暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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14 1のちょっと前の話
前書き
(*゜∀゜)「ここからは俺の視点からの話だぜ」
―――これは、レヴァンテン・マーチンがエルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫と出会うほんの少し前の話。
「……さま……め様………エルザ姫様。 起きてください」
聞き慣れた声に誘われて目が覚めた。
蝋燭に火が灯るように意識が浮き上がると、まどろみを吹き飛ばして五感が蘇ってきた。
「んー、おはようミーア姉ちゃん」
「はい、おはようございます。 エルザ姫様」
視界に捉えずとも、声をかけると慣れ親しんだ返事がかえってきた。
俺の専属メイドであるミーア姉ちゃんがいつものように起こしに来てくれた。
目を開けて視線を向ければ、朝一番だと言うのに、備えられたかのようにメイド服に身を包んだミーア姉ちゃんが佇んでいる。
昔馴染みであるミーア姉ちゃんは、専属のメイドとして教育と訓練を施されて俺に合わせているから、おはようからおやすみまで完璧だ。
「エルザ姫様、髪を結えます」
「ん、起きるぜ」
起きてすぐに、この体は寝起きのだるさなど関係なく快活に動く。
ベッドから体を起こし、軽やかに降りるとすぐ隣にある鏡台の所へと腰を下ろした。
すぐにメイドのミーア姉ちゃんが後ろに回って、寝起きで乱れた髪をブラシで梳かし始めた。
ん~、やっぱり朝にこうして髪を梳かしてくれるのが気持ちいいな。
「今日はどのような髪型にしますか?」
ミーア姉ちゃんがそう問いかけてくるが、そこに意味はあまりない。
なぜなら大体決まって俺はこう言うからだ。
「何でもいい」
「はい。 ではそのように」
ミーア姉ちゃんが問いかける、それを俺がテキトーに答える、そしてミーア姉ちゃんのお任せで髪を整えさせる。
昔からの習慣で、朝のお約束のようなものだから、やる必要がなくてもこのやりとりを毎朝繰り返す。
欠伸を噛み殺している間に、香油を馴染ませた髪があっと言う間に結えられた。
鏡台から見た分にはわからないが、背中まで伸ばした髪がまとまっていくらか軽くなった気がした。
鏡越しの視界で、後ろからミーア姉ちゃんが鏡を掲げていて、そこには俺の姿が映し出されていた。
「本日は、捻じりリボン留めハーフアップで御座います」
鏡に映った俺の後ろ髪には、半分ほどそのままに、生え下がり辺りを両側から束ねてリボンで留めた後ろ姿があった。
名誉除外の文献の一部にある髪型の名称らしい。
うん、中々可愛い。
「ん、いいじゃん。 じゃあ、これでいくか」
「はい。 次に、今日のお召し物は用意出来ております」
そしてこの優秀な昔馴染みは既に次の用意しており、朝の準備は滞りなく進んだ。
―――。
膝を隠す程度の丈のワンピースドレスを身に纏い、胴衣コートを羽織ってウェストを引き締まらせ、朝支度完了。
装飾も宝石は着けずに、このまま城の中を我が物顔で闊歩する。
デトワーズ皇国の姫陛下としては質素な格好ではある。
しかし素材自体は上等で、動きやすさを重視したこの服装は、ゴテゴテやヒラヒラよりずっと気分が良い。
後ろで慎ましく付いてくるミーア姉ちゃんはもちろんの事、他の奴らも文句は言ってこない。
―――鬱陶しいくらい文句言ってくるような奴がいたら、ぶん殴るけどな。
「姫様、今日のご予定はどうなさいますか?」
「ん」
後ろを付いてくるミーア姉ちゃんが問いかけて来た。
これから朝メシを食うのだけれど、その後は政務やら何やらとやる事は多い。
だが…気分ではなかった。
「面倒臭い。 今日は気晴らしに出掛けてくる」
なので、すっぽかす事にする。
こちらの意図を察してくれたミーア姉ちゃんは即答した。
「では、お食事の方は?」
「朝メシは外で食うぜ。 何か包んでくれ」
「かしこまりました」
仕事は多いだろうが、そんなの後回しにしても国は滅びない。
むしろ俺の気分が滅入ってやる気がどん底に落ち込んで、支障をきたす方が深刻だ。
ムシャクシャして憂さ晴らしにモノをぶっ壊しまくりたくなる。 後悔もしないだろう。
これは国の安定のために必要な措置、いわば心の洗濯ってやつだ。
とりあえずどこまで行くかな……。
デトワーズ皇国は山と海に囲まれた小国。
俺の自慢の国ではあるが、小国らしくその国土は狭い。
馬よりは速い俺の足なら、デトワーズの国土の端まで往復で半日でいける。
「……よしっ、エンリコのおっさんの所のファーン領まで行くか」
皇国は俺の庭のようなものだ。
隣領にあるデトワーズ貴族であるエンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵の所へ散歩気分で向かうのだった。
―――先触れ? いるか、ンなもん。
―――。
んで、バスケットを片手に、ファーン領の森へやってきた。
また一段と足が速くなったか、ここに来るまでの所要時間が縮んだのを感じた。
日差しが斜めに差し込む木漏れ日を浴びながら、俺は気持ちよく体を伸びをした。
「ん~~~…ふぅ。 やっぱたまにここに来ると気持ちがいいな」
森の中で俺はこの心地よさを一人占めしているようで気分がよかった。
昔馴染みのミーア姉ちゃんもおらず、気兼ねなく解放感を堪能していた。
勿論一人きりで、“誰も”ついてきてはいない。
エンリコのおっさん…もとい、ファーン伯爵の領地までは来たものの、直接会う事はなかった。
先触れはしないにしても、一言何か言っておかないと後々面倒になるのは俺でもわかる。
門番と衛兵に適当に「散歩に来た」とだけ言っておけばそれで話は通る。
ここの衛兵は中々聞き分けがいいから、俺も楽させてもらってる。
殴って言い聞かせる手間も省けるしな。
「~♪」
バスケットを揺らしながら、昔お母様に聴かせてもらったメロディを口ずさむ。
もう聴く事のないメロディを中途半端な所で途切れ、何度も最初から繰り返してはテクテクと適当に歩を進めた。
「~♪~~♪」
静かな静かな森の中で俺のメロディだけが奏でる。
聴く者は自分以外にいないが、気にする事なく止まらなかった。
気の赴くがままに右へと左へと進んでいて―――ふと、鼻歌を止めた。
「つまんねぇ」
静かすぎて…何も無さ過ぎて俺は飽きた。
「あ~もうつまんねぇ。 もう何回も散歩に来てるのに、全然出てきやしないじゃないか」
獣どころか小動物一匹すら見かけやしない。
鬱蒼とした森なのに生き物の気配が近づいてこない。
最近はずっとこんな調子だ。
昔はちょっと歩けばあれほど群がって襲いかかってきたってのに、今では寂しいものだ。
ファーン領の森と言えば天然の国防とも呼ばれ、野生の迷宮と恐れられている。
そんなに摩訶不思議めいた曰くつきの森ってわけじゃないが、方向感覚を狂わせる風景と野生の宝庫のようなこの環境が主な原因らしい。
迷い込む者には野垂れ死にと野獣の襲撃の洗礼を浴びせ、奥深くまで誘っては抜け出せなくなる魔境だ。
軍隊規模で踏破しようとすれば丸ごと森に喰われておしまいだ。
単独で入るなんて以ての外だ。
―――ま、そんなバカいるわきゃないけどな。
「ま、いっか。 今日はもう食事して、さっさと帰るかな」
適当な所に腰を降ろして、手に持ったバスケットを地面に置いた。
土が付く事も構わず、無頓着に食事を始める事にした。
危機感が物足りなくて呑気な気分になるが、食べている方が退屈よりマシだ。
「さて、今日は何かな~」
バスケットの中を覗く。
「お~」
するとその中に入っていたのは、パンの詰まった弁当箱だ。
パンとパンの間に具を挟んで、綺麗に切り揃えたサンドイッチが入っていた。
型崩れしないように弁当箱の形にピッタリ納まるように詰められていて、それに加えて周りに布が敷き詰められているから振り回しても大丈夫なようにしてある。
流石ミーア姉ちゃん、俺が爆走してバスケットを振り回す事まで想定して用意してくれたようだ。
手掴みで食べる気軽さを厭わず、俺は早速そのサンドイッチを食べる事にした。
「いっただきま~…んぁ?」
ふと、俺は息を止めた。
風で揺れたのとは違う、藪が揺れた音が聞こえてきた。
そこ/向こうに何かがいる。
俺は、手に持ったサンドイッチをバスケットに戻し、食欲に勝る戦意を抑え込んだ。
猫のように姿勢を沈ませ、森の静けさと同化するように息を潜ませる。
「―――」
一点に絞られた集中力は、音がしたと思われる藪に向ける。
俺は指を折り畳んで、手を拳として変えて硬く固めた。
“そいつ”が出てくる瞬間を俺は待った。
来い、来い、まだか、まだか、早く、来い、遅ぇぞ、早く、まだか、早くしろ……。
待たされる苛立ちが破裂しそうになる、その時―――藪が再び揺れた。
「はひぃ~…また迷っ「おるぁああああぁぁーーーーーー!!」
先制で渾身の一撃が藪に突っ込まれた。
藪の動きと位置から、瞬時に居場所を割り出してそこに鬱憤と暇を晴らすための拳を叩き込んだ。
そして、狙い通り拳は肉を打つ手応えを感じ、思いっきり振り抜く勢いで殴り飛ばしてやった。
並の城壁に穴を空ける程度の威力の拳が唸り、猛烈な速度で森を突き破って吹っ飛んでいく影を見た。
…そして静寂が再び戻る。
「―――よし、殺った」
俺はスカッとした気分を噛み締めた。
「歯応えはなかったけど、感触としてはいい手応えだったな」
普通なら千切れて吹っ飛ぶ所だけど、今の感触は……殴り抜いても五体満足で殴り飛ばされて済んだのだとわかる。
生き物であれほど頑丈なのは滅多にない、久々に殴り応えがある奴…そんな感触だった。
―――それゆえに勿体ない。
俺はその姿を探すも、もう影も形もないくらい遠くに行ってしまった。
「…ん~、やっぱ無理か」
あれは死んだと思う。 多分。
でも死んでなければもう一回…ちょっとでいいから、ほんの先っぽでいいから、思いっきり本気で殴りたい。
けれどもう無理だ。 もう二度と会えないだろう。
だからだろうか…姿も形も知らない“そいつ”に恋しさを覚えた。
「あ~あ、本当に勿体ない」
仕方がないから帰る事にした。
ミーア姉ちゃんのサンドイッチを食べ歩きしながら帰路に着くも、俺の心中は拳に残る感触が気になっていた。
もう一回。 もしくはもっと本気で殴れたら… スカッとした反面、諦めるのが惜しい気持ちが残る。
そして…もし“そいつ”が“人”であったらなぁ、と願望が浮かんだ。
人と言えば―――だ。
さっき殴り飛ばした時に、なんか聞こえた気がするけど………ま、いっか。 気のせいだろうし。
―――。
エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下は知らないだろう。
レヴァンテン・マーチンは知らないだろう。
この二人は実はこの瞬間に出会っていた事に。
一瞬だが、間接的に接触していた事に。
レヴァンテンは森のいずこかへ殴り飛ばされて、気絶して記憶の一部が抜けてしまった事に。
エルザ姫に殴り飛ばされた事で、余計に道に迷って右往左往する羽目になった事に。
更には気絶している間に溜めこむように買い込んだ食糧が、獣に食い荒らされて餓死の危機に晒される事に。
その事実を、エルザとレヴァンテンがこの先二人が知る事はなかった―――。
後書き
■サンドイッチ
ファンタジー世界において、名称に関してはそれなりに気を遣ってはいるものの、サンドイッチなるものをサンドイッチ以外でどう呼べばいいものかと悩んだ。
サンドイッチは史実で貴族のサンドウィッチ四世にちなんだ名称ではあるが、別にサンドウィッチ四世が考案したわけではない。
それ以前から存在する具を挟んだパンの名称が人名でなぜか定着したものではあるが、これをファンタジー世界に適用していいものかと悩む。
悩んだ結果、深く考える事はせずそのままサンドイッチと呼ぶ事に決めた。
ちなみに、具を挟んだパンでとてもよく似たものであるパニーノが存在するが、ここでわざわざイタリア語の名称を出すべきか悩み、英語名称で統一する事にした。
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