【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第一章 開業
第6話 時をかける幼女
王都は正式名称をミッドガルドというらしい。
どこかで聞いたような名前だと思った。
なんとなく魔国にふさわしくない響きである気がしたが、具体的にどうふさわしくないのかまでは思い出せなかった。
ルーカスの説明では、高い城壁に囲まれた城塞都市になっているとのこと。
王都は広いので、城塞の外側にも農地や邸宅は広がっているが、万一戦になっても、全住民が城壁の内側に入れるくらいの広さがあるそうだ。
なお、魔王城は高さが地球換算で八百メートル以上あるようで、王都到着前にその姿は馬車から見えていた。
偉容としか言いようがない。
ドバイにある世界一の超高層ビル、ブルジュ・ハリファを実際に見たことがある人以外は、誰もがビックリだろう。
外の城壁に到着した。
ぼくの恰好はどう見ても不審者だと思う。
だが、一緒にいるのは軍の参謀である。不審な外見だけで突っ込まれることはなく、門番には「お疲れ様です」と普通に挨拶された。
門のところで、ルーカスは何やら手続きがあるらしい。
「少し待っているように」
そう言われたので、書類を書いているルーカスと、それに付き添っているメイド長を、城門の少し内側に入ったところから眺める。
彼の部下たちも、ぼくから露骨に離れたところで待機していた。
ここまでずっと心配していたが、門番の反応などを見ていると、どうやらぼくが人間であるとバレることはなさそうである。
少し安心した。
このあと魔王に挨拶して、奴隷入りを正式に認めてもらい、あとはルーカスがきちんと周知すれば。
堂々とまではいかないだろうけど、街を歩いても大丈夫になるのではないか。
「あの、ヨロイさん」
ん。
その高めの声がした方角を見る。
誰もいない、と思ったら、下にいた。
小さい褐色肌の女の子……というよりも、見かけは幼女に近い気が。
「ヨロイさん、魔族じゃないでしょ」
いきなりバレた。
「……」
女の子はパッチリとした赤黒い目を光らせ、こちらを見つめている。
門を通ってきた風が、二人の狭い隙間を通り抜けた。
彼女のショートカットの銀髪が揺れる。
これは……どうすればいいのか。
魔王に会う前に正体がバレて触れ回られてしまうと、順序が狂ってしまう。
むむむ。
やはり口止めしないとまずいだろう。
少考の末にその結論に達し、しゃがんで目線を落とし、女の子に合わせる。
「確かにそのとおりなんだけど。ぼくはルーカスの、リンドビオル家の奴隷なんだ。だからみんなに言いふらすのはやめてもらってもいいかな。騒ぎになると彼に迷惑がかかるんだ」
「ルーカスのどれいなの? でも鎖につながれてない」
「え? あー、これはちょっといろいろあってだね。つながれてないんだけどちゃんと奴隷だよ」
この褐色の女の子は、ルーカスのことは知っているようだ。
「んーよくわからないけど、ヨロイさん悪いひとじゃないんだ?」
「一応そのつもりだけど」
「そうなんだ。ボク悪いひとかもしれないと思ってた」
「まあ外見がこうだからね。あはは」
そう言うと、彼女は笑顔になり、しゃがみこんでいるぼくの頭の上に手を伸ばした。
兜を付けているのでわかりづらいが、どうも頭を撫でられている模様である。
「ヨロイさん、疑ってごめんね」
「大丈夫だよ。気にしてないから」
「誰にも言わないから安心して」
「ありがとう」
ふー、助かった。
「あ! カルラ様!」
ルーカスの部下がこちらに来た。
気づくの遅いよ……。
「おやおや、これはカルラ様ではありませんか。おひさしぶりです」
「あらカルラ様、おひさしぶりです」
ルーカスとメイド長も戻ってきた。
この褐色の女の子は、カルラという名前であるようだ。
みんな様付けで呼んでいるということは、偉い人の令嬢なのだろうか。
「またフラフラ外出されているのですか。怒られますぞ」
「おこられてもいいもん。外のほうが楽しいし」
「ははは。相変わらずですね。ここで何をされていたのです?」
カルラ様と呼ばれた女の子は、ぼくの兜のツノを少し揺さぶって答えた。
「このヨロイさんと話してた」
「ヨロイさん? ああ、マコトのことですか」
「ヨロイさんはマコトっていう名前なの? 変なの」
「う、変なのか……」
「珍しい名前だからな」
「フフ、わたくしは嫌いではありませんわ、その名前」
ルーカスとメイド長がそう言って笑っていると、「あ! いた!」という声とともに、数名の男が寄ってきた。
「カルラ様、勝手に護衛なしで外出されては困ります……あ、リンドビオル卿。戻られてらっしゃったのですね。お疲れさまでございます」
どうやら連れ戻しに来た護衛さんのようだ。
一人が彼女の片腕をつかみ、「さあ帰りますよ」と言った。
「じゃあボクいくね。みんなまたね」
「お気をつけて、カルラ様」
「マコトもまたね」
「はい。お気をつけて」
みんなに様付けされているようなので、ぼくも丁寧な言葉遣いに変更しておいた。
女の子は笑顔で手を振って、走り去っていく。
「あのさ、ルーカス」
「ん?」
「ぼくが魔族じゃないって、あの子に速攻でバレたんだけど……」
「なるほど。カルラ様は変なところでカンが鋭くてな。バレてもおかしくはないな」
「もーびっくりしたよ」
「ふははは」
「様付けしていたようだけど。あの子は偉いところの令嬢なの?」
「魔王様の七番目の子だ。今十二歳だったかな」
***
ルーカスはメイド長と部下たちに対し、王都内にあるルーカス邸に戻るよう指示を出した。
ぼくとルーカスの二人で歩く。
「はぁ……」
「そうため息をつくな。恐らく問題はない」
「ならいいけど……」
魔王の娘だとは知らず、最初タメ語で話してしまっていた。
いきなり大悪手ではないか。
王都見学の前に謁見の手続きをするということで、魔王城へ寄った。
あらためて近くから見る魔王城は……高すぎだ。
そしてこれだけの大きさがあるのに、外観は装飾に手抜きがない。
いったいどうやって造ったのか疑問に思ってしまうほど見事だった。
その偉容のせいだろうか? 上を見上げていたら、めまいがしてきた。
ルーカスが門番と思われる一人に声をかける。
その魔族は「マネージャーに確認してきます」と答え、奥に入っていった。
「マネージャーって何」
「スケジュールを管理する人物だ」
「いや、それは知ってるけど」
「それくらい忙しいときもあるのだ。魔王様は」
しばらくして、守衛が帰ってきた。
「暇を持て余しているそうで、すぐに面会可能だそうですがいかがいたしましょうか?」
「ふむ……そうか。ではお言葉に甘えさせていただこうかな。マコトよ、王都の見学は後回しにしよう」
「……」
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