【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第一章 開業
第5話 王都へ、出発
「ふふふ。なかなか似合うぞ。マコト」
「うーん……これで本当に大丈夫なのかなあ」
リンドビオル家別荘のエントランスで、ぼくは黒色のフルアーマー姿にされた。
目の部分がサングラスになっており、外から目の色を確認することは難しい。
なので人間であることがバレず好都合、ということらしい。
あらためて鏡を見る。
全身漆黒のパーツ、兜には二本の角。ビジュアルが中二病全開である。
ルーカスが開発責任者だったらしいのだが、正直あまり着けたくなかった。
しかしこれだけガチガチだと動けなくなりそうなのだが、そうでもない。
「見かけよりはずっと軽いね。ちゃんと動ける」
「そのはずだ。魔法が込められている」
「なんでこんなのがすぐに出てくるわけ?」
「試作品で作っていたものだ。まあ戦争用だな」
「じゃあこれから量産するんだ」
「……いや、この別荘にある試作一台だけで打ち切りになった」
「なんでやねん」
「先の戦争で大きな鉱山を奪われてしまってな。金属が高価になってしまったのだ」
「あ、そう。まあいかにもコスト高そうだもんね、これ」
何か致命的な不具合があるのか? と一瞬不安になったので、ひとまずは安心。
デザインについては我慢することにしよう。
「人間の奴隷を入れるというのは前代未聞だ。よって魔王様へ報告の必要がある。だが謁見は正式な手続きを踏むので、王都に行ってすぐにはできないだろう。
なので、その間の時間を使って、先に王都を一通り見学してもらおうと思う。謁見するまではその恰好のままでいこうか」
「うん。わかった」
……やはり魔王が存在するのか。
あらためてファンタジーの世界だなと感じた。
怖い人でなければ良いが。
「そうだ。それまでは名前も念のために偽名を使おうか」
「はあ。どんな名前に?」
ルーカスは腕を組んで少し考えていた。
「よし。では『ただようよろい』というのはどうだ?」
「漂ってないのでマコトのままで結構です」
本気なのかネタなのかはわからない。
だが、センスが欠落していることは疑いない。
「さて、出かけるか。みんな準備はよいか」
メイド長や、最初ぼくが捕まった塩湖の跡でルーカスと一緒にいた九人の部下。
彼らが一斉にうなずいた。
王都までは駅馬車で行くらしい。
みんな軽装なのに、一人だけだけフルアーマー。
鼻がかゆくなったり、タマの位置が悪くなったら大ピンチだ。
そんな事態になりませんように。
そう祈り、ガチャガチャと音を立てながら駅に向かって歩き始めた。
***
歩いている途中に見た村の様子は、少し寂しいものだった。
もちろん、砂漠が近いので植物も少ないし、家も日干しレンガ造りが多いため、色彩的に乏しいという理由はあるだろう。
だが、やはりそれだけではないと思う。
人々から活力を感じないのだ。
すれ違う人々を観察した限りでは、髪の色や肌の色はそこそこバラけていた。
共通しているのは赤黒い目である。が、元気がないことでも同様に共通していた。
もしも……彼らに背広を着せたら。
新宿でいつも見ていた、残業でくたびれ果てたサラリーマンと同じに見えるかもしれない。
駅馬車の乗り場は村の入り口近くにあった。
フルアーマーのぼくはだいぶ目立っていたが、バレることなく到着。
乗り場に付いたらすぐに係の人が飛んできた。
「おはようございます、リンドビオル卿」
「おはよう。準備はできているか?」
「はい、できております。確かまだバカンス中だったと記憶しておりますが、もう戻られるのですね」
「ああ、少し予定変更だ。これから十二人、王都に帰ることになった」
「それはそれは、お疲れさまでございます」
十八連敗中の軍の参謀が……バカンスだと……?
何か深い事情があるのだと信じたいが、ない気配もして怖い。
馬車は屋根付き八人乗りのものを二台用意したようだ。
ぼくは、ルーカス、メイド長、そして三人の部下の人と一緒の馬車に乗った。
内部は、左右に長椅子が向かい合わせるように設置してある。
フルアーマー姿のぼくは幅を取ってしまう。
こちら側の長椅子には、ぼくの隣にルーカスの部下一人だけ。他の四人は向かい側に座るかたちになった。
***
レンドルフ村から王都までの道は、整備が行き届いているらしい。
馬車の揺れはさほどでもなく、落ち着いて窓から風景を見ることができた。
だが、砂漠が近いので植生が乏しく、その景色は黄土色の荒涼たるものだ。
見ていてもすぐに飽き、視線が車内に戻ることになる。
向かい側のルーカスの部下二人は、警戒心マックスな顔でこちらを見ている。
そしてぼくのとなりに座っている部下の人は、こちらからかなり距離を取って座っていた。
そう言えば……。
この別荘に来てから何度も顔を合わせているのに、部下の人たちからは一度も声をかけられていない。こちらから挨拶をしても、頭をちょっと動かされるくらいだった。
そして今のこの状況である。
完全に忌避されていると見て間違いないだろう。
この場では、ルーカスだけが面白そうにこちらを見ている。
そしてメイド長は面白そうなルーカスを面白そうに見つめている。
やはりこの二人が特殊なのだ。
「ルーカス、聞いてもいい?」
「よいぞ。何でも聞くがよい」
「人間が……好きなの?」
「ああ、お前には先にはっきり言っておいた方がよいだろうな。好きなわけではない」
「好きじゃないのに人間研究家なんだ」
「ふふふ、すべては魔国と魔王様のためだ。悪く思わぬようにな」
「別に悪くは思ってないよ」
ルーカスは微笑を浮かべながら「それならよいのだが」と言った。
こちらは別に気にはしていない。
まあそうだよね、と思っただけだ。
「暇だから他にも質問があれば答えるぞ」
「じゃあ聞こうかな」
「なんだ」
「魔族は魔法が使えるのに、なんで連戦連敗なの」
「ふふふ、それは良い質問だ」
「……?」
「種族として人間よりも弱いからだ」
彼はサラッと答えた。
ぼくはその場にいた全員の表情を確認してしまった。
メイド長は表情を変えていなかったが、向かいの二人と隣の一人の部下は眉間に皺を寄せて微妙な顔をしていた。
「まさかの答えだなあ」
「まあ、聞くがよい。まず個体数が違いすぎるのだ。一対一であれば、さすがに並の魔族が人間に負けることはない。だが三人同時に相手をすれば難しいだろう。まともに戦っても数で押し切られるわけだ」
「へえ……」
「あとは我々があまりに人間を知らなさすぎる、ということがある。人間は敵だが、まず敵を知らなければ戦には勝てない。わからないものと戦っているから勝てない」
「フフ、『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』とおっしゃっていましたよね」
「おお、そうだシルビア。よく覚えているな。さすがだ」
「ウフフフ」
この掛け合いでは部下の表情は変わらない。
まったく反応しないのは少し面白い。
さすがにもう慣れてしまっているということで、スルーが定着しているのだろうか。
「あ。そうだ、勇者っているの?」
ふと思い出したので聞いてみた。
魔王という言葉が出ていたときに、少し気になったことだ。
「ほう、知っているのか。まあ、そのような称号で呼ばれている人間はいるな。
残念ながらあまりこの国の要人は重要視していないが、人間の中では高い能力を持ち、士気への影響を考えれば戦の趨勢を握っていると言ってもいい。戦争には毎回出てきている」
「へー、やっぱりいるんだ。なんで重要視しないんだろうね」
「そのあたりは頭の痛い話だな」
ルーカスがぼくから視線を外した。
「今のところ、私しかまともに人間のことを調べようとする者はいない。残念なことだ」
視線の先は、ぼくのすぐ横にできているスペースの窓の外。
ここにきて笑顔が消え、どことなく寂しげな顔にも見えた。
「もちろん魔王様は暗愚な方ではない。とても偉大なお方だ。
だが敵である人間の怖さをよく理解されているかと言えば、もしかしたら、まだ不十分なのかもしれない」
「……」
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