【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第一章 開業
第7話 魔王をモミモミ
魔王城の一階に入る。
良く言えば、魔王城らしさがあった。
見るからに重厚な扉、柱、壁。そしてそれらに施されているダークトーンの装飾は、内部の武骨な印象をいっそう際立てている。
ルーカスは軍幹部の一人であるからか、係の人の案内と世話が付くようだ。
突き当りにある重そうな石の扉。その右についているスイッチのようなものに、係の人が手をかざした。
扉が開く。
中はエレベーターのような小部屋であり、入るよう促された。
「これは魔力で動く昇降機だ。魔王様のいらっしゃる百階まで行く」
扉が閉まると、少し加速度がかかるのを感じた。
スピードはかなりゆっくりのようだが、エレベーターの乗り心地に近い。
「魔法って便利だね」
「ほう。便利……か。さて、それが良いことなのかどうか」
「良いことなんじゃないの」
「お前のいた世界は、魔法がなくてもきちんと社会は機能していたのだろう?」
「そりゃまあ、そうさ」
「この世界でもそうだ。人間は魔法などなくても、立派に生活し、発展している」
「……」
「魔法ですべてが何とかなる――そんな社会に発展の余地などあるのだろうか」
彼はたまにぼやく。
しかも内容はだいたいアンチ魔族で人間寄りだ。
人間が好きなわけではないと言っていたのに。
そのうち「早く人間になりたい」などと言い出すかもしれない。
***
魔王城の百階は内部の装飾がまったくなく、駐車場のような驚きのショボさだった。
建築されたのは大昔だが、途中で予算がなくなって美術屋が雇えなくなったらしい、とルーカスが言っていた。
魔王は、謁見の間の椅子に座っていた。
足を組み、肘をついている。
……。
……!?
女だった。
束ねず流している、やや赤みがかかった長い髪。
まったくゴツさのない手足。
立派な黒いマントを着けているようではあるが、それ以外にあまり魔王らしいところがない。
顔も若々しい。娘がいるとは思えなかった。
平均寿命が人間と少し違うのか、昔の日本のように養子養女を大量に取る文化があるのか。どちらかなのだろうとは思うが……。
これからやるであろう仕事上、そのあたりはぼくもきちんと知っておいたほうが良い。
あとでルーカスに確認しておかなければ。
「リンドビオル卿よ。たしか、先の負け戦の戦犯として来月まで出勤停止だったはずだが?」
「少々イレギュラーなご報告がありまして。申し訳ございません」
「あっそ。ま、暇だったしいいや。出勤停止は解除ね」
「ありがとうございます」
ルーカスがあの村にいたのは、実は出勤停止処分になっていたためのようである。
何がバカンスだ。
「というかわたしの部屋、百階とか高すぎじゃないか? 一階じゃないとめんどくさがって誰も会いに来ないだろ。おかげで暇なんだよ、こっちは」
「しかし魔王城は最後の砦となりますゆえ、攻め込まれたときのことを考慮すれば悪くはありますまい」
「魔王城まで人間が攻め込んできている時点で、もう負け確定だろが」
「……おっしゃるとおりで」
「で、隣のヨロイは誰なんだ」
「はい。これが今回のご報告です。先日、レンドルフ村の西にある砂漠で、人間を一人発見しまして」
「なんと、人間がそんなところにいたのか」
「はい。この大陸の人間ではなく、異世界の者のようです」
「ほう。異世界とな」
「その者を捕らえまして、わが家の奴隷といたしました。ここにいるのがその者です」
魔王は顎を少しいじった。
「お前は相変わらず変な奴だな……。まあ、お前のオヤジには世話になったしな。個人が入れた奴隷なら、別にわたしが口を出すことでもない。構わんよ」
「ありがとうございます」
「おい、ヨロイ」
「はい」
「人間ということなんでな。一発殴らせろ」
魔王は座ったまま、右手の手のひらを天井に向ける。
その手のひらの上、空中に、何やら塊が出来始めた。
氷……。魔法だ……!
それはどんどん大きくなっていき、同時に整形されて横倒しの氷柱形となった。差し込んでいる光を反射して、怪しく光る。
え、これヤバいんじゃないの?
ルーカスのほうにヘルプを求める視線を送る。
彼はぼくの視線に気づいたのか、こちらを見て軽くうなずく。
「ヨロイがあるので大丈夫だとは思うが……歯はくいしばっておけ」
助けてはくれないようだ。
魔王の手がヒョイと動く。
その直後、ぼくは氷柱に吹き飛ばされた。
「ぐああぁっ!」
確かにこのヨロイ、かなりの衝撃を吸収してくれた感じはある。
だがすぐには立ち上がれなかった。
「ぐ……」
起き上がろうとしたが、失敗してまた崩れた。
肋骨、ヒビが入った気がする……。
「おいマコト、大丈夫か」
「いや……あまり…………ごほっ」
「少し待っているがよい。治癒魔法をかける」
ルーカスがヨロイの隙間に手を入れる。
アッー……と言っている余裕はない。
お。胸の痛みが消えた。
これが……治癒魔法か。
……。
……これ、どうなんだ?
確かに、「ああ、修復されているな」というのは感じる。
が、癒されているという感覚はない。
なんなのだろう。この得体のしれぬ禍々しさは。
「マコト、立てるか?」
「うん。大丈夫。ありがとう」
魔王が冷笑している。
ぼくとルーカスは、ふたたび片膝を立てて座り、謁見の姿勢に戻った。
「あの。魔王様、もう一つお願いがありまして」
「なんだ?」
「この奴隷ですが、異世界でマッサージ師という特殊な職業についておりました。
その技術は体を治癒させるものでありますが、治癒魔法の欠点をうまくカバーでき、現在の魔族にとって極めて有用と考えます。
つきましては、奴隷の身分のまま王都で開業をいたしたく……」
魔王の表情は、大して興味もないという感じだ。
「ふーん。よくわからないけど、まあ別にいいんじゃないか。勝手にしろと思うが」
「ありがとうございます」
「で。ここに連れてきたってことは、わたしにも実演するということでいいのか?」
……。
そんな話は聞いていないが、この流れはやらざるを得ないだろう。
ルーカスとマネージャーを称する人が、慌ただしく敷物などの準備に入った。
***
「じゃあ、ヨロイを着けていると施術しづらいので脱ぎますね」
ルーカスに手伝ってもらって脱ぐ。やはり軽装はいい。
「なんだお前、ガキじゃないか」
「魔王様、見かけはこうですが、技術は間違いないと思います」
「ふーん。マスコットかと思ったぞ。もっと達人臭いジジイを想像してた」
「……」
「名前は?」
「マコトです」
「ふーん」
なんだ「ふーん」って。
準備ができた。
すでになんとなくは掴めている。
この魔王はさっき話していたとき、ずっと右足を上に組んでいたままだった。そして左肘を肘掛けに置き、頬杖を付いていた。座り方も浅い。
これは体が歪むはずだ。腰、背中、肩、すべてこるだろう。痛みが出る可能性もある。
長引くとキレられそうなので、魔王の体を素早く検査することにする。
「じゃあ、触りますので薄着になってください」
「触らないとできないのか? あまり人間に触られたくはないが……仕方ないな」
上を一枚脱ぎ始める。更衣室はないようだ。
脱ぐときに大きな胸が引っ掛かってプルンとなった。
さて。
頸椎から下方向に背骨をなぞってみる。
やはりわずかに曲がっていた。オーバーに言えばCの字形である。
すでに予想はついているが、骨盤も包むように触って確認する。
やはり右上がりだった。
「次は筋肉の付き方を確認します」
「いちいち言わんでいい」
「あ、はい」
脊柱起立筋をはじめとした背中の筋肉の付き方を、両手を滑らせるようにして確認する。
「……っ」
「え?」
「いや、なんでもない。続けろ」
「あ、はい」
魔王の体は華奢であるが、肉感はしっかりある。体はやはり若い。
だが姿勢の影響か、右腰にある腰方形筋の緊張が強く、左右差が大きくなっていた。肩と首も触ってみると、コリは結構ある。
うつ伏せになってもらう。
まずは脊柱起立筋から施術していこう。
脊柱起立筋は背骨の両脇を縦に走る筋肉の総称である。
骨のすぐキワの、第一線と呼ばれる縦ラインから指圧していく。
よっと。
「はぁっ」
「へ?」
「こら。何か言ってから始めんか」
「さっきいちいち言わなくてもいいって……」
「だまれ」
「あ、はい」
より外側の第二線や第三線も指圧していく。
背中のハリも結構ある。座っている姿勢があまり良くないので、背骨の自然なS字カーブが乱れやすく、負担が来やすいのだろう。
触診で気になっていた右腰にいく。
治療上あまり関係はないが、くびれが見事である。
ここは筋緊張が少し手強い気がする。ほぐしてゆるめることで、左右差の解消にもつながりそうだ。
手根でモミモミ、と。
「んああっ」
次はお尻の上のほうにある中臀筋。
これは大臀筋よりも小さいが、腰痛に深く関係する筋肉であるため重要である。
ぐいっ。
「んあああっ――!」
大臀筋。
「あぁあああっ――!!」
魔王うるせえええええ!!
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