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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第2章 憎愛のオペレッタ  2024/08 
  13話 誰も知らない邂逅

「七十人以上当たって糸口さえ掴めないとはな……これだから人間相手は嫌なんだ………」
「ま、簡単に見つかったらオイラ達にお声は掛からないだろーナ」


 テーブルいっぱいにプレイヤーの名前と特徴の羅列が記された羊皮紙を広げつつ、赤ペンでバツ印を書き加えては零れる愚痴にアルゴが律儀に返答する。ヒヨリとティルネルも、聞き取り調査には苦戦を強いられたらしく、テーブルに寄りかかって微動だにしない。
 既にデータとして設定されていたクエストやダンジョンの位置は定められたロジックによってこの世界に存在しているが、生きているプレイヤーからの情報は特に対人スキルによる情報解析が必須となる。長いことNPC相手に聞き取りを繰り返してきた俺にとって、相手の記憶力や伝達力に依存しなければならないという事態にどうしても不安を募らせてしまう。他者を信用していないわけではないが、それでも人間である以上、情報に僅かばかりの齟齬や瑕疵があることも往々にあるだろう。

 ………とはいえ、現状ではガセ同然の情報か心当たりがないという返答くらいのもの。良くも悪くも取り越し苦労という形ではあるが、それはそれで由々しい事態ではあるだろう。


「というか、PKに襲われた可能性のあるプレイヤーを片っ端から当たるってのが無茶苦茶だろう。大本命とか言ってたルクスとかいうのも見事にハズレだったしな」
「目撃情報的にアタリだと思ったんだケド、こればかりはしょーがなイ。当たるも八卦当たらぬも八卦、って気構えで掛からなきゃアタマおかしくなるゾ?」
「………なるほど、確かにこれは対価を求めないとやっていられない仕事だ」
「今なら月謝五万コルで入門可ダ!」
「断る。誰も情報屋になりたいとは言ってない」


 そもそも仕事上のデメリットに目が付いて、憧れるには敷居が高過ぎる。
 グラスの中の氷がバランスを崩して水の中に滑り落ちると同時に、アルゴの突然の申し出をキッパリ切り捨てると、何とも言えないつまらなさそうな表情をされる。興味のないことを無理に続ける方が、付き合う側も苦痛というもの。これは当然の帰結というものだ。


「ノリ悪いナー」
「断るのも優しさだ。それより、次はどうする? また聞き込みか?」
「その事についてだケド、今日はここまでダ」


 以外にも手を引くのが早い。
 この仕事においてはアルゴの指示で動いているから、俺自身の意思を介在させるつもりはないが、それでもまだやれることがあるのではないだろうか。


「まだ明るいけど、これで切り上げるのか?」
「そーダナ。今のところで出来る範囲の情報収集だったんだケド、オイラもこれで終わるとは思ってなかったからナ。もし、リンちゃんに行きたいトコロがあるんなら、オネーサンもお手伝いくらいするゾ?」


 つまり、今度は俺の目星で捜査を開始するということか。
 とはいえ、隠しコンテンツを追い続ける俺に独自のコネクションを求めるのは難しいというもの。ヒヨリの知り合いというならばまだ望みはあるだろうが、レッドプレイヤーに狙われた友人がいて、果たして今日までヒヨリ自身が静観の構えを貫けていただろうか。明らかに目に付くようなアクションがあって然るべきだし、何よりも俺だって無関係ではなかっただろう。結論としてヒヨリに可能性は見出せまい。ティルネルには《エルフ謹製ポーションの独占市場》という圧倒的な強みからエギルを始めとした商人系のコネクションが目立つ。しかし、ヒヨリと同様に関係者に死人が出たような話は全く聞かないというのが現状だ。


「いや、俺もお手上げだな」
「そっカ、それじゃあまた明日集合ダ。場所はリンちゃん達の新居ナー………んモー、リンちゃんってば嫁の欲しがってる物件を速攻で買っちゃうんだかラ~。このツンデレめェ~」
「新居とか言うな。あれはそもそも俺だって不本意だったんだぞ」
「不本意なのにお花畑の中の一件屋をポケットマネーで買っちゃうカ? いや買わないネ!」
「だから不本意ながら買っちまったって言ってるだろうが」


 物件購入時の状況を知らないからこそ好き放題に言えるのだ。
 女性陣に孤軍奮闘し、しかし勢いと涙目で押し切られ、周囲の訝しむ視線に心を折られる苦痛たるや、まさに人間の受けられる責め苦の許容範囲を優に超える凄惨。ただお通りすがりに女の子を泣かせただの、やれなんだと勝手気儘に言い捨てられ、刻一刻と時が進むにつれ人の心に在っては為らない傷を容易く刻み付ける。思い出すだけでも寒気がするようだ。

 ………とはいえ、ヒヨリは毎日機嫌が良いし、周囲の草花はティルネルのポーション作成における素材となるし、得られる恩恵も馬鹿にはならないという点だけは評価に値する。居心地はあまり良くないのだが。


「そーいうことデ、また明日ナー」


 氷も解けてかさの増した冷水を流し込み、僅かに残った氷も咀嚼して、アルゴはそそくさと主街区の人混みに溶けていった。カフェのテーブルには俺達とアルゴの分まで含まれた勘定が残され、情報収集も呆気なく一つの区切りを付けられる。


「こういう情報収集って、燐ちゃんも得意そうじゃなかったかな?」
「人間相手は門外漢だ。俺じゃどこまで行ってもアルゴの助手止まりってところだな」
「そんなに違うの?」
「違う。全然違う」


 プレイヤーにもNPCにも誠心誠意、全身全霊を以て接するヒヨリには双方の差など些末な問題なのかも知れないが、やはり対人スキルの熟練度が乏しい俺にとってはその境地に至るには困難窮まるのかも知れない。
 第一、俺が語るのもおこがましいが、この捜査は聴取を受ける側の心理的や状況的な部分で既に障害が生じている。


「そもそも、PKに襲われた経験があるヤツはほぼ不意打ちを受けた筈だ。そんな状況でマトモな情報を持っているわけないだろうし、ましてや繋がりのあるヤツが簡単に口を割ってくれるなんて絶対に在り得ない。聞き出すにしたって、結構な根気と口先がないと厳しいだろうな」


 アルゴも、この事に気付かないなどということは無かったかも知れない。むしろ、可能性の低い賭けだと割り切った上で真っ先に実行に移した可能性も考えられる。攻略本を出版する目的を知る立場からすれば、アルゴはそれだけプレイヤーの生存の為に躍起になっているとも取れる。どんな可能性にでも縋って、多くを救おうとする。俺とはまるで対極にあるような精神の持ち主だ。確実性の低い選択肢であっても選び取る様には、どこか羨ましくも思える。


「むぅー………でも、やっぱり無理って諦められるお話じゃないよ。………このままだと、また誰か死んじゃうんでしょ?」
「…………………………」


 とはいえ、この種の情報収集に手練手管の持ち合わせがない俺にはいささかハードルが高過ぎる。
 せめて情報を握っている相手に目星さえ付けば、その限りではないのだが………。


「……………あ」
「んぅ? 燐ちゃん、どうしたの?」


 記憶を遡ると、ある人物に行き当たる。
 まだ存命で、且つ居場所も確定しているから出向くにも容易い。
 多少の覚悟は必要だろうが、ヒヨリの希望もある。背に腹は代えられまい。


「茶葉を切らした。買いに出るから先に戻ってろ」
「え、今の話でお茶が気になったの!?」
「どうにもならないなら、一旦は気分転換だ。いつまで同じことを考えたところで堂々巡りが関の山だからな」
「………よく分からないけど、早く帰ってきてね?」
「用事が済んだら帰る。長居はしない」


 ヒヨリ達と別れ、転移門広場までの間は相方達の追跡がなかったことを確認する。
 正直、これから会う相手は二人には合わせたくない類の人間だ。当時の真相こそ知らないまま今に至るのだが、状況証拠から判断するに、《彼》にはレッドプレイヤーとの接点があるという確証を得ている。顔を知っている程度の相手でしかないが、それでも因縁浅からぬ仲だ。こうして俺から出向いて話をするというのも奇縁というものだろう。

 転移門を潜り、行き先は第一層主街区《はじまりの街》
 その中央にそびえる《黒鉄宮》へと、俯いた姿勢のプレイヤーが目に付く行列の波に乗って歩を進める。
 視界の端々に移るモスグリーンの胴衣を身に付けるプレイヤーを後目に、冷たく口を広げた宮殿の門を抜けた。


「…………やっぱり、良い場所じゃない」


 正直、あまり好んで立ち寄るようなところではない。
 しかし、目的地はこの地下。《牢獄》と呼ばれるエリアにある。
 中央に鎮座する漆黒の板を迂回して、地下へ続く階段の前に守衛として立つ《軍》のプレイヤーに話を通し、地の底へと延びるような長い階段を降ってゆく。

 面会を希望する相手のいる牢までは徒歩。面会室という気の利いた設備はないにしろ、直接会って話すのであれば場所はこの際問わないでおこう。
 壁に掛けられたランプの灯火に照らされた通路を何度か曲がり、ようやく目当ての人物の姿を視覚に捉える。


「…………おや、珍しい客人だ」


 相手も俺に気付き、感慨深げに声をあげる。
 穏やかな物腰を感じさせる《男》ではあるが、牢獄に囚われているという事実が彼の態度をより一層に不気味たらしめる。


「アンタに、聞きたい事がある」
「私に? フフ、こんな男に向ける質問など碌なものではないのだろうが………それで君に満たされるものがあるならば、私も応じよう。とはいえ、いつ以来かな? 君にはまだ名前も聞けていなかったし、お礼を言えていなかった気もするが」


 まるで、昔話でも興じるように、男は語り出す。
 しかしながら、それに付き合うつもりは俺にはない。
 あくまでも、これからの為に必要な情報を得ることを目的にここへ来た。
 過去を振り返る為に来たのではない。断じて違う。


「気にするな。お互いに、礼を交わすほど気持ちの良い話でもなかっただろう?」
「………そう、だね。………では、過去の関係を不問として君と向かい合うとしよう………」


 無駄話は不要との申し出を、男も承服して頷く。
 つばの広い帽子に、銀縁で丸いフレームの眼鏡、裾の長い前留の衣服。
 外見的な特徴は以前から一切損なうことなく留められている。

 しかし、彼から滲み出る空虚な雰囲気は、これまでのどの記憶にもない変質だ。

――――《大切な部品を取り外されたまま動く機械》
 そんな印象を抱かせる、言い様のない弱々しさと哀愁を、眼前の男は確かに纏っていた。

 だが、容赦する理由には為り得ない。
 彼の関与によって、間違いなくレッドプレイヤーが動いている。
 グリセルダさんが殺害されようとした時は怯えた当人が零していたし、黄金林檎のメンバーが《笑う棺桶》に狙われた時に至っては本人が密談の場を設けていた光景を目撃した。どの場面にも彼の名前が聞いて取れた。直接的に殺害を依頼出来るパイプか、或いは間接的に接触できるコネクションか、何れにしても彼には言い逃れの出来ない《根拠》がある。


「話を聞かせて貰うぞ。―――――…………グリムロックさん」 
 

 
後書き
情報収集回。


アルゴとの情報収集と、燐ちゃんの機転による重要参考人との面会。
但し面会は御一人様限定でしたね。

前章の一件で既に各方面から証言を得ていた燐ちゃんだからこその解答なのですが、やはりヒヨリ達に見せるわけにはいかない部分でもあるので、お約束の単独行動。どこまでも業の深い主人公ですな(他人事)

それでも、原作同様に《レッドとの接点を持つプレイヤー》なので再登場して頂きました。
キャラの特性としても、結構な適任ですね。次回の燐ちゃん視点はグリムロックさんとの対話になるかもです。


というわけで、また次回よろしくです。



ではまたノシ 
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