暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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16
前書き
(;´д`)「―――というお話しでした…僕の知らない所で、どうしてこうなった」
「あはははっ、それで解雇になっちゃったの?」
以前に泊まっていた宿付きの酒場で、憚る事のない微毒のあるセリフで笑い飛ばされた。
これまでに至る経緯を語って、酒場の看板娘であるエマちゃんに慰めてもらえたらいいな~、というちょっとした下心は打ち砕かれ、僕はションボリした。
久しぶりにこの宿に戻ってきて、以前のように宿泊しに来たのにこの仕打ちである。
こんばんわ、今日まで傭兵だったレヴァンテン・マーチンである僕は、傭兵でなくなったレヴァンテン・マーチンになってしまいました。
これを自分自身で、エマちゃんのように笑い飛ばせたらと思う。
あいにくと、僕の口から出てくるのは苦笑いと空笑いだけです。
「ハハ、ハ……そう、なんだけどね……意味わからないよぉ…」
自分は心の底からそう嘆いた。
―――どうしてこうなった?
傭兵人生を生きていた僕が何かしただろうか?
少なくともこれは、今までの傭兵人生からして初めての展開だ。
意味がよくわからないままクビにされて、意味がよくわからないまま新しい仕事を貰った。
傭兵を辞めさせられて、代わりにデトワーズ皇国で最も偉い人の付き人…従者のようなお仕事を貰った。
ただそれだけ…のように思えるけど、別世界の事柄のように思えてあっさりと僕の理解を超えてしまう。
理解しようと思っても理解する前に殴り倒されてしまったのだから…結局なし崩しに転職させられて今に至る。
「うぅ…エールもう一杯~!」
「はーい、毎度♪」
傭兵として稼いで消費して、最終的に残った分の金を自棄っぱち気味にエールに注ぎ込む。
傭兵を辞めさせられて自棄酒である。
エマちゃんは止める素振りなんて欠片もなく代わりのエールを運んできた。
―――そうやって良い様にされて、酔いが醒めたら財布の軽さに青褪める事になるのだと後になって気付く。
「でも、出世したとも言えるのでは無いかな?」
宿屋兼酒場の店主であるエメリッヒはそう口を挟んできた。
優雅に、ダンディーに、視線は向けずにグラスを磨く姿が実に様になる。
カウンターの向こうにいながらも耳を傾けているのか、滑り込むように話に加わってきた。
「試験的特例近衛だったっけ? 肩書はともかく、言い換えればそれはエルザ姫陛下の直近。 色々あるだろうけど、それなりに実入りはあるはずだよ」
「そうは言いますけど…そうじゃないんですよぉ~。 僕がしたかったのは、そういうのじゃあ…」
もう既に決まった事だから、自分ではどうしようも出来ない大きな力に振り回されてるとわかっていても未練は残る。
「じゃあどうしたかったって言うの? 他にろくに出来る事ないのに」
微毒を吐きつつ、新たなエールを持ってきたエマちゃんがそう問いかけてきた。
「僕は、傭兵がしたいんですよ」
僕はそう答えた。
数えきれないほど嫌になっても、僕の中ではこう答えるのが決まっていた。
他にどんな選択肢があったとしても、自分に選ぶ余地があるのなら傭兵を選びたい。
ただそれだけなのに……要望と職が一致しないこの憤り、エールを飲まずはいられない!
「それじゃあ誰もまともに取り合ってもらえないわよね」
肩を竦めてエマちゃんは呆れた。
そんな反応されるのはある意味当然だ。
傭兵というのは持たざる者だ。
望む望まざる関係なく、国かあるいは過去を置き去りにした者が成るものだ。
徴兵をされた村民とは違い、帰る場所がないから少ない報酬であってもやらなきゃいけない生業だ。
やらなくていい事。
やらなくて済むのならそれに越した事はない。
安定した職や、儲けのいい職に就けられるのならそっちがイイと誰もが思う。
それに比べて傭兵は不人気だ。
いや、人気不人気とか関係ない……泣く泣くやらざるを得ない底辺職といったところだ。
なにしろ怖いし、痛いし、収入も良くないし、本隊や偉い人には絡まれる事もあるし、果てには人間扱いされない事すらたまにある……良い事なんて全然ありやしない。
あ……なんか泣けてきた。
「ハハハ。 エマ、そんな風に言っちゃいけないよ。 人は色々あるものだよ、傭兵君にしてもエマにしても、私にしてもね」
「は~い、マスターがそう言うならそうします」
「まぁ、何はともあれ。 傭兵をしたいという君の希望は、あいにくと叶えられそうにないね」
「何とかならないんですかぁ…?」
誰でもいいから縋りたい気分だった。
実入りがイイのは嬉しい事かも知れないけど…傭兵ができない事と、お姫様の従者だなんて気が重すぎる。
このダンディーで、どことなく頼れる雰囲気を持っている宿屋の店主ならあるいは、うまい事あのお姫様が見逃してくれるような名案があるかも知れない。
そんな気がする!
「ハハハ。 私はしがない宿屋兼酒場の店主に過ぎないよ」
「ですよねー」
自分は乾いた笑いを零すしかなかった。
お姫様に目を付けられた、なんて事情をどうにか出来るとは本気で思ってなかったけど、まともに相談出来る相手がいないのが辛い。
もう一杯エール飲もう…。
「何だったら、あそこの方に訊いたらどうかね?」
追加のエールを飲んでいたら、見かけたようにエメリッヒ店主はそう促してきた。
視線と顎をクイッと指し示すと、自分はそこに目を向けた。
指し示した方向には奥まった所にテーブルがあった。
二階へと繋がる階段の下近くにあって、騒がしい喧騒からちょっと離れているから少し特別な位置にある。
こうして自分がカウンターで酒に逃げていなければ、まず視界に入らない場所だった。
そこにはどこかで見たことあるような人がいた。
ん~…―――いや、まさかね、人違いだよね?
「誰、ですか?」
「ハハハ、目を逸らしてどこを見てるんだい傭兵君? そんな見当違いの方向じゃなくて、あそこだよあそこ、階段の下辺りだ」
ささやかな現実逃避をエメリッヒ店主は見逃してはくれず、やんわりと軌道修正させられた。
軋みそうになりながらギギギ…と首ごと視線を向けた。
階段の下で、静かな蝋燭の灯りが揺らめく空間。
そこには山盛りの料理を平らげているどっかの誰かさん………あれって、“宰相のロックス”さんその人じゃあないででしょうか…?
………なんで?
エドヴァルド・ロックス、確かそんなそんな名前の宰相。
文句なしにこの国で偉い人だ。 偉い人のはずだ。
そんな人がなぜ、この宿屋と酒場を兼業しているような所で食事しているのでしょうか?
それも、ちょっと羨ましいくらいモリモリと…ムシャムシャと…バクバクと……食事を平らげている。
地位と場所がこれほど不一致に感じるのも珍しい…というかおかしいと感じるのも仕方ない。
「……やっぱりあれって…宰相さん、ですよね?」
「そうだね。 おっと、あまり大きな声で言っちゃダメだからね」
エメリッヒ店主は人差し指を唇に当ててほのめかしてきた。
察しが悪い僕でも、その意味は何となくわかる。
「お偉いさんがしがない酒場付きの宿屋で食事をしていても誰も気に留めない…わけないですよね」
「デトワーズ皇国のお国柄などではないね。 いくら我らの姫陛下が型破りでも、あそこに“彼”がいる事が普通ってわけじゃない」
ちゃんと常識があるのですね。
そしてあそこにあの宰相さんがいるのも普通じゃないわけですか…。
「彼がなぜそこにいるかは…まぁ、そこは直接話してみる事だね」
「…はぁ~……」
僕は肩を落として溜め息を付いた。
「…………」
「…そこで何をしているのですか?」
僕は階段下近くまで来ていた。
トボトボとそこに近づいて、コソコソと覗くようにして、ビクビクしながら宰相さんを窺っている。
傍から見ればそれは不審者そのもの、挙動不審過ぎて向こうの方が先に声をかけてしまっていた。
「こ、こ…こんにちわ」
躊躇いがちに挨拶をかけるも声が震えるのが自分でもわかる。
そんな自分を見て、宰相のエドヴァルド・ロックスは食事の手を止めて、階段下を覗くこちらに向き合ってきた。
「君は今日会った傭兵…いえ、今日付けで試験的特例近衛でしたね」
「は、はい」
驚く事に、宰相さんは僕の顔を見て思い出してくれたようだ。
試験的特例近衛とやらが特徴的なのか、とても偉い人に顔を覚えてもらうなんて
エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵やエルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下に続いて三度目である。
いやはや、珍しい事もあるものだ。
それはさておき。
宰相さんは眼鏡を指で押し上げて、僕に愚痴を零してきた。
「全く…おかげで出会ったその場で承認手続きをやる羽目になったのは厄介でしたね。 普通なら後日やる事なんですよ、普通は」
「ひぃぃい! ごめんなさいー!」
恐縮すぎて絞り出た悲鳴が出た。
宰相ほど偉いほどにそんな文句を言われたら、生きた心地がしなかった。
「いえ、姫陛下の性急さを計算しきれなかったこちらの落ち度です」
「そ、そうでしたかぁ」
アハハ、と愛想笑いをするが、どことなくぎこちなくて会話がやや堅い。
そんな不甲斐無い自分に助け舟を出すように、宰相さんの方から話を切り出してきた。
「さて、改めて自己紹介しましょう。 私はエドヴァルド・ロックス、知っての通りデトワーズ皇国の重鎮です」
「ぇ、あ、どうも。 僕、レヴァンテン・マーチン……元、傭兵です。 一応」
出来る事なら早急に現役復帰を希望…とは口には出さず、ヘコヘコと頭を下げておいた。
「そう堅くならなくていい。 同郷なのですから」
「え?」
「私の生まれはデトワーズ皇国ではなく、あなたと同じエンリル地方の出身です。 わかるでしょう?」
―――やっぱり。
僕はその言葉の意味する所を理解した。
エンリル地方。 田舎同然の辺鄙な地方ではあるが、言葉に若干の訛りがあって同郷の者なら何となく互いにわかるのだ。
もしかして…とは思っていたけど、懐かしい事に本当に同輩だったようだ。
「あれ? でも……宰相、なんですよね?」
「ええ。 爵位を持つ者などいない辺鄙な地方の生まれでありながら、一国を左右するほどの地位を得た男。 いわゆる成り上がりというものです」
それって…メチャクチャ凄くないですか?
故郷のエンリル地方は寄り合いの村が多い土地だったから出世とは無縁だ。
そこの出身の者が成り上がるって…同輩とは関係なしに、格の差がありすぎて逆立ちしても勝てる気がしない。
「ですので、同郷のよしみで堅くならずともいいですよ」
「は、はぁ…」
“同郷のよしみ”…初めてそんな風に言われた事で少し戸惑いつつも、自分はロックスに対して少し肩の力を抜いた。
小市民的な性根はいまだにビビっていて、心の片隅でガタガタと震えているけれど…。
「あの…」
「なんでしょう?」
「でしたら、素朴な疑問なんですけど…一つ訊いてもいいですか?」
控えめに挙手して、軽~く、や~んわりと、当たり障りの無い質問を投げかけてみる事にした。
ほんのちょっぴり羨む気持ちが混じって、この疑問だけはどうしても気になっていた。
「そんなに偉くなったのなら、なんで…もっと美味しい物を静かな所で食べないんですか?」
何もこんな所で―――という言葉は飲み込んだ。
お偉いさんであるのなら、贅沢に豪華な食事を誰にも邪魔されず優雅に満喫する。
そういうものではないのだろうか。 それが地位の、身分の、権力の旨い所ではないのだろうか?
それがなぜ、宰相ほどの人が宿屋を兼業してる酒場などに来るのだろうか。
「まさかそこに質問してきますか」
「ひぃっ、ごめんなさいっ! ダメだったでしょうか!?」
「いえ、構いません。 知りたいのでしたら教えますよ」
ふぅ…とロックスは一つ息をついて、静かに食器を置いた。
「こういった場所での方が気が楽なのですよ。 安いし、量もあるし、それに味もイイから文句なしです」
「物凄く共感出来てしまう僕がいる………でも、大丈夫なんですか? 色々と…その、いけないような気がするんですけど」
自分程度の頭では具体的な問題点が挙げられないが、少なくとも宰相がやる事じゃないから、色々と不都合な事があるのだと何となく想像出来る。
見た目からして、宰相が酒場でモリモリと食事している光景など常識が迷子になりそうである。
…あれ? 常識って、なんだっけ…?
「さっきも言ったように、私は出自が出自ですからね。 他の平民と同じように裕福ではなく食べる事に贅沢は言えなかった。 そんな風に暮らしてきたから、今でもこういった食事の方が性に合うのですよ」
「な、なるほど…」
「まぁ、これも普通の事ではないので、あまり大っぴらに言わないように」
ごめんなさい、口が裂けてもそんな事を言い触らせそうに無いです。
僕にそんな勇気があれば、傭兵を辞める事になったりはしなかったかも知れない。
「質問はそれだけですか?」
「あ、いえ」
質問する事はあまりない。 元々頭がよくないから質問したいと思えるほど多くは思い浮かばなかった。
しかし、あえて言うならもう一つ、あるにはあった……。
「僕のお役目も…早く終わったり出来ないでしょうか?」
「無理です」
「そんなぁ!」
即答で一蹴された。
お役目とはもちろん、例の姫陛下の従者になる件だ。
傭兵には分不相応な役柄だから早々にお役御免にしてくれるかなぁ、とか…という淡い期待も秒殺。
「あの姫陛下を相手に、そのような要求は通りませんよ。 ちゃんとした理由を語り、それに伴う利益と不利益を示し、物分かりよく意思を伝えるようにした上で……姫陛下はそれを力尽くでねじ伏せるでしょう」
「それダメでしょう!?」
「諦めろ、と言う事ですよ」
おうふ…。
ロックスはとても分かりやすく物凄くざっくりとまとめてくれた。
どうあがいても僕の傭兵人生は暗雲しか残されていなかったのだと、姫陛下に近しい人に思い知らされてしまった。
これまで理不尽な経験はいっぱいしてきたけど…こんなの、理不尽だぁ……。
「観念して身を任せる事ですね。 明日からは務めが始まりますからね」
「あ、明日ですか…!?」
「明日からです。 嫌だと言ってもやってもらいますよ」
そ、そんなの聞いてない…。
僕…今日傭兵を辞めさせられて、新しいお仕事を押し付けられたばかりなんですよ?
追々何かを言い渡されるだろうなぁ、と諦めていたけど…いきなりすぎる。
「明日には指示が届くでしょうが今ここで言っておくのですよ。 色々と指導して鍛えてやってから使ってやりたい所ですが……悠長な事をしてると、それでまた殴り倒される事になりますよ」
「り、理不尽だぁ!」
「だから諦めろ、と言っているのですよ」
「そんなぁ~……!」
ちくせう、なんて日だ……!
今日だけで色々いっぱいいっぱいで、早くも酔いが醒めてしまいそうだ。
僕は頭を抱えて蹲り、どんよりと頭の中を雨模様に曇らせた。
なんでこうなったのか、どこで間違ったのか、それを考えるよりも物事を処理しきれない頭は憂鬱になり、泥のように沈んでしまいたくなっていた。
「シクシクシク……」
「ん、んんっ、聞いてますか?」
そんな自分の現実逃避も、水を差すように咳払いして意識を向けるように促された。
「まぁ、そこの所は重要じゃありません」
「もう止めてください、苛めないでください」
「いいから聞きなさい。 従者になったからと言って何か特別な事をしろ、という話はすぐには無い。 姫陛下の相手をしながら少しずつ色んな事を覚えていかなければいけません」
ですが、とロックスはここからが重要な部分だと言外に含めて続けた。
「君には注意してもらう事があります。 まずは…アレを見なさい」
「…上?」
ロックスの人差し指が上を向いた。
そこには階段の下の部分しかなかった。 体を捻って視点を変えると…そこにはアレがいた。
忘れてはいなかった…けれど、自棄酒していてその頭から抜けていた存在が嫌でも思い出させられた。
「―――、――」
変な人…もとい、仮面の人が二階の手摺りから顔を覗かせていたのだった。
―――。
「はぁ~………」
ややあって僕は泊まっている宿の部屋へと戻っていた。
溢れる溜め息は大きい。
一つは、酔いが覚めて財布の中身が寂しい事。
一つは、明日から姫陛下のお付きになるという事。
そしてもう一つは……。
「―――、――」
この仮面の人である。
終始視線は自分に向けて憚らなかったこの人は…とうとう自分の泊まっている部屋にまで押し込んで来たのだ。
密室に二人きり…怖い。
「あのぉ…」
「―――、――」
返事はない。
「出来れば、出ていってもらいたいかな~…なんて。 ほら、帰る所もあるでしょ?」
「―――、――」
「はぁ~…」
あの仮面の人はひたすら何も喋らずこの酒場にまで付いてきた。
すぐに人気のない二階へと移動していったが、それからずっと自分に視線を向けて離さなかった。
そして部屋にまで着いて来て今に至る。
この仮面の人が何なのか……実は全然わからない。
デトワーズ皇国の宰相のロックスに、この仮面の人の事を訊いてみたが…返答はこうだ。
―――アレについて秘密です。
その言葉から始まった。
僕は意味がわからず首を傾げたが、ロックスは一方的にこう告げたのだ。
『注意してもらうというのはアレの扱いの事です。 アレはキメラ…その名前だけは教えておきましょう。 皇国としてはそれほど重要ではないものの、常識の範疇で手荒に扱わないように気を付けてください』
ちなみに……常識の範疇を超えたらどうなるか………答えてくれなかった。
キメラとかよくわからないけど…なんだか、余計に怖くなった。
チラッ。
「―――、――」
チラチラッ。
「―――、――」
うぅ……無言が怖い。
僕は自然と仮面の人から心の距離を離したい気分だった。
一度も言葉を交わしていないけれど、だんだん印象が薄気味悪くなっていく。
かと言って拒絶するほど強気には出れないし、何か悪い事をしたわけじゃない…それに何より―――。
「一応…人なんだよね?」
色白で、仮面で、無言で、不気味だけど……ちゃんと人である事には違いなかった。
それは宰相のロックスも保証してくれた。
人以外の何かかと危惧してたから、そこだけは安心出来た。
「あのぉ…は、初めまして」
「―――、――」
「今更かも知れないけど、自己紹介とかどうかな? ほら、名前も何も知らないでしょ?」
「―――、――」
「お友達に…いや、知り合いに……いや、せめてお互いに初対面くらいにはなっておきたいかな~、って…」
「―――、――」
「僕、レヴァンテン・マーチン、悪い傭兵じゃないよー」
「―――、――」
………………宰相さあぁぁぁああん!
無理無理無理無理むーりぃ!
顔は合わせているけどここまで綺麗に無視されると、もう心の中で嘆きたくなった。
手荒に扱わないように言われても、仮面の人は全然意思疎通も何もあったものじゃない。
それどころか人形に話しかけてるみたいに反応もなく、まるで自分が物凄くお間抜けに思えてきた。
「はぁ~~~……」
もう、溜め息しか出ない。
傭兵生活ではなかった事だけど、明日からはお姫様の従者みたいな仕事をさせられる。
つまり…少なからず人と対面してやっていかなくちゃいけないって事だ。
しかもその筆頭はあのとんでも姫陛下ときた。
ハハ……心が折れそう。
この国では傭兵でなくなった上に、仮面の人には無視されて……こんなんじゃうまくやっていける自信ないよぉー!
ナデナデ―――。
「え…?」
ふと、誰かに頭を撫でられた。
先行き不安に項垂れていた自分の頭を、自分以外の誰かに撫でられている。
一体誰だろう、と思って顔を上げたら―――仮面の人が手を伸ばしていた。
よく見てみれば自分よりもだいぶ小柄な、子供のような体躯だった。
そんな小さな体を背伸びさせて、それでも届かない頭に腕いっぱいに伸ばして、僕を慰めるように撫でてくれていた。
「―――」
なんだか…ジンワリと心に暖かいものが込み上げてきた。
人形のように無機質で、自己紹介も出来ないような無感情な人だと…そう思っていた。
こんな無表情――仮面で見えないけど――でも本当は無口なだけで、実は優しい人なのかも知れない。
だから―――ほんのちょっとだけ明日は頑張ろうって、そんなに気になれた。
後書き
■エンリル地方
バッテンとロックスの故郷。 国の領地にありながら国の管理から離れた土地。
税もなければ庇護もないその場所では寄り合いの村が点々と存在しており、難民や流浪の民が流れついたりもする。
長く暮らす人もいれば、未来のないその地方から離れる事も珍しくない。
それゆえにエンリル地方の出身は貧乏性や安上がりな性格になるのも特徴だったりする。
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