経は体を休ませて回復させる神経である。
 そのためリラックス効果が期待でき、またこの神経は内臓の多くを支配しているので、それらを調整する効果があるとも言われているのだ。

 頸動脈が近いので慎重に施術。

「ふんんん――」

 次は大胸筋と、その奥にある小胸筋だ。
 魔王はそっくり返って座っている影響で、肩を前に出すことが多いだろうと予想する。
 ゆるめて胸を解放する必要がある。
 誤って乳房を触らないよう、鎖骨のすぐ下から慎重にゆるめていく。

「ふんんんんんっ――!!」

 やっぱりうるせぇ……。



 ***



「はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか? 魔王様」

 施術が終わってフラフラしている魔王に、一応声をかける。

「……なんなんだ……これは」
「え?」
「おいマスコット」
「マコトです」
「マコトか。まあどちらでもいい。手を見せろ」

 ルーカスのときも同じことを言われたような気がする。
 ぼくは両手を差し出した。
 魔王は彼のときと同じように、ジロジロと手を見て、指で突いたりしている。

「リンドビオル卿」
「はい」
「手には特に仕掛けがないようだな」

「はい。私も調べましたが、何もありませんでした。不思議なものでございます」
「切って調べてみるか」
「いや、本当に何もないので勘弁してください……」

 魔王は大きく伸びをしながら深呼吸をした。

「ん? 呼吸が楽になってるぞ。気のせいじゃないな?」
「はい、気のせいじゃないと思います。座っている姿勢があまり良くないのか、背中のハリも強く、胸も詰まっているような感じがあったので。
 今は解放されて肺が膨らみやすくなってると思います」

 魔王は「ふん……小難しい説明は要らん」と言い捨て、今度は首や腰を回し始めた。

「ほう。首から腰にかけて重だるかったんだが、それがなくなって軽くなってる。羽が生えたみたいだ」
「その症状も、たぶん座っている姿勢のせいだと思います。今後は足を組まず、頬杖もあまりつかないようにしてください」
「お前は魔王であるわたしの態度にケチをつけるのか」

 睨み付けられた。怖い。
 だがやはり、原因がハッキリしている以上、言うべきことは言っておいたほうがよいだろう。

 施術は単なるリラクゼーションのためにやっているわけではない。「気持ちが良い」だけで終わっては治療にならないのだ。

「ぼくはケチをつけているわけじゃありません。生活指導もマッサージ治療のうちです」
「だまれ」
「あ、はい」

 どうやらダメなようだ。

「また体が重たくなったらお前を呼べばいいんだろ。奴隷のくせいちいちうるさい」

 え、また呼ばれるの――。
 再び救いを求めるようにルーカスのほうを見たが、見事に視線を逸らされた。
 魔王相手だとイマイチ彼は頼りにならないようである。

 施術も大切だが、生活指導も同じくらい大切だ。
 一時的に体が楽になっても、その原因が取り除かれないとすぐに元に戻ってしまう。
 できればきちんと聞いて欲しいと思ったのだが……難しそうだ。

「けどやっぱり不思議だ……。手に仕掛けがあるわけでもないし、人間だから魔法を使ったわけでもないんだろ。どうなってるんだよ」
「ふふふ。魔王様、明日になるともっと体が楽になっていますよ」
「ほう……そうなのかリンドビオル卿。それは楽しみだな」

 ルーカスが余計なことを言う。
 この魔王は少し面倒くさそうなので、無駄にハードルを上げないでほしいと思う。

「じゃあ今日はもう寝る。またな」

 まだ昼間です。 
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