暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
15 6の直後のお話
前書き
(*゚∀゚)「暇だな~、退屈だな。 お、傭兵が来てるのか。 あれで遊ぶか」(物理)
―――これはレヴァンテン・マーチンとの二度目の邂逅なのもつゆ知らず、初対面だと思って面接(物理)で殴り倒した時の事だ。
「ぎっひぃええええっ……!!??」
謁見の間に爆裂音――と、潰れた悲鳴も一つ――が響いた。
衝撃は城全体を地震のように揺るがし、床が陥没するようにめり込んで破片が宙を舞った。
容赦ない威力は破壊の跡を残し、拳に感じる確かな手応えに胸の震えを感じた。
それも当然だ。
俺がやったのだから。
我ながら中々の威力だ。
デトワーズ皇国の姫であり、陛下でもあり、なおかつこんな威力の拳を持っている世界広しと言えども俺しかいないだろう。
使い道はと言えば、当然の事だから破壊に使う事に限られる。
その結果は無残にも大参事だ。
謁見の間のお高い床が見事に窪みが出来ている。
金銭的損失を考えれば、平民からすれば悲鳴を上げるほどの損害額に昇るだろう。
だがいつもの事だ。
こんなの両手の指では足りないほどにやっている事だ。
ただ…やり過ぎたせいで、謁見の間の床や壁、天井に至るまで四角い鋼材を並べたような構造となっている。
それによって、俺が殴り壊したとしても多少の破損であればその部分だけを撤去して、新しい鋼材の嵌め込めばあっと言う間に元通りになる。
俺が苛立つ度に壊すものだから、度重なる修復と壊れた一面の総入れ替えに難儀するものだから考えられた構造だったとか。
閑話休題。
「………」
俺は―――俺は、この衝動をどう説明していいものか、言葉に…いや、表現に詰まった。
俺の拳は一人の傭兵を沈めた。
床を砕き、謁見の間を揺るがし、一撃の下に叩き伏せた。
それがどうした事か、この手応えは……この気持ちを例えるのなら、胸が踊った…いや、違う…体に稲妻が奔った…いや、これも違う…月までブっ飛ぶ衝撃……って、そういうのじゃない。
ああっ、何と言い表せばいいのだろうか。
初めて感じる感情。
湧き上がる情動。
もどかしい思いで手探りのように表現を探していると、ピッタリと当てはまる言葉が頭の中に閃いた。
―――そう……運命を感じた/獲物、見~っけ。
「はぁ……」
俺が胸にワクワクした感情を覚えている時に、静寂が戻った謁見の間で小さな溜め息が零れたのが聞こえた。
そこにはメイドのミーア姉ちゃんがいた。
俺の拳の下では傭兵が一人沈んでいるが、俺が命じてミーア姉ちゃん連れて来させた。
俺の鬱憤晴らし/暇潰しでこうなる結果がわかっていても、呆れるものは呆れるのだろう。
ごめんなミーア姉ちゃん、仕事ばかりするの退屈なんだよ。
だけどな、今回ばかりはいつもと違う。
いつもの有象無象の類かと思っていたけど…意外や意外、こいつは“特別”だ。
うん……なんか物欲しくなってきた。
「…せーの」
下で失神ているこの傭兵をもう一回殴りたくなってきたので、俺は沈ませた拳を再度振り上げた。
するとミーア姉ちゃんってば珍しくメイドとしての顔を崩し、慌てた表情を見せて止めてきた。
「えっ、エルザ姫様!? 何しようとしてるんですか!?」
「ん、もう一発殴りたいなぁ、って」
「な、何を言っているのですか!? 今まで一人につき一回で済ませてきたのに、エルザ姫の二回目などしたら壊れてしまいますよ!?」
上手いな。 “死んでしまう”とかではなく“壊れる”か。 確かに俺の拳は破壊的だから、“壊れる”という表現は的を射ている。
ミーア姉ちゃん、頭良いな。
だけど、もう一度感触を確かめたい誘惑が俺に拳を固くさせた。
「ダメですからね」
もうメイドの顔に戻ったミーア姉ちゃんは、冷厳に念を押してきた。
さすがに、意識を失っている相手に追い打ちは非道だと自覚したので、俺は殴るのを止めとく事にした。
「でもさミーア姉ちゃん。 俺、こいつ欲しい」
「っ…え……!?/// ぁ、あぁ…エルザ姫様、欲しいとは…この傭兵様を……どういう意味ですか?」
俺の言葉をどう解釈したのか、ミーア姉ちゃんは表情を二転三転させて、努めて冷静に問いかけてきた。
「そりゃもちろん、俺の手元に置いておきたいって意味に決まってるじゃないか。 だって、こいつの殴り心地が格別なんだぜ! 五体満足だしさ!」
俺は、感情のままに喜色の声を出した。
お気に入りの玩具、お気に入りのペット、そんな言葉では形容出来ない対象と巡り合えたのだ。
相性がいいとか、しっくりくるとか、ウマが合うとか…まさに人生では有るか無いか言える存在だ。
そこらの傭兵の一人だと判断して適当な砦に押し込むのは勿体ない。 少なくともその価値がある、と俺は思った。
「ですよね…」
俺の身勝手さはいつもの事だから呆れられると思ったが、その予想に反してミーア姉ちゃんはそれを落胆したように疲れた声を零した。
溜め息まで漏らしてきた。 なぜだ。
「でしたら、話を通すべき方がいますね」
気を取り直したミーア姉ちゃんは、話を進めた。
面倒臭いとわかっていても、俺のワガママを通すには壁となる人物の顔が否応なしに頭に浮かんでくる。
「この方を姫様の付き人…の類にされるのでしたら、当然その根回しや段取り、その他の落としどころなどを宰相様にお伺い立てる必要があります」
「だよなー」
頭ごなしに否定する事はせず、俺の意向に沿ってくれるミーア姉ちゃんは本当によく出来たメイドだ。
それゆえに、面倒臭いとわかっていても逃げ場が無いのだと告げてくる。
「仕方ないな。 話通しておくか」
「はい。 では、ここ後始末と傭兵様の面倒に関しては“キメラ”達にお任せしましょう」
控えるように沸いてくる気配を感じながらも、俺は一歩後ろにミーア姉ちゃんを引き連れて、宰相の所へと向かう事にした。
――――――。
俺は宰相の執務室の前に来ていた。
そこにあるのは豪華さは無く、簡素で重厚な扉。
相変わらずちょっぴり叩き甲斐のあるその扉を前にして、俺は“拳”を作った。
「姫様。 怒られますよ」
「……」
読まれてる。
何回かついやっちゃうから覚えられてしまっている。
実際、全部が全部殴って壊してる。
仕方ないため、俺は控えめに握り手を作って、お淑やかに扉をノックした。
「―――どなたですか」
「俺だ、俺俺」
「―――姫様ですか。 どうぞ」
心底呆れたような声で返事が返ってきて、即座に扉を開けた。
そこには眼鏡の位置を直しつつ、机に積まれた書類と格闘をしていた宰相の姿があった。
「御機嫌ようエルザ姫様。 今日はどのようなご用件で」
余計な言い回しもせず、淡々と短い挨拶と率直に問いかける彼はエドヴァルド・ロックス。
これでも宰相だ。
控えめに言ってもこの国で“二番目”に偉い人物。
もちろん一番は俺だ。
だが頭がいい。
けれど口煩い。
だが、俺に対して苦言が言えるくらいに向かい合ってるとも言える。
まぁ、宰相をしてるのならそれくらいがちょうどいいけどな。
「ちょっと傭兵が欲しいんだ」
「…生贄の部隊ですか? それはちょっと…将軍と相談を」
「違ぇよ」
「なんだ、てっきり鬱憤が溜まりすぎて部隊単位で殴り倒したいのかと思いました。 では、件の属国の勢力に殴り込みですか? それは時期が来ますので今しばし…」
「だからそれも違ぇよ。 今回は重要な話だ」
俺から始める重要な話とはいつやったっけ……そういうのはいつも宰相のロックスのおっさんが仕切る事だから記憶に無い。
「失礼しました。 まだ書類の途中でしたので…はい、一区切りしましたのでちゃんと話を聞きましょう」
今の会話のしている間にも手だけは書類を処理していて、それもひとまず終わらせたようだ。
机に積まれた書類の大半は俺が処理する事になるのだろう、と思うと面倒臭さが込み上げてくる。
ロックスのおっさんは気持ちを切り替えるようにして、眼鏡を指で押し上げた。
「で、傭兵が欲しい…と言いましたがどういう事でしょうか?」
「ああ、それがな」
―――かくかくしかじか、と。
俺が殴り倒した事から始まった短いあらましを語った。
その中には、もちろん俺の要望も含まれていたのだが……。
「ダメに決まっているでしょう」
ロックスのおっさんに一蹴された。
俺がわざわざ事情説明――ミーア姉ちゃんが補足しつつ――したのに、すげなく却下された。
わかってはいたけど、ダメ出しにしてもばっさりすぎる。
「ダメかー?」
「ダメです。 そこらの傭兵を、しかも縁もゆかりも無い者を召し抱えるなんて周りから反対されます。 私もその一人です」
説明が必要ですか?、とロックスのおっさんはジト目で語りかけてくる。
何故かなど、俺だってその根拠を知らないわけじゃあない。
小国とはいえこの国で一番偉い俺が、なんの功績も持ってない存在を傍に仕えさせたら不満に思うやつがいるだろう。
例えば、数は少ないとはいえ貴族の内の一部のプライドの高い貴族。
例えば、下っ端の中で実力の伴わないくせに野心のある一部の兵士。
例えば、生死や素行にやたらと五月蠅い宗教関係の人間などなど。
いわゆる潜在的に鬱陶しい類。
この潜在的ってのが厄介な奴で、ただ我慢強い奴とか短気な奴とはちょっと種類が違う。
不満をため込む要素があるとそれを溜め込み、何かの拍子で許容量を超えたりすると文句を零したり離反したり暴動を扇動・便乗したりする。
だから悪戯に刺激するような要素はなるべくしない方がいいって事だ。
ん? 俺の拳? それはそれ、これはこれ、だ。
「でもなぁ…手放すのは嫌だぞ、どうしても」
それで納得できるわけがなく、当然俺は食い下がった。
「ですがその者は地位のある者でもなければ、デトワーズ国民ですらない」
わかってる。
「傭兵は傭兵だからこそ、人口の少ないデトワーズ国民の代わりに消耗品として採用しているのです」
わかってる。
「更に、外来者であるその傭兵に“立場”を与えるだけの理由がない」
わかってるって。
「そういう観点から、周りを納得出来る理由もなしに召し抱えれば反発すらありえます」
「面倒臭いなぁ」
「何もなしに拾い上げるから、反対する理由が色々出てくるのです。 挙げれば片手の指では足りないほどに」
つまり今言った外来者である以外にもたくさんあるんだな。 それも理由が五つ以上も。
本当…面倒臭いなぁ。
「でもミーア姉ちゃんを拾い上げたのは俺だぞ?」
ロックスのおっさんの言う事に間違いはないものの、そこにある益というものを無視する事は出来ない。
その例として昔馴染みであるメイドのミーア姉ちゃんを挙げた。
何も持っていなかった持たざる者であったミーア姉ちゃん。
路地裏深くで底辺を這い蹲って見上げる見る事も出来なかった。
そんなミーア姉ちゃんは俺に拾われて、こうして立派にメイドをしている。
「…確かにそうですね」
これにはロックスのおっさんも多くは言わずに肯定した。
否定出来る理由は出す事は出来るのだろうが、それは極端な事を言えば“メイドなんかに価値なし”と言うようなものだからな。
そんな事を言ってしまったらミーア姉ちゃん含め、城のメイド達の“腕の花”の存在意義を否定する事になる。
「勘違いしないよう言っておきますが、エルザ姫様の人を視る目は信用しております」
「お、そうだな」
「姫様が拾って来る孤児や浮浪児などは、面倒はありましたが教育課程を経て立派にメイドになっており、その人を見る目と豪運と勘に疑いはありません」
「当然だな。 もっと褒めろ」
「ですが、それはあくまでも終着点です。 過程に問題があるのは言うまでもありません」
「そりゃそうだな。 ミーア姉ちゃんもメイドとなるのにそれなりに時間かかったしな」
「恐縮です」
立派なメイドには立派な教育を。
そのためにはそれなりの投資と手間が存在する。
その感謝を忘れていないミーア姉ちゃんは話の流れから、小さく頭を垂れた。
「やれやれ…わかりました」
「お? いいのか?」
「エルザ姫の人を視る目を信じるのであれば、最終的には手伝う羽目になりますからね。 出てきた問題点に頭を抱えますが…」
やったぜ。
流石おっさんだ。 ただ頭が固いんじゃなくてまだ若さによる柔軟性があるから、妥協出来る点がある事を認めてもらえたようだ。
要は“傭兵を引き入れてもいいのか”に尽きる。
「まずはその傭兵の素性を洗う事から始めなければいけませんが…これには数日の期間を要します。 場合によっては“キメラ”を監視に付ける事にもなるでしょう。 しかし―――」
つらつらと、傭兵を引き入れる段取りを挙げ連ねようとしたところでロックスのおっさんは言葉を区切った。
「そうですね…。 時期が時期ですし、あれがいいですね。 最近の件の属国…との抗争は覚えてますよね?」
「ん? 確か、俺が殴り込んだ後の事か?」
「省略しすぎです。 ええ、隣国にエルザ姫が独断で単身殴り込みをかけた時、拠点を通り過ぎて中枢にまで特攻した末に指揮系統が頭から崩壊した件です」
ああ、アレねアレ。
普段からムカつく国だったけど、度が過ぎたから“つい”ヤっちゃったアレね。
あいつらの城を滅茶苦茶にした結果、弱体化した隙に軍事国家ガレリアの傘下にされたんだったな。
割と最近の事だけど、そう言えばそうだった。 後悔はしていない。
「こないだ攻めてきて軍事国家ガレリアに乗っ取られた…なんて国だっけか?」
「実権失って事実上滅んだ国に名前も何もないでしょう。 正確には軍事国家ガレリア占領地に加え元の国名が付くのですが…長いと面倒でしょうから属国でいいんじゃないですか?」
だな。
長い事鬱陶しい隣国ではあったが、その国名を不思議と覚える気にもならない。
国名は知っているはずなんだが、もう存在が面倒くさいから記憶の片隅に追いやられたのだと自覚する。
「その属国に動きについてですが…軍事国家から強要されて、近い内に小規模部隊による牽制が行われるようですね」
「顎で使われるとは情けないな」
「自業自得です。 半分はエルザ姫も原因ですが。 それはともかく、これを機会に“言い訳”が立ちます」
言い訳。 つまり召し抱える“理由”か。
傭兵なのだから、戦場となれば手柄なり何なり持ち上げる事が出来る。 それこそ捏造する事もな。
そのついでに牽制部隊には痛い目を見てもらうというおっさんの魂胆も見えた。
それに俺は素直に関心した。
「おー、なるほどな。 頭イイなお前」
「……これをするには、エルザ姫が直接目をかける、という前提があるのが不安材料ですけどね」
「ひどい言い草だな」
俺がそう言うと、ロックスのおっさんに大きな溜め息を付かれた。 なぜだ。
「まぁ、それはともかく…」
色々なお仕事をやらされるんだろうなぁ、といった疲れた顔をさせながら、ロックスのおっさんは指で押し上げた眼鏡の向こうから視線を向けてきた。
国を導く事に共通してそれなりの付き合いのある俺は、それが何か役割を伝える素振りだな、とすぐに察して意識した。
「その傭兵にエルザ姫自ら接触する事を忘れないでください。 接点という材料があるといいですからね」
「おう、そんな簡単な事なら任せろ」
―――。
『やめてー!』―――と、その当人である傭兵、レヴァンテン・マーチンがこの場にいるとしたら悲鳴のような悲痛な声をあげていただろう。
だが傭兵人生の終焉の裏には、そんな会話があった事を彼は知る由もない。
姫陛下と宰相の思惑だけが水面下で進められているなどつゆ知らず。
レヴァンテン・マーチンが約束された転職予定の傭兵となって、売られていく羊のように荷馬車に乗せられて行くのはそれから数日後の事だった。
後書き
■エドヴァルド・ロックス
デトワーズ皇国の鬼才の宰相。 柔軟性のある政治力でデトワーズ皇国を支えている。
三十代で宰相になり四十代の現在でも、異例の若さでデトワーズ皇国の政治を司っている彼は神童と呼ばれていた事がある。
バッテンとは同郷。
■潜在的に鬱陶しい奴。
いわゆる少数派。
思想統一されていないのであればどこの年代、どこの層にでもいるような頭がお花畑の人。
損得勘定でものを考えてるように見えて得しか考えておらず、国にとって何が重要か、自分の住む場所にとって何が一番イイのか…そういうのを考えずに、己の我を通そうとする。
もちろん自由思想の下、そういった考えはあるべくしてあるが、かといって不可欠というわけではないが、受け入れられない/不都合である場合が多く厄介の種にもなる。
■軍事国家ガレリア
ヨールビン大陸で軍事力が高い国。 デトワーズ皇国の隣にある属国は飛び地であるため、まだ関わらない。
名前の由来は王権シンボルのラテン語「regalia/レガリア」から。
ページ上へ戻る